※この作品はR-18です。

劇場版魔法少女リリィ5!! ~推しの物書きVtuberは百合小説の夢を見るか~    作:百合道いおりん

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最終話 血染山河の果てに 

 

 

 

 

「待たせた、かな。」

月明かりの差し込む、捨てられた倉庫。

月光を浴びながらクロエを待つように立っていたゲスドランに向かって、クロエが声をかけた。

「いや…良い具合に身体の火照りが静まったところだ。」

艶やかな癖のある黒髪を揺らし、ゲスドランが言う。

ただでさえ陶器の様に白い肌が月光に染まり、幻想的に淡く、輝いているように見えた。

神々しささえ感じさせるその佇まいに、クロエは楽し気に笑みを浮かべた。

そして自分がそんな笑みを浮かべていることに、驚く。

あんなに、あんなに怖かった戦うという行為を前に、クロエは笑っているのだ。

ゲスドランも、笑っている。

穏やかな、仏の様な笑みを浮かべて笑っている。

戦いという行為を前にしてああも穏やかに笑えるとは、クロエは信じられなかった。

「なぁ、やる前に一つ聞いていいかい?」

「む?」

「戦うことが怖くなったこと、あんたにはあるか?」

その笑みを前に、思わずクロエはそう問いかけていた。

ゲスドランはその問いに微かに目を見開くと、やがて頷いた。

「あるさ、今でも戦うことは、怖い。」

「へぇ。」

「しかしそれは逆だ、戦うから怖いのではない、怖いから戦いなのだ。」

ゲスドランが答える。

その答えに、クロエが笑みを浮かべた。

「そういうことか。」

「恐怖のない戦いなど、ただの蹂躙にすぎん、そんなもの、私はつまらん。」

「じゃあ、今から私とやることは、あんたとしてはどうなんだい?」

「…。」

クロエの問いに、ゲスドランはジッとクロエを見る。

そして、楽し気に笑う。

そして、身体を震わせた。

「戦いだなぁ…。」

「光栄だね…。」

クロエも、その答えに身体を震わせた。

この震えの答えが、分からない。

恐怖か。

歓喜か。

怯えか。

悦びか。

分からない。

分からないが、クロエの肚はとっくに決まっていた。

ならいいじゃないか。

クロエは思う。

答えが決まっているなら、どうでもいい。

今から私はこいつと、やる。

きっと死ぬまで。

クロエは笑う。

「私はな、さっきまで戦うのが怖くて怖くて仕方なかったよ。」

「ほう。」

「毎日夢を見てたんだ、死体の上で、延々とさ、戦う夢。」

「…。」

「情けないだろう?」

「そうは思わん。」

クロエの話を聞いて、ゲスドランは笑った。

嘲りを含んだ笑みではない。

楽し気に、嬉しそうに、笑った。

「私もあった、同じことが。」

「なに…?」

思わずクロエが目を丸くする。

「幾度も幾度も闘争を重ねた心は疲弊する、当然だ。」

「…。」

「心が灼け尽きる闘争の果て、限界を迎えた心はやがて闘争を止めろと身体に訴えかける。」

「…。」

「──その先に行けば、戻れんぞとな。」

「へぇ…。」

「それを越えたとき…できるようになる、死闘がな。」

「死ぬまで戦えるようになる、か。」

「おう。」

「分かるよ、今の私ならそれがよくな。」

ゆっくりと、クロエが両手を上げ、腰を落としていく。

「あんたと始めちまったら、どっちかが死ぬまで終わらない、分かってるんだ。」

「しかし、止まらんよなぁ。」

ゲスドランも、腰を落とし、両腕を腰の辺りまで無造作に上げ、構えた。

「死ぬのは、怖いよな。」

クロエが言う。

「おう。」

ゲスドランが頷く。

「戦うのも、怖い。」

クロエが言う。

「おう。」

ゲスドランが頷く。

「けど、逃げるのはもっと怖い。」

クロエが笑う。

「おう!」

ゲスドランが笑う。

「そうなってくると──。」

クロエが、駆ける。

一直線に、真っすぐに、ゲスドランの間合いを、踏み越えた。

ゲスドランの左ミドルキックが、クロエにぶち当たる。

