桜 のぞみと過ごすハロウィン
今日は10月31日。ハロウィン。仮装をして楽しむ日で、都会だと人で溢れる様な日。だけど私は人混みが苦手だから、特に何処かへ行ったりはしないつもりだった。家で過ごすなら別に仮装をする必要も無いので、何の用意もしていない。
『無垢、今日暇? ハロウィン、一緒に過ごさない?』
のぞみからそんなLINEが来るまでは。お姉ちゃんは少し残念そうにしながら、友達と約束してしまったと言っていて、私はハロウィンを何も変わらない日として過ごす予定だった。けど、誘われて断る理由も無い。ちょっとだけ、本当にちょっとだけ楽しみにも思うから。
一緒に過ごすとなったら、やっぱり仮装はするのか。のぞみに聞いたら『自由で良いよ~』と言われた。のぞみも別に特別何かしたいとは思っていないみたい。ただ、一緒に遊ぶ理由にハロウィンを出しただけ。でもせっかくだから、何か用意しようと思って……何にもない事を思い出した。
今から何かを買いに行く? 誘われてのぞみの家に行くって答えてしまったので、断りを入れないといけない。だけど用意しようと思っても、仮装なんてした事が無いから思いつかない。家にあるもので何とかしようと思ったら、どれを使えばいい? 例えば、キッチンの家具。包丁とかは危ないし、のぞみの家まで持っていく訳にもいかないから駄目。普段あんまり使わない物とかの方が良いかな。普段使わない物……。
「……」
適当に見回した部屋の中で、私は救急箱が目に映る。確か、あの中には包帯があった筈。必要な時はそうそう無いし、終わったらまた買って来れば良い。うん、決めた。難しくもなさそうだから、あれでミイラ男になろう。私がやった場合、ミイラ女なのかな?
「(ちょっと、足りないかも)」
身体全体を覆う程の包帯は流石に無かった。所々服がはみ出てるけど、それっぽければ良いかな。このまま外に出るのは流石に良くない気もするけど、多分街には仮装してる人が一杯だから問題ないかもしれない。使っちゃって戻すのも面倒だから、そのままで良いか。ちょっと寒いから、スカートの下で出てる太腿辺りは多めに巻いておこう。顔は片目を隠す感じで。のぞみの家までなら、長くないから。
「(お菓子の籠も用意しよう)」
決まり文句を用意して見せれば、何かくれるかも。勿論こっちからもお菓子は用意しておいて……約束の時間までに色々準備しないと。
のぞみの家に到着して、インターホンを鳴らす。お菓子の籠を前に抱えて準備は万端。籠には『とりっくおあとりーと』と書いた紙を見える様にしてある。英語でも良かったけど、ひらがなの方が緩い感じが出て良さそうに思えた。本気で仮装を楽しむって訳ではないから。
「はーい。お待たせ、無垢。……」
この時間に来るって事は伝えてあったから、多分覗き穴も確認しないで扉を開けた不用心なのぞみ。見下ろしてくる目と目を合わせれば、ちょっと悪戯が成功した気分になる。驚いたみたいにポカンとしていて、楽しい。後は籠を見せれば……。
「はっ! 無垢、中に入って」
「!?」
我に返った様に反応したのぞみは突然私の手を引っ張って家の中に引き込まれる。玄関の中に入ると同時に後ろで扉が閉まって、鍵を閉められて、反応する間もなくのぞみに抱き締められた。私よりも大きな身体だから、背中から腰に掛けて両手で手を回されると身動きも出来ない。頭に当たるのは、多分鼻だと思う。匂い、嗅いでる?
「すぅー、ふぅ。……無垢、その格好で来ちゃ駄目だよ。悪い人に襲われちゃうよ?」
「……」
「あ、分かってないでしょ? もう、仕方ないなぁ」
何時まで抱き締められるんだろう。靴を脱ぐ時もそのまま、部屋の中へ移動する時もそのまま。結局ソファにのぞみと一緒に座って、せめて手洗いぐらいさせて欲しい。それを伝える事も出来ないんだけど。
「ちょ、暴れないでよ。あぁ~、無垢の抱き心地最高!」
完全に楽しまれてる。しっかり付けた筈の包帯が、のぞみに触れた事でちょっとだけ緩んだみたい。片目を隠してたのも外れて、やっとのぞみが満足して解放された時には緩々だった。あ、スカートが捲れてる。のぞみと触れ合ってて擦れた時にそうなってしまったみたい。
のぞみは夕飯の支度を既に準備していたみたいで、それを持って来るために一度離れた。そのタイミングで私も手洗いとかをやっとして、適当に解けた包帯を身体に巻き付ける。ずっと片目を隠すのは面倒だし、最初が済んだらもう適当で良いと思う。お腹に沢山、太腿とかにも沢山。身体の方は適当で、首から上は無しにしておこう。ちょっとスカートが縒れちゃってるけど、包帯があるから気にしなくても良さそう。
ふと、籠の事を思い出した。玄関のところに多分落ちてると思う。のぞみに抱き着かれて若干潰れてしまった気がするけど、中に入れてあったお菓子は大丈夫みたい。
「無垢? 何してるの?」
「……」
「あ、お菓子持ってきてくれてたんだ。ごめんね」
籠の中にあったポッキーを見せる。それだけで伝わって、私は取り敢えず変形した籠ごと回収した。
のぞみが用意してたのは大きなフライドチキンとケーキだった。ハロウィンというより、クリスマスっぽい気がする。一応ケーキはハロウィン仕様でかぼちゃが描かれてるけど、かぼちゃその物は入ってないと思う。一番小さいサイズのホールとはいえ、二人で食べるとなったら十分過ぎる大きさ。そういえば、私以外に誰か誘ってるのかな?
