※この作品はR-18です。

喰   作:蒸しぷりん

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まだいまいち機能がわかっていないのですが、これは短編で投稿するべきなのかしら……?

今回で最終話となります。お楽しみいただけると幸いです。


三話

‪***‬

 

‪ 温かな日の当たる、小さな滝のある広場では、蜜蜂がせっせと花粉を運んでは巣を出入りしている。‬

 

‪ 丸々と肥えた草食竜の成れの果ての、肋骨に付いた肉塊を飲み込むと、恐暴竜は舌舐めずりをした。‬

‪ これだけ食えば、今日は食欲に押し潰されることもないだろう。‬

 

‪ この地域は、生命の密度が高い。‬

‪ 食うものにも困らなかったため、大食漢の自分が、ここのところ満腹にならない日の方が少ないほどであった。‬

‪ 恐暴竜がこんなに一所に長居をしたのは初めてで、これが慣れた土地というものか、と感傷に浸りさえした。‬

 

‪ 日光で温まった地面の温度からは想像できない、冷たい流水を口に含む。‬

‪ 滝壺で魚がはねたのが見えた。‬

 

‪ あの晩、家族が心配だと溢した狗竜を見て以来、恐暴竜は食料探しの道順を変えた。‬

‪ それまで腹の足しにもならない煩い小物、という認識でしかなかったが、影から観察してみると、なるほど彼らにも秩序があるらしい。‬

‪ もっとも、気まずいのでそれを本竜に言うつもりはないが。‬

 

‪ 狗竜は、今も自分の塒の周辺で時間を潰しているのだろう。‬

‪ 恐暴竜が折った脚も大分癒え、不格好ながらも二足で歩くこともできるようになったが、一日の終わりにはあの巣にいる。‬

‪ そして、どちらともなく情を重ねるのだ。‬

 

‪ 最初は一方的に道具のように使っていたのに、いつしか遠目で見た火竜の番と、同じとはいかないまでも、似たような関係性になっていた。‬

 

‪ 依存といえば依存であるし、側からみれば歪んだ関係であることも承知している。‬

‪ それでも、恐暴竜は今の生活に満足していた。‬

‪ ‬

‪ いつも鶏冠のある草食竜ばかりだから、たまには毛の生えた草食竜の肉でも持ち帰ってやろうか。‬

‪ そんなことを考えていた時、不意にちくりと何かが刺さったような痛みが走った。‬

 

‪ 何事かと振り返るが、そこには風が吹くばかり。‬

‪ だが痛みを感じた部分には、日光を弾く銀色のものが確かに刺さっていた。‬

 

‪ 次の瞬間、自分より遥かに小さな棒のような生き物が、足元から飛び出してきて、鳴き声を上げながら、腹目がけて鋭い銀色を投合してきた。‬

 

‪ それをすんでのところで避けると、恐暴竜は咆哮を上げた。‬

‪ ‬

‪ 耳を塞いで怯むかと思いきや、狩人は恐暴竜が見た時には、既に受け身の姿勢をとっており、背に担いでいた筈の武器を振り下ろした。‬

 

‪ 左後ろに足を動かせば、直撃を免れる。‬

‪ こいつはこの前の相手とは違う、と恐暴竜は警戒を強めた。‬

‪ 恐暴竜はその勢いのまま、ぐっと脚に力を入れて狩人のいる場所へと噛み付いた。‬

‪ ‬

‪ しかし相手はそれを読んでいたらしく、横に転がるやいなや、足を大きく開いて、巨大な塊を素早く恐暴竜の大腿へと打ち付けた。‬

 

‪ ごん、と鈍い痛みが走る。‬

‪ 恐暴竜は一歩後ろに後退り、狩人を睨むと太い尾をしならせた。‬

‪ 狩人はそれをしゃがんで避けると、恐暴竜の死角に回り込むようにして走り、銀色のものを鞘から取り出した。‬

 

‪ 一瞬狩人を見失った恐暴竜は、咄嗟に足元に目をやる。いない。‬

‪ ならば、と振り返ろうとした瞬間、左から銀色の刃を握った狩人が、飛びかかってきた。‬

 

