劇場版魔法少女リリィ5!! ~推しの物書きVtuberは百合小説の夢を見るか~ 作:百合道いおりん
黄美の家で食事をした翌日、クロエは久しぶりに悪夢を見ずに目が醒めた。
そうして普段通りシャワーを浴び、家族の朝食を用意していると母親が起きてくる。
今日の朝食は夕飯の残りや冷蔵庫にあったありあわせの具材を入れたチャーハン。
よく言えば具沢山チャーハンだが、残り物の寄せ集めである。
こうした手抜き料理を母もシロエも、嫌な顔一つしないどころか美味しそうに頬張ってくれるのは救いだった。
しんなりとしたレタスや昨夜作った鶏肉の照り焼きを適当にぶつぎりにしたものに、買ったまま危うく忘れていたしいたけなど。
雑多な食材が入り混じったチャーハンをクロエの母はもそもそと口に運ぶ。
「んん~私このレタス好きなのよ~。」
まだ少し寝起きのままゆっくりとレタスを頬張る姿は、どこかリスの様で可愛らしかった。
そのままゆっくりとチャーハンを頬張っていたが、不意にテレビからニュースの音がなるとあわただしく残りをかきこみ始めた。
「うっそ~もうニュースの時間!?」
「え?…ああ、大丈夫だよ母さん、臨時ニュースみたい。」
母が遅刻しないようしっかりと時計を見ていたクロエは首をかしげるが、ニュースの内容をたしかめてそう言った。
『えー皆さんこんこんは、臨時ニュースです。多発する行方不明事件に備え、警察は特別警戒を実施することを決定しました。』
「…。」
ニュースの内容にクロエは顔をしかめる。
警察が特別警戒を実施するほどまでに数が出ている、すなわちそれほどの生贄を必要とする儀式が始まろうとしているということだ。
「母さん…今日は遅くなる?」
「一応早くには帰れると思うけど…。」
「もし遅くなるなら電話して、駅までなら迎えに行くから。」
「大丈夫よ~母さんちゃんと明るい道で帰ってるから。」
「ダメ、連絡して…分かった?」
「う、うん、じゃあ…二十時回りそうなら連絡するわね。」
クロエの真剣な表情に、思わず母親は頷き、そう答えた。
そして時間を見ると今度こそ出勤の時間が迫っており、慌てて朝食を食べ終えて席を立つ。
慌てる母にコートと弁当を差し出すいつも通りの朝。
「いってきます!」
元気よく手を振って家を出た母は少し小走りでマンションのエレベーターに向かい、やがて見えなくなる。
その姿を見送って、今日もクロエはシロエの朝食の準備を始める。
いつも通りの朝。
変わらない朝。
今日もまた、変わらない一日が始まり、そして終わる。
はずだった。
「母さん、早くに帰ってこれるんだ。」
放課後の帰り道、クロエがスーパーで夕飯の食材を選んでいると母から電話がかかってきた。
『そうよ~朝もあったニュースの件で、社員を遅くまでいさせたら色々うるさいからって、もう駅から帰るところ。』
その代わり家に持って帰る仕事ができたけど、と愚痴をこぼしながらも母は早くに帰れること自体は嬉しそうであった。
「せっかくなら好きなもの作るけど、ハンバーグでいい?」
『いいの!?やったー!!』
電話口ではしゃぐ母の声を聴き、クロエは柔らかい笑みを浮かべた。
もう駅だということは先に自宅に帰るのは母であろう。
作りたての夕飯を食べてもらえると思うとクロエの心が躍った。
ひき肉に玉ねぎ、ナツメグを手に取り、せっかくなら少し手間をかけて色んなソースを作ろうとデミグラスソースの缶に生クリームも買い物かごに。
パン粉に卵も買い置きがある程度の量があったが念のために買っておく。
間違えてもツナギの足りないぼそぼそのハンバーグを作る訳にはいかなかった。
普段ならその時はその時だとボロボロに崩して別のひき肉料理に纏めるが、今日はそうもいかない。
他にもいつもはサラダはついカット野菜で済ませてしまうが、今日はポテトサラダを作ろうと思い立ちジャガイモに隠し味のリンゴもクロエはかごに入れる。
気が付けば帰るときには両手にぎっしりの買い物袋を持つ羽目になってしまった。
それでもクロエの足取りは軽い。
このところふさぎこんでいた分、小さな幸せのありがたみを感じるようになった気がする。
見慣れた景色の下校路を歩くのも、今日はそこまで辛くない。
まだ陽が落ち切っていない夕暮れの中を、少しだけ速い歩調で歩く。
マンションのオートロックになっている入り口を開け、エレベーターを待つ時間がもどかしく、階段を駆け上げる。
部屋があるのは三階。
クロエは三階程度なら階段を利用した方が余裕で早く到着できる。
廊下を駆け抜け、部屋のカギを開けて自宅に入る。
「ん?」
