※この作品はR-18です。

劇場版魔法少女リリィ5!! ~推しの物書きVtuberは百合小説の夢を見るか~    作:百合道いおりん

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15話 歪んだ想いの果てに

 

雨が降る。

土砂降りの雨が私の腕を激しく打ち付ける。

いつまでも止まない雨に私がつい腕を緩めて空を見上げると、がつんと激しい雨が顔を打ち付ける。

そして私は慌てて顔を腕で隠す。

もう何度同じようなことを繰り返したのだろうか。

 

「なんで──」

 

雨の打ち付ける音に交じって声が聞こえる。

 

「なんでお前だったんだ!」

 

その声は激しく打ち付ける雨の音よりも私の脳に響き。

 

「お前なんか!お前なんか!」

 

がつん。

またも雨が激しく私の顔を打つ。

雨が激しくなるほどに聞こえる声も強く音を響かせ。

 

 

「出会わなきゃよかったんだ!!!」

 

 

私の脳を覚醒させる──

 

 

「言いたいこと言ってくれますねえ!!」

雨あられと降り注ぐ桃姫の鉄槌の嵐を受けながら、蒼は声を荒げた。

一発一発の威力は大したことはないが、いかんせん長い時間鉄槌を浴びすぎた。

混濁しかけていた意識を取り戻すように、蒼が叫ぶ。

「被害者面して!ふざけてんじゃないです──あぐぅ…ッ!」

叫ぶ蒼に対し、黙れとばかりに桃姫が鉄槌を振るった。

クロエの拳を受けて切れていた口元がさらに切れる。

「こ…のぉ!」

蒼が、桃姫を蹴った。

寝ながら、足を絡めた状態で蹴る。

普通ならどこも蹴れない、駄々っ子の様に足を振り回して暴れるだけになる。

だが一つだけ、寝ながら足を絡めた状態でもダメージを与えつつ蹴れる場所が人体にはあった。

「くぁ…!」

桃姫の顔が歪む。

蒼が蹴っているのは、腎臓。

腎臓は人の背中側、腰の少し上くらいにあり、そこを踵で何度も蹴るのである。

この行為は昨今の総合格闘技でも反則になっている動きだ。

見た目はまるで相手に押さえつけられた人間が苦し紛れにやっているようにしか見えないだろう。

だが見た目とは裏腹に腎臓を執拗に痛めつけるこの攻撃は試合後に血尿が出るまでに相手を痛めつけることができる。

たしかに威力のある技なのだ。

がつんがつんと腎臓を蹴られ、桃姫の顔がさらに歪んだ。

そうして桃姫は蒼の足を外しにかかった。

顔面に鉄槌を放ちつつ膝を押さえ、足の間を潜ろうとする。

しかしそのせいで鉄槌の勢いが弱まった。

蒼は両腕を解き、振り下ろされる桃姫の腕を掴んだ。

掴みながら桃姫が足の間を潜って逃れようとする動きに合わせ、身体を捻りつつ腕を両足で挟み込む。

ガードポジションからの、腕十字逆固め。

下方から狙う腕関節である。

しかし桃姫は寝技に熟練しているだけあり、完全に形になる前に腕を捻りながら引き抜き、脱出する。

だがそれで二人の身体が離れ、距離が開いた。

「せぇい!!!」

「ッ!?」

蒼が距離があいた途端、地面で身体を独楽の様に回転させつつ、桃姫の頭目掛けて後ろ回し蹴りを放った。

桃姫が地面を転がるようにして蹴りから逃れるが、そのせいでさらに距離が開いた。

ゆっくりと立ち上がりながら、蒼が構える。

「さて、今度はこちらの番ですね、桃姫。」

「うるさい…うるさいうるさい!話すなお前はぁ!!」

桃姫が蒼に向かって踏み込む。

姿勢を低くしながら、組み付くと見せて右の掌底。

「立ち技ならこっちの得意分野ですよ!」

「がぁッ!?」

蒼が桃姫の腕を受けで弾く。

ごつん、と骨と骨が衝突する鈍い音が響き、桃姫が歯を食いしばる。

同時に桃姫の右わき腹に蒼の中段突きが入っていた。

蒼は腕を弾きながら桃姫の右側面へと回り込み、拳を突きこんでいたのである。

空手の、夫婦手と呼ばれる技術である。

片手で攻撃を捌きつつ、片手で攻撃を放つ。

