/ぴるぐりっ! ~はちはち異界巡礼譚~ 日本語版
/摧一切善阿密哩多 胎蔵界編
/第三夜 天満夕餐
/第二錠
界境を踏み越え、一時間も歩いた時分でしょうか。次第に大気が肌寒い冷気を含みはじめました。
コトイサの都からわずか二〇キロほど、次なる妖薯の界・ムロバラは、寒冷な界でした。妖薯のガイアの主軸たる、馬鈴薯の肉体を持つ妖精・ポタウニーは、その昔、毒性を有する食べられないただの芋でしたが、わたしの改良によって今ではコトイサの式神のように家事や農牧などを一手に引き受けてくれる上に食糧にもなる、ムロバラ自慢の固有植物となったのです。が、細菌や疫病に弱いので、魔女信仰の儀式たる
歩き続けて体温を高く保っていれば、凍えるほどの寒さではありませんでしたが――。
「ん……、ひとが集まってる」
「おー、マジだ。なんかあったのかなー」
フタナ道を塞ぐように、人だかりができていました。特別な事情でない限り、フタナ道上で通行を妨害することは天帝院で厳しく禁じられています。おフタナさんには時間制限があるからです。
遠目では、緊迫したような雰囲気でもなく、なんだかがやがやと賑やかで宴会でも開いているような印象で、実際に間近まで来てみると、即席の屋台や露店、見世物がちらほらと。
「……なんなんですの、このひとたち。これでは進めないじゃないですの」
りんごさんが、おフタナさん衣装のふたり組に話しかけました。
「あびーあびー。なにがあったの?」
「あびー、おねぇさん。通行止めみたいだねぇ」
「二、三日前にぃ、雷禍が通ったらしいよぉ?」
額に白い一本角を戴く狼の眷属らしき少女たちは、のんびりした調子でそういらえると、金剛杖の頭でおじどうさんを示しました。
「警告、警告、この先危険。修復中。おフタナさんには、時計曼荼羅の書き足しを行いますので申し出てください。修復作業中のおじどうさんは、伝話機能をご利用いただけません。警告、警告――」
通行止めをしているおじどうさんのずっと向こう、木々の合間から、たしかにこっぴどく破壊されたフタナ道がかすかに覗いていて、周辺から駆けつけてきたのであろうおじどうさん数体が、てきぱきと修繕作業に励んでいます。
おじどうさんとは、ずんぐりした狐の金像で、フタナ道上にほぼ一キロメートルごとに立っている、天帝院の全自動保安設備です。フタナ道上で九善戒が破られていないか見張ったり、今回のようにフタナ道が損壊した場合、修復するのがお仕事です。
ちなみにおじどうさん(と天帝院)は、すべて地下の帝網という神経回路化した菩提樹の根で繋がりネットワークを形成していますので、一体一体に振り分けられた番号を利用して、おじどうさんを通じて離れた場所にいる相手と会話できる機能があります。これが伝話です。
おじどうさんに時計曼荼羅を追記してもらった御同行は、一旦作戦会議です。
「通れるようになるのは明朝っぽいね。他に道もないらしーし、境町もないし、今日はここに野宿かなー、ちょっと寒いけど」
「……ん」
「……押し通ることはできないんですの?」
エルシンシアさんの問いかけはあからさまに不服混じりでしたが、初めてエルシンシアさんの方から訊ねてきたのがよほど嬉しかったのか、りんごさんは邪険にしませんでした。
「んー、どーなんだろ。おじどーさんが通るなって言ってんだから、やめた方がいーと思うけど。ってゆーか、時間によゆーあるし、ちょっと疲れたし、今日はもう休んどこーよ。ほら、お店も出てるしさ」
通行止めと聞きつけて、商売ついでに納札がもらえるのではと企んだのか、近隣の商人さんや行商さんが色んな屋台を出していました。ざっと見回しただけでも、灸点屋に洗濯屋、百渋屋は三軒ほど、大福屋、研屋、講釈屋、炭売り薪売り木っ端売り――この辺りはフタナ道以外に迂回路もないので、行商人さんもよく利用していることもあり、突発的な市場にしてはなかなかの店数で盛況しています。
しかし天上民たるエルシンシアさんには馴染みがないので、りんごさんの言わんとするところが理解できません。
「なんですの、あれ」
「お店? 天上にはないんだっけ。お金を払って、ごはんとかもらうとこ……かな」
「おかね……?」
