間違いない。
食べられている。
それが――たまらない法悦を惹起する。
「――っ♥ ――っ♥ ――っ♥♥」
娘が、びりびり神経を焼く絶頂に打ち震える。
当たり前だ。
食べるのは、あんなにおいしい。食べるのはあんなに気持ちがいい。あんなに安らぐ。
生きるのを続けられるんだから。
ならば
食べられて――捕食されて、咀嚼されて、嚥下されて、消化されて、吸収されて、変換されて、代謝されて、排出されて、そうやって、生きるのが永遠にされてしまうことは――、
一番気持ちいいに決まっている。
その誤解を、"それ"が嗅ぎとる。
"それ"はかすかに思う。まだ半分なのに、と。
娘が愉悦に笑い泣く。
「は♥ はっ♥ は♥ ほんとに♥ 食べてないんですか♥ これ♥ わたし♥ 食べられてないですか♥」
「食べてるけど、食べてないよぉ」
「食べてないけど、食べてるよぉ」
「でも――食べてるから、食べちゃってるかもぉ?」
「食べちゃってるなら、食べてるかもぉ?」
娘がむせび泣く。
「ああ――、わたし、どうなっちゃうんですか♥」
/附:星呑むけもの・嘲りと憎しみのあいだ
「ふたり一緒かいな、ちょっと待ちぃな。……泊まってもええけど、ビラは二枚もらうで。……ほい、まいど。ごゆっくりー」
"それ"が言う――「宿見つかってよかったねぇ、にっちゃん」
"それ"が言う――「おいしいところだといいねぇ、げっちゃん」
周囲よりも、落ち着いたたたずまいの店にした。店は、質素で、清潔感のある方がいい。
店員がよく混ざっている分、外面には気を遣っているから。それを知らないのは、よそものだけ。
客引きの眷属も相当な混ざりものだったと、"それ"は嗅ぎ分ける。
クラーケン、クベーラ、カナロア、人間。
食うには難儀するだろう。献血量は相当高いはず。飢餓は相当こたえるはず。
その分、おいしいはず。"それ"の好みには、そぐわなかったが。
個室で店員が待ち受けている。
「ほ、本日、お、お客さまの担当をさせていただく……アルルです……。よろしく、お願いします……」
"それ"が言う――「よろしくねぇ」
"それ"が言う――「よろしくねぇ」
マンドレイク、バジリスク、ドリュアデス、ドルメット、人間。よく混ざっている。親は相当な好色らしい。
気弱そうな娘。陰鬱としているが、不美人ではない。身体つきも悪くない。
持て余しているという感じ。一回限りでと思われていそうな感じ。商売女と思われていそうな感じ。
つまり満たされていない。つまりいかにも好色。"それ"はそう嗅ぎ分ける。
娘から匂いがする。腹の奥の匂いが。ぺたぺた熱く滴る蜜の匂いが。
まだ薄い。まだ水っぽい。
上着を預かりながら、娘が問う。「……おふたりは、ご家族……、ですか?」
「姉妹かなぁ?」
「母娘かなぁ?」
「いとこかなぁ?」
「ともだちかなぁ?」
「そおきょくかい?」
「どおいたい?」
「よくせえきんこお?」
「???」
「まぁまぁ、そんなことよりぃ」"それ"がしれっと娘の手を引く。引き寄せる。抱き寄せる。唇を寄せる。
「ぁ――、ん」
幼い顔つきには似つかわしくない、濃密で情熱的なくちづけ。
むさぼるようでいて粗雑ではなく、温柔ににゅるぬる絡みついてくる赤い口唇。
「あ、ずるいなぁ、にっちゃん。にっちゃんもおなかぺこぺこなのにぃ」
娘が驚いて中断する。「ぷぁっ、え、え、た……、食べるんですか。わ、わたし、眷属、なんですけど――」
