みつに襲われてから数日。無垢はあの日以降、学校や他の場所で身体を遠隔操作で弄られる事は無くなったが、代わりにみつから時折メールが届く様になった。その内容は殆どが何処かで待ち合わせをしようというものであり、デートの様な買い物の時もあれば、ラブホテルへ連れ込まれる事だってある。無垢にとって唯一の救いだったのは、まだ初めての証を奪われていない事だけ。その他はみつの思い通りに全てが進み、心まで彼女に堕ちそうになった事も何回かあった。
「(……今日は、無い)」
その日最後の授業を終えた無垢は下駄箱にて、スマホでメールを確認する。みつからのメールは来ていない様で、無垢は無意識に張っていた肩を落として安堵した。今日残りの1日は平和に過ごす事が出来る。この日の家事当番は姉の姫子だった事もあり、無垢はゆっくり帰宅する事にした。……だが、そんな無垢の身体に突然刺激が走る。
「っ!?」
背筋を舐められた様な感覚。もうみつが遠隔操作で攻めてくる事はしなくなった筈なのに、それは明らかな刺激だった。連絡して来ないのは、今日はこうして自分を弄ぶつもりなのかと思った無垢は何処かで見ているのかも知れないと周囲を確認。しかし下校する生徒の姿はあるものの、みつの姿は何処にも無かった。
「(っ! また……!)」
今度は首筋をなぞられた様な感覚が無垢の身体を襲う。何処か今までと違う刺激の仕方に困惑する中、突然無垢の肩に直接誰かが手を置いた。
「せ~んぱいっ!」
「っ!」
無垢は驚いた様に身体を跳ねさせ、だがその声音で相手が分かったのかゆっくり振り返ってから再び安堵する。無垢の肩に手を置いたのはみここであり、彼女は笑みを浮かべて「お帰りですか?」と質問。無垢が頷いた時、みここは「今日はまだ時間あります?」と更に質問する。普段みここから休日に遊びへ誘われた事はあったが、平日の学校終わりに誘われた事は無かったが故に無垢は首を傾げる。無垢の知る限り、みここは放課後に部活がある筈なのだ。
「せっかくですから、あたしの部活をしてるところ。見学して行きませんか?」
「……」
みここからの珍しい提案に無垢は少し考えた後、頷いて了承する。それだけでみここは笑顔になって、無垢の手を握って引き始めた。身長で言えば無垢の方が小さいが、まるで大きな子供に誘われる小さな大人の様にも見える光景。やがてみここが無垢を連れて来た事で少しざわついた部員達だが、みここが「見学です!」と顧問へ告げた事で許可が下りる。……そしてみここは袖が無く、スカートの丈も膝上と非常に短い黄色のテニスウェアに着替えてから、テニスの練習を始める。
全国レベルと言われるみここの動きは他の部員達に比べてやはり抜きん出ており、疲れる様子も見せずに相手のボールを軽々と打ち返しては決めてしまう。中には打倒みここといった様子で勝負を挑む者も居たが、その尽くを相手にみここは余裕で勝利を収める。そして勝利する度、彼女は無垢へアピールする様にピースして笑顔を見せていた。
「どうですか、あたしの実力!」
『聞いてた以上。本当に凄い』
みここの言葉に何度か頷きながら紙で告げる無垢。その様子が本心である事を物語っており、みここは更に笑顔を見せてから何かを思い付いた様に顧問の元へ。顧問は1度無垢へ視線を向けた後、渋々といった様子で頷いた。
「先輩! 一緒にテニスやって見ませんか?」
「?」
「先生の許可も取れたので、あっちであたしとやりましょう! 勿論、先輩に合わせますから!」
「……」
まさかの提案。だが心底楽しそうに告げるみここの提案を断るのは気が引けた無垢は結局頷いて一緒にテニスをする事になった。みここに連れられて一番隅にあったコートへ移動。渡されたラケットを手に、無垢はコートの反対側に立つみここへ視線を向けた。
「あ、着替えなくて大丈夫ですか? 制服だと、動きにくいと思いますけど」
「……」
流石にそこまで本格的にする必要は無いと思ったのか、無垢は頷いて答える。するとみここの方からテニスボールが投げ込まれた事で、無垢はそれをキャッチした。どうやら最初のサーブは無垢からの様だ。
