※この作品はR-18です。

ぴるぐりっ! ~はちはち異界巡礼譚~   作:伊土 讃阿

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第三錠

 

 

 

/ぴるぐりっ! ~はちはち異界巡礼譚~ 日本語版

/摧一切善阿密哩多 胎蔵界編

/第三夜 天満夕餐

/第三錠

 

 

 

「なにが勧請神ですの! これっぽっちも使えないじゃないですの、あなた!」

「はー!? あんたこそ、警告無視して勝手に突っ走って捕まってたくせに!」

「だいたいあなたは監理する立場なんですから、あんな眷属よりわたくしを先に救い出すべきですの!」

「べつにあんたの保護者になったわけじゃないし! あの子の方が明らかに危ないっぽかったし!」

 

 ムロバラの天帝院の地下、昨日に引き続きまたしても胎内めぐりの暗闇を歩みつつ、薬湯上がりのりんごさんと、未だにブーツのなかまで粘液にまみれているエルシンシアさんはぎゃんぎゃんと口論を繰り広げていました。

 

 纏多草の魔の手から救護した謎の少女は、おそらく眷属でした。というのも、写文の証明である『C』という焼印も見当たりませんでしたし、はすのさん同様、ヒトの耳を備えながらも、亜人ではありえない聴覚機能のない猫耳を具有していたからです。

 

 呼吸と脈拍のない少女には、しかし外傷もなく、まひるさんに頼み込んではすのさんの納札を納めて薬湯に浸からせてもらっても、意識を取り戻すことはありませんでした。が、不思議なことに生気はあったので、きっと生きているはずです、とまひるさんは請け負い、診察までしてくれることになりました(本来眷属相手に医学的な診察はご法度ですが、本人が観測できない状態であることを前提に、CCたるまひるさんが胎内めぐりのなかで調べれば収束せずに済むのでした)。

 

「おほんっ。おふたりとも、もう着きますよ」

 

 キルトを穿いたまひるさんにたしなめられ、かれこれ三〇分以上続いていた醜き言い争いがようやく静まります。

 

 胎内めぐりの最奥の岩窟には、エルシンシアさんが拘留されていた際とは異なり、寝台が設えていました。そして寝台の上には、院内着を着せられた例の少女――やや赤みがかった白毛に、甘ったるい褐色の肌を持ち、猫耳と尾を備えた、エルシンシアさんと同年代ぐらいの少女です。

 

 まひるさんは御同行の顔を見回すと、丁寧に語りはじめました。

 

「あまり詳しいことまで解説してもかえってわからないと思いますので、端的に説明させて頂きますね」

「ん……、わたしたちが、知っても、いいの?」

「直接観察しないのであれば、二、三人が知っている程度なら平気ですよ。その代わり、ここ以外での他言は無用でお願いしますね。――まず、この子には内臓がありません。それどころか肉も骨も血もありません」

「……マジ?」

「まじです。でも生きています。体内が極小の機能性細胞――要するに、とっても小さななんでも屋さんな細胞で一様に満たされていて、それがすべての機能を果たしているんです」

 

 りんごさんにこっそり囁くはすのさん。

 

「……りんご姉、一様ってなに?」

「え? んー、そーだなー、定食屋のメニューでたとえると、定食が一様じゃなくて、チャーハンが一様って感じかな」

「ん……、なるほど。味噌汁がついてくるか、玉子スープがついてくるかってこと」

「あー、着目してほしかったのはそっちじゃなかったんだけどなー……まーいーや。で、なんでこの子は起きないの、まひるさん?」

「どうやら、その細胞が活動するだけの栄養が足りないみたいです。こればかりは薬湯でもどうしようもないみたいですね」

「ごはんを食べさせれば起きるってこと?」

「はい。ですが、消化器官がありませんので、普通の食事を摂取できないようですね。なにか、液状で、栄養豊富なものを主食としているんでしょう」

「えー、なにそれ。かわいそー」

 

(……ソイレント――いえ、まさか――)

 

「液状で栄養豊富、ねー……牛乳とか?」

「ためしに与えてみましたけども、反応はないですね。この子は眷属と思われますので、おそらくこの子の故郷には、その一族に適した食事か、調理法があるのではないかと。ですが、あいにくまひるさん(わたし)の帝網(きおく)には、そんなガイアなどは見当たらなくて、本人もこういう状態ですし、ちょっと困っています」

「液状で、栄養豊富――あ!」

「ん」

 

