第一錠 ♥
深きなり、深きなり、まことに深きなり、あらゆる光を呑む万象の闇底にて――。
「は……っ、は……っ、こんな……罠があるなんてっ、……はぁぅ……っ、ぼく、聞いて、ないですー……!」
生気香りし濃やかに、白磁のはだえを這いまわるは、ぬるくうるんだ闇のかいな。
「なに、これ……っ、ぬ、ぬめって、どかせな――あっ! 剣が……っ!」
ぬとり、ぬとり、まことにぬっとりと――、まとわせた粘液が幼い肢体を穢していくのです。
「あっ!? いやっ! 持ちあげられて――っ!」
あわれにも無明なる生贄は、此が闇の主に四肢を絡めとられ、存外に力強く吊り上げられて、かわいらしい黒翼をばさばささせるので精一杯。情けない声で懇願するありさまです。
「ひゃあぁあっ!? そこ……っ! だめですー……! はなし、て、くださぁあい……っ! 降ろしてぇえっ!」
しかし悲しいかな、相手はただの植物。慈悲もなく理性もなく、ただひたすらに若い肉床を求めて、まだ乳臭そうな柔肌を、ぬらぬらてかる触腕で蹂躙していくのでした。
「へぁあん!? べちゃべちゃっ、するですー……っ!」
(まさか、これが……、プロムママが言ってた、てんたぐさ、ですー!?)
剥き出しになったお腹にべっとり張り付いて蠢く捕食者――纏多草の正体に気付いた生贄は、上半身を揺すって振り払おうとしますが、粘液と柔軟性でしっかりまとわりついてくる纏多草相手にはまったく益のない試みというもの。
むしろ緩みかけていた胸の鎧が完全にずり落ちてしまい、触腕の前に、虫刺されのようなちっちゃな乳首を晒す事態を招いてしまったのでした。
「んわぁんっ!? そんなとこぉ……っ! 吸っちゃ……っ! んっ! んっ! んんんーっ!」
先端に吸盤を持つ触腕に両の乳首を吸いつかれ、びくびく仰け反る犠牲者さん。吸引されたままこりこりさわさわ、吸盤のなかであまぁくかわいがられてしまいます。お腹の芯にきゅんと響く絶妙な力加減によって、反抗心もあっという間に意識の隅へ。
その隙を見逃す纏多草ではありません。すかさず三本の触手を伸ばし、健康的なすらりとした太ももを這い上がっていきます。
「んんっ!? そこだけ、は……っ! だめっ、だめっ、だめぇ……っ!」
纏多草の目的を本能で察した贄は、足をがっちり閉じようとするものの。
(どうして……っ、ちから、はいんない……ですー……っ!)
あっさり股ぐらへの侵攻を許し、鎧の中をまさぐられてしまうのでした。
「あーっ! やだっ! やだあぁっ! なかっ! はいって……っ!」
纏多草は、桃色をした大小無数の触腕を持つ、フタナ固有の蔓植物です。痩せた土壌でも生育するのでフタナ島ではどこに行っても探せば見つけられる一方、環境に対しては非常にデリケート。風雨に弱く日光すら浴びすぎると日焼けして枯れてしまうため、大きい割に木や岩の陰なんかでひっそり息づいている、なんだか気の毒になってしまう性質をしています。
しかし侮るなかれ、その生態はなかなかにしたたかです。纏多草がどうしてフタナ全土で繁殖しているかというと、それはおフタナさんを利用しているのです。
纏多草はおフタナさんがフタナ中を歩きまわっていること、そしてたいていのおフタナさんは頑丈で健康で栄養豊富であることを知っていますので、やむにやまれぬ事情で野宿をするおフタナさんを物陰から襲っては種を付け、ついでに少しばかり養分も拝借して、遠くまで運んでもらっているというわけです。
纏多草に種をつけられると汚れるし疲れるし、旅はしんどくなるばかり。しかしおフタナさんにも、見返りがないわけではありません。それは――。
「んっ! んっ! んっ! えっ!? あっ♥ あっ♥ うそっ♥ うそうそっ♥ どうして……っ、こんな……っ♥ おじょうずなんですー!?♥」
纏多草は、運び手となる相手をとっても気持ちよくしてくれることです。
「んっ♥ んっ♥ ん~~っ♥♥ おなかのっ、うらがわ……っ♥ かりかりってぇ……っ♥♥」