"それ"がころころ笑い声を転がす。
「だいじょうぶだよぉ、食べないから」「食べるけど食べないから」「食べなければ食べれるから」
「??? あ、あの……、もしかして、
「やってないよぉ」「あれはげっちゃんには効かないからねぇ」「にっちゃんは薬いらずだからねぇ」
「え、え? ん――」
背後からふわりと抱きすくめるように、なめらかな腹部に手をまわす。顎に手を添え振り向かせ、唇に吸い付く。
異様に温かい。異様に柔らかい。触れているだけで、理性が融ける。
そうやって相手が堕ちていくのを、"それ"は嗅ぎ慣れている。
娘が脱力する。「ぁ……んむ……」唇を吸われながら、しなだれかかってくる。給仕服越しに伝わる体温は、しっとり湿りはじめている。
枝葉の青臭さのなかに、とろっとした蜜が混じる。
娘の前にいる"それ"が給仕服を脱がしていく。舌なめずりする。
「血の匂いがするねぇ」
娘の後ろの"それ"が息継ぎする。唾液を舐めとる。
「ごはん食べたところだったぁ?」
緩みきった顔、とろけきった声で娘が囁く。「しゅ、しゅみません……、献血屋に、行ってたところで……」温まりつつある花の香気。
「その方がおいしいからいいよぉ」
裸に剥く。娘のふっくら豊かな腰つきと、とろんと零れ落ちるような乳房が露わになる。
"それ"もすでに衣服を脱ぎ棄てている。年かさの割に、まろやかな肉付きのよい肢体。
寝台に移動する。素肌で抱擁する。汗ばんだ肌同士が密着する。
前と後。交互にくちづけを迫られながら、四本の腕がさわさわと娘の方々を這いまわる。
耳の裏に息を吹きかけ、肩に甘噛みし、うなじの匂いを嗅ぎ、肩甲骨に舌を這わせ、鎖骨を齧り、手首をくすぐり、小指を吸い、腋の下を突っつき、乳房と腋との境界をなぞり、腰の中心で円を描き、臀部を引っ掻き、腹部をさすり、臍を撫でていく。
決して肉には触れないように――、皮膚と神経だけを解きほぐすように。
「ん♥ んっ♥ ん♥ はぁ……♥ はふぅ……♥」
"それ"の異質な柔らかさ、異質な温かさに、早くも娘は朦朧としている。どろどろにゆだっている。後ろの"それ"に背を預けている。
脱力し、完全に身体を委ねている。骨が脱落したみたいに。
"それ"はそう嗅ぎとる。
娘から匂いがする。腹の奥の匂いが。ねとねと熱くしたたる甘い蜜の匂いが。
かなり濃くなってきている。ねばつき、糸を引き、粘膜に橋を渡している。
「気持ちよさそうだねぇ」
「浸っちゃってるねぇ」
「は……♥ ん……♥ きもち……♥ お客さま、お、おじょうず、すぎて……♥」
「じゃあ、そろそろ――はじめちゃっても、いいかなぁ」
「もう、そろそろ――指、入れちゃっても、だいじょうぶだよねぇ」
「は、ひ? ゆび……? ……ど、ぞ……♥」
娘がそっと花弁を押し開く。むわっと花の香りの湯気が立つ。内腿が灯りを淫猥にてらてら照り返す。
「そっちじゃなくてぇ」「そっちもいいけどぉ」
"それ"が娘の手を取る。"それ"が、下に向けられた娘の手のひらを、人差し指でなぞる。
「先にこっちからかなぁ」「徐々に馴らさないとだからねぇ」
そしてその指が――娘の手に、突き刺さった。
「――!?」
水面に侵入するよりも抵抗なく、とぷんと、手品のよう。あるいは、娘と"それ"、互いが幻影のよう。
しかし娘には、己の肉が膠にでもなったように、肉をぷりぷりと掻き分けられ、穿たれる、確かな感触を残しながら。
"それ"はそう嗅ぎとる。