‪ あっと思った刹那、頬の柔らかい部分にそれを突き立てられていた。‬

 

‪「ぐああっ……!」‬

 

‪ 悲鳴を上げて仰反る。刃は頬の粘膜を貫通し、舌にまで達していた。‬

‪ なんとか振り払おうと頭を振るが、傷口を広げるばかりだ。‬

 

‪ 自分よりも小さな者に驚かされたこと、そして今も続く痛みに、恐暴竜は怒りを露わにした。‬

‪ 心臓がドクドクと活発すぎるほどに動く。‬

 

‪ ぐっと地面を踏み込むと、狩人目掛けて飛びかかる。‬

‪ 押さえ込むことこそできなかったが、生じた地震でバランスを崩したようだった。‬

‪ 好機を逃すものかと、恐暴竜はごろりと身体を横転させ、押し潰そうとした。‬

 

‪ 恐暴竜の巨体が押し寄せてくれば、まず逃げる事はできない筈だ。‬

‪ しかし狩人は、槌を外側へ振り回し、その力に敢えて引っ張られるようにして横に倒れ、尻尾と地面の僅かな隙間へと転がり込んだ。‬

‪ 狩人が無事だと知り、恐暴竜は舌打ちをする。‬

 

‪ 素早く立ち上がると、狩人が体勢を立て直す前に、恐暴竜は二度、三度と勢い良く噛みつく。‬

‪ すると、三度目に鋭く歪な歯の生えた顎が狩人に当たったようで、小さな者は吹っ飛ばされた。‬

 

‪ ようやく好機が訪れたと、恐暴竜はほくそ笑む。‬

‪ 今度こそ喰ってやる、と大きく口を開けて、前につんのめった。‬

‪ ‬

‪「!」‬

 

‪ 足を前に出したつもりだったのに、殆ど場所が動いていない。‬

‪ 重い頭だけが前に行ってしまい、恐暴竜はバランスを崩して顎を地面に打ち付けた。‬

‪ 目の前に火花が散る。‬

 

‪ 一体どうしたというのか。恐暴竜は混乱した。‬

‪ 慌てて立ち上がろうとすると、地面に着こうとした前脚が痙攣しているのが見えた。‬

 

‪ 毒を盛られたことに気がついた恐暴竜は、生命の危険を感じ、呼吸が浅くなるのを自覚した。‬

‪ 恐暴竜の下敷きを免れた狩人は、得物の柄を握り直すや、力を溜めるような動作を見せた。‬

 

‪ それが何を意味するのかまではわからなかったが、本能的に危機感を覚え、恐暴竜は必死に身体を起こそうとした。‬

‪ だが、四肢が言うことを聞かない。‬

 

‪ 嗚呼、帰らなければ──。‬

 

‪ 雄叫びと共に、凶槌が振り下ろされた。‬

 

‪***‬

 

‪ 闇を好むモノ以外が全て寝静まった夜、狗竜は独りそわそわと塒の周辺を彷徨いていた。‬

‪ 何度も同じところを往復したため、足跡が重なって帯のようになっている。‬

‪ 夜露に濡れた脚が冷えてしまっていたが、それすらも気づかないほどに、狗竜は焦っていた。‬

‪ この塒の主である恐暴竜が、いつまで経っても帰ってこないのだ。‬

 

‪ 昼間に何度か咆哮が聞こえて以来、何の音沙汰も無い。‬

‪ 以前も、ここまで遅くはなかった。‬

 

‪ もしや何かあったのだろうか。狗竜はたまらなく不安になった。‬

 

‪ もう大分歩けるようになったのだし、いっそ匂いを辿って探してみようか。‬

‪ どの辺りを狩場にしているかは、夜咄の時に聞いていたから、だいたい見当がつく。‬

 

‪ 縄張りのことも頭を過ったが、狗竜が群れを率いていた時は、流石にこの時間帯にまで見回りはしていなかった。‬

 

‪ 一つ息を吸うと、狗竜は崖を降り始めた。‬

 

‪***‬

 

‪ 塒からしばらく歩くと、風に乗って血液の臭いが漂ってきた。‬

‪ 注意深く風上を探り、それがどこからきたものかを調べる。‬

‪ その臭いからして、どうやら少し時間が経っているものらしい。‬

 

