劇場版魔法少女リリィ5!! ~推しの物書きVtuberは百合小説の夢を見るか~ 作:百合道いおりん
「お前まで…私の前に立つなんてな、黄美。」
「ああ、自分でも驚いとるわ。」
新たにクロエの前に立ちはだかった存在、それは黄美であった。
互いに距離をとりながら、ゆっくりと円を描くように歩く。
「黄美。」
「なんや?」
「さっきはありがとう、おかげで助かった。」
「へっ、やめーや…今は敵同士やで。」
はっきりと黄美は敵同士だと言った。
黄美も蒼と同じく、魔の道の堕ちた。
そのことを改めてクロエは理解し、残念そうにため息を吐く。
一周、円を描いた。
お互いの距離が僅かに近づく。
「黄美は…どうする気なんだ?」
「あいつの道を見届けるんもええかな、と、思ってもうたんや。」
「道?」
「世界征服。」
黄美が思わず笑ってしまいそうになることを言い出す。
あまりにもシンプルかつ直球な悪の王道。
しかしクロエは笑わなかった。
黄美のことを少しは理解している故に、嗤わない。
「そうか…。」
「なんや、笑わへんのか?」
「他の奴が言ったら笑ってぶん殴ってるよ。」
「そうか。」
クロエの言葉に、黄美が笑みを浮かべる。
また一周円を描いた。
距離が、縮まる。
「なぁ、クロエ。」
「ん?」
「クロエには、シロエがおるよな。」
「ああ。」
「蒼と桃姫も、まぁずっと一緒におるやろ。」
「ああ…。」
「ウチは…どうなんやろな。」
「…。」
ぴたり、と円を描いていた二人の動きが止まった。
もう少し、もう僅かにでも踏み込めば、間合いに入る。
そこでぴたりと、動きが止まった。
「ウチには、なんもない、これからも、一人でいるんや。」
「…。」
「いや、それでええんやウチは、一人がええんや。」
「…。」
「そう分かってても、なんか、胸が燻るんや…一人でこの先どうするんやって、一人でなにをするんやって。」
「それで、奴の道に手を貸すのか。」
「そうや。」
黄美は頷く。
頷きながら、ゆっくりと腰を落としていく。
クロエも、軽く腰を落とした。
「あいつに、真っすぐな目で、着いて来いって言われてもうてな…。」
「…。」
「気がついたら、これや。」
「…。」
「着いて行きたいって、思ったんや…。」
「そうか。」
「クロエは、どう思う?」
「止めとけ、としか言えないだろうそんなの。」
「ははっ、そらそうか。」
ぼそりと、笑みを浮かべながらも、黄美は眉をひそめる。
「自分らは、ウチとはちゃうからなぁ…。」
「かもな…。」
どう答えたらよいか分からず、クロエは曖昧に頷く。
曖昧に頷き、そして困ったように笑う黄美を真っすぐ見つめる。
「難しいな、人の話を聞くって。」
「そうか?」
「いつも、黄美に話を聞いてもらってばかりだったからな。」
「…。」
「初めて、黄美の話を聞いたかもしれないな…。」
「すまんな…。」
「謝るなよ。」
「…。」
「いつも、頼りっぱなしだったな…。」
クロエがゆっくりと拳を上げて構える。
クロエが拳を上げると黄美も同じように掌を上げて構えた。
「ここからは私のワガママだ。」
「へぇ?」
「私は黄美があいつの、魔神の道に下るのは気に喰わない。」
「ははっ、お前なぁ…。」
「だから止めさせてもらう。」
「あかんわ…相談する相手間違えたなぁ、ウチ。」
困ったように、それでも先ほどよりか幾分か和らいだ表情を見せ、黄美が笑う。
「迷ってるだろう黄美、本当は。」
「…。」
「道を決めたみたいに言うけど、本当は迷ってるんだろう?」
「かもな。」
「かもじゃない、迷ってなければ、私に正しいかなんて聞くかよ。」
「…。」
「だから、その道を潰してやる。」
「自分が気に喰わん言うたくせに、えらいええように言うやないか。」
「まぁな。」
「でも、気に入ったわ。」
