※この作品はR-18です。

ぴるぐりっ! ~はちはち異界巡礼譚~   作:伊土 讃阿

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第二錠

 

 

 

/ぴるぐりっ! ~はちはち異界巡礼譚~ 日本語版

/摧一切善之功 胎蔵界

/第一〇夜 逢魔万象

/第二錠

 

 

 

 邪悪なる獣のあぎとがごとく濫立し、蝟集する石筍と鍾乳石の影から躍り出るは、凶々しき馬頭の蝙蝠やら、おぞましき無定形の妖鬼やら――『んかいの臓穴』第二の試練は、まことに不快で厭わしい容貌の知性なき魔物ひしめく、地獄めいた石造りの御舎(みあらか)です。

 

 御業もなく、腕に覚えのない哀れなる衆庶なれば、瞬きする間にこれら醜悪なる狩人の餌食になりましょうが。

 

「ふふふふふ……ッ! 楽勝ですの……ッ!」

 

 最善最勝なるアシャ・ワヒシュタの加護を受け、己が星の座たる人馬(サジタリウス)の権能をその身に宿した天上民にとっては、むしろ格好の狩場と化していたのでした。

 

「ふん! ぬるい! ぬるい! ぬるぬるですの……ッ! 『んかいの臓穴』とやら、生ぬるいにもほどがあるですの! どこのスフィアだったか知りませんけど、教団の底が知れるですのよ……ッ!」

 

 扶桑の界・コウルトでは出番がなかったためか、いつになく興奮気味に、燃え盛る有翼光輪(クワルナフ)を背負い、深緑の外套をはためかせ、灼かなる光矢を四方八方に撃ちまくるエルシンシアさん。握りしめた光の短弓から射出さる光の矢は、一本一本が最勝なる天則に基づいて聖別されており、岩を砕き泉を焦がすほどの無類の破壊力を秘めています。

 

 そんな光矢(レーザービーム)が無尽蔵に飛んでくるものですから、当初は新鮮な獲物に我先にと群がってきていた魔物たちも、今や「次誰が行くよ……?」「いやーキツイっす明日デートなんで」「おれ最近息子が産まれたばかりだし……」「持病の癪が――」と言わんばかりに顔を見合わせ、すっかり及び腰。

 

 どころか鍾乳洞自体も光矢を浴びせられ続けて悲鳴を上げ、頭上からつらら石が降ってきています。むしろそっちのほうが危なかったりするのですが、そこはりんごさんの役どころ。石が直撃しそうならばはすのさんに合図してもらい、その都度、傘のように天手の御業を展開させて五人の安全を守っているのでした。

 

(というか、本当にぬるすぎますわね……こんな試練が、本当に天上民用なのかしら――)

 

 とまぁ、そんな按配で、魔物の駆逐はエルシンシアさんに、防御はりんごさんに任せて、ぐだぐだ四方山話に花咲かせ、事前に露店で買っていたサトウキビをしゃくしゃく齧りつつ、のんびり道行く御同行+シィアさん。

 

「州の信仰回復のために、大昔の神さまを再現……なんだか本物の英雄のお話みたいで、かっこいいですー! みなさんとってもお強いですし、きっとうまくいくですー!」

 

 道中、御同行の目的を知ったシィアさん、歳相応らしく、目を輝かせて盛り上がります。

 

「いやいや、シィアも似たよーなもんじゃん。ってゆーか、ちっこいのにひとりで巡礼とか、シィアのほうが立派ですごいでしょ」

 

 シィアさんは、スラブ神話系フィンランド神話(カレワラ)サキュバスという亜人でした。

 

 シィアさんによると、カレワラサキュバスはどこかのお山の地下深くの里・ポホヨラでひっそりと隠れ住んでいる――というより、閉じ込められている亜人なのだそうです。なんでも、里の境界は金剛大師に特殊な加持を施された結界になっており、カレワラサキュバスだけが通過できなくなっているんだとか。

