ヒナタとの登校。私の身体に起きる異変も、ヒナタと一緒に居れば何とかなる。だから殆ど一緒に居て、移動教室なんかも席が自由である内は常に隣で。身体を触られる様な感覚がいつ襲ってくるか怖くて、ヒナタの身体にずっと触れていた気がする。
昼休みになって、私はヒナタと一緒にのぞみを呼び出した。名目はお昼を食べる為。だけど、本当の目的はスマホを奪う事。みここやみつさんを呼んで一気に奪う事も考えたけど、一人一人確実に奪った方が良いと思ったから。お姉ちゃんはスマホを手放して一日で元に戻ったみたい。だったら、一日は確実に隠せる様にしないと駄目。
「桜さん」
「ん~? どうしたの? って、無垢? 何して……まさかっ!」
「無垢! 今よ!」
「っ!」
緊張はしていた。だけど私は表情が顔に出ないって前から言われてきたから、こういう時には都合が良かった。のぞみに襲われて、のぞみには逆らえないからと彼女の傍へ近づいたフリをして。のぞみが気付いた瞬間には、私がそのバッグに手を入れていた。ヒナタが抑えてくれる中、見つけたのはあのスマホ。のぞみのモノとは違うってすぐに分かる。スマホカバーとか、付けてないみたいで良かった。
これが無ければ、のぞみは私に変な事を出来ない。公衆の面前で直接変な事をしてくる事は無いと信じてる。ヒナタが抑えてくれている間に、私はその場を駆け出して……何処でも良い、絶対にのぞみが見つからない場所を探して隠す。壊してしまいたいとすら思うけど、スマホは頑丈だと思うから、簡単には壊せないと思う。一日で良い。一日でものぞみの手元から離れれば、きっと。
私が隠し終えると同時に予鈴がなって、午後の授業の準備をする事になる。教室に戻ればのぞみが先に居て、私の事を睨んで来るのが少し怖い。
「一応聞くけど、何処に隠したの?」
『絶対、教えない』
友達だったのぞみが、少し低めの声で掛けて来る言葉。怒ってるのは分かる。私を嫌ったのかもしれない。だとしても、可笑しくなっているからなんだと私は自分に言い聞かせる。答えちゃ駄目。前の、仲が良かった優しいのぞみに戻って欲しいから。
休み時間も、放課後になっても、のぞみは聞いてくる。だけど私は絶対に答えない。ヒナタはずっと私を守ってくれていて、みここと放課後に会ったりもしたけど、何もされなかった。もしかしたら、今日何かをしてきていたのかもしれない。だけど私はヒナタのお蔭で何事もなく無事に下校出来た。
「何とかなったわね?」
『バッチリ。ありがとう』
のぞみから奪ったスマホは私のジャージを入れていた袋の中。ヒナタと一緒にヒナタの家へ帰って、私は何とか奪えたそれをヒナタとお姉ちゃんが持っていたスマホと重ねる様に置いた。みこことみつさんが持っているのと合わせて五台のスマホ。明日のぞみが元に戻ってくれる事を祈って、ヒナタと一緒に夜を明かした。……ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、親密にお互いを感じながら。
「ぁ……む、無垢……私……」
「……」
「桜さん、自分が何をしたのか分かったのね?」
「うん……私、無垢に……その……」
「……無垢、もう大丈夫よ」
翌日になって、登校した私達は少し怯えた様な様子で話しかけて来るのぞみと対峙した。可笑しくなっていた時とは違う、後ろめたさを感じているのが分かる様子。お姉ちゃんの時と同じで我に返ったんだって、分かる。まだ近づくのは少し怖いけど、元ののぞみに戻ってくれた。
「無垢への謝罪は当然。だけど桜さん、貴女に後悔も反省もしている時間は無いわ。まだこの問題は何にも終わっていないんだから」
「え……どういう事?」
ヒナタはスマホによって私の周りに居た人達が可笑しくなってしまった事を説明する。直接的な言葉は無いけれど、『のぞみと同じ様に』と言えば大体は伝わった。だから、まずはみんなを元通りにする。昨日と同じ様に、スマホを奪って隠して一日経てば、正気に戻ってくれる筈だと。
「うん、分かった。……無垢、その……ごめんね」
何を言うべきか、分からなかった。だけどのぞみが本当に申し訳なく思っているのは、痛い程に伝わって来た。確かにのぞみは私を襲ったけど、その原因がスマホなのは分かっているから、全てのぞみが悪いって訳じゃないのは分かってる。どうしてもまだ距離を取ってしまうけど、私は頷く事で答えるしか出来なかった。
次の相手はみここ。今度は三人でやるから、のぞみの時より難しくはないと思う。そしてお姉ちゃんと一緒に家へ呼び出したみつさんのスマホも遠ざければ、きっと……。
数日が過ぎた。週末の日曜日、私とお姉ちゃんの家に全員で集まる。みここもみつさんも、正気に戻ってくれた。全ての原因であるスマホをヒナタの家から持ってきて、私達は改めて自分達に起きた出来事と話し合いをする為に集まった。
「改めて、無垢。ごめんなさい」
「先輩! ごめんなさい! お願いだから、嫌いにならないでくださいっ!」
「ごめんね。本当に、ごめんね!」
集まって最初に、私は三人に謝られた。みここに至っては私の服にしがみ付いて来て、身体がゾワゾワとするのを耐える。私は三人の事が嫌いになった訳じゃない。大事な友達で、後輩で、もう一人のお姉ちゃんみたいな人だから。この現象も、きっといつかは落ち着いてくれる。私は私よりも低い位置に居るみここの頭を撫でてから、用意してあったメモを見せる。
『全部、あれのせい。分かってる。だから、大丈夫』
「で、でも~!」