『他に誰か来る?』
「ん~? 無垢だけだよ。二人っきりで過ごしたかったからね」
お皿も用意して私の隣に座ったのぞみはそう言って嬉しそうに私へまた抱き着いてきた。そしてそのまま私の足に触れると、少しだけ苦戦しながらも私を動かす。されるがままにジッとしていたら、のぞみに後ろから抱かれる様にして重なって座る様になった。これだと食べずらそうだけど。
「?」
「気にしない気にしない。さっ、食べよ!」
のぞみは私の後ろから手を延ばして、小さいとはいえホールのケーキに直接フォークで手を付ける。切り分けるとかは別にしないみたい。私もその事は気にしないからいいけど、もし落としたら私の頭とかに落ちてきそうで少し不安。それにせっかく用意したお皿の意味がない気がする。
「うーん! おいふぃ~! ほら、無垢も。あーん」
「……」
後ろから聞こえる幸せそうな声。それから再び伸びたフォークが掬ったケーキは、のぞみじゃなくて私の口元に近づいてくる。口を開けて入って来るのを迎えて、抜かれると同時に味わえば……甘い幸せ。
「美味しいでしょ?」
「……」
「あ、待って待って! はい、あーん」
のぞみの言葉に頷いて、今度は自分で食べようとフォークに手を延ばした。だけどそれはのぞみに遮られて、またさっきと同じ様に食べさせられる。子供扱いって訳じゃ無いのは分かってるけど、流石に自分で食べたい。のぞみが満足するまでは我慢するしかなさそう。チキンの時とかは食べさせられる事も無いと思うから、それまで我慢かな。
夕飯を一緒に食べて満足した私は、離れないのぞみに諦めてその身体に背中を預けていた。テレビは付けていない。何も話はしないのに、なぜか心地良い。人肌は安心するって聞くけど、本当みたい。のぞみも満足した上で、ずっと私の頭を撫でたり頬を擦りつけたり匂いを嗅いだり。ちょっと恥ずかしいけど、流石に慣れた。
「そういえば、無垢はちゃんと仮装してきたんだね」
『今更?』
「あはは、ごめんね。ふーん、ミイラ男……じゃなくて、女か。良いね」
上から見られているのを感じる。のぞみの手が私の身体を撫でる様に動いて包帯を持ち上げたり、隙間から出ている太腿を撫でてきたり。少しくすぐったい。ちょっと厭らしい手つきに感じる時もあるけど、取り敢えず変な事はして来ないから大丈夫だとは思う。
「私も何か仮装を用意すればよかったかなぁ」
『好きでしただけ。チキンとケーキ、美味しかった。用意は十分過ぎる』
「まぁ、そうだね。…………ねぇ、今日は帰る?」
何を言いたいのか、分からない訳じゃない。お姉ちゃんにはちゃんと連絡さえすれば、別に問題も無い。今の時間はもう19時を回っていて、外は真っ暗。少し寒い中、一人で帰るのも別に良いけど……顔を見なくても分かる。のぞみはきっと、泊まって欲しいんだって。
『お姉ちゃんに連絡。そしたら、泊まっても平気』
「本当! それじゃあ、しよう! お風呂溜めて来るね! 一緒に入ろ!」
のぞみは嬉しそうにそう言って浴室へ向かう。泊まる意思があると分かっただけであそこまで目に見えて喜んでくれると、私も嬉しい。のぞみは私と一緒に居る事を喜んでくれるって伝わるから。一緒にお風呂は流石に恥ずかしいけど、別に嫌って訳でもない。家の大きさからしてもそんなに浴室は広くなさそうだけど、多分浸かる時はさっきみたいに抱き着かれるんだろう。……それも、別に嫌じゃないから。
「お風呂から上がったら何しよっか? 明日は何かある?」
『特に無い』
「それじゃあ、夜更かし確定って事で。今夜は寝かせないよ~!」
一緒にお風呂へ入って、お互いの髪を乾かし合って、一つの布団に二人で包まって夜を過ごす。最初から泊まるつもりでは無かったから、のぞみのパジャマを貸してもらった。同じ布団だからって、えっちな事とかはしない。ただ一緒に、同じ温かさを感じながら話をするだけ。と言っても、声が出ない私はのぞみの言葉に頷いたりするだけ。それでも盛り上がる話は結局深夜くらいまで続いた。だけど途中でのぞみが眠気を感じる様になって、それでも頑張って起きようとするから、こっちから抱き着いて背中を撫でてみる。
「ちょ……それ、やばぃ……」
お互いの体温だけじゃなくて、肌の触れ合いで感じる安心感も相まって、のぞみは眠気に負けた。のぞみとの話は楽しいけど、流石に眠らないで明日を迎えるのは辛いので、これで安心。私も安心出来るからのぞみに抱き着いたまま、目を閉じる。きっと街は今でも騒がしいけど、私達は静かに幸せを感じながらハロウィンの日を終えた。