※この作品はR-18です。

ぴるぐりっ! ~はちはち異界巡礼譚~   作:伊土 讃阿

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第四錠

 

 

 

 

/ぴるぐりっ! ~はちはち異界巡礼譚~ 日本語版

/摧一切善之功 胎蔵界

/第一〇夜 逢魔万象

/第四錠

 

 

 

 『んかいの臓穴』に突入して、かれこれ二時間ほどでしょうか。そろそろ小腹が空いてきた御同行、一際広々とした空間に。

 

 シィアさんが掲げたランタンやエルシンシアさんの有翼光輪(クワルナフ)では、天蓋はさることながら、奥の壁面を観測(みはか)ることさえ叶わぬ、濃密な惣闇をたたえています。

 

 そんな虚無で御同行を出迎えたのは、穏やかな口調ながらも荒々しく波打つ暴河の楽の音がごとき、堂々たる姿なき声でした。

 

「よくぞここまで辿り着いたな、賢明かつ勇壮たる旅人どもよ。わが問いを解き明かし、恐るべきわが眷属を退け、わが壮麗きわだかな淫靡たる神殿をくぐり抜けてきたこと、まこと称賛に値しようぞ」

「……りんご姉、どういう意味?」

「全然わかんない、ってゆーか、それ、あたしに訊く?」

「ここまで付き合ってくれてありがとうございます、って意味じゃないかとっ」

「さすがサンセットさんですー!」

「……つまり、あなたがここの主というわけですのね」

「さようだ、天より来たりし流浪の民よ。われこそはこの万象の庭の――」

「りんごさん、このひと、人間ですの?」

 

 滔々と語る声を完全に無視して、エルシンシアさんはりんごさんに確認しました。いかなる権能なのか、りんごさんには感覚的に相手が人間であるか否かが判別できるのでした。

 

「んんー? いや、違うっぽ――エルシィ!?」

 

 エルシンシアさんは何の前触れもなく光弓を炳現、かなり控えめな光矢を射出します。光矢は闇を切り裂いて飛翔し、しかしなにものも穿たぬままに底なき深淵に飲み込まれていきました。

 

 狂犬も真っ青な暴挙に、りんごさんが動転します。

 

「ちょお!? なんでいきなり攻撃してんの!? だいぶ加減してたみたいだけどさ!」

 

 エルシンシアさんは腰に提げている簡易聖火壇(アフリナニユ)の、普段より勢いの弱まった聖火を覗きこんで苦々しげに言い放ちました。

 

「……手心を加えたつもりなんか、ないですの。この部屋、聖典(アヴェスターグ)との繋がりが――」

 

 闇の奥から哄笑がこだまします。

 

「よかろう、無思慮なる旅人よ。われは無貌なるがゆえに万象。そなたが闇をも恐れぬならば、われはそなたがもっとも恐れる貌をつくろおうぞ」

「ひっ!?」

 

 声がそう宣言するやいなや、シィアさんが息を呑んでおびえました。暗黒の胎内でおぞましいなにかが蠢動する気配とともに、闇そのものが実体を持ったかのように、とてつもない圧迫感が押し寄せてきたのでした。

 

 肌にびりびり来る質量感に、はすのさんも身構えます。

 

 そして耳を聾する咆哮が洞窟全体を震わせ、唐突に部屋の隅に設えてあったいくつもの燭台へ、順々に青い火が灯されていきました。暗闇よりもなお冷たい炎に照らされ、闇に浮かび上がるは、見上げるほどに巨大な竜。

 

「これなるは、破義者すなわち天則(アシャ)を破るもの! 三口あり、三頭あり、六眼あり、千術あり、いとも強く、魔性の虚偽(ドゥルジ)にして庶類には邪悪な不義者、アジ・ダハーカなり!」

「ダ、ダハーカ竜ですー!?」

 

 その竜はまさしく名乗りを上げた通り、強靭にして禍々しい偉容を放っていましたが――。

 

「え……いや、ってゆーか、これ、あれなんじゃ……」

 

 りんごさんが呆れかえった風に他の仲間に目配せしました。はすのさんは目のやり場に困ってもごもごし、シィアさんは手で顔を覆って指の隙間から覗いてます。

 