「あ――、あ――、あ――」
"それ"の指は、娘の薄い手を突き破って、手の甲から小さな爪を覗かせる。
血は出ない。傷口もない。痛みすら。娘には幻としか思えない。なのに。
「――!?」
指が円を描く。手の内部の肉が、くちゅくちゅえぐれて、ひっくり返って、ほじくり返される、感覚だけが残る。
押し込んでくる。残りの四本の指も、手の甲を通過する。こぶしが、手首が。ずぶずぶ。
奇妙な光景がつくりあげられる。娘の手の甲からにょっきり生えた、"それ"の手。
"それ"が握ったり開いたりするつど、はっきりと感じる。"それ"の腕のなかの脈動が、とくとくと手を貫いているのを。
幻――実感のある幻。きっとそう。でなきゃ――
"それ"はそう嗅ぎとる。
「え、え、え、な、なんで――」
恐れた娘が手を引っ込めようとする。しかし――。
"それ"は自由に出入りしているように見えるのに、娘の方から動かそうとすると、"それ"の身体とは完全に皮膚と肉と骨と血管ががっちり癒着してしまったかのように、切り離せない。
「な、なんなんですか、これ……、ど、どうなっちゃったん、ですか、わたしの、手……」
「からだはちゃんと元に戻すから、だいじょうぶだよぉ」
「こころが元に戻れるかは、おねぇさん次第だけどねぇ」
娘がじわりと焦燥の酸い匂いを立ち昇らせる。
「あ、あの、こういうのは、ちょっと……、み、観測ったら、あぶない、ですし……」
「だいじょうぶだよぉ、観てるけど観てないからぁ」「観てないけど、観えてるだけだからぁ」
「??? あ、あの、ほんとに、やめて、くだ――」
娘が騒ぎ出す前に、黙らせる。
娘の前方から体表を撫ぜていた"それ"が――、ひと息に腕をねじ込んだ。
「こふっ!?♥」
平坦な腹部が、ゼリーのようにずるりと腕を飲み込む。
熱く巨大な異物にごりごり腹をこじ開けられ、娘がおとがいを反らす。ぶっつり意識がとぎれる。すぐに叩き起こされる。
「きゃぅぅうんっ♥ え♥ あ♥ ああ♥ わたしの♥ おなか♥」
"それ"が鍋のシチューでも掻きまわすかのように腕をまわし、やはり皮膚には出血も損壊もないまま、ぐちゃぐちゃ臓器を撹拌していた。
「あ゛♥ あ゛♥ あ゛♥ ま゛♥ ひゃえ♥ ぎゃぅ♥」
目の前で肉体の内部を掻き混ぜられるさまを見せつけられ、なによりその見たまま以上に体内で蠢き異物感を主張する腕を幻覚させられて、娘が歓喜と恐怖の入り混じった嬌声を上げる。
「あれぇ、見つかんないなぁ、もっと奥ぅ?」
「逆だよぉ、げっちゃん。もっと手前のぉ、下の方だよぉ」
「あーっ♥ あ♥ あ♥ それ♥ ん♥ それは♥」
「あ、これかぁ」
「っきゅぅううぅっ♥♥」
"それ"にその器官を鷲掴みにされ、娘が腰を浮かす。
「ふぁっ♥ はっ♥ は♥ ど♥ どうなってるの♥ どうなってるんですかこれ♥ あ♥ あ♥」
それは、腹部の内側、素手で触れようのない内臓の芯。左右でくすぐられ、弄ばれ、転がる――、卵巣。
「はぁああ♥ あ♥ あ♥ あ♥ っくぅ♥ ぅっきゅうぅ♥」
甘い刺激にこたえるように、弾けるように、ぷち――、ぷち――、と卵を吐き出す。
「きもちよくなっちゃってるねぇ」
「きもちよくされちゃってるねぇ」
左右から、こびりつき、誘うような、幼いささめき。
「これ、あまぁいもんねぇ」
「これやられて、あまぁくならない子、いないもんねぇ」
「はぁあぁあ♥ はぁぁああんっ♥」
ぷちぷちぷちぷち卵をひり出す。腹の神経を刺すような鋭い疼きに、娘が喉を反らす。
