第一錠 ♥
■□■□■ 注意事項 ■□■□■
必ず天帝院から処方された
定められた順番に服用ください。
一度に二夜分以上服用しないでください。
服用後、立っていられないほどの強い眠気、幻覚が現れますので必ず就寝前に服用ください。
元服前のご使用はお控えください。
夢の内容を書き起こしたり、
以下の症状があらわれた場合、ただちに服用を中止し、最寄りの天帝院の
悪心、眩暈、悪寒、頭痛、伝承不信、組成収束化、信仰低下・反転、九悪欲 など
また、本剤を服用している間は
※
本剤の内容は
フタナ島のみなさま、こんばんは、はじめまして。みなさまの夢路の案内役を努めさせていただきます、まおと申します。
この度は当院の
注意事項はご確認いただけましたでしょうか?
当院としましても、本剤が記念すべき第一作目となりますゆえ、何分至らぬ点があろうことかと存じますが、最後までお付き合いいただき、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
さてさて、まどろっこしい前置きはここまでにいたしましょう。さっそく、夢の方へご案内させていただきますね。
これは――。
天をして無間地獄がごとき。
魔をして色究竟天がごとき。
人をして大悲胎蔵金剛大螺旋がごとき。
うたかたのような、ふたえの国の夜伽薬。
ではではみなさま、お
/ぴるぐりっ! ~はちはち異界巡礼譚~ 日本語版
/摧一切善阿密哩多 胎蔵界編
/第一夜 鹿島太刀
/第一錠
「んっ♥ んあっ♥ はぁうんっ♥ おっ♥ おくっ♥ おくぅっ♥ とどいてるぅっ♥」
昼下がりのうららかな陽射しを散ず、鳥獣ささめく密やかなる木叢。はばからずも甘美に啼く、年頃の少女。
「はっ♥ あっ♥ あっ♥ あはぁっ♥ んっ♥ そのっ♥ とんとん♥ すきぃっ♥」
少女が身をくねらせるは、うら寂しい小路のかたわら、金筆を止め苔生したおじどうさんが見守る、雨風凌いで人心地つけられる程度の小さな四阿です。
「んんんー♥♥ またいくっ♥ もういくっ♥ ――っ♥ ――っ♥ ――っ♥」
たくさんのおフタナさんがここで脚を休め、お接待のおむすびを頬張ったり、ヤマモモの葉をそよがす風を浴びつつお昼寝をしていたであろう、かつての情景が目に浮かぶようですが、フタナ道から外された今となってはもう、ひとの気配は露ほども感じられません。
「はぁぁあああぁ……っ♥ ん……っ♥ ん……っ♥ ん……っ♥」
ゆえにこそ秘め事にはおあつらえ向きの場所というもの。嫁入り前のおなごが、着物をはだけ、鮮やかに朱の差した肌をあらわに、汗で黒髪の張りついたかんばせをいかにも淫蕩の余韻に浸らせていても、見咎めるものなどいようはずがないのでした。
「ふー……、んっふふ、すっごいイッてたね、にけ」
片や、どこか達成感といいますか、ほっとしたような面持ちで顔を上げたのは、絶頂跡引く黒髪の少女よりも、ひとつかふたつばかり年下の赤髪の少女です。
リンゴ型のワッペンを散りばめた黒いパーカーとホットパンツを着こなすおとな顔負けの抜群のプロポーションに、ばっちり開いた気の強そうなディープブルーの双眸が目立つ、おとなとこどもの中間の生意気そうなミドルティーンの容貌は、生き生きとした活力をみなぎらせながらもどこかつくりものめいているというか、芸術的で絶妙な均衡の配剤がうかがえます。
手足はすらりとして活動的ながらも肉はしっかり乗っているので、気ままで悪戯好きなうら若き雌豹といった風情でしょうか。
赤髪の少女は顎の下あたりの長さで切り揃えている燃えんばかりの紅葉色のショートヘアを耳にかけ、覆いかぶさっていた黒髪の少女――にけさんから、身体を起こそうとしますが――。
「ん……♥ りんごちゃん♥ もっと♥」
すぐさま首に絡みついてきた汗ばんだ腕に引きもどされ、唇を奪われます。
「んぐ……ちょお……んむっ」
にけさんはただ唇を重ねてくるだけに飽き足らず、紅く腫れた舌を赤髪の少女――りんごさんの口腔に押しこめ、口内すべてを舐めまわさんと踊り狂わせます。りんごさんは観念したようにその舌を吸い、甘噛みしました。