 

 しかし一〇年前――かの帝釈の転ののち、ポホヨラの女王だったシィアさんのお母さん、マリヤッタさんが、シィアさんを産むなり突如として失踪してしまったのです。ポホヨラは当然、大混乱。シィアさんはまだ赤ん坊でしたから里を治めることはできませんので、代理で別の女王を立てようとしましたが、醜い権力争いに発展、現在も政治的に不安定なんだそうです。

 

 しかもそれだけではありません。そんな苦況につけいるように、最近、ポホヨラにちょっかいを出している謎の勢力が出現したのです。里の境界の辺りで、次々とサキュバスが姿の見えない何者かに襲われているそうで、ポホヨラの民は内外の危機に夢見の浅い日を送っているのでした。

 

 そこで立ち上がったのが、元女王の娘であるシィアさん。長らくポホヨラの女王だったママならまたポホヨラをまとめあげて謎の勢力を追い返してくれるはず、箱庭のごとき狭いポホヨラのどこにもいないのだからママはきっと外にいるはず、そしてママが越えられたのなら――と境界に挑み、はたして推理通りこれを踏み越えたシィアさんは、故郷の平和を取り戻すため、母を訪ねて巡礼の路に就いたのでした。

 

「でもぼくは……、道に迷ったり、旅に出て早々に財布を落としちゃったり、今日みたいに失敗ばかりで、ずっといろんなひとに助けてもらってばっかりですー……」

 

 しょんぼり肩を落とすシィアさんを、りんごさんが励まします。

 

「いーと思うよ、それで。失敗しないひとなんて、いないんだしさ」

「りんごさんも、失敗するんですー?」

「そりゃもー、してしてだよ。この前寄った租界で、MAYとかいう薬と麻薬クラブのごたごたに巻き込まれたときなんか、あたしのせいでややこしーことになっちゃったし。サンのはまだ見たことないけど、はすのだって夕飯を狩り損ねてくることあるし」

「……ん。ちいさい獣だと、一〇回に一回は、失敗する」

「とくにエルシィなんか、天上民のくせにやらかしまくりだよ?」

「――ッ!? ちょっとあなた、黙って聞いてれば――ッ!」

「まぁまぁ抑えて抑えてっ、エルシィさんっ」

「むぐぐ……!」

 

 突然いじられて憤然と抗議しかけるエルシンシアさんでしたが、サンセットさんに宥められて仕方なく矛を収めます。コウルトで寝込んでいた際、つきっきりで看病してもらってからと言うもの、エルシンシアさんはサンセットさんには頭が上がらないのでした。

 

「でも失敗していーのは、諦めないかぎり、だよ」

「諦めないかぎり……?」

「どんだけ失敗しても、転んでも、諦めないかぎりは、まだ続けられるでしょ。んで、諦めずに、目的を最後までやりとげたやつだけが、かっこいーんだよ。諦めたら、かっこわるくて、それで終わりじゃん?」

「諦めたら、かっこわるくて、終わり――」

「だから、シィアも諦めずに、失敗しまくってしまくって、それでもくじけずにお母さんを見っけれたら、それってむしろ、失敗した分だけ余計かっこいーと思うよ、なーんてね」

「……っ! はいですー!」

 

 ちょっぴり元気を取り戻したシィアさんを見て満足げに笑うと、りんごさんは背嚢から梅色の縫い物――白字で射鶴木神社と刺繍の入ったお守りを取り出し、シィアさんに差し出しました。

 

「そーそー、お近づきのしるしに、はいどーぞ、うちのお守り」

「わー、かわいいですー! ありがとですー!」

「なかに紙が入ってて、そこにうちの家の前にあるおじどうさんの番号書いてるんだ。あたしらが旅してる間は出られないけど、いつかまた、旅が終わったときにでも、伝話してよ。話聞かせてほしーし。ひょっとしたらあたしらが、シィアのお母さんの手掛かりを見っけちゃってるかもだし」