両腕で受けた。

両腕が痺れる。

腕越しでも折れた肋骨が悲鳴を上げる。

やめてくれと叫ぶ。

こんなことやめろと。

痛い。

痛い。

痛い痛い。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しいなぁ。」

痛みの果てにある荒野。

そこにぽつんと死の意識が立っている。

果てしない、孤独な渇きの荒野の果て。

ないはずに思えた荒野の果て。

進めば進むほどに荒野はやがて朱に染まり、肉塊となって血染めの河が溢れ出す。

終わることがないように思えた血染山河。

そこにぽつんと、死の意識が立っている。

その先にあるのは、狂気。

本能を消し去る、狂気。

死という全ての生物が忌避する本能。

その本能を無に。

死の恐怖よりも、そこから逃げることに恐怖する、生存本能を越えた意思。

その領域に、クロエは踏み込んでしまった。

ゲスドランの蹴り足を跳ねのけ、踏み込んだクロエが右のミドルキックを放つ。

ゲスドランも、真っすぐにその蹴りを両腕で受け止め、笑った。

互いに狙ったものは、折れた肋骨。

クロエはゲスドランの陶器のような美しい肉体に浮かぶ微かな歪みを感じ。

ゲスドランはクロエの動きにある違和感を感じとり。

肋骨が折れていることに気づいた。

これは、その証明たる動きであった。

「オラァ!!!」

クロエが右のミドルから、左のローを叩き込む。

綺麗に、左太ももに入った。

しかしまるで荘厳と立つ大樹の根を思い切り蹴り飛ばしたように、びくともしない。

お返しとばかりに、ゲスドランの左フックが、側頭部に飛んでくる。

右腕でそれを防御した。

頭に打撃を受けたというのに、衝撃が全身を突き抜け、身体を支える両足がぎしぎしと軋む。

たまらない一撃だった。

ゲスドランがフックに続き、右のアッパーと左ボディブローをコンビネーションで。

アッパーを首を傾けて避け、ボディブローは左足を一歩引きつつ左手でいなす。

そして引いた左足を利用し、再度ローキックをゲスドランの左足に。

やはり、びくともしない。

怯むことなく右ストレートが返される。

頭を沈めて避け、カウンターのボディブローを折れた肋骨に叩き込もうとしたが、そこを狙う様に強烈なミドルキックが放たれた。

「くあぁッ!!」

身体が浮いた。

咄嗟に受けたとはいえ、両腕で受け止めはしたのだ。

それでも身体が浮いた。

宙に浮くという僅かに生まれた隙。

その隙をゲスドランは逃さない。

二メートルある巨体が、信じられない速度で動く。

三発。

足が地に着くまでにフットワークを使い、身体を左右に揺さぶり幻惑しつつコンビネーションが入った。

クロエは両腕を身体の前で固めて防御したが、左右のフックから渾身の左ボディブローが突き刺さる。

折れた肋骨を防御の上からでも容赦なく痛めつけてくる。

それが良かった。

痛みが、さらに狂気を呼ぶ。

ゲスドランの右ストレートがさらに飛んでくる。

それをまた顔を沈め避けつつ、前に向かって思い切り踏み込む。

右のミドルキックが飛んでくることを想定しての動きだった。

しかし今度は別の蹴りが飛んできた。

「ぬぎ─ァッッ!?」

真っすぐに、右の膝蹴りがクロエの腹に突き刺さった。

腹の中で鉛の塊が跳ねまわっているような痛みと圧迫感に、全身に襲い掛かる強烈な倦怠感。

さらに脳天に肘が叩き下ろされる。

左の肘が、膝と共にクロエの身体を挟み込むように。

クロエの身体が沈む。

膝が崩れ。

身体が傾き。

うつぶせに倒れていく。

しかし。

その時。

脳天から垂れた血が一滴、クロエの顔をこぼれていき、目の中に入っていった。

 

 

 

 

クロエの視界が、朱く染まる。

 

 

 

 

血染山河の景色が。

 

 

 

 

悪夢が。

 

 

 

 

狂気を──

 

 

 

 

あ…

 

 

 

 

あああああ…!

 

 

 

 

 

