劇場版魔法少女リリィ5!! ~推しの物書きVtuberは百合小説の夢を見るか~ 作:百合道いおりん
「まぁそりゃ…当然お前も来るよな、桃姫。」
「…。」
倉庫までの道筋、その中央に桃姫が立っていた。
茫然と何を見るでもなく、ただ月明かりを浴びながら立っていた。
クロエの声に反応し、桃姫はゆっくりと首を回す。
まるで機械仕掛けの人形の様に等速で動いた首が、クロエを見据えるとぴたりと止まった。
目があう。
互いの目が合った途端、ぽつりと桃姫の口が動いた。
「見るな。」
「え…?」
「私を──」
桃姫の身体が、沈む。
ふわりとツインテールにくくられた髪が宙に浮き、地面に転ぶように前に向かって。
つつ──
桃姫の身体が動く。
歩くというより、前に向かって倒れこむように動く。
倒れこむ身体に引っ張られるように足が着いて行き、奇妙な速度、いや、拍子でクロエの間合いを踏み越えた。
いくら速い速度で踏み込まれても、クロエなら反応できた。
だが桃姫の動きは速さ自体はゆっくりでも、拍子が独特だった。
まるで窓ガラスに垂れる水滴の様に重力のまま、つつ──と動いたのだ。
クロエが咄嗟に膝を突き上げたが、遅い。
間合いを踏み越えた桃姫の身体が弾丸のようにクロエの身体にぶつかる。
桃姫が身体を合わせながらクロエの足をとり、胸でそっと身体を押す。
あっさりとクロエは地面に倒されていた。
クロエにできたことは後頭部を庇いながら咄嗟に両足を桃姫の腰に回し、馬乗りになることを防ぐだけだった。
「私を──見るなぁ!!!」
クロエの顔面に桃姫の鉄槌が降ろされる、
拳ではなく、手の下側をハンマーの様に振り下ろす、鉄槌。
クロエは両腕で顔を庇いながら、両膝を押しつけるようにして桃姫の身体を浮かせて鉄槌の威力を削がせる。
しかしそれでも雨あられのように振り下ろされる鉄槌はじわじわとクロエのダメージを与えていく。
「くそッッ…!」
クロエが足で桃姫の太ももを蹴り、同時に足裏で腰を押して跳ねのけようとするが、その動きに合わせるように桃姫が横に動いた。
自分の邪魔をするクロエの両足から逃れ、横から覆いかぶさるように動こうとする。
「チぃッ!!」
今度はクロエが桃姫の動きに合わせ、地面の上で回転し、足の間から逃さぬように動く。
そして再度、桃姫の腰に回した足をがっちりと組みなおした。
これはブラジリアン柔術のガードポジションという形になる。
馬乗りにさせるのではなく、相手を挟んだ両足である程度コントロールすることができる形だ。
この状態だと下から関節技に移行することも可能だが、簡単ではない。
「見るな!見るな!見るなぁ!!」
狂ったように降り注ぐ鉄槌の雨が、止まない。
両腕で必死に顔面を庇うが、いずれは限界がくる。
そもそも今の時点でもいくつかの鉄槌が腕の隙間を零れ落ちて顔面を打っている。
足を深く組んでいるため簡単に足を解かれて馬乗りされはしないが、足を組んでいるせいで下から逃れられない。
「ぬぁッ!?」
両腕に強烈な衝撃が走った。
耐え続けるクロエに痺れをきらせた桃姫が、頭突きを叩き込んできたのだ。
腕越しにでも痺れがくるほどの衝撃が走る。
だがこれはチャンスだとクロエは考えた。
桃姫は焦れてきている。
このままじわじわと攻め立てられれば打開策は浮かばなかったが、今なら隙がある。
クロエはあえて両腕を解いた。
まるで今の頭突きのダメージが大きく耐え切れなかったのだと示すように、欺いた。
桃姫が頭突きを振るう。
そのタイミングに合わせて、クロエが素早く上体を起こした。
「オラァ!!!」
「ぐみゅッ──!?」
頭突きが当たる直前、クロエはカウンターで自分の額を桃姫の顔面にぶつけていた。
頭突きに対するカウンター。
ただでさえ必殺の威力を持つ頭突きをカウンターで喰らうのだ。
たとえ力が入らない寝かされた状態からでも、十分な威力を発揮する。
桃姫が怯んだすきにクロエは組んでいた足を解き、思い切り蹴り剥がした。
空いた隙間を利用してクロエが素早く後退り、立つ。
桃姫も鼻を抑えながら立ち上がった。