「ぜひともですー!」

 

 そんなやりとりをちらちらうかがっていたエルシンシアさんが、ためらいがちに口を開きました。

 

「……それ、出会ったひと全員に配るつもりですの?」

「お守り? そりゃ、うちの宣伝のためだし。さすがにリックには渡さなかったけど。捨てられそうだし」

「……ふん! その程度で信仰の足しになるとは思えないですの」

「いやー、いちお、縁結びの神さまやってるこのりんごちゃんが丹精込めてちくちく縫ったお手製なんだから、ちょっとぐらいご利益あるでしょ!」

「自分で偽神と言っていたくせに、あるわけないですの……」

 

 ちなみに――御同行の知るところではありませんでしたが、このお守りもらったひとは近々誰かとえっちな行為に及んでいましたから、実際効能はあると言えるかもしれません。それが良きにせよ、悪しきにせよ――。

 

「そーいや、エルシィにはあげてなかったっけ。いる?」

 

 一度だけ、強く脈打つ心臓。

 

「……不要ですの。加護もないですのに、持っていても仕方ないですの」

「ま、そりゃそーだけどさ」

 

(今のはちょっと危うい返答でしたわね、自然脳(わたくし)?)

(……不要なのは虚偽ではありませんわよ、補助脳(わたくし))

 

 すかさず警告を発してくる補助脳(フラワシ)を、エルシンシアさんは努めて冷静にいなします。

 

(一瞬、中身を見てみたいという欲求が生じた――ただそれだけですわ。絶対に、絶対に――)

 

 光矢で八つ当たり気味に魔物を薙ぎ払いつつ、エルシンシアさんはふと思い出したように問いました。

 

「加護と言えば、シィア、あなたのその……装備は、ポホヨラのものですの?」

「あ、これですー?」

 

 シィアさんがぴらっと薄汚れたマントをめくれば、ランタンに照らされたのは、すべらかな白い肌と、下腹部を彩る星空を模した紋様、大事なところを控えめに覆う鎧――というよりほとんど金属片と言っていいような、胸当てと股当てのみ。いわゆるビキニアーマーと呼ばれる類のやつですね。そして腰から提げているのは、これまた遠目に見てもわかるほど安っぽい色硝子がごてごてごつごつ散りばめられた装飾剣。

 

 まばゆいばかりの素肌に、鼻の下を伸ばすりんごさんとは対称的に、思わずぷいと目を逸らすエルシンシアさんとはすのさん。

 

「これはつい先日、豆狸の商人さんにすすめられた、伝説の装備一式らしいんですー。この鎧はどんな災厄も寄せつけないとか、こっちの剣は雷禍をも叩き斬る、だとかでー」

「はぁ……? 名前はなんと言うんですの? それほどの祭具――いえ、もはや神器ならば、さぞかし有名に違いないですの」

「今は封印されてるらしいですけどー、使いこなせれば名前もわかるそうなんですー。きっとアイギスとかアキレウスの鎧とか、剣の方はジュワユーズとか、ひょっとしたらゾモロドネガルかもって、期待しちゃってるですー!」

「……あなた、意外と――じゃなくて、あなた、絶対騙されてるですの」

「そ、そんなことないですー! とっても優しい商人さんだったですー! 『一人旅は危ないぽん! 本当は一〇〇万シーブのところを、おまえだけには特別に五万シーブで譲ってやるぽん!』って大サービスしてくれたですー!」

「それが騙されてるんですの! はぁ……あまりに見てくれが常識はずれすぎて、逆に本物かと誤解したですの……。よろしいですの、シィア、祭具や神具はすべて教団できっちり管理されているもので、天上民ですら簡単に授かるものではないんですのよ。ましてや、アルシーヴでだなんて。仮に本物だとしても、使う本人が故も縁も知らない祭具や神器に、まともな効果は顕れないですの」