「は♥ は♥ はぁあ♥ ん~~っ♥♥」
痛みはない。ただ、疼くだけ。疼いて疼いて疼いて疼いて疼いて疼いて、排卵してしまうだけ。
排卵するたびに、熱く冷たいものが脊髄を駆けぬけ、視界が白み、潮を噴いてしまうだけ。
その感覚を、"それ"が嗅ぎとる。
「な♥ なん♥ なんなんですか♥ なにされてるん、ですか♥ わたし♥ わたし♥ っきゅくぅ♥」
「おねぇさんのぉ、卵をかわいがってるんだよぉ」
「たくたんたくさん、おいしくなるようにねぇ」
"それ"がくるくると手首をまわす。"それ"がみちみちと五臓を掻き分ける。
「~~っ♥♥♥」
肉の裏側を無遠慮に這いずりまわられる違和のない異物感に、意識が断絶する。
(これ……あれだ――、うそ、でも、こんなことって――)
身震いする。直感する。込みあげる。確信した。
(あそこに挿れられてるのと、おなじ、感じ、なんだ……)
その圧迫感、被征服感を、身体中で疑似体感している。
自覚した瞬間、全身が突っ張る。痙攣する。頂に登りつめる。
「ぅ、きゅぅ――♥ きゅぅう♥♥」
膨大な量の快楽が神経内を吹きすさぶ。神経そのものを壊さんばかりに溢れ出す。
容易に限界を超える。
刹那、訪れる、静謐――娘の時間が停止する。筋肉が凍結する。意識が消失する。
「あれぇ、心臓動かなくなっちゃったねぇ」
「びっくりしすぎたのかなぁ」
"それ"が背後から重ねていた肌を、より深く埋める。娘のつるりとした背をふんわり支えていた乳房が、皮膚に沈んでいく。やがて胸部と胸部が、完全に重なるまで。
途端に娘がひきつけを起こす。覚醒する。強制的に。
「はっ、はっ、はっ、なにっ、あれっ、なんですっ、なにっ」
あまりの刺激量に細切れにされた自我が困惑する。
気がふれたように心臓が膨張と収縮を繰り返す。血が沸き立つほどの熱量を伝播する。
「あっ、あつっ、あっ、なんでっ、なんでっ、こんなっ、どきどきどきっ」
「おねぇさんの心臓、止まっちゃうみたいだからぁ」
「にっちゃんの心臓――、おねぇさんの心臓に、
肺の間で暴れ狂う二個分の心臓を、"
まじりあった心臓が、強引に脈打ち、娘の血液を循環させる。
「ああ、うそ、うそ……、からだ……なかみ……くっついちゃって――こ、こんなことって……」
"それ"がおかしそうに言う。「気に入っちゃったぁ?」
"それ"が誇らしげに言う。「こういうのもできるよぉ」
一見して肌同士を淫猥に擦り合わせるかのように、"それ"が身体を揺らす。
肺が胃に包み込まれる。肝臓が膵臓の細胞と絡まりあう。胃の蠕動で子宮が転がる――。
「――!? ぐぎゅぅっ、んぎっ、んはぁああぁあっ」
臓器が臓器で愛撫される、尋常ならざる体験。心臓が五回止まり、一〇回息を吹き返す。
娘に出たり入ったり――あるいは娘を出したり入れたりしている"それ"が笑う。
「おねぇさん、死にやすすぎだよぉ」
「マンボウみたいだねぇ」
己の肩口から生えたような"それ"の頭部を――あるいは、"それ"の肩口から生えたような自分の頭部に気付く。
(まぐわう相手のからだと、くっついて……ひとつになって……とりこまれて――)
娘は薄らと思う。
(マンボウじゃなくて……、アンコウみたい……あれ、アンコウって――)
アンコウのオスは、取り込まれて、消滅するという。
娘はぼろぼろ泣きじゃくる。
「も、やめ、やめてくだ、さ……、わたしを、壊さないで、くださ……、おか、おかね、返しますからぁ……」
