劇場版魔法少女リリィ5!! ~推しの物書きVtuberは百合小説の夢を見るか~ 作:百合道いおりん
物音ひとつ立てずに、現れた巨体の女。
魔神ゲスドランを前に、シロエが立つ。
他の三人も全ての屍を駆逐し、シロエと並ぶように立った。
「シロエがバディムをぶっ殺した思たのに、真打登場かいな、たまらんで。」
「大量の行方不明者は、この怪物を呼ぶための生贄だったということですか…。」
「ま、いいんじゃない、四人でこいつぶっ殺しちゃえばいいんだしさ。」
ゲスドランは彼女たちの言葉に何も反応しない。
もう命が尽きたバディムの肉体を抱き、俯いたまま、動かない。
だというのに、目の前にいるシロエは動けなかった。
身構えたまま動けない。
他の三人も同じであった。
言葉を発する、それくらいしかできなかった。
それほどまでに魔神ゲスドランから放たれる圧力は凄まじかった。
亡くなったバディムの肉体が、淡い光に包まれる。
山吹色の暖かい光となって、溶けるように魔力の粒子となって霧散し、消え去った。
その粒子はゲスドランの身に寄り添うように纏いつくと、やがてその身を包む衣となって顕現した。
それは真紅の袴であった。
上半身をはだけさせ、美しい肉体を露にした真紅の袴。
それは仁王像を思い起こさせる美しき佇まいを見せていた。
大理石の様に白い肌に鮮烈な真紅のコントラストが強烈な存在感を示し、その美しさを際立たせている。
ゲスドランが、顔を上げた。
悠然と立ちながら、四人の魔法少女たちを見据える。
「お前らに…恨みはない…。」
最愛の存在であるバディムを殺されたというのに、ゲスドランはそう言ってのけた。
恨みはない、と。
言ってのけた。
魔法少女たちにとっては自分たちの生活を脅かす存在を排除したに過ぎない。
そう理解しての言葉であった。
自分たちは侵略者に過ぎないと。
だがそう言いながらもゲスドランはゆっくりと構え始めた。
左足を前に、右足を引いて、一見して無造作に両手を下げているようで腰の辺りで構えている。
「だが、バディムがくれた、道だ。」
ゲスドランの言葉に、四人の背に寒気が走る。
腹に包丁の切っ先が触れたようなシンプルな死への恐怖が、走った。
「征かせてもらう。」
消えた。
ゲスドランが。
そう見えた。
「くぅ──ッッ!!?」
シロエが苦痛の声を上げる。
ゲスドランのハイキックが、シロエに叩き込まれていた。
見えないほどの速度で踏み込みながらのハイキックだった。
バディムの攻撃をあっさりと見切ったシロエが防御することしかできないほどの、神速の蹴り。
空に、袴の赤い裾が線を描く。
蛍が闇に描く光のように、赤い線が引かれる。
シロエの太ももにローキックがまともに打ち込まれた。
バディムにもローキックを当てられていたこともあり、軽くシロエの膝が折れる。
その隙をついてゲスドランの前蹴り、いや…三日月蹴りがシロエの左腹に放たれた。
「が…はッッ!!」
三日月蹴り。
回し蹴りと前蹴りの中間の蹴り。
ガードの隙間を縫うように放たれた爪先が、シロエの腹に突き刺さる。
思わずその場で膝を着き、シロエが倒れ伏した。
ゲスドランがさらに追撃をかけようとするが、そこに黄色い衣装を躍らせ、黄美が踏み込む。
「させへんで!!!」
震脚で地を揺らしながら、渾身の中段突きを放つがゲスドランは体捌きとともに軽く掌で突きを弾く。
しかし黄美は突きから肘打ちへと動作を繋げ、連撃を放った。
だが体重を乗せた肘をゲスドランは軽々と掌で受け止めたる。
「やるやない…か!」
黄美はその場で回転し裏拳を放つ要領で肘打ちを放った、が、背を向けたとたんゲスドランの体当たりによって弾き飛ばされた。
距離が開く。
「ちぃぃ!!」
「黄美!一人では崩せません!同時に行きますよ!」
ゲスドランが黄美を軽くあしらう様子を見つつ、蒼が連携を促す。
ゲスドランの前に蒼と黄美、二人が並んだ形になった。
黄美は小さく頷き、二人同時にかかろうとするが、ゲスドランの方が一枚上を行く。
「な!?」