「うぇええっ!? そうなんですー!? ううぅぅ、たしかにちょっぴり怪しい気はしたですけど、プロムママは旅に出たら口を閉じて財布を開けろと言ってたですし、路銀全部はたいて買ったんですけどー……」

「なるほどっ、どおりでお金に困ってらしたんですねっ」

「ん……でもその剣、鈍器と思えばつよそう」

 

 得心がいったという風に頷くサンセットさんに、フォローになってるのかなってないのか微妙なコメントをするはすのさん。

 

「怪我をしないうちに、天帝院で白衣や笠を借りることですのね。あれは信仰がなくとも有用だそうですから。そんな恰好、見てるこっちが寒くなってくるですの」

「は、はいですー……」

「てかさ、効果があるにしたって、よくその鎧で出歩こうと思ったよね……あたしでもはずいよ、それ」

「うう、やっぱりそうなんですー? やたらとじろじろ見られるから、もしかしたらと思ってたですー……。この鎧、ポホヨラでは厚着な方なんですけどー……」

「いったい普段どんな服を着てるんですの? なにを着てもそれより薄着にはならないですのよ……」

「へー、サキュバスって、やっぱえっちなんだ。んっふふ、あっちこっちでヤリまくりとか?」

 

 シィアさんはぼふっと頭部から湯気を噴きださせ、か細い声で答えました。

 

「おとなは、え、えっちしないと……、しんじゃうって、プロムママが言ってたですー……」

 

(まったくこのひとは、相変わらずこんな話題ばっかり……!)

 

 珍しくもシィアさんを庇うかたちで、エルシンシアさんが強引に会話の軌道を修正しました。

 

「それで! さっきの続きですけど、武器はそのままの方がいいですの」

「え、こっちは本物だったんですー!?」

「あなた、わたくしの話をもう忘れたんですの? 偽物に決まってるですの。はすのさんの言うとおり、鈍器として使うんですの。それでも野犬ぐらいは追い払えますのよ。その調子だとどうせろくすっぽ剣なんて握ったことないでしょうから、刃物だとかえって危険ですのよ」

「は、はいですー」

「それから――」

 

 エルシンシアさんが小言を並べるさまを眺めながら、りんごさんがにたにた笑いを浮かべました。

 

「ふーん」

「な、なんですの」

「いやー? めっずらしーと思ってさ」

「だから、なにがですのよ」

「えー? エルシィが、ほかの子のこと心配するなんてさ、今までなかったじゃん」

「っ、それは……」

「前は亜人がどーの眷属がどーのとか言ってたけどさ、慣れたらふつーに仲良くできそーでしょ?」

「……べつに、仲良くなんか、なりたくないですの」

「えー、その方がたのしーじゃん? つらい旅より、たのしー旅の方がいーでしょ?」

「――ッ! わたくしは、そんな軽い気持ちで、巡礼してるわけじゃ――」

 

 やにわに語気を強め、エルシンシアさんが反論しかけますが、それが不注意になったのか――ブーツの底でかちりとなにかを踏み抜くや、足元からぷっしゅーっと小豆色の煙が勢いよく吹き出し、エルシンシアさんを包み込んだのでした。

 

「ぴゃっ!? なにこ――ごほっ! ぇほっ!」

「ちょおっ!? エルシィ!?」

 

 毒々しい色彩の視界のなか、びっくりしたエルシンシアさんは思わず煙を吸い込んでしまい、肺を満たすいがいがする熱さに激しく咳き込みます。

 

「ん……!」

 

 一瞬遅れて、はすのさんが稲荷神としての権能を発揮。ふっとひと吹き、風を巻き起こして煙を晴らすと、すぐに新鮮な空気がエルシンシアさんにもたらされました。

 

(息苦し――熱――毒……ッ!?)

