※この作品はR-18です。

ひとくちゆずソフト   作:朴数奇

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宝物(ムラサメ)

 これから日差しが強くなるであろう初夏の少し前の頃、あの御神刀復活祭を終えてそう間もない日のことだった。

 その頃は復活祭を終えてすぐにあたり、ムラサメちゃんが完全に人間に戻ってからも短い間になる。そう、新しい玩具を与えられた幼児が如く、彼女もまた心を躍らせて過ごしていた。

 簡潔に言うと、浮かれていた。

 

「おお…おおぉ!見よご主人、この宝玉はあの憑代の水晶に勝るとも劣らない輝きではないだろうか!」

「確かに綺麗だけど、わざわざ見せるためだけに店の外に持ち歩いちゃダメだって。」

 

 今まで溜まっていた問題を全て解決してようやく余裕が出たのか、改めて町を散策したいというデートのお誘いがあった。無論断る理由もなく嬉しい限りだ。ただこうして出かけてウッキウキの幼刀ちゃんを見てると、いささかはしゃぎすぎではないかと心配になってしまう。身体は健康体で精神もその身にしっかりと宿っているのは理解しているはずなのだけれど、転んでケガをしないかという500歳にするものではない心配をしてしまう。

 

「ご主人、目を見ればわかるのだぞ?たった今失礼なことを考えておったな?」

「ソンナコトアリマセントモ。」

 

 しかし町おこしの最中は調査に目が行っていて商品そのものを見る余裕はなかったのだが、こうして見るととても良い出来だ。パワーストーンとかいうやつだろうか。

 他にはキーホルダーやストラップに付けるための小さな石や、指輪やペンダント用に細工が施されているものもある。観光地価格ではあるが、その中でも安めに設定されているので俺は買っても損はしないと思う。

 

「ご主人よ、吾輩に似合うものを見繕わせてやろう。」

「ありがたき幸せにございます。」

 

 ムラサメちゃんがペンダントのコーナーを指差しながら言った。隙あらば上からな穂織の元守り神なのだった。

 ムラサメちゃんに似合うものか……。彼女の髪色と一緒の若草色のものか、あえて彼女にはない青色系もいいかもしれない。今着ているのは和風の普段着であるからペンダントそのものが合わない可能性があるから、あの守護者の服に合うかどうかを主軸に考えてみようか。

 品揃えの良さが幸いして、考えた二つに当てはまりそうなものは見つかったので試着してもらった。確かにかわいさが増して良いのだが、あと一歩何か欲しくなる。

 

「ご試着中に失礼します。」

 

 と、女性の店員さんから声をかけられた。

 

「お客様にお似合いのものをお探しでしたら、こちらなどいかがでしょうか?」

 

 そうして渡されたのはエメラルドグリーンの色をしたものだった。

 確かに、二つの色を掛け合わせるのも面白いかもしれない。改めて着けてもらったところ、今の服でも十分に似合っていた。

 

「あら、とてもお似合いですよ。」

「ふふふ、そうであろうか!」

 

 嬉しさのあまりお店の前でくるくると回りだした。和服の裾が靡き、首から下げられた石も遅れて回る。その姿はもうかわいらしさ満点だった。

 

「じゃあ、これでお願いします。」

「ありがとうございます。ではこちらでお会計を。」

 

 購入を済ませて身に着けたまま店を後にしようとしたその時、この地に来て久しく聞いていなかったあの音を耳にして、記憶をもとに行動を起こす。ムラサメちゃんと繋いだばかりの手を引いて念入りに庇うようにもう片方の手で肩を抱きとめる。

 その直後、目の前を二つの車輪が付いている乗り物が通り過ぎていった。

 

「っと、大丈夫?」

「う…うむ、問題ないのだ。」

 

 普通の場所ならむしろ通っていて当然のもの、自転車。穂織で見かけないのにはいくつか理由がある。

 そもそも穂織が自転車で来る距離の位置にない。タクシー、路線バス、自家用車のいずれかが主な交通手段であり、山奥にあるため坂道も多く自転車に厳しい道のりになっている。それに街道も自転車に適していないから穂織の人も使わない。一応走らせる程度に道幅はあるが、日中は人通りも多く山道同様に坂道がそこそこある。

 

「今日はそこまで人いないからよかったけど、今のは危なかったね。」

「まあ、たまにああいう輩もいないことはない。というよりご主人、もう放してくれてもよいのだぞ?」

「あ、ごめん、苦しかった?」

「いや、丁度よい抱かれ心地であったぞ。さすがはご主人。」

 

 嬉しいけど、そこを褒められてもなあ。

 せめて守ったことを男らしいとか言ってほしかったような。

 

「そうじゃご主人、吾輩、あれに乗ってみたいぞ!」

「あれって、自転車?」

「その通り。この地では乗らん者が多いが、そうはいっても子どもに練習させる家も多いのだ。あの芳乃だって幼い頃は何度か安晴に教えてもらっていた。」

「そうなんだ。じゃあ──。」

 

 じゃあムラサメちゃんにも合う大きさかもね、という言葉をグッと飲み込んだ。往来で神罰を食らいたくはない。

 