「ん……ぅん……おっきぃ……」

「ぅ……と、とっても、りっぱ、ですー……」

「明らかにあれですねっ。やはり、というか、これで確信が持てましたけど」

「あーも、マジでさいってー……夢に出てきそー」

 

 どなたもあえて明言はしませんでしたが、そう、有体に言ってダハーカ竜なる巨竜のみっつの頭部は、まさに陰茎のそれだったのです(誰が作ったのかは存じませんが、本当に悪趣味です。誰が作ったのかは存じませんが!)。

 

 気持ち悪さを通り越して毒気を抜かれそうになる一方で、おそらく陰茎を見たことのないエルシンシアさんだけは、かつてないほどの怒気を輻射していました。

 

「本当に、なにからなにまで虚仮にしてくれるですの……まがいものとはいえ、このわたくしの前で、そんな妙ちきりんなマツタケみたいな頭でよくもアジ・ダハーカを名乗れたものですのね! しかも、最善最勝なる加護を受けたこのわたくしのもっとも恐れるものが、アジ・ダハーカ!? 道化も、大概にするですの!」

「……! りんご姉、なんか来る」

 

 はすのさんが短くそう告げると同時、偽・ダハーカはごろごろと喉を鳴らし、三口から甘ったるい匂いのする小豆色のヘドロを吐きかけてきました。

 

「うぇっ! きたな!」

 

 りんごさんが天手によって御同行への攻撃を一手に食い止めますが、ヘドロの勢いは強く、そう長く天手の防御を持続できそうにありません。りんごさんの権能を熟知しているはすのさんは、毒をかわして前に飛び出しました。

 

「りんご姉、みんなを任せた!」

 

 ダハーカ竜の気を引きつけ、じぐざぐ汚物を避けつつ巨体に肉薄。

 

 竜のずんぐりした腕から繰り出される横薙ぎを掻い潜ると、すかさず抜刀。腋の下を斬りつけます。鱗のないそこは柔らかく、されど太刀筋鋭く容赦なく、研ぎ澄まされた刃が悪竜の肉を引き裂きます。

 

 が、はすのさんはぞっとしてすぐにその場から飛び退りました。

 

(ぅ……こいつ、きもちわるい……!)

 

 ダハーカ竜の傷口から、なんと纏多草らしき触腕がうねうねとこぼれてきて、瞬く間に治癒してしまったのです。一瞬ぎょっとして硬直してしまったはすのさんの隙をついて、二頭が上方からあぎとを開いて迫ります。

 

(しまった――)

 

 回避は間に合いそうになく、防御姿勢を取りますが、すんでのところでいやちこなる光の矢が着弾。邪竜をひるませます。

 

「ふん……! 生意気にも不死性は伝承に近いですのね……!」

 

 エルシンシアさんが牽制でさらに何本か矢を発射しつつ。

 

「はすのさん! アジ・ダハーカは斬っても倒せないですのよ! 近接戦闘は禁物ですの!」

 

 焦れる気持ちと反抗心を飲み込みつつ、はすのさんは暴風の御業と長大なフツノミタマを軽々ぶんまわす派手な立ち回りで竜の攻撃をさばき、やり過ごし、陽動に専念します。

 

 後方では、こっそり作戦会議が開催中。

 

「はすのの体力が残ってる間に、倒す方法を考えなきゃだけど……エルシィのちからも落ちてて効いてないっぽいし、どーやって倒すの、あれ」

「プロムママから聞いた伝承だと、アジ・ダハーカは英雄クルサースパしか倒せない運命だったですー……」

「え、なにそれ。こっちもそのくるくるぱーだかなんだかに変身しろっての?」

「クルサースパですの! 倒されたわけではないですけど、アジ・ダハーカは火の神アータルとの戦いで、口の中を燃やされるのをなにより恐れたですの。きっと火を食べさせれば、楽勝ですの」

「いやでもその火を食べさせるってのがまず、ぜんぜんらくしょーってやつじゃないんだけど……」

「最善最勝ですの!」

 