‪ 得られる情報は、その血が流れた場所の大体の位置と時間。‬

‪ 正直あまり夜目は効かないため、嗅覚に頼るしかない。‬

 

‪ 微かだった滝の音が間近に聞こえるようになると、開けたところに出る。‬

‪ 辿ってきた臭いと、月光を頼りに歩いているうちに、それまでよりも低い位置に地面があるところに足を伸ばしてしまい、狗竜は危うく転びそうになった。‬

 

‪ いつの間にこんなところに段差ができていたのか、と思ったが、ふと狗竜はその低くなっている範囲が狭過ぎることに気がついた。‬

 

‪「これは……」‬

 

‪ 足の感触で確かめるに、これは何か重いものを打ち付けた跡だ。‬

‪ 目を凝らすと、似たような痕跡が複数ある。‬

‪ さらにその先に、何か巨大なものが地面を抉ったような跡を見つけ、近づいてみる。‬

‪ すると、嗅ぎ慣れた匂いと、今までよりもずっと濃い血の臭いが鼻腔をかすめて、狗竜はひゅっと息を飲んだ。‬

 

‪ 間違いない。恐暴竜は、この場所に来て、獲物以外の何者かと戦ったのだ。‬

‪ 恐る恐る、首を空に向けて鳴き声をあげてみる。‬

‪ 返答はなかった。‬

 

‪ 嫌な予感がする。口の中がからからだった。‬

‪ 仕切りに辺りを見回し、少しでも草木が動けばそちらを見るも、風の仕業であるばかり。‬

‪ ‬

‪ 海沿いも探してみようかと足を運ぶと、濃くなっていく生臭い血のにおいに紛れて、何やら植物が焦げたような臭いと、酸っぱいような臭いがした。‬

‪ 火竜でもいるのだろうかと思ったが、翼の音は聞こえない。‬

 

‪ 鼓動は最早、打ち鳴らされる早鐘のようだった。‬

 

‪ 小さな谷のようになった岩場を抜け、浅瀬に出て視界に飛び込んできた光景に、狗竜は己の目を疑った。‬

 

‪ そこに横たわっていたのは、思いを通じ合わせた竜の身体。‬

‪ 元々の黒々とした体色で、傷の度合いまではわからなかったが、その身体の下に広がる、尋常でない血液の量に、大怪我を負っていることだけはわかった。‬

 

‪ 狗竜は、完治してはいない自身の足のことなど気にもせずに駆け寄った。‬

 

‪「……おい、どうしたんだよ。寝てるだけなんだろ? なあ……」‬

 

‪ 恐暴竜の顔を覗き込んだ狗竜は、全体が腫れ上がり、半開きで焦点の合っていない目を見てしまい、首をぶんぶんと振った。‬

‪ これはきっと何かの間違いだ。そうだ、夢に違いない。‬

 

‪ そっと触れた際、己の前脚に伝わる体温があまりに低くて、狗竜はその場に崩れ落ちた。‬

‪ いつもの熱く感じるほどに温かい身体はもう、そこにはなかった。‬

 

‪「なあ、死んだふりなんか縁起でもねぇことやめて、くれよ……。また、オレに……な……」‬

 

‪ 最後はもう、声にならなかった。‬

‪ 亡骸の傍で、一匹の光蟲が、淡く輝きながら空へと舞っていった。‬

 

‪「……ねえ、これは夢なの?」‬

 

‪ 片割れの亡骸に縋り付いて身を震わせていると、不意に後ろから懐かしい声が聞こえて、狗竜は徐にそちらを向いた。‬

 

‪ そこには、目を見開いている、会いたくて仕方なかった母の姿。‬

 

‪「本当に、あなたなの? わたしの息子は……ああ……!」‬

 

‪ 恐暴竜の亡骸に目もくれず、母は我が子を抱き締めた。‬

‪ 茫然とする狗竜に、母は語った。‬

 

‪「あなたの声が聞こえた気がして、出てきてみたの。夢かと思って諦めていたけれど、本当だったなんて……なんてこと……!」‬

 