纏多草の触腕はひやっとしているものの肉質は柔らかく、自在に動く筋肉のようです。粘膜を傷つけないよう表面は媚薬効果のある粘液で覆われていますし、長ーい舌を想像するとよいでしょう。
「んひっ♥ しっぽっ♥ ねもと……っ、ごしごし……♥ しびれちゃ……っ♥ ぉほぉ……っ♥」
触腕が一見して太さと長さが不揃いで不恰好なのは、言い換えれば相手によって一番いい腕を選ぶことができるということ。獲物の様子をうかがいつつ、優しく丁寧な愛撫を施す習性のあるとても賢い植物ですから、その形質とも非常にマッチしていて、纏多草はみんな、どんな相手でも悦ばせられちゃう生まれながらにえっちのスペシャリストなんですね。
(にげないと、だめなのにぃ……っ♥ たねつけ♥♥ されちゃうのにぃい……っ♥)
実際、リピーターもそこそこいるぐらいで、そうでなければとっくに絶滅しているはずで。
「おっ♥ おっ♥ おっ♥ これっ♥ らめっ♥ もっ♥ もぉっ♥ っくぅっ♥」
その証拠に、最初は逃げ出そうともがいていた今回の贄も、いとけない陰唇をのべつにほじくりかえされ、今では自分を拘束していたはずの触手にすがりついて、すっかりとろけ顔。
「んわぁうっ♥ ねもとっ♥ ぷくぷく♥ ふくらんで……っ♥ やらっ♥ たねつけっ♥ やなのにぃいっ♥」
ぼこぼこと体内で膨張する纏多草の様子を通じて、獲物がいやいやとかぶりを振りますが、時すでに遅しです。いよいよラストスパートといった塩梅で、触腕の出入りも激しくなっています。
「ぁはぁーっ♥ もぉっ♥ らめっ♥ いっくっ♥ いくっ♥ いくっ♥ い――」
そして纏多草とともに、あどけなさの残るからだが最高の瞬間を迎えようとした、まさにそのとき。
ばしゅっというくぐもった音が、汪々たる闇のなかでこだまするや、白刃のきらめきが纏多草の周囲を一閃、二閃、三閃、しゃきしゃきしゃきん、と行き交います。瞬く間に纏多草は無情無惨に斬り散らかされ、犠牲者は宙に投げ出されますが。
「い――っ! 落ち――わぷっ!」
がっしりしながらも温柔ななにかに受けとめられ、獣っぽさが混じったお日さまの匂いに包まれたのでした。
「――シィア? シィア・マリヤッタ・ヲーン?」
「い……? へぁ……? そ、ですけどー……?」
数秒前まで凌辱され、絶頂させられかけていたこともあって意識が朦朧としていた犠牲者ことシィアさんですが、まもなく自分が誰かの腕に抱きかかえられていることを悟ります。
(ふわ……とっても、かっこいいひと、ですー……)
シィアさんを纏多草から救い出してくれたそのひとは、黒毛の狐耳をそなえた眷属でした。凛としていて、でもどこか気だるげな愁いを帯びた眼差しで、夜闇をも従える神話の獣のような神々しさをまとっていて、シィアさんは思わず見惚れてしまっていたのでした。
(まるで……おとぎ話の王子さまみたい、ですー……)
そんなわけですから。
「ん……よかった。シィアのこと、探してたから」
なんてことを言われた日には、爆発寸前だったときめきも蘇るというもので。
(ぼくの、ことを……? ~~っ! ぁ――っ♥ ――っ♥ ――っ♥)
嬉しさのあまりにそのまま無自覚にエクスタシーを極めて、びくびく痙攣を繰り返し。
「え……、え……? ええぇぇ……?」
恩人を、ひどく困惑――というか、どん引きさせてしまったのでした。
さてさて、このたび御同行が訪れたのは――甘蔗の界・ノインザ。
聖書教普遍派系土着精霊を信仰する熱帯気候のノインザは、界というにはずいぶん狭く、土地も痩せています。固有種のサトウキビを中心に循環するガイアも小規模で、そこらの州のほうがよっぽど自立性のある環境ですが、商取引の要衝であるため人は多く見かけられ、なかなかに活況を呈しています。
ノインザにはホムスビ一六神もいませんでしたし、滞在時限も短いので、到着した翌日の午後にも出発したいところ――でしたが、次なる目的地である火森の界・ミョウトラへの道行きはどうやら危険な模様。
水やら食糧やら、なにかと入用なようですので、心許なくなってきたアルシーブを稼ぐためにも天帝院の依頼をこなしたい御同行でしたが――?