 りんごさんの天手で全身を覆っていればあのヘドロや纏多草の媚毒を跳ね除けることができますが、今度は息が続きませんし、そもそも竜の口を開けることも不可能です。悪竜の口内に火を投げ込むには、多少なりとも毒を浴びることを覚悟せねばなりませんでした。りんごさんの御業は比類なく便利なものでしたが、万能ではなかったのです。

 

「ってか下手したらこっちまで食べられて、大怪我じゃすまなくない?」

「いえ、おそらく食べられても大丈夫だと思います。竜のあの毒も、纏多草の媚毒が主成分ではないかと」

 

 サンセットさんが顎に指を添え、見解を述べました。

 

「この不死身の竜からは、本気で挑戦者を打ち負かしてやろうという意図が感じられます。だからこそ、安全なはずなんです。血なまぐさいのは、運営の方も観客の方も求めていないでしょうから。ただ――、纏多草まみれにはなっちゃいそうですけどっ」

「んー? よくわかんないけど、あのなか全部纏多草だったら、媚毒であとあと大変そーだなー……」

「わたくしは絶対に行かないですのよ」

「言い出しっぺのくせに……まー、どっちみちあたし向きか。せっかくすっきりしたとこだったんだけどなー」

 

 りんごさんは観念したように盛大な溜息をひとつ吐き出して。

 

「うー、そもそも見た目からしてあんま近寄りたくないんだけど……しょーがない、ぱぱっと行って、ちょびっと揉まれて、はすのとあたしでどーにかこーにかしてきますよーっと」

「あの……りんごさん、ぼくも、連れてってほしいですー。ぼくなら、毒もへっちゃらですし」

 

 おずおずと、しかし揺るぎない意志を秘めた薄緑の瞳で、シィアさんが申し出ました。

 

「それに……、ぼくだって、なにかひとつぐらい、お役に立ちたいんですー!」

 

 一瞬訪れた沈黙に、不安そうになるシィアさんでしたが――。

 

「……やっぱり、だめですー?」

「……んー、むしろそれしかないって感じで、びっくりしてた。さすがサキュバス、相性抜群じゃん!」

「……わたくしとはすのさんでそれぞれ頭を押さえて、りんごさんが残った頭の口をこじ開けてる間にシィアが火を放り込む、というところですのね」

「完璧な作戦ですねっ」

 

 光明を見出し、顔を見合わせ頷き合う御同行。シィアさんもぱっと笑顔を咲かせます。

 

「……! はいですー!」

「おーし! そーと決まったらさっさと片付けちゃおっか! はすの! 聞こえてたよね!? 頭一個よろしく!」

 

 頑強な肉体自慢のはすのさんでも三つ首を一手に引き受けるのが辛くなってきた頃合い。りんごさんの掛け声とともに、熾烈な光矢の雨が竜へ横殴りに降りつけます。はすのさんの身長よりも大きい輝く長弓を顕現させ、固定砲台と化したエルシンシアさんの頼もしい援護です。

 

 正確無比かつ本来であれば里ひとつぐらいわけなく灰燼に帰す最善最勝なる熱量の一点集中射撃を絶え間なく浴びせかけられ、竜の首ひとつがたちまち釘付けにされました。

 

 はすのさんは竜の懐に一直線に向かい、あえて左右からの挟撃を誘発。迫りくる二頭を驚異的な運動神経で飛び上がってかわすと、宙で身体を捻りざまに腰に刺していた小刀を御業で射出。

 

 片方の竜頭の眼球に柄頭を命中させ悶絶させつつ、もう一方の竜頭の眉間に着地しながら長刀を突き立て顎まで貫通させると、解いた襷で素早く上顎と下顎をぐるぐる巻きにしてしまいました。鈴さんに習った戦術が、さっそく大成功です。

 

 はすのさんが暴れる竜頭を全力で岩肌に押さえつけながら、フツノミタマを引き抜き、振り返ると、ちょうどりんごさんとランタンを握りしめたシィアさんが駆けつけてきたところでした。

 