‪ 一緒になって喜びたい筈なのに、狗竜は頬を動かすことも、声を出すこともできなかった。‬

‪ 心が追いつかなかったのだ。‬

‪ ‬

‪「生きていてくれて、本当に良かった。ね、一緒に帰りましょう」‬

 

‪ 母の言葉に何と答えたら良いのだろう。それすら思いつかない。‬

‪ いつまで経ってもろくに返事をしない息子の顔を、母は心配げに覗き込む。‬

 

‪「……どうしたの?」‬

 

‪ 霞んでいた視界で、ようやくピントが戻り、母の顔を認めた時、どうしようもない感情が溢れて、狗竜は言葉にならない呻き声を上げた。‬

 

‪「ああ……そんなに辛い思いをしたのね。もう大丈夫よ。母さんがついてるわ」‬

 

‪ 母の優しい声に、頷くことも首を振ることもできなかった。‬

‪ そうではない。否、辛い思いはしたけれど、そうではないのだ。‬

 

‪ 胸が詰まって何を言うこともできず、狗竜は震える拳を握りしめた。‬

 

‪ その時、自らが来た方向から妙な軋むような音と足音が聞こえ、狗竜ははっと顔を上げた。‬

 

‪ そこにいたのは、己の片割れの命を奪ったであろう、小さき者たち。‬

‪ 丸太のようなもののついた、板の存在を認め、彼らが何をしようとしているかを察した狗竜は、我を忘れて飛び掛かった。‬

 

‪ 母が必死に叫ぶ制止の声すら、雑音にしか聞こえなかった。‬

 

‪ 程なくして、孤島の夜に静寂が訪れた。‬

 

‪***‬

 

‪ 商人に技術者、ハンターやギルドの職員などの多くの人々の集まる港では、昼夜問わず酒盛りの声が響く。‬

‪ 中でも、夕食時の賑わいは騒々しいと表現するに値するものであった。‬

 

‪ 給餌アイルーが、湯気の立つ熱々の鍋を、大変危なっかしい手付きで運ぶ。‬

‪ ドン、と音を立ててそれが置かれたテーブルでは、既に出来上がったハンター達が談笑していた。‬

 

‪「なあ、聞いたかよあの話。」‬

 

‪「あの話、じゃわかんねェよ。主語を言え、主語を!」‬

 

‪ 相棒に突っ込まれた最初の声の主は、しょうがねぇなぁ、と盛大に酒気を帯びた溜息を吐いた。‬

 

‪「ちょっと前まで、孤島でイビルジョーが出るってんで、立ち入り禁止令が出てたろ?」‬

 

‪ その話か、と相棒は酒を呷りながら納得する。‬

 

‪「奴のお陰で、草食竜も他の竜も激減。さあどうしようかってんで、遂にG級ハンターが派遣されたらしいんだがよ」‬

 

‪「ああ、知ってるぜ。なんでも、えらく苦戦したらしいな」‬

 

‪ 声の主は、やや声を低めた。‬

 

‪「あれ以来、そのG級ハンターはギルドに顔を出してないらしいぜ。理由までは知らねえが」‬

 

‪「ハァ? 無事生還したって話だろ。四肢だって、無くなったとは聞いてないぜ俺ァ」‬

 

‪ 鍋をよそりながら、主はふむ、と唸る。‬

 

‪「普通、デカい依頼を達成したなら誇ると思うんだがな。余程嫌なもんでも見ちまったのかね」‬

 

‪ 相棒は、開いた食器を下げに来たアイルーに礼を言いつつ、かもしれねェな、と頷いた。‬

 

‪ 二人はその後暫く無言で鍋を食べていたが、そういえばよ、とどちらともなく別の話題を出し、先程の話は幕を閉じたのだった。‬

 

‪ 酒場の明かりが消え始める頃、朝日が海を眩しく照らしながら顔を出した。‬




 以上、自分の趣味にしか配慮しない話でした。いかがだったでしょうか。

 戦闘シーンもきちんと描いてみたかったのですが、難しいですね。同時に、というよりもこれよりも先に書き進めていた話でも、戦闘を花形として書こうとしているのですが、思うようにいかないことも多く、自分の未熟さを思い知るばかりです。

 ここまでお読みくださり、本当にありがとうございました!
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