これは――。
天をして無間地獄がごとき。
魔をして色究竟天がごとき。
人をして大悲胎蔵金剛大螺旋がごとき。
うたかたのような、ふたえの国の夜伽薬。
ではではみなさま、お
/ぴるぐりっ! ~はちはち異界巡礼譚~ 日本語版
/摧一切善阿密哩多 胎蔵界編
/第一〇夜 逢魔万象
/第一錠
「受けられる依頼がないってどういうことですのッ!?」
天帝院の受付で、きんきん声を荒げるエルシンシアさん。
「言葉通り、今は界民からの依頼がひとつも天帝院に来てないんです。ここは、もともとおフタナさん向けの配達依頼が少ないんですよ。各個人が砂糖取引のついでに、行商人さんに郵便も全部依頼してしまうんです。力仕事や荒事も、行商の用心棒さんがやってしまいますし」
応対してくれているまひるさんの装いは、けばけばしい桃花色のスーツ。が、唐紅のハットと真紅のネクタイとで全体としてはシンプルで瀟洒にまとまっています。ほかのまひるさんも目に鮮やぐ色違いのスーツを着こなしていて、天帝院内はちょっとしたお花畑の様相。
「こっちはお金に困ってるんですの! 巡礼者を助けるのが、天帝院の役目じゃないんですの!?」
「支援したいのはやまやまですけど、ないものはないんです。なにも、あなたたちに嫌がらせしているわけではないんですよ?」
「依頼がないなら、巡礼者のために見つけてくるのがあなたたちのしご――むぐっ」
「こらこら、エルシィ、騒ぐな騒ぐなー」
受付台になかば身を乗り出しかけたエルシンシアさんですが、背後から伸びてきたりんごさんの手に口を塞がれました。
りんごさんは暴れるエルシンシアさんを押さえ込みつつ、すっかり困り果てた様子で懇願しました。
「ねー、まひるさん、どーしても無理? あたしら、ほんっっっとに困ってるんだー?」
「むー! むー!」
「うーん……、まぁ、どうしてもと言うのであれば、天帝院から臨時のちょっとした依頼を出せなくはないですけども」
「なになに? どんなのどんなの?」
「食材の採取依頼を受けた若いサキュバスさんが、昨日から戻ってきていないんですよね。そろそろ納品予定時刻なんですけども……もしよかったら、様子を見に行ってもらえますか? ふつうの依頼よりもかなり少なくなってしまいますけど、一応、報酬は出しましょう。もしその子が単独で依頼を達成できそうにない状況でしたら、協力して対応してもらって報酬を折半するか、完全に引き継ぎしてもらってもかまわないですよ」
「だってさ、はすの、サン。受けていーよね?」
りんごさんは振り返ると、後方にいたふたりの仲間に相談しました。
「りんご姉にまかせる」
「先に、サキュバスさんの依頼内容を確認しておいたほうがいいと思いますよっ、りんごちゃんっ」
「むー! むぐー!」
「あ、そーだね。どんな依頼だったの、まひるさん?」
「すぐ近くに、『んかいの臓穴』と呼ばれる古代のあとらくしょんがあるんですけど、その最奥でのみ自生している幻の食材があるんです。それを採ってきてほしいという、依頼内容自体はよくある単純なものですね」
「あとらくしょんってなに?」
「体験型の娯楽施設です。天上民が知恵と勇気と力試しをするための、道場みたいなものでしょうか」
「天上民用って……それ、なんか危なそーなんだけど……なんでその子に受けさせちゃったの?」
「危険ではないですけど、たしかに簡単なものではないですね。ですので、最初は断ったんです。けど、その子もお金に困ってたそうで、しつこく食い下がってきたんですよ。仕方がないので、諦めさせようと思って発注したんです」
「え、地味にひどくない?」
「実は、同様の依頼は定期的に受注していて、『んかいの臓穴』のことはよくわかっているんです。実力のない子なら、ふつうは最初の試練で失敗して、三〇分かそこらで戻ってくるはず――だったですけども。なかなか戻ってこないので、順調なんだな、って思っていたんです」
「ふーん。てゆーか、なんでそんなもんがあるの?」
「この辺りの土地は、大昔に撃墜された
「なーる。だってさ、どーする?」
「りんご姉にまかせる」
「幻の食材……気になりますっ」
「むー! むぐぐー!」
「おーし! 決まりだね!」
「というような経緯で、天帝院からの依頼を受けて、シィアさんを探していたんですっ」