りんごさんは小さな白金の宝珠――アルシーヴを天手で取り出し、エルシンシアさんの顔の前でふわふわ浮かせて見せました。
「これがお金。働いたり、ものを売ったりすると、代わりにもらえるんだ。で、逆に働いてもらったり、ものを買ったりするときには、代わりにこれを渡す、ってわけ」
「……面倒ですのね、地上は――」
天上では個人が生活する上で必要な物資程度ならば、奇跡を通じて際限なく生成できますし、労働は写文がやってくれるため、経済という概念がないのでした。
(こういう文化に関わらないために万全な準備をしてきたというのに――やはり荷物を喪ったのは手痛い損失ですわね……)
悪影響を受けるに違いないとあまり視野に入れないように努力したいエルシンシアさんですが、なんとかフラワシを説き伏せた直後だというのに、漂ってくる匂いでそれまで以上に無性に腹の虫が鳴りそうになり、切なくなって仕方がないのでした。
「……あれも食べ物ですの? 天帝院のとは、ずいぶん違いますの」
エルシンシアさんが視線で示した先には、煮物やおでんを温めて提供している屋台がありました。先ほどの狼のおフタナさんたちが、少女とは思えぬ底なしの胃袋で次から次へと注文しては食べ注文しては食べを繰り返し、店主を忙しく働かせています。
「たいしょぉ、げっちゃんに煮卵よっつとはんぺんむっつくださいなぁ」
「へい!」
「あ、煮卵おいしそぉ。たいしょぉ、にっちゃんにも煮卵ふたつくださいなぁ。あとちくわと大根みっつずつぅ」
「す、すいやせん、もう今ので煮卵なくなっちまいました――」
「えぇ、にっちゃんずるぅい」
「えへぇ、早いもの勝ちぃ」
「じゃあぁ、たいしょぉ、ジャガイモいつつ追加でぇ。あとその煮込みぃ、鍋ごともらえるかなぁ?」
「は……? へ、へい!」
「げっちゃん、あっちのお店の分のお金も残しておこうよぉ?」
りんごさんはさらに天手でふたつのアルシーヴを宙にぶら下げました。
「あれは百渋屋だね。色んな食べ物が揃ってて、なんでも一〇〇シーヴで売ってくれるとこ。天帝院のと違って、おいしーと思うよ。食べたいなら買ってこよっか?」
今ここでりんごさんに食べたいと言いさえすれば、おそらくあの温かそうでやたら胃袋をざわめかせる香りの食事にありつけるのでしょうが、エルシンシアさんの依怙地がそれを許しません。
(だめ、だめですわ。こんなにお腹がちくちくする匂いを放っているんですから――間違いなく、毒に決まっていますわ……地上の食べ物なんて、絶対、健康に悪いはず……!)
やるせない惨めったらしさを封じ込めるように、エルシンシアさんはぷいとそっぽを向きました。
「……やめておくですの」
「べつに遠慮しなくていーのに。あたしらもお腹空いてきたしさ、一緒に食べよーよ」
「わたくしに、亜人や眷属とおなじ容器から食べろと言うんですの?」
すきっ腹もあってか、厭味ったらしく峻拒の意を表するエルシンシアさん。これにはりんごさんもかちんと来たのか、笑顔を消しました。
「……あのさ、天上がどんなとこか知んないけど、ここはフタナなんだからさ、フタナのやり方にも慣れてかないと、この先やってけないと思うんだけど?」
「どこにいようと信仰が不変であるように、どこにいようとわたくしは天上民ですの。地上の悪の穢れにまみれるわけにはいかないですの」
「悪って……その言い方はあんまりでしょ。んじゃーさ、教えてもらおーじゃん。天上民さまが、どーやってフタナで食べてく気だったのか。なんも考えずに来たわけじゃないでしょ?」
「むぐ……! それは――」
無論、エルシンシアさんにはソイレントやその他諸々の用品を補給する手段を用意していましたが、そのことをりんごさんに話すつもりは毛頭ありません。
「……あなたなんかに、教える義理はないですの」
「どーだか! ほんとはてきとーに祈ってれば、天上からたまたま降ってくるとでも思ってたんじゃないの? 神さまおねがーい、ごはんちょーだい、ってさ!」
エルシンシアさんの侮蔑のこもった態度に、頭に血が上ってきたのでしょう、りんごさんがメトロ流の皮肉で返します。黙って見ていたはすのさんは、さすがに言いすぎ、という顔になり、案の定エルシンシアさんが堪忍袋の緒を切らしました。
「な――! あなた、冒涜にもほどがあるのですのよ!」