『少し時間は掛かると思う。でも、嫌いになったりしない』
「無垢ちゃん……うん、ありがとう」
「取り敢えず、少しの間は無垢から寄る時以外で過度な接近は厳禁ね」
「……ヒナタは、大丈夫だったんだよね?」
「えぇ。何とかね。あの女の人にスマホを使わされそうにはなったけど」
「女の人……スマホを、渡して来た人ね」
あのスマホをどうやって手に入れたのかを聞いた時、全員が全く同じ経緯だったみたい。名も知らない女の人にスマホを渡されて、何故かそのスマホを捨てられなくて、操作を始めた段階から徐々に可笑しくなって……。私達は一斉に、透明な袋に入れてある五台のスマホを見る。
「なんなのかしらね、あれは」
「分かんないですけど、あれは有っちゃ駄目な気がします。先輩に嫌われるような事を平気でしてしまう様になった訳ですから」
「うん、そうだね。私もそう思う」
「処分はするとして、壊しておいた方が良いのかが悩むところね」
「変に誰かの手に渡ったら、私達みたいに可笑しくなる人が生まれちゃうかも」
『衝撃を与えたら、スマホは発火する危険性がある』
スマホの処分について話し合った結果、明日にでも携帯ショップで引き取ってもらう事に。恐らくスマホの初期化もそこでしてくれる筈だから。下手にスマホを初期化しようと私達が触ってしまったら、また可笑しくなってしまうかもしれないと思っての決断だった。
「あ、あの……ところで……なんで、先輩はそんなにヒナタ先輩とピッタリくっ付いてるんですか?」
「うん。私達が襲ってしまったから距離を取られちゃうのはしょうがないと思うけど、くっ付き過ぎな気がするよね?」
「まぁ、最初は守るためだったわね。触れ合っている内は無垢に何かが起きても助けられたのよ」
「最初は……?」
『私とヒナタ。付き合う事になった』
「……え?」
「はい?」
「うそ……」
「き、聞いてないわそんな話っ!」
私を守ってくれたヒナタが、私に対して想ってくれていたと知って嬉しかった。今回の件がそれを知る切っ掛けになったのはかなり複雑だけど、私はヒナタと一緒に居たいと思う。女同士だから変かもしれない。それでも私は偽りたくなかった。だから、告白は私の方から。
―――『今までの様に、これからもずっと一緒に居て欲しい』
「そんなっ! 嫌です嫌ですっ! 先輩はあたしのなんですぅ!」
「た、確かにヒナタちゃんとは長い付き合いだけど、恋人になるのはお姉ちゃん認められないかなっ!」
「確かに酷い事はしちゃったけど、私も決めるのは早いと思う」
「吊り橋効果ってやつ? 確かに距離は離れちゃったけど、取り戻してる暇も無いの?」
騒ぎ出すみんなを前に、ヒナタは予想通りといった様子で頭を押さえて首を横に振っていた。私も、こうなる気はしていた。だってあのスマホを受け取ってみんながした事は一貫してそういう事、だったから。ヒナタの想いを知れたのも、その延長。
「……」
「ちょ、無垢!?」
騒ぐみんなを見ながら、私はヒナタの斜め後ろに回って横から腰を抱きしめる様にする。身長差もあって、おっきなおっぱいの横に少しだけ顔が触れる。驚くヒナタの声が聞こえるけど、気にしない。みんなが反対しても、嫌がっても、私はもうヒナタのだから。後、ヒナタは私のだから。
それから更に騒ぎ始めるみんなを放って、私はヒナタと一緒に適当な時間を過ごした。何だったら、泊まっていた時みたいにヒナタの家へそのままついて行く事も考えたけど、お姉ちゃんが泣きそうな顔でこっちを見ているのに気付いたヒナタが駄目だと言うので仕方なく我慢する。
後日、私はヒナタと一緒に袋の中に入れたあのスマホを携帯ショップへ持ち込む。
「携帯のお引き取りですね? ……えっと、五台もですか?」
「はい。処分もしくは初期化をお願いします」
「承りました。それでも、こちらにサインを」
女性の店員さんに促されて、ヒナタがサインをするのを眺めながら周りを見渡す。新しい最新機種のスマホから見覚えのある折り畳みのガラパゴス携帯まで、品揃えは沢山。他にお客さんは居ないみたいで、店員さんもこの人だけ。裏にまだ居るんだとは思う。
「よし。書けました」
「ありがとうございます。それではこのスマホは責任を持って、此方で処分させていただきます」
目は髪で見えないけど、笑みを浮かべてスマホを回収した店員さん。出来れば一刻も早くあのスマホから解放されたかった私達は、お辞儀をしてお店を後にする。
これで本当に、全部終わったんだと思う。みんなは元に戻った。身体に変な事が起きる心配はもう無い。少し時間は掛かっても、前みたいにみんなと過ごせる時間がまた戻って来る。ヒナタとの関係は少し変わったけど、良い方にだから問題もない。
「……」
「? どうしたの、無垢」
『ヒナタ、ありがとう。大好き』
「っ! えぇ、どういたしまして……ふふ」
抱き着く事で感じるヒナタの温もりは凄く心地良かった。
「結局、戻ってきちゃったか」
女は手元にある五台のスマホを眺める。既に使われたそのスマホがどの様にしてここへやって来たのか、女は知っている。その結果、スマホに影響された者達が今どんな風に過ごしているのかまでも。
「やっぱり、男の方が分かり易いかな。無色は染まり易くてつまらないね」
女は袋からスマホを取り出し、一台一台を確認してはしまう。そして袋を片付けると、女性はそのままその場を後にした。そうして残されたのはカウンターの上で丁寧に畳まれた携帯ショップの従業員が着る制服だけだった。