攻防一致の技であった。

桃姫が後退るが、蒼は逃さない。

強烈なローキックを放ちながら後退った分距離を詰める。

「出会わなければよかった、ですって!?」

「ッ!?」

蒼が叫ぶ。

攻撃と同時に感情を載せるように叫ぶ。

「本当にそう思ってるんですか!?」

左中段鉤突き。

「いつも貴女は身勝手ばかりですね!!」

右上段肘打ち。

「あれだけ愉しんでいたくせに!!」

両手突き。

「人の気も知らないで!!」

右上段手刀。

「自業自得ですよこの馬鹿が!!!」

左中段貫手。

鍛えた指先が桃姫の腕の隙間を縫い、右のわき腹を貫いた。

「がふぅ──ッ!!?」

桃姫が大きく口を開き、身体をくの字に曲げる。

幾度も肝臓のある右腹を攻撃されたのだ、何度も耐えきれるようなものではない。

蒼は身体を曲げる桃姫の頭を上から押さえつけ、顔面に膝を打ち込む。

「くッ…!」

「好き勝手ぇ──」

だが、桃姫はその膝を受け止めた。

受けつつ掴み、抱えながら蒼の軸足を刈って地面に倒そうとする。

咄嗟に蒼が足を引いて刈る足を避けたが、意識が下に行った途端に蒼の腕を跳ねのけながら桃姫が頭突きを放った。

「言うなぁ!!」

ガツン、と蒼の顎に衝撃が走る。

衝撃と同時に、桃姫の叫びが頭を突き抜けた。

その声のおかげで蒼は頭の中がぐわんぐわんと揺れながらもはっきりと意識を保ち、地面に倒されながらもガードポジションをとることができた。

「私の元から離れたくせに!!」

鉄槌が、蒼の顔面を打つ。

「がぁッ──私は離れてないでしょうが!」

しかしこんどは蒼も打撃を返す。

寝ながらではあるが、左の貫手を桃姫が痛めている右腹に。

「ぬぎぃッ──嘘だ!あの魔神のところに行ったくせに!」

殴りながら桃姫が叫ぶ。

殴りながら蒼が叫ぶ

「はぁ!?貴女を手放したわけじゃないでしょう!私が貴女が私の上になっただけでしょうが!」

殴る。

「屁理屈を言うなぁ!あれだけ見せつけておいて!死ね!死んじゃえ!!」

蹴る。

「全部貴女を私のものにしたかったからやったんですよ!!」

頭突く。

「私を穢したのも!?そうだというの!!!」

捻る。

「そうですよ!!!!」

極める。

「嘘だ!!!!」

桃姫が叫ぶ。

叫びながら拳を振り下ろす。

その拳を蒼が強引に掴み、今度は下からの三角締めに移行しようとするが、桃姫は足の隙間に腕をこじいれつつ横に回り込み、ガードポジションから脱する。

サイドポジション。

柔道で言う横四方固めの形だ。

桃姫は蒼の右側面に回り込みながら、その身体を覆いかぶせる。

そして蒼の腕関節を極めるために左手首を掴み、腕を制しながらわき腹に膝を叩き込む。

じわじわ、じわじわと蒼を膝で痛めつけながら、腕を捻り上げていく。

「穢れた私のそばに貴女がいる訳ないじゃない…!!」

捻る。

「なんで…そう思うんですか…ッ!?」

抵抗する。

「私は醜いから!!!!」

絞る。

「桃姫が醜い訳ないでしょうが!!!!」

もがく。

「私の身体が醜くないわけない!!!!醜いうえに穢れた私なんて!!!!」

逃さない。

「醜い…だから私を穢して釣り合いをとっていたとでもいうんですか!!!?」

あがく。

「分かってるくせに!!!今更そんなこと言うなぁ!!!」

極まる──

「いい加減にしやがれこのクソ女ぁ!!!!」

腕の関節が決まるその寸前、蒼は右手の親指をサムズアップの様に突き立てる。

そしてその指をあろうことか、桃姫の肛門に目掛けて突き込んだ。

「はぐぁッッ!!?」

予想外の個所に走る痛みと、生理的な嫌悪感が全身を駆け巡り桃姫の身体が硬直する。

硬直した隙に蒼が関節が極まりかけていた左腕を引き抜く。

そしてエビの様に身体を曲げ、桃姫の下から逃れた。

そのまま地面を転がりながら蒼は桃姫と距離をとり、立ち上がる。

桃姫も嫌悪と怒りの籠った目で蒼を睨みながら立ち上がった。