「だってそーでしょ! 天上では神さまとか写文とかがなんでもかんでも出してくれて、やってくれるんでしょ? はーあ、楽でいーよねー、天上民は!」
「――ッ! わたくしたち天上民が、いったいどんな思いで日々闘っていると思っているんですの!? 天上がもたらす恩典で、あなたたち化身や地上のものどもが存在できているんですのよ!」
「だから、他のとこはそーかもだけど、フタナは違うんだってば! そりゃ、界内で上下関係はあっても、フタナ道の上じゃ、みんな平等なの! みんなで助け合っていかなきゃいけないの!」
「わたくしは――わたくしは! あなたの助けも、誰の助けも、いらないですの!」
「あっそ! じゃ、勝手にすれば!?」
「ふん! そうさせてもらうですの!」
と、吠えあうや、エルシンシアさんは通行止めをしていたおじどうさんを乗り越え、ひとりでずんずん先へと進んで行ってしまったのでした。
りんごさんたちと喧嘩別れした地点からいくらも進まないうちに、やがてフタナ道は峠となり、鬱蒼と生い茂る山林のなかへ。
(まったく、
(お断りでしてよ、
(警告します。虚偽ですわよ)
(むぐ……、確かに必要だったかもしれませんけど……あんなひとに、弱みを握られるわけには――)
雷禍の傷痕深く、えぐりかえされたフタナ道に四苦八苦しつつ、道中、エルシンシアさんはぽつねんと立つ煉瓦造りの小ぢんまりとした小屋を発見しました。小屋からは、かしましい複数人の声が聞こえてきます。
「ん♥ ん♥ んうぅううっ!?♥ ふぁっ♥ おほっ♥ っちょ!♥ アンタっ♥ どこまで入っ♥ っはあぁぁあぁうっ!♥♥」
「んふーっ♥ はるひゃんの、おふゆ、おいひいでふぅ……♥♥」
「おやおや、クーオ、全部飲むんじゃないよ。久しぶりの獲物なんだ、アタシも新鮮なエキスをたっぷり味わいたいからね……♥」
「はーひ♥ おねえひゃま♥♥ じゅぞぞぞぞっ♥♥」
「っはぁああ♥♥ これっ!♥ 吸い出され――!?♥」
(……? 妙に騒がしいおうちですわね……。――ッ!?)
なかでなにが起こっているのかさっぱり見当もつかないエルシンシアさんは、ある匂いを嗅ぎつけるや、興味がすべてそちらに持っていかれ、小屋を素通りして歩を進めました。
(この香り――ソイレントでは!?)
清涼感ある甘い香気に誘われて足を運んだ先、エルシンシアさんを待ち受けていたのは、完全に崩落して崖になったフタナ道でした。
剥き出しになった帝網がぱちぱち火花を散らしている崖の下は、急峻な勾配になっていて、局所的に立ち込めている濃霧で谷底はうかがい知れません。足を滑らせれば、白い闇にどこまでも飲み込まれていってしまいそうです。
「ひ……」
崖下を覗きこんだエルシンシアさんは、その高さに一瞬、数日前に雷禍に叩き落とされた恐怖が蘇り、膝をがくがく震わせました。
(……でも、この嗅ぎ慣れた匂い、間違いありませんわ……ひょっとしたら、わたくしのティシュトリヤが、この辺りに――)
そうして、霧の合間から少しでも情報を得られないかと目を凝らして身を乗り出した瞬間。
「ひゃあああああ!?」
緩んだ地盤が崩壊――エルシンシアさんは、崖下へと滑落していったのでした。
「ん……ゎはっ!?」
エルシンシアさんが目を覚ましたのは、それから数分後――谷底の沢まで滑りきったあとのこと。
(怪我は……ないみたいですわね)
加護を帯びた外套に加え、幸いにも周囲に生い茂っていた軟体の植物がクッションとなったおかげで、かすり傷ひとつ負わずに済んだようです。
エルシンシアさんが尻に敷いていたのは、おとなの男性の脚ほどの太さと長さの触腕を持つ植物でした。
「……あなたのおかげで、助かったですの。きっと
見た目は多頭の大蛇のようで奇妙奇天烈ですが、幸運をもたらす植物に違いないと思い、エルシンシアさんは素直にお礼を述べました。
エルシンシアさんは立ち上がると、乳色の濃い霧に包まれた谷の空気を吸い込みました。さっきよりもずっと濃度の高い、ソイレントの芳香――これほど匂ったことはありませんでしたから、相当の量だとエルシンシアさんは判じます。
(これはかなり漏洩していますわね……可及的すみやかに見つけ出して、回収しなくては――あら?)