ゲスドランが巧みにフットワークを使い、一瞬黄美の方に向かおうとフェイントを挟んで蒼に向かって一気に踏み込んだ。
突如自分の前へ現れたゲスドランの巨体に、蒼の勢いが止まる。
止まったところに右腿にローキックを喰らった。
「ぬぅ…!」
蒼はローキックを耐えた。
しかし足は止まる。
だがゲスドランは足を止めた蒼を追撃せず、円を描くように回り込んだ。
この動作によって、ゲスドラン、蒼、黄美の配置が一直線のものになった。
同時に攻撃ができない位置取りをゲスドランがとったのである。
蒼が体勢を立て直し、今の状況に冷汗をかきながらもゲスドランに向かって踏み込んだ。
ゲスドランが迎え撃つように顔面に左ジャブを放つ。
蒼がジャブを受けで弾いた。
ゲスドランは蒼に拳を受けられた際に、ほぅ、と面白そうに目を開く。
逆に蒼の顔には新たに冷汗が浮かんだ。
受けた右腕が、びりびりと痺れている。
相手を壊せるはずの強力な受けが、圧倒的なパワーによって覆されていた。
「ぬあぁ!!」
ジャブに対し正拳突きを返そうとするが、ゲスドランはジャブからステップを使い突きをかわしつつ、またしてもローキックを叩き込む。
そうしながらまたしてもゲスドランはフットワークを使い、軽やかに蒼の周囲を回った。
黄美が攻撃を加えようにも、蒼の身体が邪魔をしてどうすることもできない。
ばちぃぃん。
革のベルトを束ねたもので思い切り引っぱたいたような、強烈な音が蒼の太ももで鳴る。
三度目のローキックが炸裂していた。
ついに蒼の膝が軽く崩れた。
それでも立っている、立ってはいるのだ。
蒼の頑強な肉体の中に現れた微かな綻び。
しかしその綻びはゲスドランにとっては大きな隙であった。
ゲスドランが一気に距離を詰める。
蒼の顔面に向かって右ストレートを放つ。
蒼は受けを使って弾き、痛みをこらえながら腿が痛む右足で回し蹴りを返した。
だがなんとゲスドランはここで、左腕を振るい、蒼の脛に対して前腕を思い切りぶつけた。
空手の、受けであった。
それはまだ綺麗な形にはなっていないものの、受けつつ、壊すという空手の受けと似た技であった。
またしてもゲスドランが、ほぅ、と面白そうに目を開いた。
蒼が退きつつ、右足を庇う様に後ろに引いて構える。
蒼の脛に痛みが走っていた。
ゲスドランも固い脛に前腕を当てた痛みがあるのか、軽く左手を握っては閉じを繰り返し、動きを確かめている。
「角度が悪かったか…。」
少し拗ねた子供のような口調で、ゲスドランが呟く。
同時に新しい玩具を手にした子供のように、どこか声の中に弾みがあった。
しかしその隙を狙い、黄美がようやく後方から前へと躍り出る。
「ナニごちゃごちゃ言うとんのや牛頭!!」
右上段突き、左中段突き、右中段突きを一息に放つ。
それをゲスドランはまず左掌で二発の突きを払うと、最後の右突きに対して半身を切りながら避け、逆に右のフックを叩き込んだ。
咄嗟に黄美は左手を上げて受けるが、手ごと顔面を打ち抜かれ、大きく身体を崩す。
黄美が体勢を崩されたところを狙い、ゲスドランは黄美の右腕を左腕で巻き付けるように捕り、右手で革ジャンの襟を掴むと、腕を極めた。
「ぬぐ!!?」
腕を極めたまま、ゲスドランは黄美を投げる。
投げられなければ、腕を折られる。
「あかんてそれはぁ!!」
とっさに跳んだ。
投げられるままに飛び、関節が壊されることを避ける。
しかしゲスドランが黄美を投げた先、そこには蒼がいた。
蒼の身体に向かってパスをするように投げられた黄美の身体を、咄嗟に蒼が受け止める。
受け止めた瞬間、ゲスドランの上段蹴りが黄美を捕えていた。
ただ投げ飛ばされただけなら良かっただろう。
咄嗟に飛び、勢いに任せて身体を捻れば極まった関節技も外せたかもしれない。
だが、仲間の腕の中に投げられるとは、仲間という強力なアドバンテージを利用されるとは思っていなかった。
蒼に抱えられ、自由が利かない中でまともに蹴りを喰らい、黄美の意識が飛ぶ。
「黄美…!?」
蒼もどうしてよいか分からなかった。
