劇場版魔法少女リリィ5!! ~推しの物書きVtuberは百合小説の夢を見るか~ 作:百合道いおりん
夜道を一人、クロエは走る。
ゲスドランがいる倉庫までの道を一人、走る。
その前に、突如ふわりと人影が舞い降りた。
青色の衣装を身に纏い、同じく青い髪をなびかせて現れたそれは、見覚えのある姿だった。
「蒼…!」
「こんばんは、クロエ。」
にこりと蒼は笑って言う。
その笑みを見て、クロエは一歩後ろに下がった。
下がりながら拳を上げて身構える。
「おや…仲間に対して随分なご挨拶ですね。」
「…そういうなら、仲間に対してその敵意はなんなんだよ。」
蒼の言葉にやや呆れるようにクロエが言う。
蒼の笑み。
それは一見穏やかに見えるが、その吊り上がった口元から強烈な敵意を感じていた。
腹をすかせたライオン同士が檻に入れられ、共存しているように見えても隙を狙っているように。
いつ喰われてしまっても不思議ではない緊張感が漂っている。
「寝返ったか。」
「ま、そうかもしれませんね、私の心の内にあるものは変わりませんが。」
「なに?」
「力、ですよ。」
蒼は拳を握り、スッと頬の辺りまで上げて、構える。
「私が求めたものは力です。」
「…だから、あの魔神についたのか?」
「そうですよ。」
「くだらねえ…。」
馬鹿馬鹿しいとばかりにクロエが口を尖らせる。
蒼はそういったクロエに苦笑いを浮かべた。
「くだらないですか、嫉妬に狂って暴れた挙句寝ていた貴女には言われたくありませんね。」
「それに関しては耳が痛い、まぁ力に狂って──いや、欲しいものが手に入らないのを力があればって駄々こねてるてめえも似たもんだよ。」
「…。」
クロエの言葉に、蒼の口元から笑みが消える。
同時に余裕を保っていた目つきが鋭くなり、見るからに怒りに染まっていく。
「なんの…ことですか。」
「力が欲しい欲しいって、力を手に入れてどうするかって話だよ。」
「…。」
「どうせ欲しいのはあいつのことだ──」
言い終えるまでに、蒼の右拳がクロエの顔面に向かって疾っていた。
クロエは真っすぐに伸ばされた右拳を軽く左手で捌き、捌いた手の甲で蒼の目を払った。
怒りのまま、思い切り前に突っ込んでいた蒼はそれを避けられず、視界が一瞬真っ黒になった。
「うぐぁ!?」
クロエの右アッパーが蒼の顎を捕えていた。
続く左フックを蒼はぐらつく視界の中でどうにか察知し、後ずさって避ける。
その口元から微かに血が滲んでいた。
今のアッパー一発で口が僅かに切れたらしい。
血を滲ませ、憤怒の表情を浮かべる蒼に対してクロエは余裕そうにステップを踏む。
「図星突かれて、即殴りかかってくるのはどうかと思うぞ。」
「相変わらずの強さですね、嫉妬女のくせして…ちょっと吹っ切れたらこれですか!ムカつくんですよ!!」
そう、これがクロエ本来の実力であった。
クロエはぴたりとステップをとめると指を立て、くいくいと前後に動かす。
「安心しろ、こっちもムカついてるからな。」
「何を!?」
「素直に気持ちを伝えりゃいいものを、力があればとか御託を並べて裏切った、へたれ女にさ。」
言い終わるや否や、蒼の正拳が三発、クロエに叩き込まれた。
「どの口がそれをいいますか!」
左上段。
右中段。
左中段。
クロエは右手で二発の突きをいなし、最後の左の突きを回転しながら受け流し裏拳を放った。
蒼がカウンターの裏拳をどうにか身体を反らせて避ける。
しかしクロエは回転の勢いそのまま右ハイキックを蒼の側頭部めがけて放った。
「ぐぅッッ!!」
蒼はどうにか腕を上げてクロエの蹴りを防御したが、大きく体勢が崩れる。
空手の受けを使おうにも、そんな余裕はなかった。
思わずその場から跳び退り体勢を立て直そうとするが、クロエは蒼を逃さない。
蹴り足を前に降ろしながら一気に前に向かって踏み込み、連打を放つ。
左ジャブ。
右ボディ。
左フック。
蒼は亀のように腕を固めて連打を防御した。
空手の受けを使おうにも、できない。
体勢の崩れ腰の入らない受けなど、ただ腕を振るだけに過ぎない。
身体全部を叩きつけるような左フックを受け大きく身体が傾く。
「オラァ!!!!」
「~~ッッッ!!」
傾いた身体に、クロエの右ハイキックが襲い掛かる。
防御はした。
防御はしたが、今度は逆方向に大きく蒼の身体が傾いた。
防御したというのに身体を揺さぶられ、頭がぐわんぐわんと揺れ、視界が歪む。
歪んだ視界の中でクロエの身体が大きく動いている。
それを理解し、蒼は咄嗟に顔を覆う様に両腕を閉じ、防御を固めた。
あれ?