黄美の表情が変わる。
困ったようにひそめていた眉がピンと吊り上がり、その目に確かな闘志が宿る。
ゆるりと上げていた掌を何か決意を固めたかのように力強く張り、口から気合の籠った息を吐く。
気が、張り詰めた。
揺らいでいた、迷いのあった気が、一気に張り詰めた。
全身が一本の線になる。
クロエには黄美の姿がそう見えた。
身体の全てが連動し、一本の線になっている。
足から、膝。
膝から腰。
腰から胸。
胸から肩。
肩から肘。
肘から拳。
複雑に曲がりくねった人体の経路が、まるで一本の線のように繋がった。
「勝ったか負けたか、白黒はっきりつけて道が決まるなら、悪ないわ。」
「ああ、やろうか、黄美!」
クロエが踏み込む。
踏み込んで左ジャブと右ストレートのワンツーパンチ。
黄美はそれを前にかざした左手でいなし、右の中段突きを放つ。
クロエはとっさに左手で突きを弾くが、弾いた時には黄美の左手が顔面に向かって飛んできた。
首を傾けてどうにか避けたものの、頬に掠った拳によって浅く肌が切れた。
ぞくぞくと寒気と背筋を駆け抜ける。
あと数ミリ間合いが近ければどうなっていたか。
身体の震えが止まらない。
それでもクロエの身体は動くことを止めない。
黄美の全力の拳。
それがクロエに活力を生む。
全力だ。
黄美が全力だ。
本気で苦しんで本気で悩んで。
ずっと溜め込んできた感情の果てに、クロエの前に立っている。
生半可な感情ではない。
その感情の答えを出すために今、戦っている。
全力でぶつかってくれている。
ならば応えるのみ。
全力で。
そう思うと何も怖くなかった。
「黄美ぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「クロエェェェェェ!!!!」
恐怖の震えが、背筋を突き抜けた果てに、歓喜の雄叫びへと化けた。
クロエの右フックが空を切る。
黄美が姿勢を沈め、頭を低くして避けた。
ならば避けた先に膝を放って──
「げはぁ!?」
黄美の肘が、クロエのわき腹に突き刺さっていた。
姿勢を低くしたのはただフックを避けるためではなく、肘打ちの予備動作でもあったのだ。
ただクロエが放った膝が偶然にも黄美の身体をわずかに遮り、完全な形になることはなかったため、肋骨が折れてはいない。
「このぁッッ!!」
クロエが反撃の左アッパーを放つ。
黄美は身体を引いてかわそうとしたのだが、そこで爪先に痛みが走った。
「な──うそやっ!?」
クロエが膝蹴りで浮かした足、それを降ろすと同時に踵で黄美の爪先を思い切り踏んでいたのだ。
一瞬爪先に意識が行ったこと、そして爪先を押さえつけられたせいでその場からすぐに身体を引けず、右掌で顎をカバーすることが精いっぱいだった。
「ッしゃあ!!!」
「ぬぐぃッ!?」
空いた黄美の右半身に、左の膝を叩き込む。
黄美の右わき腹、レバーのあたりに、まともに膝が入った。
黄美の顔が大きく歪み、口の端から唾液がこぼれる。
だが、この程度では黄美は止まらない。
黄美の爪先がクロエの足元から抜け出す。
抜け出すと同時に右足を大きく踏み込んだ。
弾、と震脚の音が響く。
震脚と同時に渾身の体当たりをクロエに叩き込んでいた。
「むがぁッ!?」
両手で防御はしていた。
どこか一点を狙った攻撃ではない。
身体を庇う様に両手を前に。
しかしこの体当たりによってクロエは黄美と密着した状態から数メートル吹き飛ばされていた。
たった一歩踏み込んだだけだというのに、たかだか五十キロ半ば程度の黄美の身体からは信じられない破壊力だった。
それは黄美の身体が線であるからだと理解した。
地面から真っすぐに伸ばされた一本の線。
それが途中で曲がるでもなく、折れるでもなく、真っすぐならば、地面そのものが支えになる。