"それ"は笑う。「あれれぇ、泣いちゃったねぇ」
"それ"は笑う。「気持ちよくなかったのかなぁ」
「じゃーぁ、これでどう? ぱふっ♥」
「ふゃ!?」
"それ"が呼気を吹きかける。絡みつくような甘さの、娘の花粉によく似たもの。
「けほっ、ぇぼっ、ど、して、わたし、の――」
「うぅん、やっぱりこういうのはぁ、本人には効きにくいねぇ」
「効くまでやるしかないねぇ」
「ふぇ――」
「ぱふっ♥」「びゃ!?」「ぱふっ♥」「えぶっ!」「ぱふっ♥」
「はっ、まっ、まっへ、こんな、やらぁ……」
「もうちょっとかなぁ」
「もうひとおしかなぁ」
「ひっ、も、やめ――」
「ぱふっ♥」
「ぱふっ♥」
「ぱふっ♥」
「ぱふっ♥」
「ぱふっ♥」
「ぱふっ♥」
「や、まっ! ひにゃっ! きゃふっ!」
"それ"が左右から、執拗に、交互に、吹きつける。
五度で娘が恐怖を失った。
一〇度で娘が抵抗を失った。
二〇度で、娘が正気を失った。
「はっ、はっ、はっ、はっ、あは♥ あはは♥ あはぁ……♥♥」
「あれぇ、やりすぎちゃったかなぁ」
「でもぉ、きもちよさそうだから……いいよねぇ」
「じゃぁそろそろぉ」
"それ"があぎとを開く。
「いただきまぁす」「いただきまぁす」
娘の首筋に、愛らしくも鋭利な犬歯が突き立てられる。薄緑の皮膚を突き破る――かと思いきや、やはりそのまま埋没。
「きゅう――!?」
幼い狼の歯並びが首の肉と神経を通り過ぎるのを、娘が感じるのを、"それ"が感じる。
"それ"の口内で瑞々しく筋繊維がはじける歯ごたえを、娘が感じているのと、おなじように。
「か、ふ――」
間違いない。
食べられている。
それが――たまらない法悦を惹起する。
「――っ♥ ――っ♥ ――っ♥♥」
娘が、びりびり神経を焼く絶頂に打ち震える。
当たり前だ。
食べるのは、あんなにおいしい。食べるのはあんなに気持ちがいい。あんなに安らぐ。
生きるのを続けられるんだから。
ならば
食べられて――捕食されて、咀嚼されて、嚥下されて、消化されて、吸収されて、変換されて、代謝されて、排出されて、そうやって、生きるのが永遠にされてしまうことは――、
一番気持ちいいに決まっている。
その誤解を、"それ"が嗅ぎとる。
"それ"はかすかに思う。まだ半分なのに、と。
娘が愉悦に笑い泣く。
「は♥ はっ♥ は♥ ほんとに♥ 食べてないんですか♥ これ♥ わたし♥ 食べられてないですか♥」
「食べてるけど、食べてないよぉ」
「食べてないけど、食べてるよぉ」
「でも――食べてるから、食べちゃってるかもぉ?」
「食べちゃってるなら、食べてるかもぉ?」
娘がむせび泣く。
「ああ――、わたし、どうなっちゃうんですか♥」
「それじゃぁ、こっちもおいしくしちゃおうかなぁ」
「きゃあぁうんっ♥♥」
卵巣をこねくりまわしていた"それ"が、なだらかな腹に鼻面をうずめていた。
犀利な歯が胎内に食いこみ――脂肪を切り裂き――熱く塩辛い血を舐め――桃色の臓物を、新鮮な卵をついばむ。
自らの卵の、もちもち、とろりとした舌触りの濃厚さに、感極まる。
娘は今、"
自分の細胞の味覚を。
(なに、これ――)
"それ"との血肉の深いその繋がりは、娘の思念を、匂いではなく、そのまま"それ"に伝える。
むろん、認識の伝達は相互に、娘にも。
(わ、わたし……たべられてる、のに……、わたしを、たべてる……!?)