「──今度誰かに貸してくれるか頼んでみようか?」

「まことか!?是非頼む!」

 

 幼い子どものように多くのものに興味を向けているムラサメちゃんの新たなターゲットが決まり、当の本人はますますご機嫌な様子。無邪気な笑顔が眩しいなあ。

小春あたりに聞くとしよう。

 

 

 

 

 俺たちの住んでいる場所から遠くなく、ある程度広く、砂利や石ころの少ない場所、となればやはり学院になる。境内も考えられたが、さすがに神様の通る道で自転車の練習をするのは不敬に当たると思い却下。

 本人の身の丈に合うものを使うべきなので、声をかけておいた小春と芦花姉のお古に乗ってもらい、芦花姉が小さい頃に使っていたものの方がサイズが合ってたのでそのまま譲ってもらった。

 

「大丈夫?学院まで俺が押していこうか?」

「ご主人、心配なのはわかるが、吾輩はもう肉体と精神が離れることもない健康体じゃ。むしろ身体を動かしておきたい。りはびりてーしょんというやつかのう。」

 

 復活祭で完全に人間に戻れたムラサメちゃんはその後俺達と同じ学院に通いたいと言ってくれた。とはいえ500前からの戸籍なんてあるわけもないので新しく作ったり入学と通学の手続きだったり、そして本当に人間に戻れたのか経過を見るためだったりと何かと事情があるためしばらく時間を置いてから通うことになる。確かにその間の暇つぶし、というかリハビリには丁度いいかもしれない。

 教えた通りの押し方で自転車を運んでいくムラサメちゃんの隣を歩く。途中の坂道に多少苦戦しながらも学院にたどり着いた。

 

「ふぅ……案外重いのだな。ここに来るだけでも少々疲れてしまった。」

「あそこで少し休憩しようか。」

「むむ、聞いたことがあるぞ。それは誰かをまぐわいに誘うための定型句だと。」

「いつどこで聞いたの。そしてなんて知識を仕入れてるの。」

「だがやはり身体を重ねるには愛がなければな。」

「そこじゃなくて。」

 

 エッチな元幼刀を連れて学院の軒下に腰掛ける。

 春の終わり頃、温かい陽気の中で涼しい風が吹いている。

 

「……吾輩も、もうじきここにご主人と通うようになるのだな。」

 

 後ろにある建物に振り返ってムラサメちゃんが口にする。

 そう、もう窓の外や扉の隙間から眺めるだけの必要はなくなった。朝一緒に歩いてきて、教室で授業を受けて、昼休みにご飯を食べて、夕方にまた歩いて帰る。そんな日常を送れるようになる。

 あの明るいようでとても寂しい笑顔をすることはなくなるんだ。

 

「そうだね。でも勉強ちゃんとついてこれる?」

「まかせておけ。穂織のことなら誰よりも知っておるぞ。」

 

 500年という歳月の暴力が襲い掛かる。そこは誰も勝てないのではなかろうか。

 

「でもそれだけじゃなくて、国語とか数学とか他にもいろんな教科を勉強しなくちゃいけないんだよ。」

「そういえば安晴からも宿題というものが課せられるとは聞いておった。そんなに大変なのか?」

「まあほぼ毎日しないといけないことだからね。それに加えて予習が必要になる教科もあるかな。前もって次の授業の内容を確認しておかないといけない。」

「学業は忙しいというのはわかっておったが、ご主人達はよく戦いと両立できたのう。それに稽古やら奉納やら家事やら、加えて町おこしまで。」

「まあ、本当にギリギリだったかな……。」

 

 言われてみればどうして全てこなせていたのか不思議だが、忙しさのあまり今となってはそこまで記憶に残っていない。

 

「まあ吾輩のことは案ずるな。なにかあればご主人を頼る。」

「思いっきり他力本願じゃん。」

「もしや不服か?」

「大変嬉しゅうございます。」

 

 そうして一段落ついて練習開始。普段はそこまで体を動かす習慣のないムラサメちゃんだが意外にも乗りこなすまでに長く時間はかからなかった。後ろからの支えなしでも乗れるようになるまで半べそ状態だったものの、そこを乗り越えてからは得意気に辺りを走りまわっている。もう平坦な道であれば自由に動けるだろう。

 小さい体型に合う自転車があってよかった、とは決して言わないようにした。

 

 

 

 

 日も落ち始めたので神社に戻ることに。疲れてるが帰りも自分で押したいそうなのでその言葉に従ったが、どこかで体勢を崩してケガしないかと家に到着するまで内心ハラハラしていた。

 

「だからそこまで杞憂せんでよい。もう吾輩も一人のオトナなんじゃから。」

「心配性ですからねえ。とはいえ先日までの状態を思うと、私だとしてもそのくらい慎重になるでしょうが。」

 

 お風呂を済ませて夕食の席、食卓を囲んで今日の成果を語っていた時のこと。

 

「私も、今朝お話を聞いた時はビックリしましたし、万が一交通事故にでもあったらと心配で……。」

「そもそも車の通りが少ないですし、こんなところでスピードを出す車なんて余計にありませんから大丈夫だと思いますよ。むしろ練習し始めでこけた時に変に手足をひねったりして痛めたりしないかと。」