 

 エルシンシアさんは咄嗟に有翼光輪(クワルナフ)を解除。アシャ・ワヒシュタの清浄なる加護を取り戻そうとします。サジタリウスを顕現している際は、圧倒的な戦闘能力を得る一方で、放たれた矢を引き寄せてしまったり、毒に極端に弱くなってしまう側面を備えているからでした。

 

 内臓が焼けつくような熱に、エルシンシアさんが膝をついてうずくまります。

 

「げほ……っ、はー……っ、はー……っ」

「エルシィ、だいじょうぶ!? エルシィ!?」

 

 りんごさんの不安げな声は、しかし急速に進行する眩暈と発熱がエルシンシアさんの耳に届くのを妨げていました。

 

 幸い魔物の襲撃の手は止んでいましたが、これを機に、といつまた襲ってくるかわかりません。どこか安全な場所に移動するべきでした。

 

「じっとしててね、エルシィ!」

「はー……っ、はー……っ、きゃ……っ!」

 

 りんごさんは天手でエルシンシアの矮躯を持ち上げると、後続をはすのさんに任せて目前の脇道に駆け込みました。

 

(うぅぅ……ッ、近い近い近すぎまわすよ……ッ!)

 

 りんごさんに抱きかかえられ、ほのかに鼻孔をくすぐる石鹸の匂いや、外套越しに伝わってくる体温で、エルシンシアさんの心拍数は加速。ますます毒がまわっていくようです。

 

 りんごさんは、紫色に妖しく蛍光する『♥ 休憩室 ♥』の文字を目にするや、その表示の下の、石扉が開け放たれた門をくぐりました。

 

 なかは想像以上に狭く、まさに休憩室といった趣きで、寝台まで用意してあります。五人だと少々手狭ですが、ここなら一息つくにはもってこい――と思いきや。

 

「本日は『んかいの臓穴』臨時休憩室をご利用いただき、誠にありがとうございます。本休憩室は、トラップNo.218作動時にのみ解放されるシステムとなっており、お客さまの健康状態が回復されるまでの隔離施設となっております。また、お部屋に備え付けの設備はご自由に使用いただけます。それではごゆっくり、御休憩をお楽しみください」

 

 そんな場違いなアナウンスが、どこからともなく降り注いできた直後、ごごごごごと重音が背後で鳴り響き――。

 

「んんー???」

 

 りんごさんが振り返った先には、今通ってきた道が、石扉で完全に塞がれてしまった光景が。

 

 とまぁそんなわけで、休憩室に閉じ込められたふたりなのでした。

 

 

 

 

 

 

 休憩室には、寝台がひとつ、机と椅子がひと組ずつ、奥に清潔そうな浴堂と、厠があるだけです。魔物も潜んでいなければ、罠もなさそうで、(この部屋自体罠みたいなものでしたが)とりあえず安全そうでした。

 

 りんごさんはエルシンシアさんを寝台に横たわらせました。

 

「どーお? エルシィ? どっか苦しい?」

「は……っ、は……、内臓が……、煮えてる、みたい、ですの……、ふ……っ」

 

 額に珠のような汗を浮かばせ、悩ましげにしとやかな吐息をこぼすエルシンシアさん。いつになく儚げで、妙に色っぽくて、りんごさんはどきりとさせられます。

 

(やっぱ、顔はかわいーんだよなー、この子――)

 

 それもそのはず、エルシンシアさんは天上民らしく、天使と見紛うほど整った顔立ちをした可憐な少女でした。肩まで伸ばした金髪は柔らかく波打ってしっとり艶めき、垂れ目がちなターコイズ(フェロザー)の眸子はいかにも気品と鷹揚さを同居させていて、老若男女問わず一〇〇人中一〇〇人が好意的な感情を抱くはずです。

 

「ぼさっと呆けてないで……、出る方法を、探して、くださる……? あなたのせいで……閉じ込め、られたん……、ですのよ……?」

「はー……、はいはい、天上民さま」

 