 頭を捻っていたりんごさんとはすのさんが、ほとんど同時に声を上げ、目を見合わせました。そしてやおらはすのさんが小刀で己の指先を切ると、血の滲む傷口を少女の口元に押しつけたのでした。一筋の血が、瑞々しい唇の間に滑りこんでいくと――。

 

「……んむっ」

 

 それまでぴくりともしなかった少女が、くちを開き、はすのさんの指をくわえ、吸いつきはじめました。

 

「おー、やっぱり!」

「なるほど、はすのさんは食物神の権能をお持ちだったんですね」

 

 りんごさんは歓声を上げ、まひるさんは感心しました。

 

 胎内めぐりに入るまでこころ安らかではなさそうなはすのさんでしたが、赤子のように指を吸う少女に穏やかな視線を注ぐさまは、まさに慈愛に満ちたいっぱしの女神といった感じで、エルシンシアさんをはっとさせました。

 

「……んっ!?」

 

 しかし、授血していたはすのさんは突然ぷるぷる肩を震わせ、毛を逆立たせはじめました。

 

「どしたの、はすの?」

「な……なんでもない」

 

 耳まで真っ赤にして、なぜか前屈み気味になるはすのさんを、皆が訝しむ間もなく、ぱちっとなにかが弾けるような音。少女に変化が訪れます。

 

 ゆっくり瞼が開かれて――、眩惑されるような、琥珀色の瞳が現れました。そしてはすのさんの指からくちを離し――。

 

「……ちは。サンセット(ゆうひ)……じんか……せじゅ……」

 

 と、かすれた声でつぶやいたのでした。

 

(ゆうひ――?)

 

「……なんと言ったんですの?」

「ん……サンセット?」

「お名前でしょうか」

「おーい、サンセット?」

 

 りんごさんが呼びかけると、少女は、そこでようやく意識を取り戻したかのように、何度か眼をしばたきました。

 

「サン……セット……? あれ――、あの……ここは……?」

「天帝院だよ。纏多草に捕まってたとこを、助けたんだけどさ――」

 

 御同行は簡単な事情説明と、二、三の質問を投げかけてみましたが、少女はしょげかえった風に首を振りました。

 

「……すみません、なにも……わかりません……名前、すら――」

「まーた記憶喪失の子かー」

「……ん」

 

 複雑な表情で、りんごさんとはすのさんは顔を見合わました。

 

 

 

 

 

 

 それから数時間後の宿坊――他の宿泊者が苦い顔でおかゆを流し込む風景を見渡せる大部屋の片隅で、げっそりぐったり横たわっている天上民の姿が。盛大に腹の虫を鳴らしまくっている、エルシンシアさんです。

 

 夕餉の時間の前から、りんごさんたちは買い物に行くと言ったっきり姿を消していましたが、エルシンシアさんにとっては些事というか、それどころではありませんでした。

 

 今宵もまたおかゆを食べず、断食は都合三日目へ突入しようかという頃合い、生来の透き通るような白さの肌は土気色をしていました。

 

(自然脳(わたくし)!? 警告! 警告です! 苦行は悪行ですわよ!? カラパン僧の真似事などしていると、本当にちからを喪ってしまいますわ!)

 

 ゾディヤストラではみだりに肌を晒してはならないという規律があるためか、エルシンシアさんは大浴場である薬湯に入り渋っていました。ですが、さすがに纏多草の粘液は流さなければと決心し、エルシンシアさんはひとの少ない時間を狙って、かつ天帝院から借りた貫頭衣をかぶって入浴したわけですが、おかげで残っていた栄養を使い果たしてしまったのでしょう、もはや夜のお祈りをする体力さえ払底していました。

 

(ぅ……わ、わかって、いますの……でも、もう動き気力が――、……というか、この空虚感――虚無感――無力感――なんだか気持ちよく、なってきた……ような……?)

(自然脳(わたくし)――!?)