と、そのときでした。視界の隅で、人影を捉えたのは。
エルシンシアさんの網膜に映ったのは、猫の耳と犬の尾を持つ、小柄な肢体――。
「……
鈴を転がしたような、はかない呟き。
(りょう、ん? 遠すぎてなにを言っているのか聞こえませんわね――)
しかし不審がるのも束の間、ほつれた金髪の合間から覗く、あめ色の瞳と目があうや、霧のなかに溶けるようにしてふっとその影が消散すると同時、足元の植物群が突然、ひとりでに蠕動をはじめました。
「なな、な、なにごとですの――きゃっ!?」
足場が陥没と隆起を繰り返したためバランスを失い、その場に転倒するエルシンシアさん。そこへ次々と植物の腕が殺到し、手足に巻きついて拘束していきます。
「いっ!? いやぁッ! なんですの、あなた! 放せ……ですの!」
まことに残念なことにその植物、纏多草にエルシンシアさんの言葉を解する器官はなく、そしてもっと残念なことに、その纏多草は――動物の女の子に対してのみ生殖能力を持つのでした。すなわち、今まさにエルシンシアさんと交配せんとしていたのです。
「く、この――ぅぴゃあん!?」
そんな纏多草の習性も露知らず、なんとか脱しようともがくエルシンシアさんでしたが、二本の触手で胸をまさぐられ、弾かれたようにびくんと震え、困惑します。
服を脱がそうと奮闘していた纏多草は、加護を帯びた深緑の外套のなかに忍び込むことが困難であるとわかると、服の上から平坦な乳房を責めはじめました。
素肌に触れることはあたわずとも、そこは女の子を喜ばせることにかけては右に出る者がいない纏多草、過敏な乳頭を的確に探りあて、ぶるぶると振動したりこすこす摩擦したり、刺激を送り、エルシンシアさんに未知の感覚を生じさせます。
「んっ、んっ、んっ、はっ、はぁっ!? なっ、なんっ、ですのッ、これは――ッ」
まだまだ青く発展途上なエルシンシアさんのふたつの平原は、しかしその内側にちりちりぴりぴり、切ない痺れを孕み、エルシンシアさんはどうしてよいかわからずに身悶えしました。
(胸を触られただけで、どうして、こんなにぞくぞくして……、むずむずして……、ちからが、抜けますの――!?)
「っく、く、ん、んっ、んんっ」
なぜだかお腹の奥が疼いてたまらなくて、なぜだか喉の奥から勝手に声が漏れ出そうになって、なぜだかその声を出すのがひどく背徳的な気がして、エルシンシアさんは必死に奥歯を噛みしめ、耐え忍ぼうとしました。
ですがそれも束の間のこと。
「んぴゃぁんっ!? なっ、なっ、なっ、なにをっ、しているんですのッ! あなた――、あなた、まさか――!」
触腕が股ぐらにべとっと張り付いた段になって、ようやく纏多草の目論見をなんとなくながらも察したのでした。
(善良な植物かと思ったのに……、このままでは……! 焚滅するしか、ありませんわね――!)
そして
「
べちょりと粘液にまみれた触手で顔を覆われ、轡を噛まされてしまいました。エルシンシアさんは懸命に首を振って振り払おうとしますが、栄養不足で思うようにちからが出ないのと、この纏多草が通常のそれよりも何割増しに逞しく成育していることもあり、離れる気配がありません。
「むー! むむぐー!」
ただ、それはそれでよかったのかもしれません。今、エルシンシアさんの口内に大量に流れ込んできている纏多草の粘液は、強力な媚薬効果があるからです。
エルシンシアさんは自慢の御業を発揮した場合、最善最勝なるアシャ・ワヒシュタの清浄なる加護を失活するどころか極端に毒物に対して弱くなってしまう欠点を抱えていました。食事を摂らず衰弱したエルシンシアさんにとって、そのような状況は甚だ危険だったに違いないでしょう。
さてさて、かくして纏多草に五体を縛り上げられ口も塞がれてしまい、成すすべがなくなってしまったエルシンシアさん、外套越しに胸を突っつかれ、股間の上をうぞうぞと這いずり回られて、確固たる意志にひびが入っていく音を聞きました。
「……っ、……っ」
(こんな――こんなこと! どうして――!)