「俺が見てたしそんなにひどい落ち方はしなかったはず。」

「まあ大事がなくてなによりだよ。そこは二人ともよく注意してたからだね。」

 

 みんなとしても多少の心配はあったらしい。

 

「何じゃ、皆して硝子細工のように扱いよって。」

「まあまあ、心配してもらってるのはありがたいことだよ。」

「…………。」

 

 寝室でマッサージをしながら、そのことを話していた。

 なにやら不満、というよりは不安そうに。

 

「もう吾輩は本当に何の力も有しておらん、ただの非力な娘じゃ。500年という歳月を

過ごしてきたとはいえもう今までのように恭しくされる道理もないではないか。だというのに、芳乃も茉子も安晴も、過保護というものではないか?」

「それは、まだ神様みたいに見られてるかもってこと?」

「うむ…まあそんなところじゃ……。」

 

 自分は人間に戻れたとしても、周囲がまだ神様として認知している環境であれば、世間の『普通』に戻れたとは言い難い。それにムラサメちゃんはそう称えられてもおかしくないような経緯がある。穂織の方が急に変われというのも無理な話だ。

 そのムラサメちゃんのモヤモヤはすぐに払拭するのも難しいだろう。

 

「でもさ、ムラサメちゃんは人を変えられるんだよ。」

「??……どういうことだ、ご主人?」

「前までは人を見ることしかできなかったけど、今なら人から見えるし、お互い話し合えるし、ふれあえるんだ。なら、ムラサメちゃんからは普通の女の子として扱ってほしいって言えるんだよ。」

「ご主人……。」

 

 ムラサメ様と呼ばれれば、ムラサメちゃんと呼んでほしいと応えることができる。神様ではなく女の子として見てほしいと伝えることができる。

 もちろん、この町を変えていくのは時間がかかるだろう。でもただそれだけだ。ムラサメちゃんなら何年だろうと絶対に変えていける。何の力も持っていないわけじゃない。むしろ以前にはなかった新しい力が宿ってるから。

 

「それに、三人は神様だからじゃなくて、ムラサメちゃんだから心配してたんだよ。」

「……ご主人はいちいち言葉が足らぬ。」

「ごめんごめん。純粋に普通の女の子としてのムラサメちゃんを心配してたってこと。」

「むぅ……本当かのう。」

「話し合えるんだから、聞いてみたらいいよ。」

「まったく、イジワルなご主人じゃ。」

 

 そう言ってそっぽを向いたムラサメちゃん。だけどその言葉は嬉しそうに聞こえた。

 

「本当に、吾輩はご主人からは貰ってばかりじゃ。何かお返しをせんと気が済まんな……。」

「そんなこと──。」

「いいや、吾輩が、嫌なのだ!」

 

 迫真に主張する500歳(見た目は幼女)。

 

「この幸福も、この体も、この生活も、ご主人あってのものだ。ぎぶあんどていくには吾輩からご主人に何かを与えないといかんのだ。それに……ぷれぜんとも貰った。」

「プレゼント?──ってちょっと!?」

 

 いきなり電気を消し、薄い寝間着を脱ぎ捨て、下着も外し、一面肌色……かと思われたその姿には、首元にペンダントがぶらさげられていた。裸という背徳的であろう恰好はむしろ青竹色の宝石により神秘な雰囲気を醸し出していた。

 

「これもご主人からの贈り物。この体に戻って初めての、しかも形に残るもの。……ご主人、吾輩もこの恩に報いたい。」

「ムラサメちゃん……。」

 

 長い髪の毛を揺らしながら迫られる。これではもう受け入れる以外の道はない。

 

「吾輩が十月十日の後に宝を恵もう。」

「俺達にはまだ早すぎるから!」

「そうか?ではまた今度にするか……。」

 

 十分に嬉しいけど、そこはせめて学院は卒業しないと社会的にまずい。

 ちょっと残念そうだったが、何か思いついたようで自分のペンダントを俺の首にかけた。男の俺が着けるのは華がない気もするが……。

 

「うむ、ご主人へのぷれぜんとは決まりだ!」

 

 満足そうなムラサメちゃん。ということは少なくとも変じゃなかったのだろうか。おそらくペアアクセサリーになるという予想に密かに心が躍る。

 

「それはそうと、子宝は先に恵むとして、まさか裸の吾輩を目の前にして何もしないわけではなかろうな?」

「……今日は疲れてたんじゃなかったっけ?」

「まっさーじのおかげで夜の運動もばっちりなのだ。」

 

 そのエッチさに呆れながらペンダントを着け返す。珍しく見せる小悪魔のような笑みの誘い受けに乗り、長い夜が始まる。障子から漏れ出す淡い月明かりで照らされる彼女の肢体は宝石とともに輝いて見えた。

 




はじめまして、朴数奇と申します。
ツイッターにてワンライおじさんでしたが、この度短編を出させていただきました。
文字書き初心者ですので作品向上のため批評やアドバイス等は絶賛受け付けております。
筆は遅い方ですが続けられたらと思います。
これからよろしくお願いします。
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