「おああああ!!!!!!!」

クロエの右のボディブローが、ゲスドランの折れた肋骨を穿っていた。

沈むかに思えたクロエの身体が突如跳ね上がり、沈む寸前であったとは思えぬ速度で拳を放っていた。

「ぐむぁッッ!!?」

ゲスドランが苦痛の声を漏らす。

思わずゲスドランがフットワークを使い、クロエの側面に回り込んでその場から離れようとする。

しかしクロエはゲスドランの動きに合わせ左のミドルキックを放ち、その場に留まらせた。

さらに追撃のローキック。

これも、入った。

三度、ゲスドランの左ももにローキックが入ったが、一切ゲスドランは聞いたそぶりを見せない。

それどころか、掌底を顔面に放ってきてクロエの身体をガードの上から突き飛ばし、ローキックを放ってくる。

効いた。

骨がへし折れる錯覚が浮かぶほどの、強烈なローキックを左ももに受けていた。

しかし表情には出さない。

効いているなどと露にも相手に思わせぬよう、狂気の笑みを崩さぬままクロエが前に出る。

ああ、お前も同じなんだな。

クロエは思う。

ゲスドラン、お前も効いてるんだ。

クロエは思う。

お前の蹴りを受けて分かったよ。

クロエは思う。

ありがとうな。

クロエがローキックを嵐の様に叩き込む。

ジャブからローに。

ハイからローに。

ローからローに。

ゲスドランは表情を変えない。

それどころか左足を引いて逃げるそぶりすら見せず、拳と蹴りを返してくる。

しかしその拳の威力がほんのわずかに弱くなっていることにクロエは気づいていた。

ローキックが効いているのだ。

踏ん張る力が弱まり、拳の威力が逃げてしまっている。

だが、クロエも動きが僅かに鈍ってきていた。

「んぐ─ぃィッ!!!」

クロエの両腕の隙間を縫うようにゲスドランの膝が腹にぶち当たる。

ボディに打撃を受けた影響が尾を引き、どんどんと腹の中にへどろがたまっていくような、ねばつく疲労が襲ってくる。

しかし。

しかしそれでも心が昂る。

動きが鈍る身体を昂った心が加速させていく。

クロエがローキックを放つ。

ゲスドランがボディブローを放つ。

僅かにクロエの方が早い。

ローを入れたことで拳の威力が削がれたが、思い切り腹を打たれた。

腹全体に衝撃が響き、折れた肋骨が軋む。

ああ。

もういいや。

たとえこの肋骨が完全に折れようが。

皮を破って突き出ようが。

内臓に突き刺さろうが。

構わない。

それでもこいつを。

目の前にいるこいつをぶちのめせれば。

ローキックをフェイントに、その場で回転しゲスドランの折れた肋骨を狙って後ろ回し蹴りを──

受け止められた。

あれほど執拗にローキックを入れているのに、フェイントが意味をなさない。

ゲスドランの反撃の右ストレートを蹴った反動を利用するように後ろに飛んで回避。

そのまま放たれるコンビネーションを上体を振り子のように振って避ける。

避けて前に踏み込むと見せかけて横に周りこんで──

ちくしょう、今度は回し蹴りが飛んできた。

クロエが前に踏み込めば膝が、横に回り込めばミドルキックが的確に襲い掛かってくる。

しかもその蹴り足が降りずにそのままハイキックとなって側頭部を。

腕を上げて受けて、跳ね飛ばす。

懐に潜り込んだら、膝が飛んでくる。

膝を、側面から拳で殴って軌道を反らす。

そのまま回り込んで右のボディストレート。

入った。

反撃の肘打ちを避けて、レバーブローのコンビネーション。

そこから──

「しゃぁッッ!!!」

「がはぁ──ッッ!!」

右のアッパーを、渾身のアッパーを折れたゲスドランの折れた肋骨に。

ゲスドランが、上半身を折る。

下がった顎が、クロエの前に晒される。

「しゃぁあああッッッ!!!!!!」

クロエの左アッパーがゲスドランの顎を撃ちぬく。

ゲスドランの巨体が、浮いた。

垂直に顎を突き上げながら浮きあがる。

浮いたゲスドランの頭目掛けて、クロエのハイキックが叩きこまれた。

至近距離での、足を百八十度広げるような、ハイキック。

その一撃が、宙に浮くゲスドランを地に叩き伏せた。

ゲスドランの身体が墜ちる。

クロエがその顔面を踏みつけて止めを刺そうとするが、ゲスドランの身体が地に墜ちると同時に動き出した。

「がぁぁぁッッ!!!!!!」

ゲスドランが咆哮を上げながら地面の上で回転し、クロエのボディに蹴りを叩き込んだ。

「げはぁッ!!?」

まさかこうも早く動けるとは思わなかったクロエのボディにまともに蹴りが入る。

寝ながらの蹴りであったが、それでもダメージの残る腹にまともに入った。

胃液が、口から噴き出た。

クロエが身体をくの字に曲げて胃液を吐いているうちに、もうゲスドランは立ち上がっている。

立ち上がり、クロエの腹に向かって右のミドルキックを──

「がぁああああ!!!!!!」

クロエも咆哮を上げた。

ミドルキックを受け止め、掴む。

蹴り足を引っ張ってゲスドランの体勢を崩しつつ、思い切りローキックを左ももに。

「くぁあッ!!」

ゲスドランの左足が、ついに揺らいだ。

揺らいだゲスドランの顔面に思い切り左のストレートを。

当たった。

そう思ったときには顎に衝撃が。

分からない。

それはゲスドランのアッパーだったのかなんなのか。

分からない。

気が付いたらまたローキックを──

今度は分かった。

カウンターにストレートパンチが顔面に思い切り。

そしてゲスドランの足が──

 