 

 と、ひと知れず検別(チンワト)橋を渡りかけたエルシンシアさんの鼻を、やわらかな乳の香りがくすぐりました。

 

 エルシンシアさんの目の前に、メイド服に身を包み、両手でお盆を持った例の猫の眷属の少女がやってきて座り込みました。

 

「――あのっ、召し上がりませんかっ?」

 

 お盆の上には、小麦のパンに、パルメザンチーズをふりかけたハーブとジャガイモ入りのオムレツ、そしてクリームシチューで満たされた器が並べられていました。

 

 ほかほか湯気を立ち昇らせるクリームシチューは、ムロバラ産のミルクに生蘇(バター)、熟酥(チーズ)がふんだんに投入され、香ばしくもまろやかなやさしい匂いを漂わせています。

 

 具はジャガイモ、ニンジン、タマネギ、鶏肉と、いずれもムロバラで採れ、寒冷地ゆえの甘さがぎゅうっと濃縮された素材。じっくりことこと煮込んでいますので、くちに運ぶやいなや、ほろほろとほどけて深みのある旨味を含んだミルクが口内にじゅわりと広がるんでしょうね。

 

「うぅぅぅぅ……ッ!」

 

 ソイレントしか味わった経験のないエルシンシアさんにはそこまで想像することはかなわずとも、極限の飢餓状態でしたし、ゾディヤストラには馴染みのあるミルクの香りが、こころの障壁を突き崩し、ついにエルシンシアさんに手を伸ばさせたのでした。

 

「あっ、待ってくださいっ。熱いですから、これですくって召し上がってくださいっ」

 

 器のなかにじかに手を突っ込もうとするエルシンシアさんに慌てて木匙を握らせました。そしてエルシンシアさんは、不慣れな手つきで恐る恐るシチューをすすりました。

 

「……ッ!?」

 

 途端に飢え渇いた粘膜に直接染み込むような温かなクリームの甘味と、こくのあるミルクとバターの風味が口腔に広がり、エルシンシアさんにもたらされたのは、かつて体験したことのない原始的な多幸感と充溢――。

 

「はふっ、かふっ、ずずっ、はむ……っ!」

「ふふっ、おかわりもありますから、遠慮なくおっしゃってくださいねっ」

 

 白毛の猫尾をくねらせる少女ににこにこ見守られる中、エルシンシアさんはなりふり構わずシチューをがっつきはじめたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

「第一回同行会議をはじめまーす」

「……ふゎ……、なんですの、かしこまって」

 

 引き続いて宿坊の大部屋にて。りんごさんの開会宣言を、エルシンシアさんは欠伸を噛み殺しながら訝りました。

 

 夜も更け、みな寝支度を済ませた消灯前の時分、大部屋のほうぼうでおフタナさんが布団を敷いてくつろぎ、談笑し、あるいはすでに寝付いているものも。

 

 大部屋の隅で座り込み、つくねんと外套をかぶったまま座像よろしく盤踞していたエルシンシアさんの周りに集まっていたのは、着流し姿のはすのさんに、院内着を着崩したりんごさん、それにポタウニーのおさがりのメイド服に身を包んだ例の少女です。

 

「一年以上は一緒に旅するんだからさ、揉めないよーに大事なことは話しあって決めとこーかなって」

「それは構いませんけど、どうしてその子がいるんですの」

 

 エルシンシアさんに顎で指され、いささか肩身を狭そうにする少女。

 

 りんごさんは咳払いをして言いました。

 

「実は、第一回の議題はそのサン――サンセットについてです。はすのとはもう話したんだけど、サンもあたしらと一緒に、旅したらどーかなって」

「はあ!?」

 

 エルシンシアさんが喫驚の声を上げるや、少女――サンセットさんは、いっそう童顔を済まなさそうにしました。

 

「サンはふつーの食べ物じゃ生きてけないって、まひるさんから聞いてたよね。でも、記憶がなくて、今までなに食べてたかもわかんないんだって。んで、見た目とかからしてたぶんなんかの眷属だから、きっと故郷にはその食べ物があるはずなんだよね。だから、あたしらと一緒に旅しながら、故郷を見つけられたら、どーかなって」

「……そんなの、ひとりで行けばいいですの。どうしてわたくしたちと一緒でなければならないんですの?」

「しょーがないじゃん、今んとこ、サンのごはんになりそーなのが、はすのの血ぐらいしかないんだからさ」

「……ん」

 

 狐耳をひくつかせ、もじもじするはすのさん。

 

「あと体質の問題とかで、おフタナさんにもなれないっぽいし。おフタナさんでもないのに、女の子ひとりがフタナ中を旅なんてほとんど無理じゃん?」

「なッ!? それではますますお荷物じゃないですの! むぐぐぐ……!」

 

 エルシンシアさんは唸りつつ、サンセットさんを品定めするように翠緑の虹彩でじろじろと虎視しました。

 