意識を失った黄美をどうするか、それによって生じた迷い。
その隙をゲスドランが突こうと右腕を振り上げ──
「させるかぁ!!!」
蒼に拳が振るわれる直前、桃姫がゲスドランの足に組み付いていた。
桃姫もずっと隙を伺っていたのだが、翻弄するように動き回るゲスドランの隙を見つけられず、今まで勝機を待っていたのだ。
だがもうそうは言っていられない。
今黄美を倒し、さらに蒼を倒そうとする中でゲスドランは初めて長くその場に留まった。
ここしかないと桃姫が足に組み付いたのだ。
ゲスドランの右足に向かって転がり込み、股の間に足を差し込んでイマナリロールを狙い、絡みつく。
絡みつきながら身体を回転させ、差し込んだ足を利用して左足を刈る。
しかし、絡みつこうと地面の上で身体を回転させる桃姫の背中から、急に地面が消えた。
同時に身体全体に感じる、浮遊感。
宙に浮いている感覚を感じたのだ。
ゲスドランが、絡みついた桃姫を足一本で持ち上げていた。
踵落としをするように右足を振り上げる。
その足に絡みつく桃姫が、まるで大樹の枝に懸命にしがみつく子ザルの様に小さく見えた。
「う…そ…?」
あまりの出来事に桃姫が茫然と呟く。
瞬間、桃姫の身体が落ちた。
遊園地にある落下式の絶叫マシンの様に、落下する。
桃姫にできたことは、落ちる寸前にようやく手を離し、後頭部を庇うことだった。
桃姫の後頭部が、地面に叩きつけられた。
どうにか掌で後頭部を庇ったが、二メートル以上の高さから高速でコンクリートの地面に叩きつけられ、一撃で意識が飛ぶ。
それだけでも運が良かった。
普通なら、死んでいてもおかしくない衝撃である。
「もも…ひめ…。」
蒼が絶望の表情を浮かべる。
地面に力なく横たわる桃姫を前にして腕から力が抜け、黄美の身体が地面に崩れ落ちた。
ゆらりと、ゲスドランが蒼に歩み寄っていく。
圧倒的な強さであった。
四体一という圧倒的に自分たちが有利だった状況。
その状況をあっさりと覆し、あまつさえ味方がいることを利用し、倒してのけた。
蒼が構える。
その身体が震えていた。
圧倒的な恐れが。
圧倒的な怖れが。
圧倒的な畏れが。
身体を震わせる。
ただそれだけではなかった。
同時に蒼の身体を震わせるもう一つのものがあった。
賛美。
震えていた。
圧倒的な強さに。
力に。
震えていた。
抗いようもない、シンプルな力。
どのような力をも力でねじ伏せてきたであろう、力。
暴力という、あまりにも純度の高い力。
笑っていた。
蒼は笑っていた。
惹かれていた。
力に。
震える。
身体が。
歓喜で。
その様子にゲスドランが楽し気に微笑みを浮かべた。
「良い笑いだな…。」
その一言で、蒼の震えがぴたりと止まった。
どっしりとした重量感のある構えで、真っすぐにゲスドランに向き合う。
「行きますよ…。」
「来い。」
互いに真っすぐに向き合う。
先に動いたのは、蒼であった。
「おあぁ!!!」
渾身の右ローキックをゲスドランの左腿に放つ。
ゲスドランは足を上げて受けた。
脛と、脛がぶつかりあい、乾いた音が鳴り響く。
痛い。
痛いが心地よい。
足に走った痛みが脳に届くまでの間に快感へと変わり、頭を痺れさせた。
ゲスドランもローキックを返す。
まだ痛めていない蒼の左ももに、正面から。
脛で正面から受け止める。
これも気持ちよい。
ぞくり。
ぞくりと肌が粟立つ。
良い。
良い。
拳を振るう。
正拳を三発。
顔面に一発、ボディに二発。
顔面には入らなかったがボディには入った。
綺麗に二発。
肋骨の上から拳を叩きつける。
代わりにボディに膝を叩き込まれた。
腕の隙間を縫うように突きあがった膝が鳩尾を抉ってくる。
「かはぁッ!?」
口から、胃液が溢れ出しそうになる。
喉に焼け付くような酸の痛みを感じた。
それを飲み込みながら、下から頭突きをロケットの様に跳ね上げる。
ゲスドランが両腕を交差させて受けた。
ボディが空いたところに左右の拳を。
思い切り、全力で打ち込んでいるのに、拳が弾かれる。
凄い。
凄い!