そして――うら若い少女が粘膜を重ねる背徳的で耽美的なその光景を葉叢の裏側から息をひそめていやしくも窃視する黒き獣が、ひとり。
今宵の主役、
オオゲツヒメ系稲荷神の眷属として黒毛の狐耳と尾を具有するその肉体は、りんごさんより頭ひとつ分以上高く、鍛え抜かれすらりとしていて、本来であればその身に帯びる高い神格に恥じぬ見事な威風を放っていますが、今はふたりに見つからぬよう、茂みのなかに狭っ苦しく押しこめられ、情けない
「……っ」
はすのさんは息を押し殺してひとときも少女たちの青い狂宴から目を離さぬまま、藍染めの着流しを緩め、そろりそろりと股ぐらの方へ指を伸ばします。そしてその指が捉えたのは、猛々しく屹立した陽なる一物。
射鶴木の血は単独で血脈を遺していけるよう蛇の血を混ぜ合わせているので、生まれつき両性を有しており、ゆえにはすのさんは女の子にしてそのような物々しい器官をぶらさげてしまっているのです。
「……っん」
はすのさんはすっかり昂ぶりきった己の外性器を緩やかに扱きはじめ、なんと言いますか、さらにその愍然さに拍車をかけていくのでした。
さて、はすのさんに覗き見られているなど露知らず、りんごさんとにけさんは剥き出しの生っ白い太ももを絡みあわせ、互いの舌を貪るのに夢中になっていました。いつのまにやら攻守逆転、今度はにけさんが上になっています。
粘つく唾液の糸引く唇を離すと、にけさんは熱に浮かされたように妖艶に囁きました。
「次は、りんごちゃんに、してあげるね……♥」
「……あー、あたしは、今日は受けの気分じゃないってゆーか」
「いいから♥ したいの♥ させて?♥」
「えー、……んっ♥ ふっ♥ もっ♥ してる、し……っ♥ ん♥ あ♥」
にけさんがりんごさんのホットパンツを緩めて指を潜り込ませ、かすかな水音を奏でつつ内部をねちっこくかきまわしていきます。
攻められるのは乗り気ではなさそうだったりんごさんでしたが、長いまぐわいのなかで、すっかり準備は整っていた模様。愛撫されるやいなや、ちょっぴりハスキーでおとなっぽい、甘い声を漏らして、にけさんの指技に身を委ねはじめました。
「んっ♥ んっ♥ いいっ、そこっ♥ にけっ♥ にけぇっ♥」
「はっ、は……っ♥ りんごちゃっ、りんごちゃん……っ♥」
膣を弄ぶ手を休めず、にけさんはりんごさんの瑞々しく蠱惑的な肉体を堪能するがごとく、パーカーをはだけさせてタンクトップをめくりあげ、汗を舌で掬い取り首筋や胸元、右肩のリンゴのような痣に吸いついていきます。
「りんごちゃん……っ♥ りんごちゃん……っ♥ きもちいい? きもちよく、できてる?」
「んっ♥ ぅんっ♥ きもち、いーよっ♥ やっぱ、にけっ、うまい……っ♥」
「はーっ♥ はっ♥ えへっ♥ えへへっ♥ うれし……♥ もっと、がんばるね……っ♥」
「えっ、や、今のっ♥ ままでっ、じゅーぶんっ、んっ♥ んっ♥ んんっ♥」
受け手のりんごさん以上に盛り上がっていくにけさん。りんごさんのホットパンツと下着を剥ぎ取って、整えられた赤い茂みの下にくちづけ、愛液を啜るさまは、飢えた獣のごとしです。
「あっ♥ はぁぁあっ♥ すごっ♥ すっごいっ♥ びりびりっ♥ しびれそっ♥」
互いに弱点を知り尽くしたふたりです。膀胱の裏をぐりぐり圧迫されつつ、ぷりぷりに尖らせた小生意気な陰核にちゅるちゅる吸いつかれ、りんごさんはおとがいを逸らして深く感じ入っていました。
「んーっ♥ あっ♥ あっ♥ その吸うのっ♥ やっばっ♥ ぅくっ♥ っくぅうっ♥ もおっ♥ くるっ♥」
おかげでまもなくして至高の瞬間は近づき――。
「イッ、イキそっ♥ もっ♥ いく……♥ いっく……♥ イク……♥ ――っ♥ ――っ♥ ――っ♥」
背をのけぞらせ、あそこをにけさんの顔に押し付けるようにしてがくがく下半身を震わせ、りんごさんが鮮烈なエクスタシーに追いやられます。
「く、ふ……っ!」
ほとんど同時に、それを盗み見ていたはすのさんも、ほのかに漂ってきた甘酸っぱい果実の匂いを吸い込み、こぼれそうになる声を喉奥に押しとどめて放精に至ります。黒々とした肥沃な土の上に、白濁液を吐き出していきました。また覗きながら自分を慰めてしまったという、こころを押しつぶすような悔恨の念を、噛みしめながら。