 りんごさんは最後の頭に近寄りながら、天手を伸ばし、はすのさんが放っていた小刀を地面に落ちる前に回収。視力を回復させたダハーカ竜が憤然とヘドロを噴出してくるのを天手の補助によって飛び越え、はすのさんと同様に頭の上に乗り移ります。そして取っ手代わりに小刀を突き刺し、しがみつくと、天手を発動。不可視の腕で邪竜の大口をこじ開け、叫びました。

 

「シィア! お願い!」

 

 シィアさんは撒き散らされる毒々しい色合いの瘴気を真正面から受けとめ掻き分け、畏怖すべきアジ・ダハーカの鼻先へ。そして喉奥めがけ、ランタンを全力で投擲しました。

 

 ところが――なんということでしょう、口内で踊り狂う纏多草に弾かれ、ランタンは竜の目前で地面に叩きつけられ、砕けてしまったのでした。

 

「あ……っ! そ、そんな――」

 

 シィアさんが真っ青になって、膝をつきかけます。

 

「ご、ごめんなさい……ぼく……ぼく、とんでもないことを――」

 

 肝心かなめのお役目を失敗してしまい、絶望に打ちひしがれる幼サキュバスさんでしたが――。

 

「――シィア!」

「……っ!」

「……諦めんなぁ――!」

「は、はい、ですー……!」

 

 必死にダハーカ竜を組み敷いていたりんごさんからの激励を受け、こころを持ち直すと、すっくと立ち上がりました。

 

 次いで自分の身体を見下ろし、逡巡すると、思い切ったように身にまとっていたマントを脱ぎ、純白の肌を晒しました。

 

 そしてマントにランタンの残り火を移すと、自分よりも遥かに巨大な、いつ閉じるともしれぬ悪竜の口腔に勇気を振り絞ってしがみつき――。

 

「これでも……食らえですー!」

 

 纏多草蠢く喉奥へ、見事に火を押しこめてみせたのでした。

 

 シィアさんが腕を引っこ抜くなり、りんごさんは天手を解除。竜は鼓膜を破らんばかりの苦悶の声をあげはじめました。びくりびくりとのたうって、効果抜群といった具合です。

 

「や、や、やりましたですー!」

 

 勝利を確信し、竜の目前で歓喜するシィアさんでしたが――はすのさんが鋭く警告します。

 

「――っ! シィア、避けて!」

「へぁあんっ!? あっ! まず――」

 

 ダハーカ竜が最後の余力でにわかに開口すると、纏多草の群れが殺到し、シィアさんの素肌に絡みついたのでした。無数の触腕に力強くずりずり引き込まれ、あっという間に燃え盛る口腔へいざなわれそうになる、その寸前。

 

「ん……!」

 

 はすのさんは納刀していたフツノミタマの太刀緒を腰から外し、鞘を地面に突き立て、御業を最大発現。風圧でばしゅっと直刀を自分ごと矢のように撃ち出し、飛来――、一閃。しゃきんとシィアさんにまとわりつく触腕を斬り落とし、奇しくも出会った時とおなじように、間一髪でシィアさんを救い出しました。

 

 はすのさんの腕のなかで、ぐったり放心するシィアさん。

 

「ふゎ……」

「……怪我、してない?」

「へ、へいき、ですー……ぁ、でも……また、足を引っ張っちゃって――」

「いい……、シィア、頑張ったから」

「……っ、あ、ありがと、ですー……」

 

 未だあらじ、一味美膳をなし、片音妙曲を調うるものは――ですが未熟な五人でも寄り集まってちからを合わせれば美膳にも妙曲にもなりえ、なんとかなるものです。

 

 かくして、アジ・ダハーカ(の偽物でしたが)を調伏せしめた御同行は、無事に依頼を達成することができたのでした。

 

 

 

 

 

 

「まだッ!? まだなんですの、サンセット!?」

「ふふっ、もうちょっと、あとちょっとですよーぅ」

「むぐぐ……!」

「……エルシィ、あんたちょっと落ち着きなって」

「だって、こ、こんなにもおいしそうな香りがしてるんですのよ……! りんごさんこそ、どうしてそんな冷静でいられるんですの!?」

「えー、あたし、もともと嫌いでもないけど、そんな好みでもないってゆーか」

「この前はおいしいって言ってたじゃないですのッ!」

「あれはマツタケだから別物だし。まー、幻の食材って言うぐらいだから、楽しみっちゃ楽しみだけどね。サンがつくってくれてるし」

 