「なにかちからは使えるんですの? その上自分の身も守れないようでは、足手まといにもほどがありますの!」

「エルシィも纏多草にやられてたけどね」

「な……ッ、あれは、お腹が空いていて、相性が悪かっただけで――りんごさんも同じじゃないですの!」

「あたしはサンを助けたし。わざと飛び込んだんだし」

「むぐぐぐ……!」

 

 サンセットさんは、おずおずと懇請しました。

 

「……あの、本当に申し訳ないですけど――、サンに特別なちからは、ないみたいです。エルシィさんの言うとおり、きっと足手まといです……。けど、お料理とか、お洗濯とか、針仕事とか、なんだってやりますっ! この手足が潰えるまで、頑張って、お役に立ちますっ! だからどうか……、御一緒させて、頂けませんか……?」

 

 エルシンシアさんは気に食わないと、鼻を鳴らしました。

 

「ふん! 見たところわたくしよりも年下ですのに、本当に役に立つのか甚だ疑問ですの!」

 

 りんごさんはしめたと言わんばかりに、にたにた笑いを浮かべました。

 

「やー、その点はエルシィも納得づくと思うよー?」

「どういう意味ですの」

「だってさっき、サンがつくってくれたシチュー、めっちゃおかわりしたでしょ」

「……は?」

「ここで台所借りてさ、ほんとはあたしがつくろーとしてたんだけどよね。でもサンがつくりたいって言うから任してみたら、すんごい手慣れてるし、あたしがつくるのより断然おいしーし、びっくりしたよね、はすの!」

「……ん、メトロで食べたのより、ずっとおいしかった」

「えへへっ、ありがとうございますっ」

 

 りんごさんとはすのさんに褒めそやされ、サンセットさんははにかむようにお礼を述べました。

 

(あのソイレントよりも一〇〇倍は美味なシチューをつくったのが、サンセットだなんて――賛同しない理由が見当たりませんわね、自然脳(わたくし)!)

(むぐぐぐぐぐ……!)

 

 脳内で舞い上がるフラワシに、エルシンシアさんは反論できない事情がありました。というのも、これから先もまた、今宵のようなこころづくしのシチューにありつける確証はありませんので、ソイレントの入手はやはり須要の案件と判定できるからでした。

 

 そのために例の纏多草の植生地に、ソイレントの調査のために戻るべきか否か、フラワシとひとしきり協議していたのですが、確たる物証もなければはすのさんやりんごさんに怪しまれるのは不可避ですし、巡礼の時限もあるということで、断念やむなしか、という結論へ至らんとしていたのでした。

 

(サンセットがいればまたあの食事を味わえますのよ! 補助脳(わたくし)、補助脳(フラワシ)として、最善最勝のアシャ・ワヒシュタにかけて、サンセットの同行を推奨しますわ! いいえ、むしろ承服しなければ、絶交してやりますわよ、自然脳(わたくし)!)

(なッ!? 自然脳(わたくし)よりもこんな眷属を取ると!?)

(補助脳(わたくし)を悦ばせるもの(サンセット)と、補助脳(わたくし)を苦しめるもの(わたくし)――まさに善と悪の構図ではなくて? どちらかを選べと言われて、補助脳(わたくし)が判断を誤るとでも?)

(うぅぅぅ……、し、しかたないですわね……、この娘がおいしいものをつくってる間だけですわよ、補助脳(わたくし)!)

 

 エルシンシアさんは渋面で、絞り出すように告げました。

 

「……足を引っ張ったら、即刻追放ですのよ」

「はいっ! ふつつかものですが、よろしくお願いしますねっ」

 

 サンセットさんはぱあっと顔を輝かせ、ぺこりと愛らしく頭を下げました。

 

 州主に、正体不明の偽神、天上民、謎の眷属――旅に出てたった二日、早くも混沌とした顔ぶれになって参りました御同行、いったいこの先どうなることやら――。

 

 さてさて、そろそろお時間となってしまいました。名残惜しくも、今宵のお観測(みはか)りはここまでにいたしましょう。

 

 次回もお楽しみにお待ちくださいませ。

 

 

 

 巡礼済み天帝院:二/八八

 蒐集済みホムスビ一六神:一/一六

 

 

 

 謎に包まれた猫の眷属の少女・サンセットさんと出会い、ともに故郷を探すこととなった御同行。意外にもサンセットさんが旅慣れていたこともあり、どたばたしていた当初とは打って変わって何事もない平凡な旅が続きます。

 たまにはそんな日常の一コマを除いているのも悪くないでしょう。

 

 次回「第四夜 同行四人」

 

 

 

 

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