凄い!!
お返しに頭上から拳が振り下ろされた。
隕石の様なそれを頭を捻って避けるが、肩口に拳を受ける。
肩が外れた!?
そう感じるほどの衝撃だった。
肩だけではなく、腰まで砕けるように衝撃が突き抜ける。
後ろに下がって避けるべきだったかと思考が脳裏によぎるが、そんなものは頭を通り過ぎて消え去った。
ここで下がる訳にはいかない。
力を、浴びるのだ。
絶対的な力に溺れたいのだ。
なのに何故逃げようだなどと思うのか。
「ぬがぁ!!!!」
痛みが走る左肩を動かし、顔面に向かって正拳を打ち込む。
入った。
顔面に思い切り拳が。
ゲスドランの顔が歪む。
歪んだ口元が吊り上がり、笑みを浮かべ上がらせる。
空いた腹に、下からゲスドランの突きが入った。
今度こそせりあがった胃液があふれ、口元から黄色い胃液がこぼれだす。
口から胃液をまき散らしながら蒼はまた拳を振るった。
拳を振るっては振るわれ。
蹴っては蹴られ。
それを幾度となく繰り返す。
ゲスドランは既に防御を捨てていた。
顔面を思い切り殴られては心地よさそうに笑い、楽しそうに拳を振るう。
やがて蒼が拳を放つ回数が減っていく。
一発殴って二発殴られ、一発殴って三発殴られ。
それでも蒼は拳を振るう。
突きとも言えない、のそのそと押すような動きになりながらも、殴る。
最後に突きを放ったまま、蒼の身体が動きを止めた。
ゲスドランの身体に拳を押し当てたまま、止まっていた。
蒼は立ったまま気絶していた。
気絶したまま蒼の顔には笑みが浮かんでいた。
強烈な笑みであった。
ゲスドランが口からこぼれる血を拭い、笑みを浮かべる。
良い闘士であったと笑う。
突如として堰を切ったかの様に溢れ出した、力への渇望。
悪くなかった。
ゆっくりと周囲を見回しながら、自分が倒した魔法少女たちを見渡す。
その中で一つ、ゆっくりと動き出す影があった。
「く…そぉ…!!」
クロエが、意識を取り戻した。
まだ朦朧とした中で立ち上がる。
頭から流れ出た血を鬱陶しそうに拭いながら立った、が、すぐに膝を着いた。
まだ頭にダメージを受けた影響が色濃く残っているのだ。
まともに動かない足を恨めしそうに眺め、顔を上げる。
その前にはゲスドランが立っていた。
ゲスドランがクロエの首を掴む。
逃れようと足を動かすが、まだ力が入らない。
「まずは、貴様から…か。」
首を掴み、地面にクロエを押し倒す。
押し倒したまま服に手をかけ、一気にクロエのコートを引き裂いた。
「な…にを!?」
「魔力に耐えられる人間は、貴重だ。」
無表情でゲスドランはクロエを見つめ、話を続けた。
「貴様らには私の子を孕んでもらう…。」
「お、前ぇ!」
「私の眷属を増やし、この世界を埋め尽くす…不本意だが、此方の世界を魔で染めるにはそうするしかない。」
「ふざけるなぁ!!」
クロエが拳を振るって抵抗するが、ゲスドランは微動だにしない。
無表情のままクロエの下半身に手を伸ばす──
不意に風が吹いた。
風と共に白い衣装と、ポニーテールがなびき、ゲスドランに向かって蹴りが放たれた。
「マジでふざけんなぁ!!!」
蹴りを察知したゲスドランがクロエの上から退き、蹴りから逃れる。
「ほぅ、立てるのか。」
「死ぬほど痛いけど…死ぬより嫌なこともあるんだよ、私。」
シロエが蹴り足を上げて構える。
その口からは血があふれ出ていた。
「シロエ…血…が。」
クロエが茫然と言う。
ゲスドランの三日月蹴りによって内臓がかなりのダメージを受けてしまったらしい。
それでも立った。
一度は倒れ伏したまま動けなかったというのに、立った。