 口さえ開かなければ、ですが。

 

(まひるさんは死ぬようなことはないって言ってたけど……、はやいとこ天帝院戻った方がいーよね、これ……。ってかこの部屋あっついなー、汗かいてきちゃった……さっさと出なきゃ……)

 

 実はりんごさんも薄まりかけた煙をひと吸いしていたのですが、本人は無自覚なままに、石扉を天手で持ち上げようとしてみたり押し出したりとあれこれ試行錯誤。はたして石扉はびくともしません。しまいには若干自棄気味に、どんどんどんどん扉を叩くりんごさん。

 

「ちょっとー、出してよー! こっちは病人がいるんだけどー!?」

 

 ところが予想に反して、先ほどの謎の声が語りかけてきたのでした。

 

「申し訳ありませんが、お連れさまの健康状態が回復するまで、開錠できません」

「はー? だからその回復するために外に出なきゃなんだってば! っていうか病気にしたのそっちじゃん!?」

 

(……あれ? ってゆーか、この声、どっかで聞いたような――)

 

「お連れさまは病気ではございません。トラップNo.218――媚薬噴霧により、一時的に過度な興奮状態にあるだけです」

「び、媚薬ぅ!?」

 

 毒の正体を明かされ、りんごさんはなんとも言えない気疲れがどっと押し寄せてくるのを実感していました。が、ひとまず命に別状はないと胸を撫で下ろします。

 

「びやく、って……なんですの……?」

「え? あー、んー、とりあえずやばげな毒じゃないってさ。……で、どーしろってのよ、あとらくしょんのひとー?」

「媚薬は纏多草が原料ですので、代謝を高めれば迅速に排出されます。または何らかの手段によって発散することで、寛解します」

「はー? 言ってる意味わかんないんだけど?」

「……イケば治りますので、さっさとはじめちゃってください」

 

 毒による熱でぼうっとしてきたのもあり、雑な物言いでぶつっと途切れる声に、さしものりんごさんも閉口です。

 

 未だに事態が飲み込めないエルシンシアさんが上体を起こして、弱々しくたずねました。

 

「は……っ、ふ……、つまり……、どういうこと、ですの……?」

「えーっとね、つまり……つまりー……つまり!?」

 

(……ちょっとちょっとなにこれなにこれちょーラッキーじゃん!)

 

 鈍ってきた頭で、なんと説明したものかと考えあぐねていたりんごさん、ようやく自分の置かれた状況に整理がついて、内心有頂天。

 

(だって、そーゆーことだよね!? そーしなきゃ、出られないってことだよね!?)

 

 ぐんぐん桃色の妄想を胸の裡で膨らませていると――。

 

「エルシィさーんっ!? りんごちゃーんっ!? そこにいるんですかーっ!?」

 

 ふたりのことを呼ぶサンセットさんの声が、岩扉越しに聞こえてきました。完全に仲間のことを失念していたりんごさんでしたが、如才なく濁して、こちらは安全だということ、ちょっと待っててもらえれば出られるということを伝えました。

 

 そして改めてエルシンシアさんに向きなおり、いかにもこれはやむを得ない事態だと言わんばかりの神妙な様子で――。

 

「んっひひ、んじゃ、エルシィ、そーゆーことだから、さっそくヤっちゃおっか……!」

 

 失礼、訂正します、思いっきりやる気満々で、パーカーを脱ぎつつ、エルシンシアさんににじり寄りました。

 

(変なことしないって約束しちゃってたけど――、ここはやむを得ないでしょ! あたしもなんかすっごいむらむらしてるし!)