なめらかなクリーム色をした岩の天井からにょきにょき無数に垂れ下がる石のつらら、きいきいひしめく蝙蝠、ひんやり冷たい闇――。『んかいの臓穴』は、蒸し暑いノインザの気候とはうってかわって、底冷えする冷気をたたえた鍾乳洞でした。
入口から五分ほどの地点――絵と文字が描かれた巨岩の門がある広場にて、焚火で暖を取りつつ、サンセットさんからかくかくしかじかの事情を聞き終えた幼いサキュバス――シィアさんは申し訳なさそうにぺこぺこ何度も頭を下げました。
「ほんとのほんとに、助かりましたですーっ。あのままだったら、ぼく、纏多草のママになっちゃうところだったですー……」
癖っ毛気味なショートカットの黒髪に、無垢そうなくりんとしたミント色の瞳、つんと尖った長い耳が特徴的な、幼い顔容のシィアさんは、今そうしているように薄汚れた外套にくるまっていれば、一〇歳ぐらいの、どこぞの乞食といった風貌で、とてもおフタナさんには見えません。
「いーっていーって。こっちも依頼だし。ってか、からだ、だいじょーぶ? ずっとヤられっぱなしだったんじゃないの?」
掘り下げづらいことをずばずば訊いていくりんごさん。
「いーえー、ついさっき罠にかかったとこだったですー。その……はすのさん、が助けてくれたですし、全然平気ですー」
「ん……」
憧憬のこもった視線を向けられ、はすのさんは狐耳をひくつかせて目を泳がせました。
「ならよかったけどさ、ここまだ最初の試練ってやつだよね? なんでここの罠に引っ掛かってたの? 帰り道だった?」
「それが……試練の答えをプロムママから聞いてたような気がしたので、思い出そうとしてたら、いつの間にか寝ちゃってて――」
「んん?」
「ぁ、ぼ、ぼく、考え事してるとすぐ寝ちゃう体質なんですー……。それで、ついさっき目が覚めて、やっと答えを思いついたんですけど……間違いだったみたいで、上の亀裂から降ってきた纏多草に襲われたところだったですー」
こんなところで眠り込むなんて、間が抜けているのか肝が据わっているのか、気の抜けるオチを聞かされ、りんごさんが苦笑しました。
「あ、そ……ま、無事ならいーけどね。じゃ、依頼はまだ終わってないんだね」
「そうなんですー。まひるさんにも言われてたですけど、ぼくには難しすぎるみたいですー……」
「だったらさ、あたしらと一緒にやんない? 報酬はわけっこでさ」
「えっ!? いいんですー!? 助かりますですー!」
ちっちゃな黒い翼をぱたぱた、毛のないすべすべした細い尻尾をぶんぶん、喜びはしゃぐシィアさんをよそに、始終怏々とした面持ちで緘黙していたエルシンシアさんが、不意にりんごさんを突っつき、ぽしょぽしょ耳打ちしました。
「――ちょっと、りんごさん」
「なにー、エルシィ?」
「どうしてこの
「どーゆー意味?」
「このロアがこの洞窟で役に立つとは到底思えないですの。依頼を引き継げば、報酬はそっくりわたくしたちのものですのよ」
「そりゃそーだけどさ、でもこの依頼、先にシィアが受けてたじゃん」
「このロア自身、自分で無理だとも言ってるじゃないですの。順番なんて関係ないですのに」
「んー、でもさ、シィアもお金に困ってるって、まひるさん言ってたじゃん。んで、天帝院にはほかに依頼もないんでしょ? なら、一緒にやるしかないじゃん?」
「むぐぐ……またそうやってお人好しなことを――」
そんなふたりの会話を背中で聞きつつ、サンセットさんはシィアさんの気を引くように、淹れたばかりのお茶を差し出しました。
「はい、どうぞっ。熱いですから、気を付けてくださいねっ」
「ありがとですー、サンセットさん! ふわ、とっても、いい香りですー! いただきますですー!」
「この辺りでよく飲まれてるお茶で、解毒作用があるそうです。纏多草の毒にも効くそうですよっ」
「あ、それなら平気ですー。ぼく、毒とか呪いとか、効かない体質なんですー」
「どおりでお元気だったんですねっ。てっきり、まだ毒がまわっていなかったのかとっ」
「こころを物質に変える、
「天帝院も形無しですねっ」
「ん……すごい」
「そーゆーはすのの頑丈さも人間離れしてるけどね? んじゃ、休憩はほどほどでいーよね。さっそく最初の試練とやらをぱぱっと片付けちゃおっか!」
景気づけるように威勢よくそう言うと、お茶を飲み干して、りんごさんが行く先を塞ぐ石門の前に立ちました。