手の隙間から赤い筋が垂れていく。
クロエの一撃で鼻血を出したらしい。
桃姫は自分の鼻から出る血を眺めると、顔を青くして表情を変え、必死に自分の顔を覆い隠した。
クロエがその様子に思わず戸惑い、動きを止めた。
「見る…な!」
「お、おい…桃姫…。」
「見るなあああああ!!!!!!」
視線を外さないクロエに気づいた桃姫が声を上げ、今度は始めから勢いよくクロエに向かって踏み込んできた。
真っすぐに飛び込み、身体を沈める──
クロエは咄嗟に膝を突き上げていた。
組み付かれる、そう思った故にカウンターを放とうとした。
しかしその時、不意にクロエの顔の真横に向かって飛んでくるものがあった。
「ぬぉッ!?」
桃姫の右掌がクロエの顔面に放たれていた。
咄嗟に腕を上げてクロエが受けるが、片足の状態で受けたせいで身体が揺らぐ。
片足で後ろに飛び退り、体勢を立て直すが、そこに桃姫の打撃の連打が叩き込まれた。
左掌を突き上げ、右肘を叩き込み、クロエの頭を抱えて膝を打ち込む。
「くぅッ!!」
右膝が、クロエの左腹に当たった。
しかし喰らったのが左腹であったことに安堵する。
肋骨が折れた右腹に喰らっていたら怯んだ隙にまたしても地面に倒されていただろう。
「──ッだぁ!!!」
「くぁッ!?」
膝を耐えながら、桃姫にしっかりと頭を抱えられる前にクロエが近距離で右アッパーを放つ。
当たった。
顎を下から上手く捉えた。
そこから左ボディ、右ボディと二連打を放つ。
これは防がれたがガードが下がった。
下がったところに左フック。
これも頭を下げて避けられるが、桃姫が頭を下げたところにクロエの右膝が突きあがった。
「うぐッ──こぬぁァッ!!」
桃姫は咄嗟に左手で顔を庇いながら右の掌底を放ってくる。
苦し紛れの掌底を、クロエはあっさりと右手で捌きつつ左のボディブローを叩き込んだ。
レバーの辺りに一撃を受け、桃姫が後退る。
後退ったところに、そうはさせじとローキックを放つ。
重い、肉というより骨の芯を捉えた感触がクロエの脛に伝わる。
良い感触だ。
確実に効いた。
桃姫が表情を歪める、歪めたところにまだダメージが残っている右の腹に向かってクロエがミドルキックを放った。
が──
「─くそッ!!」
クロエの左足が、桃姫の両腕に捕らえられていた。
ペースを握ったことで一方的に攻撃を加えていたクロエだったが、この蹴りは読まれていたらしい。
桃姫が足首に右腕を絡めつつ、跳んだ。
飛びつきアキレス腱固め。
アキレス腱を圧迫し、強烈な痛みを相手に感じさせる関節技。
それ自体では関節は極まらないが、形になれば相手に激痛を感じさせつつ容易に足首の関節を固めることができる。
桃姫はクロエの左足に全身で飛びかかりながら技に入った。
腕で持たれているだけならともかく、こうなってしまえば足を引き抜くことは容易ではない。
「ちぃィッ!!」
クロエは桃姫の動きに合わせるように跳んだ。
跳びながら地面に落ちつつ、右足を振り上げる。
桃姫が顔面に蹴りが飛んでくるかと左肩を上げて身構えた。
しかしクロエが蹴ったのは顔面ではなかった。
「な─ッッ!?」
蹴ったのは、桃姫の右肩の付け根。
そこを踵で蹴りつけた。
すると桃姫の右腕から力が抜け、するりとクロエの左足が逃れていく。
二人の身体が地面に落下した。
落下すると同時にクロエが身体を回転させ、左足を引き抜きながら距離をとりつつ立ち上がる。
「あのポイント蹴られると、腕がびりびり痺れるんだってな。」
「…チッ。」
肩の付け根には所謂ツボがあり、そこを蹴られると腕に痺れが走り僅かな時間だが力が入らなくなる。
それを狙いあえて顔面ではなく肩をクロエは蹴ったのだ。
クロエはペースを掴んでいる。
掴んではいるが、たとえ桃姫がボロボロになろうとももう一度地面に倒され、寝技に引き込まれてしまうと今度はどうなるかわからない。
下手をすれば腕や足の一本と引き換えに無理やり立ち上がることになりかねない。
二人の間に緊張が走る。
まるで空気が個体になったかのようにその場から動けず、向かい合っている。
どうする!?