「はーっ♥ はーっ♥ はーっ♥ は……♥ んっ♥ んんっ♥ ちょおっ、にけっ、まだあたしイッて――んはぁっ♥」
しかしにけさんはまだまだ食べたりないと言わんばかりに、りんごさんの股間に鼻面を埋めたまま、ずるずると延長戦を開始しようとしていました。
が、さすがにこれ以上は、と判断したはすのさん。ふっと息を吹いて稲荷神の
「んっ!? まっ、んっ♥ ちょっ、にけっ、たんまっ! ほんとっ、んんっ♥ ごめんだけどっ、用事っ、思い出した、から……っ!」
「ふぇ……?」
話がある、といういつもの合図を受け取ったりんごさんが強引に中断しようとしているのを確かめると、はすのさんはとんでもなく長い直刀・フツノミタマをぶつけないよう留意しつつ、物音ひとつ立てずに青臭い臭気の立ち昇るその場を離れたのでした。
それから一〇分後――。
ごねるにけさんをなんとか宥めすかして帰したりんごさんは、身なりを整え伸びをして、どこかに潜んでいるであろうはすのさんに向かって声をかけました。
「出てきていーよ、はすの」
はすのさんは四阿からそれなりに離れた茂みのなかから、いかにも最初からそこにいましたというていで顔を出しました。
「やー、ごめんごめん。おまた」
「……ん、いい」
「でもちょっと助かったかも。けっこー長そーだったからさー」
「りんご姉、伊豆さんとは、年の暮れに、別れたんじゃなかったっけ」
「そお! あの子、ちょーっと愛が重いってゆーか。なんだけどさー、なんか急に会いたいとか言い出して。あたしのこと心配してくれてたんだろーけど。で、まー……、流れで……みたいな?」
「……そう」
義姉であるりんごさんの壊滅的な貞操観念にはもう慣れっこだったはずですが、それでも聞きたかったような聞きたくなかったような複雑な心境に陥るはすのさん。
「あんたも修行ばっかじゃなくてさ、彼氏か彼女でもつくんないの?」
「……べつに、いらない。興味、ないし……」
「せっかくあんたはほかの界主や州主と違って、自分でこども産めるんだからさ、自由恋愛、楽しんだ方が得だぞー? でないと、おくーさまみたいに天邪鬼になって、虚しい老後を過ごすことになっちゃうんだからね」
「くくりさまは、毎日朝から気持ちよさそうに御神酒呑んでる」
「昼には酔い潰れて、夕方には真っ青になってトイレに篭もってんのが羨ましーと思うなら、あたしは止めないけどさ」
「ん……、刺激的な老後だと思う」
「はー、はいはい、水たまりが乾いてくのを見てるのが楽しーってゆーあんたに聞いたあたしがバカだった」
はすのさんはちょっとむっとしたように言い返します。
「りんご姉、勘違いしてる。
「その胡散臭いくだりはもう百億万回は聞いたってば。なんなの四〇〇〇年ぐらい、一番目ぐらいって……。あんたその
「……いらない」
狐耳を伏せ、歯がゆい疼痛を押し隠し、はすのさんは首を振りました。
「で? 用ってなに?」
「くくりさまが、連れて来いって」
「おくーさまが? なんかやーな予感するなー。なんだろ」
「ん……、ごはん催促するときと同じぐらい、真剣だった」
「えー、さっき食べたばっかじゃん。ついにぼけてきたかなー、おばあちゃん」
お屋敷へ戻ってきたはすのさんとりんごさんに、黒い狐の耳と尻尾を生やした童女が開口一番、傲岸に命じました。
「ぬしら、明日から羈旅に出よ」
アワタノが界のひとつとして名を連ねていた頃は射鶴木神社の境内の片隅でさぞかし荘厳で粛々とした雰囲気を漂わせていたであろう、寝殿造りの射鶴木邸。三人暮らしとなった今では手入れも行き届いておらず、拝殿や本殿ともどもそこかしこに傷みが見受けられるようになり、かつての栄耀など見る影もない惨状です。
そんなぼろ屋敷の居間にて、アワタノでは縁起が良いとされている黒い浴衣の装いでふたりを出迎えたその化身は、座布団の上で腕組みして胡坐をかき、一見して躾けの行き届いてない小娘といったていですが、しかしその正体は御歳千を超える、銀稲の州・アワタノの州神――くくり権現。はすのさんの生けるご先祖さまです。