 火点頃に天帝院から木賃宿へ戻ってきた御同行。宿の軒先で、サンセットさん以外はみな、すんすん鼻を鳴らし、今か今かという眼差しを七輪に注いでいます。

 

 ぱちぱち炭火に炙られながら、網の上で濃厚な木の芳香をくゆらせるは、おまんじゅうかと見紛うほどの肉厚なシイタケ――これこそ、天帝院の依頼の品たる、幻の食材だったのでした。

 

「ん……ふつうのシイタケより、香りがいい」

「おー、たしかに。深みがある、ってゆーの? あ、なんかめっちゃお腹空いてきた」

「むぐぐぐ……! サンセット! もういいんじゃないんですの!?」

「食べ頃になったら、傘が汗をかいてきますから、それまで我慢、我慢ですっ」

「むぐぐぐぐぐ……!」

 

 その機を逃すまいと翠緑(フェロザー)の虹彩をかっと見開いて、シイタケをぎらぎら睨むエルシンシアさん。先頃、悪竜を相手取っていたとき並みの鬼気迫る相貌です。サンセットさんは莞爾と微笑ましげに眺めつつ、シイタケに岩塩をまぶしていきました。

 

「しっかし、シィアも残念だなー。せっかく苦労して採ってきたのに、サンの調理で食べられないなんてさー」

「ふふっ、サンだって、ただ炭火焼きにしてるだけですよっ」

「やー、あの子、絶対下ごしらえとか焼き加減とかわかんないでしょ」

「いいキノコはどう料理してもおいしいので、きっとだいじょうぶですよっ」

 

 いささか失敗もありましたが、華々しく掉尾を飾ったシィアさんは、天帝院から報酬を受け取って古着の装備を借りるなり、次の界の到着時刻に間に合わなくなるですー、と別れを惜しむ間もなく慌てて出立していたのでした。

 

「生のままだとすぐ痛んじゃうので、せめて早めに召し上がっていただければいいんですけど――」

「……毒が効かないから、わからないかも」

「あー、そーか。そー考えると、腐ったものでも食べられるって、便利かも?」

「ちょっと、はすのさん、りんごさん! これからおいしいものを頂こうというのに、そういう話はやめてくださる!?」

 

 空腹状態でおあずけを食らっているからでしょう、エルシンシアさんはいつも以上に気が立っていました。しかしそうこうしているうちに。

 

「……ん。おだし、浮いてきた」

「――ッ!」

「あ、食べ頃ですねっ。はい、どうぞ、エルシィさんっ、召し上がれっ」

「いただきますですのッ!」

 

 お塩も溶け、柔らかく焼きあがったシイタケに、一番乗りでエルシンシアさんがかぶりつきます。

 

「おひゃ……かっはほひ……はふ……」

 

 途端に多幸感でとろんととろけた童顔を前にして、サンセットさんはにっこり微笑み、はすのさんとりんごさんにもシイタケを配りました。

 

「なに言ってんのかわかんないし……んむ、おー、こりゃいけるね」

「……ん。森の香りがする」

 

 噛み応えのあるこりこりぷりぷりの傘は、もはや肉汁と形容しても過言ではない芳醇なおだしをふんだんに含み、噛めば噛むほどジューシーな味わいが口のなかに広がるのでした。それでいながら、シイタケ特有の臭みは少なく、まさに旨味の塊といった塩梅です。

 

「んぐ……、たしかにマツタケとは全然違うんですのね……あっちの方が高貴な感じがしますの」

「でしょ?」

「でもこのシイタケも、この荒っぽさがむしろ味になってるですの……! 山の味というか、野性味というか……言うなれば――そう――、下品なマツタケですの!」

「っ!? ぇほっ、ごほっ! 下品なのは、あんたの方でしょ……っ!」

 

 予想外な方向から偽・ダハーカを想起させられ、噎せ返るりんごさん。

 

「んー、でもまー、たしかにめっちゃおいしーけど、あれだね、べつにあそこまで苦労したり、あんだけ報酬用意して食べたくなるほどのものではない、かなー」

「……やっぱり、仕込みだったんでしょうね」

 