自宅のドアを開けた途端、クロエは違和感を感じた。
部屋の中から強く冷たい風の流れを感じる。
家を出るときには戸締りはしっかりしていた、間違いはない。
母が帰って換気に窓を開けているのだろうか。
嫌な予感が身体を駆け巡る。
クロエは買い物袋を玄関に置き、リビングに向かって走った。
きっとそこには何気ない顔で待っている母がいるはずだ。
寒そうな顔で窓を開け、換気してたんだよえらいでしょ?と誇らしげな顔をする母がいるはずだと信じて走る。
「あら…お久しぶりね…クロエといったかしら?」
そこにいたのは、母とは似ても似つかない存在。
艶やかな金髪、モデルのように背が高く整った体躯に、人外染みて人形の様に整った容姿。
それはリビングの真ん中に堂々と立っていた。
窓を破壊してこの部屋に入り込んだのかリビングの床にはガラスが散乱している
そしてその手に抱えられたものは、おそらく気を失っているであろう、クロエの母親であった。
クロエの眼がくわっ、と開き、眉毛が吊り上がり怒りで歪む。
「バディム…生きていたのか!!!」
「お生憎様その通り、前に貴女たちが殺したと思ったのは依り代…まぁそんなことはどうでもよいわ、まさか貴女の親を狙ってしまうなんて。」
金髪の女、バディムは困ったように唇に手を添えて呟くように言う。
しかし何か納得したようにうんうんと頷き始めた。
「でも魔力に適性のある貴女の親なら狙ってしまっても仕方ないわね、貴女に干渉されて魔力に耐性ができていても不思議じゃないし。」
「勝手にごちゃごちゃと…てめぇが何考えてるのか知らねえけどさ。」
クロエはゆっくりと拳を上げて、構えた。
右手を顔の前に、左手を下に、拳は緩く握る。
自然に肩幅より少し広い程度に足を開いて、無駄な力を入れずに立つ。
何かの格闘技を習ったことはない、我流の喧嘩の構えだ。
喧嘩と、過去の魔法少女として経験した実戦にくわえ仲間たちの動きを見た中で磨かれたクロエ流ともいえる喧嘩術。
自然体で立つことにより重力に逆らう無駄な力みがない肉体は他人にとっては重く、緊張のない柔らかい身体は自分にとっては軽い。
重さと軽さを内包する構え。
野生の肉食獣の如き構えだ。
二百キロを超える体重を持つ獅子が、普段見かける十キロに満たない野良猫の如き動きを見せるのと同じく、重さを感じない。
「逃がすと思うなよ。」
「ふーん。」
バディムはクロエの構えを見ながら、妙なものを見るように首を傾げた。
「じゃあどうして変身しないの、貴女?」
「!?」
バディムの言葉に、クロエの身体が少し硬直した。
緩く握っていた拳を強く握り、肩に力が入る。
息が、微かに荒くなった。
「うるせぇ…。」
振り絞るような声で、微かにクロエが呟く。
額から一気に汗が噴き出た。
その様子をバディムは不思議そうな眼差しで見つめている。
真っすぐに、挑発している訳でもなく、ただ率直な疑問を告げているだけだという様に見つめる。
その眼はクロエにとってはまるで心を覗かれているようで、ただ目線を向けられるだけで心がささくれだった。
「うるせぇ!!!!!」
クロエがバディムに向かって飛びかかる様に踏み込み、顔面に向かって真っすぐに右手を振りかぶって拳を放った。
しかし硬直した身体から放たれたその拳はあまりにも遅かった。
ひょい、とバディムが右足を上げ、前に向かって突き出す。
特別力を籠めた様子もなく、歩くよう自然な動作で。
しかし隙だらけのクロエの前進を止めるにはそれで十分だった。
綺麗なカウンターとなってクロエの胸を打ったバディムの右足によって、クロエは後ろに突き飛ばされる。
地面に無様に尻もちを着き、そのまま仰向けに倒れるクロエを見てバディムは呆れた様に首を振った。
「ごめんなさいね、今は貴女の相手をしてる暇じゃないの。」
そう言ってクロエの母を抱えたまま破壊された窓に向かって歩き出す。
クロエは立ち上がりバディムに向かって駆け出すが遅かった。
バディムはひょい、とベランダを乗り越え、宙に向かって飛びだす。
魔人の身体能力をもってすればたかだか三階から飛び降りるなど、人にとって膝ほどの段差から飛び降りるに等しい行為だった。
「待て!!!!!」
クロエも、バディムの後を追ってベランダを乗り越え、宙に向かって駆け出す。
魔法少女としての力を使うことが出来れば、クロエも魔人に匹敵する力を持つことができる。
精いっぱいバディムに向かって──バディムが腕に抱えている母に向かってクロエは手を伸ばし、大きく口を開けて声を出す。
「変しッッッ──!!!」
飛び出した空は、朱に染まっていた。