「なんですかクソ女、ケツの穴を狙うのなんて古代の総合格闘技(パンクラチオン)じゃあ基本テクニックですよ。」

「黙れ…!!」

肛門を狙う。

馬鹿げているかもしれない。

ふざけているように感じるかもしれない。

小学生の遊びみたいじゃないかと。

しかし、これは古代総合格闘技にとっては当然のように使われた技術だ。

過激化が進んだ時期の古代総合格闘技では互いに全裸で向き合いながら当然のごとく陰嚢を掴みあい、肛門に指を突き入れ戦っていた。

現代においてはその行き過ぎた過激な姿を戒めとしてトロフィーにしている団体さえあるほどである。

そんな現代でも古流武術や、格闘技においてもいざという時の裏技として連綿と受け継がれている技術だ。

「黙りませんよクソ女…勝手に人の気持ちを決めて…まぁ何も言わずに従っていた私も私ですがね…。」

ゆっくりと蒼が構える。

どっしりと、重厚に、力強く。

肝の据わった心が身体にも影響しているように、構えた。

そして真っすぐに桃姫を見据える。

桃姫はその視線を前に震えた。

怒りで。

蒼の目で見られる度に辱めを、穢された屈辱が胸を焼く。

桃姫が怒りのままに前に踏み出すが、そのタイミングを見計らったように蒼も前に踏み込んだ。

そして出足を挫く様にローキックを一発。

「一目惚れだったんですよクソ女!」

蒼が叫んだ。

「へ…ッ?」

その言葉と、太ももに受けた衝撃で、桃姫の身体が揺らぐ。

「私は生まれた時から施設にいて!」

揺らいだ身体に左ミドル。

「あちこち転々として、家族と言える人なんていなかった!」

右中段正拳。

「そしたらお姫様みたいな女の子が!急にそばにいることになって!」

左上段鉤突き。

「絶対に手放したくなかった!だから犬の真似だろうがなんでもやった!!」

右上段肘打ち。

「私は貴女に穢されてそばにいたんじゃなくて──」

双掌打。

「好きだから何されてもそばにいたんですよ桃姫ぇ!!!」

渾身の後ろ回し蹴りが桃姫を防御ごと吹き飛ばす。

横から足を回して踵を当てる後ろ回し蹴りではなく、回転の勢いを載せて真っすぐに足を突き出す蹴りだった。

「私はただ…貴女が私を玩具にしたいだけだと思ってましたけどね…。」

「今更…そんなこと言わないでよ…。」

虚ろな目で、桃姫が言う。

「今更そんなこと言われても…どうしようも…ないじゃん…。」

「…やっぱり分かってませんね貴女は…桃姫。」

「何がよ…蒼。」

「私は今でも貴女を手放す…いや、違いますね、そばから離れる気はありませんよ。」

「なんで…。」

「それこそ今更でしょう…私は貴女に玩具にされ続けてもそばに居続けた女ですよ。」

「…。」

「それにね、貴女の言葉を聞いたら、一つ合点がいきました。」

「合点?」

「貴女に玩具にされるの、まぁ…嫌いでしたけど嫌いじゃなかったんですよ…。」

「…は?」

桃姫の虚ろな目に、微かに感情が浮かんだ。

「痛いのもつらいのも嫌でしたけどね、多分、貴女が必死に私を繋ぎとめようとしてくれてたからでしょうか…少し、嬉しかったです。」

蒼が素直に言う。

その言葉に、桃姫が微かに、ほんの微かに口元に笑みを浮かべた。

「変態。」

その言葉に、蒼も笑った。

「お互い様です。」

その言葉に桃姫も頷く。

「そうだね。」

「はい。」

「それで。」

「それで?」

「蒼は、私をどうしたいの?」

「素直に言っていいんですか?」

「うん。」

桃姫が頷く。

頷き、口の切れ間からそっと舌を覗かせ、唇をなぞる。

なぞった舌を口にしまい、そして唇をキスするように軽く突き出し、音を鳴らした。

「聴かせて、蒼の気持ち。」

唇の鳴る音が、たまらなく蒼の気持ちを昂らせた。

「桃姫、私は貴女にずっとそばにいてもらいたい。」

「うん。」

「赦してくれますか?」

「…。」

蒼の言葉に、桃姫はゆっくりと腰を落とす。