 

「やるって……、なにをですの……?」

「またまたー、とぼけちゃって。えっちに決まってんじゃん」

「……は?」

「セックスだよ、セックス。エルシィがセックスしなきゃ、こっから出られないんだってさ」

「~~ッ!?」

 

 人差し指と中指をくいくいっと曲げてみせるりんごさんの身も蓋もない発言に、エルシンシアさんが言葉を詰まらせます。

 

「ぜぜぜぜ、絶対いやですの……ッ! というかあなた、もう約束、忘れたんですの……!?」

「しょーがないじゃん。ヤらなきゃ一生ここに閉じ込められっぱなしだよ?」

「む、むりですの……ッ! よりによって……、どうして、あなたなんかと――!」

「そりゃ、ここにはあたししかいないからでしょ」

「め……、めおとでも、血の繋がりも、ないのに……っ、セ、セ、セッ、せっく、せっきゅひゅ、ぅ……、そ、そんなこと……、できないですの……!」

 

(こーゆーとこ、純なんだなー、やっぱ)

 

「えー。フタナじゃみんな、結婚してなくてもふつーにやってるけどなー」

「わたくしは……、最善、最勝の……加護を、受けた……祭祀執行専従神官(ハーウィシュト)ですの……っ! 触られるの、さえ……、補助脳が、許さない……ですの……!」

 

 それなら、としたり顔になるりんごさん。

 

「触らなきゃいーわけ?」

「……は――?」

「服は脱がなくていーし、指一本触んない。それならヤっちゃってもいーの?」

「そ、そんなこと……できるわけが――」

「あたしならできるよ、ほら、こーやって」

「ぴゃぃっ!?」

 

 りんごさんがぴっと軽く指を振るい、天手でエルシンシアさんの脚をなぞります。途端にエルシンシアさんはぶるぶるぶるっと身震いして足を引っ込め、口を滑らせてしまったことを心底悔やむように歯噛みしました。そして――。

 

「で、どーなの? ふーちゃん的には」

「フラワシですの……ッ! な……っ!? そん、な――」

 

 りんごさんに問われるや、最後の砦を打ち崩されたかのごとく呆然とするのでした。

 

「どーなの?」

「……すの」

「えー? よく聞こえなかったなー?」

「……いい……そう、……ですの」

 

 いつもの自信たっぷりで勝気な天上民の振る舞いはどこに行ったのやら、今やエルシンシアさんは、羞恥により真っ赤になって、失意により半泣きで、屈辱により消え入りそうな声でそう呟く、小さな女の子に過ぎませんでした。

 

「んっひひ、んじゃ、許可も下りたみたいだし、さっそく」

「ま、まだするとは、言って、にゃ――ぃ」

 

 と、一連のやりとりで血圧が上がったのもあるのでしょう、いよいよ媚薬がまわってきたのか、エルシンシアさんの頭がふらふら、ぐらぐら。りんごさんは、こころの底からエルシンシアさんの身を案じている風に装ってみせました。

 

「ほらもー、めっちゃしんどそーじゃん。そのままだとほんっとまずいと思うなー?」

「はー……、はー……、これ、ぐりゃひ……、ふぅ……っ、にゃんとも……っ」

「あたし、自分で言うのもなんだけど、けっこーうまいしさ、エルシィのその苦しいの、すーぐ治してあげられると思うんだけどなー?」

「じ、じょうずとか、へたとかじゃ、なくて……っ、っく……」

 

 しかしついに己の上半身すら支えきれなくなり、寝台の上に突っ伏します。もう、限界でした。

 

「……っ、ふ……っ、うぅぅぅ……っ、うううぅぅぅうう……っ、……ほ、ほんとうに……、ゆび一本……、しゃわらにゃい、ですのね……?」

「触んない触んない」

「や……、やくそく……やぶったら、承知……しにゃい、ですの」

「わかってるわかってる」

「……さ……さっさと……すませるん……ですのよ……」

「んっふふ、りんごちゃんに任せろっ」

 

 エルシンシアさんは何度も念押しすると、観念したようにぎゅっと固く目を瞑るのでした。

 

 

 

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