どうするクロエ!?
自問自答しても答えは返ってこない。
その微かな弱気が個体になった空気をかすかに溶かし、揺らがせていく。
じわり、と桃姫がにじり寄る。
クロエは動かない。
退いてはだめだ、しかし距離を詰めたとたんに刈られる。
思わずクロエの顔には笑みが浮かんでいた。
冷汗にまみれながらも笑っていた。
もういい。
この後にあの魔神が控えているが、構わない。
嘗めた考えは捨てろ。
そもそもそれでも勝てるとは言い切れない、それが小久保桃姫だ。
狂気を孕んだ覚悟は笑みとなり、笑みが全身に震えを走らせる。
クロエも距離を詰めた。
今度は空気が個体というより、風船のように互いの間で張り詰めた。
距離が縮まるたびに風船が圧迫され、今にも破裂しそうになる。
風船が、弾ける──
「クロエ、ここからは私にまかせてもらいましょうか。」
不意に響いた声に、弾けようとしていた風船は溶けた様に姿を消し、空気が元に戻る。
互いにあとずさり、距離をとりながら声の主の方を向いた。
「お前…蒼!!」
蒼い衣装をたなびかせた蒼が、そこにいた。
クロエとの戦いの名残を残す血の残った口元に微かに笑みを浮かべ、ゆっくりと近づいてくる。
「クロエ、貴女は魔神の元へ、ここは私が。」
「だが…!」
桃姫を見据えながら、蒼が言う。
蒼に見つめられた桃姫の表情がどんどんと変わっていく。
困惑から怒りに。
怒りから無に。
無から──
「──ッ。」
殺意へ。
「ぬぅ!?」
「蒼!!」
蒼がクロエとの会話に意識を向けた隙。
たとえ目で見ていたとしても、意識が外れていれば、それは隙となる。
無となった桃姫はするりと蒼の間合いに入り込み気が付けば組み付いていた。
蒼が地面に押し倒されながらもガードポジションをとる。
そしてその顔面に次々と鉄槌が振り下ろされ始めた。
「蒼!」
「行ってくださいクロエ──ぬぁッ!!」
クロエが助けに入ろうとするが、蒼がそれを拒むように叫ぶ。
その顔に、鉄槌が一撃、入った。
寝技の弱点は複数の相手に弱いということだ。
たとえ一人相手に馬乗りになって一方的に殴れても、背後から蹴り飛ばされてしまえば意味をなさない。
だが蒼は必死に両腕を上げながらクロエに訴えかける。
「進ませてくださいよ、私にも!」
「蒼…!」
「行ってください!これ以上はもう言いません!」
その言葉を聞いて、クロエは何かを飲み込むように頷き、二人に背を向けた。
背後から、鉄槌が肉を打つ音が聞える。
覚悟を決めるように息を吐き、クロエは走り出した。
「信じてるぞ──蒼。」