「まだ、答えはだせないよ、蒼。」

「…。」

「頭の中にさ、もやもやが渦巻いてるの、いろんな邪魔な気持ちが。」

腰を落とし、ゆっくりと両腕を上げる。

「このもやもや、綺麗にしてくれるかな、蒼。」

「はい、命に代えても、桃姫。」

蒼が左掌を前に、右拳を胸元まで引いて、構えた。

クラシックな、空手の構えであった。

蒼の身長は百七十五センチ。

桃姫が百五十六センチ。

リーチの差は大きい。

桃姫が組み付く前に届くこの拳で、決着をつける。

もし拳の間合いより遠間から無理やり組み付こうとしてきたなら、容易に右の膝を突き上げられる。

桃姫が、前に出る。

倒れこむように、拍子を外し。

つつ──と間を詰める。

重力のままに間合いを詰める、独特の足運び。

しかし捉えることが難しいその拍子を、蒼は間合いの広さによるアドバンテージ、そしてなによりずっと見てきた桃姫の動きだからこそ掴むことができた。

間合いに入る──その少し前に、桃姫の身体が沈んだ。

膝!!

この距離なら膝が間に合う。

蒼は膝を突き出す。

蒼の腰に向かって飛びこんでくる桃姫の顔目掛けて膝が真っすぐに走り。

そして。

空ぶった。

「え…?」

消えるように、桃姫の顔が膝の前から無くなる。

真っすぐに桃姫が腰でも足でも、組み付きにいっていたら当たっていたであろう、完璧なタイミングだった。

それでも当たらないということは桃姫は別の動きをとったことになる。

蒼の頭上から突如として何かが降ってきた。

蒼はとっさにそれを左腕で受ける。

それは桃姫の右足であった。

桃姫は組み付くと見せて姿勢を低くし、その場で宙に飛んで回転。

回転の動きで膝を避けつつ胴回し回転蹴りを放ち、頭上から蒼を急襲した。

その蹴りを、蒼は止めた。

蹴りは止められた。

しかし、跳んで宙から地面に落ちる桃姫の右腕が、蒼の左足を掴んでいた。

桃姫は地面に背を着けると足を掴んだ腕で蒼に向かって身体を引き寄せ、足に絡みつく。

蒼がこのコンビネーションに気づき、足を引き抜こうとしたときには遅い。

変則的なイマナリロールを駆使した桃姫の身体が深く蒼の足に絡みつき、身体を倒し、そして。

 

 

ぶちり。

 

 

音が響いた。

靭帯の引きちぎれる音が。

蒼の左ひざ周りの靭帯が、捩じ切られていた。

「あッ──」

蒼が大きく息を吸う。

「がぁあああああああああああ!!!!??」

叫んだ。

蒼は叫んだ。

叫ばないと、痛みが耐え切れなかった。

叫びながら、口から泡を吹きながら、歯を食いしばり、桃姫の顔を見た。

桃姫の顔には、弾むような笑みが浮かんでいた。

これで終わらないよね、と。

まだ終わる訳ないよね、と。

戦ってくれるよね、と。

期待に満ちた目で、蒼を真っすぐに、見つめる。

いいでしょう。

いいですよ。

蒼も笑う。

狂ったような笑みを、いや、狂わなければ耐えられない痛みの中で、笑う。

蒼は右足の爪先を固めた。

固めた爪先でさらに蒼の膝を破壊しようとする桃姫の顔面を、目を突きにかかった。

桃姫が頭を後ろに反らし、蹴りを避ける。

避けたところで今度は肩の付け根を踵で蹴り、腕が痺れたところを身体全体を使って這うように逃れる。

そして、左足を使うことなく、無理やり、立った。

右足一本で、立つ。

立って、構える。

左足を前にほとんどぶら下げるように立て。

左掌を突き出し、右拳を引いて。

桃姫がその姿を見て、笑う。

「まだ、やる気なんだ。」

「ふ、ふふふ…命に代えても、といったでしょう?」

「そんなに好きなの…私のこと。」

「ええ、好きですよ。」

「そっか──」

 

 

「私も好きだよ、蒼。」

 

 

桃姫の顔から、靄が晴れた様に、綺麗な笑みが浮かんだ。

笑みを浮かべたまま、前進。

もう足一本だけになった蒼を楽にするべく、前に。

蒼を抱きしめるように両手を広げ、前に。

 

 

あれ?