「クロちゃん…ごめん、なんか…大変そうなのに…なんも分かってなかった私。」
「シロ…エ…?」
「大丈夫、絶対にクロちゃんは死なせないから。」
言葉を発するたびにシロエの口から血があふれる。
地面に血を点々と垂らしながら、ゆっくりと歩き、クロエの前に立った。
クロエの前に立つ。
それはゲスドランの前に立つということでもある。
それでもシロエの目にはたしかな闘志があった。
最愛の姉を護るための決意があった。
しかし、その肌は口から血をこぼすたびに髪よりも白く、青白く色が失せていき、死人のようになっていく。
このままでは本当に死人になってしまってもおかしくない。
「やめろ…!やめろ!シロエ!!」
クロエが叫ぶ。
叫びながら何度も足を叩いた。
死ぬぞ。
シロエが死ぬんだぞと。
言うことを聞かない足を叱咤し、もつれる足を無理やり動かす。
ゲスドランがシロエに迫る。
立て!
立て!
立て!
立て!
シロエが死ぬ!
立て!
立て!
嫌だ!!
クソ!
立て!
もう男がなんだ!!
立て!
立て!
シロエに男がいてなんだ!
立て!
立て!
立て!
くだらねえ!
くだらねえことでなにを!
立て!
死なないで!
立て!
やだ!
シロエ!!!
立て!!
「ぬあああ!!」
立った。
立った。
立って。
でも、どうする。
立って。
そして。
何を、何をする!?
どうすればいい!?
とにかくシロエを!!
シロエを!!?
「シロエ!!!!」
「よう立ったクロエ、後はウチに任せとき。」
弾、と音が鳴る。
鉄板を地面に思い切り叩きつけたような、重く、鮮烈な音。
ゲスドランに掌底が打ち込まれていた。
打ち込まれた掌底を腕で防御したゲスドランの身体が、僅かに浮いて地面を滑った。
その威力に思わずゲスドランが目を丸くする。
対して黄美はにやりと笑みを浮かべながら、構えた。
「ようやってくれたなぁ、牛頭、お前の相手はこの黄美様や。」
「黄美!?」
「クロエ、シロエとお母さん連れて逃げ、ウチらはどうにかする。」
「どうにかするって…。」
「ええから、特にシロエはあかん、手遅れになる。」
黄美はゲスドランから視線を外さずに言う。
同時にシロエの身体が崩れ落ちた。
黄美が自分の前に立ってくれたことで緊張が切れてしまったのか、それまで立っていたことが嘘のように膝を着く。
クロエがその身体を抱き留めるが、その身体はまるで力がなく、闘志が失せた目の光も火の粉のようにふっと消えてしまいそうだった。
「黄美…。」
「ま、できればはよ戻ってくるんやで、クロエ…ウチがこいつぶっ倒すとこ見られへんやろ?」
「戻る…。」
「おう。」
「戻ってくる!」
「おう!」
クロエはシロエを抱きかかえると、母の元へと走る。
そのままクロエが二人を抱え、倉庫を去るまでゲスドランは動かなかった。
目の前の黄美から視線を外さず、動かなかった。
黄美も動かない。
クロエの姿が見えなくなってからもたっぷり十秒、沈黙が包んだ。
「なんや、お優しいやないの、随分。」
「黄美、と呼ばれていたか、私は手負いの虎を前にして目を逸らす程に阿呆ではない。」
「嬉しいこと言ってくれるやないか。」
じりじりと黄美が間合いを詰めていく。
ゲスドランも同じように間合いを詰めていく。
ゲスドランの蹴りが飛ぶ。
黄美の突きが飛ぶ。
数分後、ゲスドランは左の肋骨を二本、折られていた。
黄美は顎を掌底で撃ち抜かれ、地面に伏していた。
ゲスドランはわき腹を抑えながら震えていた。
倒れた黄美を見て震えながら息を吐いた。
吐いても吐いても止まらない震えに、ゲスドランは笑っていた。