 幻のシイタケを採取したのち、天帝院へ報告に戻った御同行でしたが、しかしまひるさんからは、依頼がキャンセルされた旨を言い渡されたのでした。

 

 報酬は契約通りの額面で支払われましたし、こうしてシイタケもおまけでもらえましたから、文句はないといいますか、文句を言う余地を与えられなかった、といったところでしょう。サンセットさんは、天帝院に抗議する気満々だったのですから。

 

「各宗の教義を尊重しているはずの天帝院が、『んかいの臓穴』のような強引な見世物を運営していると知れると、色々と問題が起きますから――」

 

 サンセットさんが主張するには、『んかいの臓穴』は天上民が設計したあとらくしょんではないのだそうです。というのも、罠にフタナ固有の植物である纏多草が用いられていれば、そもそも最初のなぞなぞからして、問題文がフタナ語で書かれていたのですから、当然の指摘です。

 

 そしてことごとく挑戦者をえっちな目に合わせようとする罠や、はすのさんが時折感じていた視線、この界ノインザのガイアの脆弱性に対して多すぎるよそ者の割合などから鑑みて、サンセットさんは、『んかいの臓穴』の真のターゲットは試練に挑む参加者ではなく、洞窟のどこからか覗き見ていた外部の観客ではないかと推察したのです。

 

 とはいえ確たる証拠も掴めていませんでしたし、依頼を取り下げつつも報酬は満額+食材という先手を打たれてしまった以上、サンセットさんはすごすごと引き下がらざるを得なかったのでした。

 

「天帝院も抜け目がないというか、あくどいと言うか、あんまり信用ならないんだなって、思い知りましたっ」

「そっち方面に関しては、なんかたまーにあやしーとこあるからなー、天帝院。まー、危ないことはなかったし、今回は誰も見られて困るようなことも起きなかったし、シイタケももらえたし、よしとしよーじゃん」

 

 あなたがそれを言うんですの? とでも訴えたそうに、エルシンシアさんはぎろりとりんごさんを睥睨しましたが、なにもなかったということにしている以上(気づいていないのははすのさんだけなのですが)、黙々とシイタケを頬張るに留まったようでした。

 

 もっとも――。

 

「ちょお! エルシィ、それあたしの! しかも楽しみにしてた醤油の方!」

「好みでもないと言ってたじゃないですの。むしろ食べてあげたんですから、感謝すべきですのよ」

「はー!? 今までふつーにおいしそーに食べてたの見てたでしょーが!」

「りんごさんが食べていたのは塩味ですの」

「こっの、また屁理屈を……! あんたねー! 覚えときなよ! 食べ物の恨みは恐ろしーんだからね!」

「まぁまぁふたりとも、抑えて抑えてっ。まだまだいっぱいありますから、ねっ?」

 

 またいつものかしましい空気を取り戻すきっかけになっていましたけども。

 

「……サン、その葉っぱで包んでるの、気になる」

「包み焼きですねっ、ご主人さまっ。これから焼いていきますよーぅっ」

「あ、あたしもそっちのチーズ乗っけたやつ、食べたーい」

「はいはい、ただいまっ」

 

 さてさて、宴もたけなわといったところですが、そろそろお時間となってしまいました。名残惜しくも、今宵のお観測(みはか)りはここまでにいたしましょう。

 

 次回もお楽しみにお待ちくださいませ。

 

 

 

 巡礼済み天帝院:八/八八

 蒐集済みホムスビ一六神:二/一六

 

 

 

 次なる目的地は、燃え盛る山林をガイアとする火森の界・ミョウトラ。フタナ転がしとも呼ばれる過酷な道行きをなかばにして、この地に封印されていたはずの、いにしえの大蛇に運悪く遭遇してしまう御同行。

 大暴れする大蛇のせいで、このままではミョウトラ滅亡の危機――ということで、八尾と名乗る謎の狐風な女性に大蛇調伏を託されますが、エルシンシアさんは普段以上に剣呑な様子で……?

 

 

 

 次回「第一一夜 焼山之蛇」

 

 

 

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