 

 

 

 

 

 

気持ちよかった。

 

こいつと正面から殴り合えるのが。

 

化け物だ。

 

今まであった中で最強の。

 

でも。

 

逃げないでいられるんだな私は。

 

ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

折れた肋骨が、皮膚を突き破る。

痛みがクロエの感覚を蘇らせる。

ゲスドランのミドルキックが、まともに右の腹を。

しかし、そのゲスドランの肋骨もまた突き出ているじゃないか。

誰がやったんだ。

私だよなぁ。

覚えてないが、私しかいない。

それだってのに目の前の化け物は笑っている。

笑いながら、口元から血を流し、いや、顔を血で染めながら笑っている。

すげえなぁ。

しかも動きが、遅くならない。

左右の拳から回転してバックブローが飛んでくる。

全部上体を動かすだけで避け、反撃の右ストレート。

避けられる。

避けられても勢いのまま後ろ回し蹴り。

頭を下げて避けられたがそこに回し蹴りを。

入った。

血しぶきが舞う。

流れ落ち、飛び散った血が、地面を朱く染める。

ああ、これか。

私の見た夢は。

果てしない屍を築いた果てに待つ景色。

でも今はもう怖くない。

大丈夫。

私はここに立っていられる。

 

 

嗚呼。

 

 

お前もか。

まだ立つんだな、お前も。

ゲスドラン。

崩れかけた足に喝を入れて、そこから思い切り私に跳びこんで──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シロエは言ってたな。

 

死ぬより嫌なことがあるって。

 

凄いなぁ。

 

私はそれに、気づくのが遅かったよ。

 

ごめんなぁ。

 

シロエ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲスドランの膝が。

跳び膝蹴りが、クロエの顎を貫いた。

クロエの膝が、折れる。

仰向けに倒れるクロエに、ゲスドランが跳んだ勢いのまま覆いかぶさっていき、そして。

折れた肋骨の上から、膝を突き立てた。

 

 

 

 

クロエの口から、大量の血が噴き出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

逃げなかった。

 

私は最後まで逃げなかった。

 

 

 

 

 

 

でも。

 

 

 

 

届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ごめんなぁ、シロエ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お姉ちゃん、ダメだったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『大丈夫だよ、クロちゃん。』

 

 

シロエ…?

 

 

『クロエ一人に、最後までええかっこさせへんで。』

 

 

黄美…?

 

 

『そうですね、これだと私かっこ悪いままなんで。』

『そうそう、借りは返さないと気が済まないって感じ。』

 

 

蒼…桃姫…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんないるから、クロちゃん。」

私は──クロエはシロエに抱きしめられながら意識を覚醒させる。

その横をみんなが、仲間たちが駆け抜けていった。

 

 

 

まず桃姫が先手を切ってゲスドランの左足に絡みつく。

ゲスドランが前と同じように足を振り上げ叩き落そうとしたところで、蒼がゲスドランの右腕に飛びつき、十字固めを仕掛けた。

片手と片足、それらを封じられたところに、黄美が駆ける。

それでもゲスドランは笑っていた。

笑いながら無理やり黄美に向かって左拳を振るう。

黄美がその拳を、右の拳をぶつけるようにして弾き飛ばし、踏み込んだ。

弾。

震脚の音と共に、黄美の肘打ちが、ゲスドランの突き出た肋骨に。

 

 

びちぃ

ぶちゃ

 

 

ゲスドランが黄美の肘を受け、身体を硬直させたと同時に。

桃姫と蒼がそれぞれ極めていた関節を破壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、クロちゃん。」

 

「…どうした?」

 

「私、全部聞いてたんだ、クロちゃんの言葉。」

 

「そうか…。」

 

「だから私の隠してたことも言うね。」

 

「ああ。」

 

「クリスマス、結婚式するから。」

 

「…ああ……え?」

 

「覚悟しといてね。」

 

 

 

 

 

シロエが駆ける。

ゲスドランはまだ、笑みを浮かべていた。

破壊された膝で無理やり立ち上がり、左腕を上げて構えている。

そして間合いに踏み込んだシロエに、アッパーを──

 

ふわり。

 

シロエにアッパーが当たり、その身体が浮いた。

しかしシロエはアッパーを掌で受け止め、ゲスドランの猛烈なアッパーの勢いを利用しつつ、跳んでいた。

宙を舞うように跳んだシロエは身体を回転させ、ゲスドランの脳天に強烈な踵落としを浴びせる。

まだ、ゲスドランは倒れない。

笑みを浮かべながら。

着地したシロエに向かって拳を振るおうとする。

 