だがそれを戦いの中で実行してみせるとは。
クロエは全身に響く痛みと同時に感動を覚えていた。
間合いが、開く。
互いに息を荒くしながら、ゆっくりと構えなおす。
「ほんま…強いわ…クロエ。」
「黄美こそ…。」
「はは…。」
「ふふふ…。」
「ええなぁ。」
「うん。」
「気持ちええ。」
「うん。」
「でもまだや…。」
「うん。」
「まだ出し切ってへん。」
「うん。」
「受け止めて…くれるか…?」
「ああ、こい…全部受け止めて、全部ぶっ潰してやる!」
クロエの応えに、黄美が踏み込む。
左右の突きを顔面に、そこから右足の裏で膝関節を蹴る。
クロエが頭を振って突きを避け、関節蹴りを足を引いて避ける。
足を引きながら左のフックを黄美の側頭部に。
また黄美の身体が沈んでフックが空を切った。
沈んだ動きを利用して、右の中段突き。
その中段突きを、クロエの左膝が弾いた。
拳を膝に思い切りぶつけ、黄美が表情を歪める。
拳と膝では骨の硬度が段違いだ。
黄美が微かに怯みを見せる。
その隙をクロエは逃さない。
「らぁッッッ!!!!」
姿勢の低い黄美の顎を上から撃ちぬくように右フックを放つ。
当たった。
顎に綺麗には入らなかったが、頬に思い切りクロエの拳が入る。
「ッくぁッッ──まだやぁ!!!!!」
黄美が下からクロエの顎に向かって掌底を突き上げる。
首を傾け、掌で弾きクロエが避けるが、避けた掌底が肘打ちへと変化した。
弾、と震脚が鳴り、腹に肘が突き刺さる。
「ぬぐぃッッ──ぃぁッが!!!!!」
右のアッパーをお返しに思い切り顎に。
また入った。
大きく黄美が身体をのけぞらせ、足元を一瞬ふらつかせる。
「──ッッだぁ!!!!」
弾、と音が鳴る。
ふらついたはずの足が震脚一つで喝を入れられたように、がっしりと地面に根を張った。
間合いが開いたところでクロエが右のミドルキック──をフェイントに一回転し裏拳を黄美の顔面に。
「ぎぁッ─!?」
突如挟まれたフェイントの一撃にあっさりと黄美が引っかかてしまう。
口から血と共に白い破片が零れ落ちる。
折れた歯の欠片が口から噴き出たのだ。
大きく黄美の身体が揺らぐ。
揺らいだところに頭を掴んで、思い切り膝を叩き込んだ。
二発。
思い切り。
膝が顔面に入った。
普通なら、これで沈む。
場合によっては頭蓋骨が陥没する様な事態にもなる一撃だ。
しかし相手は普通ではなかった。
黄美は頭を掴まれながらも首を振り、わずかにではあるが衝撃を逃していた。
三発目の膝を入れようと大きく膝を引いた瞬間、クロエの両腕の隙間から何かが伸びてきた。
黄美の指を立てた掌底が、クロエの顎を打っていた。
無理な体勢で打たれた掌底だ。
打つというより押すような掌底のダメージは大きくない。
だが、立てた指先がクロエの目を擦っていた。
「なッ!?」
クロエが、怯む。
一瞬目を閉じ、黄美を視界から見失う。
「ご…ぁッ──ぉッッ!?」
視界が戻った瞬間、右のわき腹に鉄球がめりこんだのかと思うほどの衝撃を受けた。
中段突きがまともに打ち込まれていた。
肋骨が逝った。
それが分かる。
思わず膝を折りそうになる。
思わず尻を着きそうになる。
思わず前に倒れたくなる。
だがダメだ。
絶対にダメだ。
これで倒れちゃダメだ。
シロエは血を吐きながら立った。
私のために立ってくれた。
それにシロエだけじゃない。
立ってくれたのは。
私たちの前に立ってくれたのは。
私の前に立ってくれたのは。
ならば私がここで倒れる訳には──
「いがぬぅぃッッ!!!!」
クロエが右のフックを放つ。
黄美は中段突きから肘打ちを放つ。
「あ──かん…。」
僅かな差を制したのは、クロエだった。
中段突きから肘へと連なる、僅かな技と技の隙間。
その隙間を、肋骨が折れるほどの一撃を根性で耐えきったクロエが掴んだ。