地面が傾く。
腕の隙間から見える景色が傾き、地面がせりあがる。
待て待て、どうしたんですか。
地面が勝手に動いちゃいけないじゃないですか。
ほら、そのせいで足が地面につかない。
あれ、地面に足はついていますね。
じゃあどうして私は立てないのでしょう。
「どうした?」
声が響く。
その声を聴いた途端、怒りが私の胸を焦がす。
「私はまだ変身してもいないんだぞ。」
頭が灼ける。
「それが求めた力かよ。」
黙れ。
「立てよ。」
言われなくても。
「へたれ女。」
「黙れえええええ!!!!」
膝を着いていた蒼が立ち上がる。
前面に防御を固めた蒼に対し、クロエが放った攻撃は後ろ回し蹴りであった。
鞭のようにしなった後ろ回し蹴りの踵が、防御の外を回り込むように動き後頭部を蹴り飛ばしていたのである。
蒼が構える。
息を荒くしながら、血の滲む口元を拭い、その血を見て心を昂らせる。
「へたれ女って、貴女にだけは言われたくないんですよ!!」
「だろうな。」
「分かるでしょう…どうしてもね、伝えられないものは伝えられないんですよ!」
「まぁ分かる。」
「ならば!!!」
「ごめんな、蒼──」
ゆるりと、クロエが革ジャンに手をかけ、宙に放り投げるように脱ぎ捨てた。
「私はもう、その先に進んでる。」
蒼が、正拳を突く。
突く、とみせかけて、蒼の右足が動く。
フェイント。
今まで真っすぐな攻撃をしてきた蒼が、初めてフェイントを使った。
それは勝ちへの執念か。
それとも揺らぐ心の弱みのせいなのか。
否、それは、蒼なりの変わろうとする一歩だったのかもしれない。
「変身。」
クロエの声が響く。
その身体が光に包まれる。
蒼の右足がその光に届くより早く。
クロエの右拳が蒼の顔面を撃ち抜いていた。
蒼が背中を地に着ける。
クロエの身体から光が弾ける。
綺麗な、銀の光だった。
月明かりに照らされた海の煌き。
波の飛沫が飛ぶたびに、銀の欠片が星と共に空を彩る。
そんな風景を想わせる、銀の煌き。
黒い衣装に身を包んだクロエが姿を現す。
スポーツウェアを思わせる、ノースリーブにへそ出しのぴっちりと身体に張り付くインナースーツ。
同じくスパッツのようなショートパンツを履き、その上から短いプリーツスカートを身に着けていた。
生足をさらけ出した足元に履いているのは、スニーカー。
その全てが黒であった。
それぞれの黒い衣装には銀色の紋様が装飾の様に刻まれており、淡い輝きを放つそれは暗闇の中クロエが動くと銀色の線を引いた。
クロエが宙に向かって手を掲げる。
その手にまるでタイミングを見計らったように愛用の革ジャンが降り立った。
衣装の上からばさりと勢いよく革ジャンに袖を通し、誰にでもなく背中を見せて思い切り見栄を切る。
「決まったな。」
「何が…決まったな…ですか…。」
一人呟いたと思ったクロエであったが、不意に耳に届いた声に目を丸くする。
蒼は地面に倒れながらも、まだ意識は失っていなかったらしい。
呻くように声を振り絞りながら、話し出す。
「本当ムカつきますね…そういうところ。」
「すまん…。」
「謝らないでくださいよ、そういうところ好きでもありますから。」
「どっちなんだ…。」
困惑したようにクロエが言うと、蒼はくすくすと笑い始めた。
「不思議ですよね、ムカつきながらも、なんか安心したんですよ…今の貴女を見て。」
「…。」
「羨ましいですね、私の先に行った…ですか。」
「すまん、ちょっと見栄張った…まだ寝てるシロエに、本心を伝えただけだ。」
「あははッ、いいんじゃないですか、今の貴女、凄くすっきりした顔してますよ。」
申し訳なさそうに俯くクロエに対し、蒼の笑い声が大きくなった。
そして蒼はもう一度大きく笑った後、小さく息を吸って、独り言のように口を開いた。
「私と桃姫も、まぁ色々あるんですよ。」
「…。」
「嫌いなところが山ほどあるんです。」
「…。」
「嫌いなところも全部、愛しいんですよ。」
「…。」
「おかしいですよね。」
「ああ、おかしいな。」
ゆっくりとクロエは蒼に背を向けた。
「それ、嫌いなところじゃなくて好きなところじゃないのか…。」
「え…?」
「素直に認めちまえよ、私は蒼にとっての桃姫がどんな奴かしらないけど、そういうところが好きだってさ。」
「…。」
「じゃあな、私は先に行く。」
クロエはそう言い残し、夜の道を駆ける。
まるで月明かりが道を作るように銀の光を煌かせながら、クロエが走る。
その後ろ姿をどうにか身を起こした蒼が見送りながら、一つため息を吐いた。
「本当ムカつきますね…いや、やめましょうか…嘘は…。」
再度背中を地面に着け、仰向けに寝転がりながら蒼が呟く。
「私を差し置いて吹っ切れやがったところがムカつくんじゃなくて、羨ましくて仕方ねえですよ、クロエ、それに──」
最後に右拳をまともに喰らった頬に触れ、蒼は顔をしかめた。
「強すぎでしょ…貴女…。」
結局、求めた力でも全く及ぶことがなかったことが、たまらなく悔しかった。
夜風に浮かべるように一言呟いた蒼は瞳を閉じ、眠りについた。