「すまないな…。」

 

クロエが、その拳を受け止めていた。

 

「私一人なら、負けだった。」

 

クロエのハイキックが、ゲスドランの頭をとらえた。

 

「そうか…。」

 

クロエの言葉に、ゲスドランはささやくような声で、言った。

 

「その言葉、誉れとしよう。」

 

ゲスドランが沈む。

 

その顔には、笑みが浮かんだままだ。

 

だがその笑みは狂気の笑みではなく。

 

全てを受け入れ、包み込むような。

 

仏の様に穏やかな。

 

神々しい笑みをしていた。

 

クロエは涙を流していた。

 

目の前のゲスドランに対し、涙を流していた。

 

己だけでは勝ちえなかった戦士に敬意を表し。

 

己に勝ったことを誉としてくれたことに。

 

 

「「ありがとう。」」

 

 

ゲスドランと、クロエの声が、重なった。

死闘の果てにあるその先の景色。

死の果てまで共に駆け抜けてくれたことに、感謝の意を示す。

 

 

 

 

 

ゲスドランの身体が、魔力の粒子となって消えていく。

血の様な赤い光が、徐々に山吹色の太陽の様な光となって消えていく。

クロエはそれを見守っていた。

やがてそれは火の粉の様に消えていき、やがて見えなくなった。

クロエはシロエに支えられながら、最期の粒子が消え果てるまで、それを見守っていた。

 

しかし、一つの塊のような粒子が、ゲスドランの亡骸があった個所に形成された。

 

やがてそれはただの丸い塊からくびれが出来上がり、複雑な丸みを帯びていく。

そして四本、突起のようなものが生えていった。

 

「なん…だ?」

 

茫然とその光景を眺めながらクロエが呟く。

それは形容するとしたらそう、人間の赤子としか思えないものだった。

 

光が弾け、形成されていたものが姿を現す。

それは、間違いなく赤子だった。

頭からは癖のある金髪を生やし、さらには小さいが牛の様な角を生やした、赤子。

金髪はあのバディムを、癖のある髪と角はゲスドランを連想させる、赤子だった。

クロエは、いや、五人はどうすれば良いか分からず、その光景を見ていた。

赤子が、動き出す。

まだ生まれたばかりだというのに、自力で地面を這おうと、手足を動かす。

這った。

赤子が這った。

這いながら、五人に向かって進む。

進みながら頭を上げ、五人を見た。

「ぁ…ぁあ…あ!」

間違いなく、見ていた。

瞳が真っすぐに、五人を見据える。

そして、牙を剥いた。

威嚇するように大きく開いた口からは、すでに牙のような歯がはぐきから顔をのぞかせていた。

「どうするの…この子?」

シロエが困ったように、誰に言うでもなく呟いた。

蒼は桃姫を庇う様に手をやる。

すると自分を危険だと思われている感情を察知したのかさらに牙を剥いた。

「ぁあ…!あ~!!」

這う。

這う。

困惑していた。

クロエも。

シロエも。

桃姫も。

蒼も。

どうしてよいか分からず、ただ赤子を眺めていた。

ただ。

ただ一人だけ。

赤子に歩み寄っていく者がいた。

 

「やめーやみんな。」

 

黄美が赤子に向かってしゃがみこむ。

 

「怖がっとるやないか…。」

「ぅ…あぁ~!!!

 

赤子は黄美に這い寄ると、左腕に噛みついた。

服越しだというのに赤子の牙は黄美の肌を裂き、血を滴らせる。

四人がそれを見て動こうとするが、黄美は右手でそれを制す。

そして自分の腕に食らいつく赤子の尻を支えながら、そっと、柔らかく、抱き上げて胸に抱えた。

「ほら、見てみ、この髪。」

黄美は穏やかな表情を浮かべながら、四人に見せつけるように赤子を抱いて振り向く。

「なんかウチに似てかわええと思わん?」

赤子と同じ、癖のある金髪を揺らしながら、黄美が笑った。

その笑顔を前に、四人は何も言えなくなってしまう。

赤子が、黄美の腕から口を外した。

外して何かを求めるように、黄美の瞳向かって、目を向ける。

「着いといで、ウチに。」

「ぁ…ぁあ…ッッ───」

 

ああああああああ!あああああああ!!

 

黄美の言葉を聞いた途端赤子は泣き出した。

遅れた産声をあげるように、大きく泣いた。

 

 

 

 

そうして事件は。

ようやく終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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