「ん……、旅……?」
「まだまだどーしたの、おくーさま。藪から棒に」
畳に腰を下ろしつつ、いったい何の話かわからず首をかしげるはすのさんに、またなんか使いっぱしりか、とでも推量したのでしょう、気だるげにたずねるりんごさん。
ところがくくりさんはいつになく大真面目。
「うてなが身罷ってから、護摩壇の火勢がえらい衰えとる。
はすのさんのお母さん、うてなさんがこの世を去ったのは、つい三ヶ月前のこと。
くくりさんの眷属として、高い神格を持っていたうてなさんは、しかし生来病弱でした。そのためとりわけ信仰の増減に敏感で、アワタノが州落ちして以来から低下し続けている信仰の影響をまともに受け、はすのさんやりんごさんの信仰獲得のための努力空しく、齢三五を迎えることができなかったのでした。
うてなさんのことが大好きだったはすのさんはまだまだ立ち直れる気配もなく、思い起こされるたびに表情を曇らせます。
「それは
くくりさんは難しい顔で首を横に振りました。
「前からそうじゃったが、隣のくっっっさいくっさいコトイサのくさや狐に民を取られとる。このままじゃと、まことに取り返しのつかぬことになるかもしれぬのじゃ。今朝じゃって、伊豆の親父が、来月から一家でコトイサに越すんじゃと、挨拶に来おったわ。ふざけおってあの小僧、わしはあやつの曾々々々爺の子守りまでしてやっとったというのに、恩知らずめが」
「……にけ、どーりで――」
はすのさんの優れた聴覚は、人知れずぽつりとこぼれたりんごさんの呟きをしっかり捕らえていました。
くくりさんは腹立たしげに続けます。
「うてなにはようしてもろたが、妖怪狐ばばあの田圃の世話はもうこりごりなんじゃと。ぬわぁぁぁにが妖怪狐ばばあじゃ! はっ! からだだけならわしは永遠の一〇代じゃぞ! ぬしんとこの嫁ぎ遅れた娘っ子より、よっぽどぴっちぴちじゃ、と言い返してやったわ!」
「やー、自分の先祖のおしめを替えてた相手をばばあ以外に思えないでしょ……」
くくりさんをご神体として、射鶴木一族が治めるここアワタノは、銀稲のガイアを保有しています。
Gaia-Air Integration Accordance environmental system――ガイアとは、二重伝承統一理論に基づいて、信仰の基盤になった自然と、自然を育む目的の信仰とが融和した成果です。信仰が生む奇跡を前提とした特異な自然が、長い年月のなかで人々の意識のなかに根付き、自然の循環とも同一化し、いつしか信仰行為のみで自律するまでに昇華した、文化によって拡張され、進化した現代の自然形態そのものでした。
その本質は、あらゆる生命の営みを含む自然の循環自体を一個の魂として見做し、任意の自然環境への変化を促す循環システムでした。それはエアを、そして信仰をも含む包括的で循環的な機構で、事象編集――すなわち御業ほどの自由度はありませんが、補助脳も聖典も
銀稲のガイアの基軸となるのは、黒米と呼ばれるアワタノ固有の黒い稲穂でした。黒米は日光をよく吸収し、吸肥力が高く、環境にも強いので時季を問わずあっという間に成長します。そして土地自体に熱を貯蓄するので一年を通して温暖で、過ごしやすい気候をアワタノにもたらしています。お米のお味の方は、ちょっぴりぱさつくのが好みの分かれるところですが、栄養豊富ですし、お肌や眼や肝臓によいのだそうです。
ただし稲作をすること自体が信仰行為であり、くくりさんが気候を管理していますので豊作は保証されていますが、年中孜々営々と忙しく耕耘しなければならず、高度にシステム化されたお隣の州であったコトイサに界民を徐々に吸収されていたのでした。かてて加えて、くくりさんの尊大な性格が巡礼者にも不評で、ついにはコトイサに界の地位を奪われる事態に。
更新されたフタナ道がかろうじてアワタノを通っていたため、州落ちで済まされましたが、人通りも減ってここ数十年でことさらに信仰が激減。アワタノは、廃院となって打ち棄てられた天帝院の護摩壇を流用して、ガイアをなんとか維持している状況なのでした。
「まー、お隣は大都会だからしょーがないか」