顎を打ちぬかれ、顔を腫らした黄美が地面に倒れていく。
膝が折れ、しりもちを着き、ふらりと横倒しに倒れていく。
その肩をクロエが支えた。
そのまま地面に頭を打たぬよう、ゆっくりと降ろす。
黄美の顔は笑っていた。
青あざだらけの顔で笑いながら、すっきりとした表情を浮かべる。
「あかんかった…なぁ…。」
まだ意識の残る黄美が言った。
その言葉に対しクロエは笑みを返そうとするが、肋骨に痛みが走り、顔をゆがめる。
「は、はは…ウチのあれ、効いとったんか。」
「死ぬかと思ったぞ…。」
「殺す気で打ったんやけどな…まさか…ああなるなんて思わんかった…。」
「…ああ。」
クロエはそこで小さく深呼吸する。
「シロエのこと、思い出したから。」
「そうか…。」
寂しそうに、黄美が呟く。
そう、クロエにとっては立つための理由が、黄美にはない。
黄美はクロエにとってのシロエが羨ましかった。
だからこそクロエは言うことを一瞬躊躇った。
だからこそ、クロエは言わなければならないことがある。
「でもな。」
「ん?」
「一緒に、黄美のことも思い出した。」
「…え?」
「あの時、私の前に立ってくれたのは黄美、お前も同じだ。」
クロエが素直な気持ちを、黄美に伝える。
「だから、黄美に勝てた。」
くく、くくく、と黄美が笑う。
クロエの言葉に泣きそうに顔を歪めながら、黄美が笑う。
「なんや…ウチは自分に負けたんかいな…。」
「ああ。」
「そうやな…結局自分で道を選ぶんが怖くて、あの魔神の道について行こうとしたんや。」
「…。」
「弱いなぁ…ウチ。」
その言葉にクロエの手が震える。
違う。
違うんだと。
黄美は強い。
強くて優しい。
優しすぎて背負い込みすぎて。
結果的にこうなった。
それを弱さとクロエは認めたくなかった。
認めたくない。
「なんやクロエ…泣いとんのか?」
「あぁ…お前の弱さに…なぁ。」
でも、それは弱さだ。
それがたまらなく悔しかった。
悔しくて、悔しくて涙が出た。
黄美は独りだった。
独りの黄美に気づけなかった。
あれだけ優しくされて、励まされて。
クロエは何も気づけなかった。
黄美の優しさを弱さに変えてしまったことが、悔しかった。
「なぁ…黄美。」
「なんや…。」
「今度さ…教えてくれよ…カンフー。」
「いきなりどうしてん…。」
「あと、年末はどうする…。」
「おい、クロエ…。」
どうしたのかと問う黄美に応えず、クロエは黄美に問い続けた。
「正月は…みんなで初詣か?」
「ああ…そう、かもな…。」
「言ってる間に春になるな。」
「おお…。」
「花見も、みんなとしたい。」
どんどん、どんどんどクロエが黄美に伝える。
これからの先を、自分たちと歩む黄美の未来を、伝える。
「言ってる間に大人になって──」
「せやな…。」
「その時は、黄美と酒、飲んでみたいな。」
「ウチと?」
「ああ、二人きりで、洒落たバーなんかで。」
「それでなんや…ウチに愚痴でも話すんか。」
「ああ。」
「ああ…ってお前なぁ…。」
黄美が笑う。
その目の端から涙が零れた。
「…それで、また煙草に火つけてくれるか?」
「おう、あれ、かっこいいじゃん。」
「ひひひ…せやな…。」
黄美の方から、この先を、未来を描く言葉をクロエに伝える。
「…行ったバーが…ぼったくりとかも、ありそうちゃうか?」
「たしかに…ありそうだ…。」
「ウチらなら、返り討ちやな…。」
「相手の方が心配だな。」
「たしかに。」
笑う。
黄美が笑う。
笑いながら涙をぼろぼろと零す。
「はは…ははは…なんや…ウチのこの先、賑やかでかなわんやんけ…。」
安心したように、黄美がそういうとゆっくりと目を閉じる。
「そろそろ…ちょっと休むわ…。」
「ああ、後は任せてくれ…。」
「クロエ…」
「おおきにな。」