 

 

桃姫の目の前に、何かが飛んできた。

飛んできたと思った時には、桃姫は地面に崩れ落ちていた。

二つ。

地面に何かが倒れる音が響く。

桃姫と、蒼。

二人がほぼ同時に地面にうつぶせに倒れていた。

桃姫の視界が歪む。

先ほどもやもやが晴れた様に晴れ渡った頭の中が、またしても霞んでいく。

意識がはっきりとしないまま、何かが桃姫の背後から覆いかぶさってきた。

 

 

「教えてあげますよ、桃姫。」

 

 

蒼の声が、桃姫の耳元から響く。

そしてその首にそっと、抱きしめるように蒼の腕が回された。

裸締め。

チョークスリーパーとも呼ばれる、形になれば絶対に外せないとされる締め。

片腕で首を絞めつつ、もう片腕で後頭部を押さえ、自分の頭で相手の頭を抑え付けるシンプルにして最強の締め技。

「ぁッ──ぅ──ァかッッ…!!」

「空手には、前足を支えとしない突きがあるのですよ…私も、初めて使いました。」

空手には、ナイハンチという型がある。

その型の中に、両足を広げた状態から片足を上げ、降ろす動きがある。

波返しと呼ばれる動き。

この時に、片足立ちになってはいけない。

不安定なまま身体を動かす。

これによって筋力ではなく、重力を駆使した動きを学ぶのだ。

回転して裏拳を打つ際なども、バレリーナの様に片足一本になってくるりとまわらず、不安定な状態で、重力が身体を落とす力を利用して回る。

そしてこの動きを利用した突きがあるのだ。

近代的なボクシングのパンチは、前足を支えとする。

後足で地面を蹴る力を拳に伝え、その力が逃れぬように前足を支えとする。

通常この支えがなければ相手にもたれかかるどすどすと押すだけの、愚鈍なパンチになってしまうからだ。

だが古式の空手は別の考えを持つ。

あえて支えをなくし、支えをなくすことで身体が生み出す力を完全に拳に伝えようとしたのだ。

ただ形を真似すると、ただただ相手にもたれかかるだけの突きになる。

だが型を練り、拳が全身をその牽引するように重心を操る技を身に着ければ、それは渾身の一打となって相手を倒す業となりえるだろう。

蒼は、基本的に古式の空手ではなく現代的な空手の動きを駆使しているが、型も一通りは学んでいる。

その動きが土壇場となって前足が使えなくなった今、追い詰められたことで咄嗟に姿を見せたのだった。

「ッ…───ッ………。」

桃姫の身体から力が抜けていく。

しかし桃姫は絞められながらも頭の後ろにある蒼の顔に向かって手を動かし、その顔をまさぐる。

そして親指を立て、目じりに浅く突っ込んだ。

このまま絞め続けたら、目に指を入れるぞと。

いいのかと。

じょじょに、じょじょに、蒼の目じりに指が入っていく。

一滴の血が、蒼の目じりと桃姫の指の隙間から零れ落ちた。

「いいですよ、桃姫。」

「──ッッ…!?」

「目の一つくらい、貴女にあげますから。」

ぐっと、抱きしめるように、首を絞める腕に蒼が力を籠める。

「だから、そばにいさせてください…。」

 

 

「私のお姫様──。」

 

 

蒼の懇願のささやきと共に、蒼の目じりから桃姫の指が力なく離れる。

桃姫が、落ちていた。

蒼が腕を解く。

桃姫の顔には信じられないほど穏やかな、優しい笑みが浮かんでいた。

まるで永い永い悪夢から解放された子供のように、眺めるだけで幸せになれそうな、笑みだった。

蒼は立とうとするが左ひざが全く動かず、うつぶせで倒れる桃姫に寄り添う様に仰向けに倒れた。

もはや痛みを通り越して左足が無くなってしまったかのように感覚がない。

同時に全身を強烈な疲労感が襲い掛かり、瞼がゆっくりと閉じていく。

 

 

 

蒼は眠りに落ちる前に、薄れる意識の中でそっと桃姫の手を握った。

その暖かみと桃姫がそばにいる安心感に浸りながら、蒼は眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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