「しょうがなくあるか! あんな穢らわしい界に負けとるのは、ぬしがだらしないせいでもあるのじゃぞ! ぬし、自分が陰でなんと呼ばれとるか、耳にしたことがないとは言わせぬぞ!」
「……わたし、知らない」
のんきな態度のりんごさんを、くくりさんは一喝します。りんごさんはさっと目を逸らしましたが、はすのさんにはぴんと来ません。
くくりさんは苦々しく吐き捨てました。
「ゆり神だの、えす神だの、れず神だの、ねこ神だの……! 恥さらしにもほどがあろうが! この射鶴木の家門をなんと心得ておるのじゃ! ムロバラの
「どっちかってゆーと、タチ神なんだけど」
「太刀神……つよそう」
「それはあんたでしょ」
「こんのうつけどもが!」
開き直った風にりんごさんが言い訳します。
「だってしょーがないじゃん、向こうから寄ってくるんだからさ。年上ばっかだから断りづらいし。それにあたし、縁結びの神だしー?」
「ぬしを勧請神に祀り上げたのは、アワタノ中のおなごを誑し込ませるためではないわ! ……まったく、伊豆の親父が去り際に、れず神のせいで娘が嫁に行けなくなったと面罵してきおってからに、わしは返す言葉ものうて、思わず
「ちょお!? また州民に手ぇあげたの!? 信仰落ちてるの明らかにおくーさまのせいだよね!?」
りんごさんは勧請神であり、偽神です。
一〇年前――奇しくも帝釈の転が起こったあの日、はすのさんが山で修業しているところへ、どういうわけか天からひとりの女の子が降ってきました。女の子はフタナ語は扱えたものの、それまでの記憶はない一方で、周囲の空間へ局所的な正体不明のちからを生成するたぐいまれな御業を備えていました。
そしてもっとも不可解なことは、どこで拾ってきたのか、帝釈の転が起こる一年以上前に姿をくらましたはすのさんのお父さん、
これもなにかの縁、ついでに不思議な御業を利用して信仰も稼いじゃおうと、うてなさんは少女に名前と居場所を与えてやりました。
その少女こそ、
「あたしだって、信仰が落ちてきてるのをどーでもいーって思ってるわけじゃないよ? 知名度上げるためにお守りつくってあっちこっちで売ってるし、はすのだって道場破りがんばってるし。そんな怒んなくてもいーじゃん」
「はっ、なにをしようと有験せねば無意味じゃろが」
「今までなにすりゃいーのか、訊いても教えてくれなかったじゃん!」
さすがにむっときたのか、りんごさんが反論します。
「ってゆーかさ、おくーさまの方こそ今までなにかしてたわけ? 毎朝御業で天気いじくったあとは、ずーーーっとごろごろして呑んだくれてるだけじゃん! 寺子屋もやめちゃったしさー!」
「……っ! それは、あれじゃ、こわっぱどもが――うぎぎ……! ええい、やかましい! わしにも色々あるのじゃ! ともかく、ぬしらには旅に出てもらうからの! 決定事項じゃ!」
「はー!? なにそれ!? 説明になってないし!」
ぎゃんぎゃんやりあうふたりにげんなりしつつ、はすのさんはずっと気にかかっていたことを質問しました。
「……くくりさま、旅って、どこまで? なにするの……?」
くくりさんは落ち着きを取り戻すと、お茶をずずずっと啜りました。
「どこそこに、というわけでない。まぁしいて言うなら金剛山じゃが、ようするにフタナを一周じゃな」
「は? つまりおフタナさんになれってこと!?」
今度は、りんごさんから身を乗り出して勢いづく番でした。
「いやいやいやいや無理でしょ! むりむりむり!」
「なにゆえじゃ」
「巡礼ってめっちゃしんどくて危なくてやばいんでしょ!? それをはすのとあたしだけで行くの!?」
フタナ島で言うところの巡礼とは、フタナ島内にある八八ヶ所の界すべてを順繰りに歩いてまわることを意味します。界はほとんど外縁部にありますので、巡礼は必然的にフタナ島一周となります。そしてその道行きはなかなかに危殆過酷で、大変な覚悟を要する、とはすのさんやりんごさんは聞き及んでいました。
しかしくくりさんは、りんごさんの驚愕を否定し――。
「いーや、ぬしらにはそれ以上のことをやってもらう。火神――カグツチの伝承再現じゃ」
と、