夕暮れの朱が、クロエの伸ばした手を朱く染め上げる。
朱く染まる。
朱に染まる。
血で染まる。
血染山河の屍の上で、円舞曲を踊り続けよう。
相手が躍ってくれないなら。
今度は自分が手を差し出して。
大丈夫だよ、怖がらないで。
君のその手は真っ赤に濡れて。
今か今かと待っている。
ほぉら、耳をすませて。
君のその手が叫んでるんだ。
血染山河の屍の中で。
朱に一緒に染まろうよって。
さぁ踊ろう。
終わらない円舞曲を。
クロエの手は届かなかった。
虚しく空を切ったその手を力なく開いたまま。
クロエは重力に従うまま落下していく。
3階から地面に落ちても助かったのは偶然下に植え込みがあり、そこに生えていた木がクッションになってくれたおかげだった。
枝をへし折りながら、クロエは地面に落下した。
大きな枝にぶつかり身体が反転して、背中から落ちたこともクロエが助かった一因である。
そのままクロエは立ち上がるでもなく、仰向けに寝ころんだまま真っ赤に染まる空を見上げていた。
変身が出来なかった。
あるはずの力が使えなかった。
眼から涙が零れ落ちる。
身体の痛みのせいではない。
心の痛みによってだ。
「ちくしょう…。」
涙が止まらなかった。
母が攫われたというのに、戦える力があるはずなのに。
怖い。
どうしようもなく怖い。
毎日夢に見ていたせいで、今でもあの頃の感触が忘れられない。
拳が肉を打ち、潰し、骨を砕き、壊し、臓腑を抉り、暴いたあの日々を。
戦いの日々の中では恐怖を感じている間もなかった。
しかし戦いが終わり、安らぎの日々を感じてしまった頃になって恐怖が一気に押し寄せてきた。
その頃からずっとあの夢を見る。
「ちくしょう!!!」
自分の無力さが、恐怖に負け、大事な人が攫われるのをやすやすと逃してしまった弱さが許せない。
許せないのに、涙が止まらないのに、クロエは動けなかった。
動けないまま、ただ空を眺めていた。
『もっしもーし!八咫探偵事務所でーす!』
「いやうっさい!でも電話かけてきたってことは見つけたの、手掛かり?」
桃姫は携帯機器から響く大きな声に顔をしかめながらも、少し弾んだ様子の声色で通話相手に聞いた。
通話相手はバディムの容姿を伝え、その行き先を探らせていた探偵である。
昔からの馴染であり、小さな仕事から今回の様に重要な仕事まで幅広く仕事を依頼していた。
仕事にムラはあるが真面目にやれば腕の良い探偵であった、問題は滅多に真面目になってくれないところだが。
探偵は顔が見えない通話越しにでもその表情が分かるくらいにふふん、と得意げな声を漏らして話を始める。
『あの金髪さんがいるのは潰れた運送会社の倉庫。流石に防犯カメラの映像だけじゃ追いきれなかったけど、おおまかな進行方向から漁ってたらビンゴ、大当たり!』
今メールで細かい情報は送ってるから確かめておいてくれ、と探偵は付け加えた。
調査のためなら金の糸目はつけないとは言ったが、思ったよりも早い仕事に桃姫は関心する。
「なに、今回は真面目に仕事してくれてんじゃん。」
『私はいつもまじッ…め…とは、まぁ言えないけど、やるときはちゃんとやるから!』
「そりゃね、そうじゃなきゃあんたの事務所とっくに潰れてるし。」
電話越しに不機嫌そうな唸り声が聞こえるが、探偵は何かを思い出したようにこほんと咳ばらいを一つして切り替える。
『それで~報酬の話なんですが。』
「前払いで振り込んどいたっしょ、費用は仮払い分超えたなら領収書くれれば別で払うし。」
『それとは別に一つ頼んだのが──』
「あ~日本酒の九桜ノ狐だっけ?ウチの蔵にあったから事務所宛に送っといたよ。」
そう言った途端にスピーカーからは相手が狂喜乱舞する音とはた迷惑な声量で感謝を伝える声が響く。
桃姫は思わず耳に当てていた携帯機器を遠ざけながら電話を切った。
キーンと痛む耳を抑えながら顔をしかめるが、携帯機器のメールアプリを確認し情報がしっかりと送信されていることをたしかめると肩をすくめた。
「腕は良いんだけどさぁ…。」
呆れながらもメールに添付された情報を確かめる。
情報自体は正確なもので信頼に足るものであり、さっそく桃姫は魔法少女全員で情報を共有しようとアプリを開くが、突如として通話の着信を知らせる音楽が鳴り響く。
相手はシロエであった。
魔法少女グループ全体への発信らしく、不穏な気配を感じながら桃姫は電話に出た。
「もしもし、どうしたのシロ──」
『大変なの!クロちゃんが!!母さんが──』
「ちょ、どうしたのシロエ、落ち着きなさい!」
『クロちゃんがバディムに襲われて!母さんが攫われたの!!!』