通路を完全に一部の隙もなく塞いでいるように見える巨石の扉は、見上げるほどの高さと、腕を広げてもまだ足りないほどの横幅があります。旅を始める以前ならともかく、権能が低下してしまった今のりんごさんの御業をもってしても、持ち上げられそうにありません。
サンセットさんもりんごさんに倣って、石門を検めます。
扉の表面には、黒い獅子の身体に、ばってんで塗りつぶされた顔と、人間の女性らしき乳房、鷲の翼を持つ、亜人の絵が描かれています。その下には、フタナ語で――。
『にゃる しゅたん にゃる がしゃんな
我、朝は四本、昼は二本、夜は三本の足をもつものなり。
我の正体を暴け。
にゃる しゅたん にゃる がしゃんな』
と記されています。
「んー? なぞなぞ、かな?」
「ぅ……、むり……まかせた」
はすのさんは早々にお手上げ。エルシンシアさんはどこかいらだたしげに問いかけます。
「……それ、なんと書いてるんですの?」
「あ、そーか。エルシィ、フタナ語は読めないんだっけ。えーっとね――」
りんごさんが読み上げた問題を耳にするや、それまでフードのなかでぶすっとしていたエルシンシアさんの表情は突如として勝ち誇ったようなものへ移ろい、高らかに告げました。
「ふん! 楽勝ですの! これは
「あー! 待ってくださいですー、エルシンシアさん!」
「なッ!? なんですのッ!?」
ところがシィアさんに制され、すんでのところで口をつぐみます。
「ぼくもそうだと思ったんですけど、扉は開かなかったですー」
「そ、そんなはずは――」
「そうですね……たぶん、引っかけですっ」
顎に手を当て、熟考していたサンセットさん。扉と地面に交互に視線をやり、確信を持ってこくんと頷き。
「答えは――纏多草、ですねっ」
びしっと断言すると同時――どういうちからが働いているのか、ごごごごごと石扉が奥に開きだしたではありませんか。纏多草が落ちてくる気配もなし。正解、ということなのでしょう。
これにはシィアさんも大喜び。
「す、すごいですー……! こんなあっさり解いちゃうなんて……!」
「な――ッ!? むぐぐ……! どうしてわかったんですのッ、サンセット!?」
一方、自信満々だったはずのエルシンシアさんは心底悔しげにいがんでいます。
「あの黒いスフィンクス、よく見てください。塗りつぶされてて、顔がないんです。スフィンクスは人間の顔をしてますから、だから、人間じゃないってことを表しているのかな、と。それに――こんなところに纏多草がいるの、ちょっとおかしくないでしょうかっ?」
「どうしてですー?」
「いくら纏多草といえど、光がまったく射さない、土壌もないここでは、生育できないはずでし、そういう仕組みをつくるのはきっととっても大変です。だから、わざわざお仕置きに纏多草が用いられているのは、きっとヒントなんですっ。シィアさんが罠に引っ掛かってくれていなければ、絶対にわからなかったことですけど」
そう言って、サンセットさんはシィアさんに微笑みかけました。
「むぐぐぐぐ……!」
「サンセットさん、かっこいいですー!」
「なーる。まひるさんが、知恵を試される的なこと言ってて嫌な予感してたから、サン連れてきて正解だったなー。んで、なんで纏多草が、『朝は四本、昼は二本、夜は三本の足』なの?」
「おそらく、纏多草が生殖行動をする際に用いられる、触腕の数ですねっ。最初は手足を拘束して、次に左右の胸を責め、最後に下半身の――」
「~~ッ! まだ始まったばっかりですのよ! ごちゃごちゃだべってないで、さっさと次に行くですの!」
「ちょ、エルシィ、ひとりで突っ走んないでよ!」
「置いてかないでくださいですー!」
続く言葉を封じるようにやにわに声を荒げ、ずかずか先に進みはじめたエルシンシアさんを、りんごさんとシィアさんが追いかけます。
かたやサンセットさんは門をくぐりかけたところでふと足を止め、扉の絵をじぃっと注視したまま、眉をひそめました。まるで――今しがた正答したはずの自分の答えに、納得がいかなくなったといった風に。
そんなサンセットさんの異変を察知したはすのさんも、一時停止して不思議顔。
「……サン? どうかした?」
「あ、いえ……なんでもないですっ」
しかしまだ断定するには材料が欠けると判断したのか、気を取り直して歩みを進めます。エルシンシアさんの言うとおり――まだまだ試練はこれからなのですから。