たかが植物相手に文字通り手も足も口も出せず、屈辱と恐怖に、エルシンシアさんは今にも泣きだしてしまいそうでした。
重大な使命を帯び、不退転の決意をもって地上に赴いたというのに、フタナに着くなりすべてを失い、咎人の地位に落とされ、凌辱され、惨めったらしく飢えようとしている――そんな自分の情けなさに、まさにこころが折れかけようとしていた、そのとき。
「おーい、だいじょーぶ――ってでっか! 纏多草ってこんな育つの!?」
頭上から、聞き覚えのある声が。
潤んだ
「あーあ、捕まっちゃってるし。だから危ないって言ったじゃんかさー。契約なかったら、こんなとこ、見つけらんなかったよ?」
救われたと安堵したのはまさしく極微の間、りんごさんに呆れた風に見下ろされたおかげで、憤激し、かりそめの気魄を取り戻すエルシンシアさん。
「んむっ、ぷぁっ、はやく……! ぐぷ、なんとかッ、しろ、ですの……! ごふ」
りんごさんは勝ち誇ったようににやりとしました。
「えー? さっきはあたしの助けなんかいらないって、言ってなかったっけ?」
「ぅぶっ、そ、それは――んぅ!」
「纏多草くらい、天上民さまの奇跡でどーにかできるんじゃないのー?」
「うぅぅぅぅう……!」
纏多草に捕縛された涙目のエルシンシアさんをじっくり観賞しつつ、りんごさんは言いました。
「まー、あたしはエルシィのこと、仲間と思ってるし、助けてあげなくもないけど……、あたしまで巻き込まれるかもだし、しんちょーに行かないとさ? それにその子たち、そんな危なくないしへーきへーき。……んふふ、おー、これはこれは――!」
そのディープブルーの明眸はにたにたと明確に下心のある色合いを含んでいました。美少女がぬめぬめした触手に絡まれているという絵面は、りんごさん的には見逃せなかったのだと容易に推測できます。
しかしエルシンシアさんにはそんな低俗すぎる肉欲には共感できず、りんごさんに対し、急速に疑念を育てるのでした。
(このひと……! やたらと絡んでくるから怪しいと思っていれば、やはりわたくしの――ゾディヤストラの弱点を探って……!?)
と、まもなくして、はすのさんも沢に降りてきました。
「ん……こんな大きいの、はじめて」
「だよねー、なに食べたらこんな育つんだろ……んふ」
「もごっ、いつまで……ッ! 見てるん……ですのッ!」
「……りんご姉、趣味悪い」
「んはは、ま、そろそろ――」
りんごさんがようやくエルシンシアさんを引き上げようという姿勢を見せたと同時、はすのさんが鋭い漆黒の眼差しで沢の奥を見据えました。
「りんご姉、あそこに誰かいる」
「へ……? ッ!?」
はすのさんが指さした先、エルシンシアさんからでも、うごめく纏多草の海のなか、甘ったるい褐色の四肢の存在が確かに認められました。
これまでのもったいぶった躊躇をさっぱり忘却してしまったかのように、りんごさんはすぐさまエルシンシアさんの頭上を飛び越え、纏多草のなかに飛び込みます。着地と同時に、天手でぐいいっと押し寄せる纏多草を掻き分け、先客を引き剥がしました。
(――ッ!? あの天手とかいう奇跡、持ち上げる以外にもできるじゃありませんの――)
「っくあぁ、思った以上に、ちからでない……! って、この子、息してない!? はすのっ! 先に天帝院に!」
そして救出した矮躯を天手ではすのさんに向かって投擲。はすのさんは危なげなく受け止めると、頷いて崖を駆けのぼっていきました。
「ふぁっ! りむ、んごさんっ! わたくしもッ!」
当然、エルシンシアさんは期待の眼差しをりんごさんに向けましたが――。
「……ごめん、ちから、使い切った――ぐむっ」
「はあああ!? むぎゅっ!」
そんなこんなで、仲良く纏多草にもみくちゃにされてしまったふたりなのでした。
――ほどなく、御同行を心配してやってきた別のおフタナさんたちに、無事に救い出してもらいましたけども。