まるで未知の体験。自分が分裂して、そのどちらにも自分が自分であるという認識があって、一方が一方に食べられる感覚と、一方が一方を食べる感覚を、同時に味わう、その陶酔。
自分でしかない自分に食い食われ、自分ではない自分に食い食われる、そのまぎれもない、陶酔。
(ああ――、わたし――、こんなに、おいしかったんだ――)
疑いようのない真理――当然の帰結。
自己の肉体がもっとも美味と感ずるのは、自己の肉体がもっとも欲するものなのだから。
自己の肉体がもっとも欲するのは、自己の肉体を構成し維持する栄養なのだから。
自己の肉体以上に、自己の肉体に適合するものはないのだから。
自己の肉体が、自己にとって一番美味に決まっている。
「ぐ♥ ぎゅうぅ♥♥ ~~♥♥♥」
根源的で鮮烈な絶頂の暴風に、人格が断裂する。破滅的な喜悦が、欲望を埋めつくす。
娘が唇を奪われる。貪るように――噛みつくように――否、比喩ではなく、本当に貪り噛みつかれる。
ざくざくぶちぶち舌が噛み千切られ、前歯を奥歯でばりぼり噛み砕かれる感覚だけを味わう。
(ああ――)
顎がとろけるようなその甘美さに、うっとりする。
耳は、鼓膜ごと、三半規管ごと、蝸牛ごと。
「ぅ~~っ♥♥」
娘が触手を突っ張る。目を白黒させる。
耳を飲み下される。喉奥が鳴るのが聞こえる。食道のぬめりが、内耳にこびりつく。
痛みはない。ちゃんと聞こえる。耳が食い千切られたわけではないから。
ただかぶりつかれて――、唇が、牙が、舌が、そのまま皮膚を、肉を、骨を、通り過ぎて、まじりあって、飲み込まれた感覚を味わわされているだけだから。
「――っ♥ ――っ♥ ――っ♥」
娘のお気に入りは、やはり喉元。
頭と胴を繋いでいる、命を繋いでいる部位。
それを差し出している屈服感と窒息感はなにものにも代えがたいし、喉のなかをべっとり舐め上げられるのはたまらない。
娘のなかに浸透した"それ"が笑う。
鼻孔の奥に眼球のなか、鼓膜の裏―ー脳髄の襞まで、舌で牙で味わい、味わわれるのを感じるのを味わう。
「あ♥ あ♥ あ♥ し♥ し♥ これ♥ しぬ――っきゅ♥ っきゅぅぅぅううんっ♥」
触覚がひしゃげる。痛覚がねじくりまわる――被虐的な快感に、収斂する。
捕食される感覚。咀嚼される感覚。嚥下される感覚。する感覚。する感覚。する感覚。する感覚。
「はーっ♥ はーっ♥ はーっ♥ はーっ♥」
すべてが本能的な快楽に導かれ、落とし込まれる。
"それ"がささめく。"それ"がささめく。
「おねぇさん、もう一〇〇回は死んじゃってるねぇ」
「もう一〇〇〇回は生き返ったねぇ」
「このままだとぉ、朝までに何回死んじゃうのかなぁ」
「一万回ぃ?」
「一〇〇万回ぃ?」
"それ"がささめく。
「ひょっとしたらぁ」
"それ"がささめく。
「一回かもねぇ」
延髄をしゃぶられながら。
前頭葉をすすられながら。
「くひ――♥」
曼荼羅の花が笑った。
以上で更新停止します……