「やり方は授業で習ってますよね! 何時でもどうぞ!」
みここの言葉に無垢は何度かボールをその場でバウンドさせてから上へ放った。そしてみここへ向けて打った時、彼女は向かって来たボールへ素早く移動して打ち返す。帰って来たボールの速度はそこそこゆっくりで、無垢も少し速足で追い付いて打ち返せば……そこから何度かラリーが続いた。実力差から間違い無くみここがラリーを続けられる様に手を抜いている事が分かる。が、2人のラリーに他のコートで練習していた部員たちは手を止める。
「嘘っ、みここちゃんが……相手に合わせてる……!?」
その殆どが驚愕したのはテニスの上手い下手ではなく、みここが無垢に合わせて加減をしている事であった。上級生相手でも決して加減せず、寧ろハンデを付けた上で叩き潰す事で彼女はその力の差を見せつけて来た。自分より弱い相手に強者が合わせる必要が無い。それがテニス部に居る者達からみた桃田 みここという少女のスタンスだった。
何度か続いたラリー。しかし遂に無垢が間に合わなくなった事で途切れる。少し肩を揺らしながらもボールを手に取る無垢に、みここは笑みを浮かべて声を上げた。
「先ぱぁ~い! 思った以上にやるじゃないですか! そうだ。ねぇ先輩、あたしとちょっと勝負しませんか? 勿論ハンデは付けますから!」
みここを相手にテニスで勝負するなど無謀に等しい。だが無垢が断るよりも早く、みここは「それじゃあ始め!」と勝手に勝負を開始してしまう。何時だって押しが強い後輩。仕方ないとばかりに無垢は再びサーブを行った。
「あはっ!」
しかしみここはそれを目を閉じたまま、ボールが落下した音だけを聞いて移動した後に打ち返した。以前昼食を食べる際に言っていた事を本当に実行したみここに無垢は驚きを隠せなかったが、何とか反応して帰って来たボールを打ち返す。が、再びみここは音だけで反応。先程よりも格段にみここの方が不利にも関わらず、同じ様なラリーが続いた。そして遂に無垢の打ち返したボールが今度はラインを超えてしまう。
「あたしの勝ち、ですね!」
「……」
笑顔の勝利宣言。みここが楽しそうな姿に無垢は静かに頷いて、もう1度ボールを取ろうとする。だがそれをみここの声が制止した。
「あ、先輩。あんまりやり過ぎると怒られちゃうので、ここまでにしましょう! 勝負はあたしの勝ちですし、着いて来てください!」
「?」
普段顧問の言う事もあまり聞かないみここの言葉に再び部員達が衝撃を受ける中、そんな事を知らない無垢はみここに連れられてコートを後にする。みここが向かった先はテニス部の女子更衣室。今は誰もいないそこで2人っきりになった時、みここは並んでいたロッカーの1つを開けてそれを取り出した。
「じゃーん! テニスウェアです! あたしの代えですけど、是非先輩に着て欲しいと思いまして」
「……」
渡されたそれを眺める無垢へ告げるみここ。ワクワクした様子の彼女に無垢は少し固まっていたが、やがて頷いてから更衣室の奥へ。みここに背中を向けて制服を脱ぐと、下着の上からテニスウェアを着こんだ。
「?」
「はぁ~……すっごく可愛いですよ、先輩」
無事に着れた事で『どう?』と言わんばかりにみここへ振り返って首を傾げた無垢。そんな彼女の姿に両手を頬に当てて喜びながらみここは称える。するとみここの手が自然と自分の後ろ腰に回り、気付けば無垢に見覚えのあるスマホが握られていた。
「これで準備はオッケーですね、先輩」
「!?」
今までとは明らかに違うどこか妖艶な笑み。そしてスマホを操作する素早い手に無垢は嫌な汗が流れるのを感じた。……そして聞きたく無かったあの声が、無垢の頭に響き渡る。
『佐伯 無垢は両手を上げて動けなくなる』
常時掲載
【Fantia】にて、オリジナルの小説を投稿しています。
また、一部二次創作の先行公開や没作の公開もしています。
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