転生ラウルの愚行 作:亀と兎
彼=ラウル
俺はカイリ・アーノルド。
名もない村に生まれた男だ。
親父はオラリオで冒険者をしていたらしいが、立ち寄った村でおふくろに惚れて結婚。
おふくろは俺が物心つく前に亡くなったが、親父が一人で育ててくれた。
俺もいつかは親父のような立派な男になりたいと思っている。
俺の他にも村には子供がいたが、一人だけ他の子とは馴染めない男の子がいた。
言葉遣いが荒く、顔は良くも悪くも平凡。
最初こそ興味本位で話しかけたが、彼と親交を深めていくうちに他の子よりも賢く、その賢さが彼を孤独に追いやっているのだと気づいた。
人は自分たちとは違いすぎる人と進んで馴れ合おうとしない。
それは種族の違い、信仰の違い、住んでいる地域の違い。
特に子供たちは敏感だ。
自分たちより賢く、同じ目線で物事を見ていない彼を「同じ子供」とは思えなかったのだろう。
俺が彼と仲良くなれたのは、彼とは違う分野で優れていた同世代、という類似点があったからかも知れない。
幼い頃から父親の背中ばかりを見てきた俺は、その背中を追うように修行を積んできた。
彼も後から親父に師事してもらったが、どうも彼の賢さが戦いの足を引っ張っているらしい。
戦いへの忌避感に近いのだろうか。それは悪いことではない。
ただ彼は将来、この村を出て冒険者になりたいと語っていた。
俺もその話に乗って一緒にオラリオへ行こうと約束した。
その日が来ることを心待ちにしながら、よりいっそう修行に励むようになった。
彼は冒険者を目指す前から村を出て広い世界を見て回りたかったらしい。
貯金を一切無駄使いせず、そのための準備に当てていた。
俺も約束の日から無駄使いを減らしたが、彼は俺の分まで貯金を貯めだしていた。
つまり、一人だけなら夢の第一歩を踏み出せるだけの準備を済ませていたということだ。
俺が彼の足を引っ張ってしまっていることを自覚し、気落ちした日もあった。
そんな俺に「金ならいくらでも工面してやる。お前はその分、修行に力を入れてくれ」と励ましてくれた。
その期待に応えようと今まで以上に修行に熱を入れた。
それはある日の出来事だった。
いつものように親父の狩りに同行した帰り道、親父から「オラリオに行くのか」と聞かれた。
俺はこれまで誰にもオラリオへ行くことを伝えていなかったが、どうやら修行に専念していた姿勢から気づかれてしまったようだ。
隠す気はなかったので、親父が修行の面倒を見ている子と一緒にオラリオへ行く約束をしている、と答えた。
それがいけなかったのだろう。
全ての歯車が狂ってしまったのは……。
次の日、彼から「オラリオには俺一人で行く。お前とは行けない」と告げられた。
突然の出来事に驚き、なぜ一緒に行けないのか何度も聞き返したが、答えてはくれなかった。
彼が態度を変えた原因は何なのか。
答えはすぐに思い至った。
彼とオラリオへ行く約束を親父に伝えた次の日に告げられたのだ。
当然、この問題に親父が絡んでいないはずがない。
父親を問いただすとこうなることが予想できていたのか、あっさりと白状した。
俺と村長の孫娘アナスタシアが許嫁の関係であること。
そのことを彼に告げ「カイを連れて行くのはやめろ。息子とアナスタシア嬢を想うならそれが幸せだ」と伝えていた。
あまりの出来事に頭に血が上った俺は「俺の幸せを勝手に決めるな! 俺の幸せは俺が決める!」と初めて親父に突っかかった。
親父は必死に訴えかけてきたが、熱の入った俺には逆効果だった。
「ここなら安定した暮らしができる。ダンジョンで骨を埋める気か?」
「だとしても、親友を裏切れば一生後悔する!
俺はそんな後悔したくないし、ラウルを裏切りたくない」
ダンジョンで朽ちることなど約束を交わした日から覚悟していたことだ。
どれだけ腕が立とうとも、どれだけ頭が良かろうとも、ダンジョンにとって冒険者の命など灯火に等しいからだ。
それは親父から嫌というほど聞かされてきた。
「お前が良くてもアナスタシア嬢はどうする? 一人にする気か?
お前がいなければあの子は生きていけない。
モンスターに両親を奪われ、体質で昼間は外にも出られない。
そんな彼女をかわいそうだとは思わんのか。
あの子がお前を慕っていることにも気づいているだろう!」
「彼女を引き合いに出すな!
それは……卑怯だ。ラウルだって一人だぞ」
「それだってお前がラウルの坊主を引き止めれば済む話だ」
「ふざけるな!
ラウルがどんな想いでオラリオへ行きたいのか、アンタだって知っているはずだ!
人の夢を蔑ろにするな!!」
「カイッ!?」
親父の身勝手な言い分に耐えきれず、怒鳴り散らして家出した。
飛び出したはいいが、宛もなく夜道を歩いていると困った顔をした彼を見つけた。
「親父さんが心配していたぞ。俺のところにカイは来てないか、だってさ」
「いいんだ。俺は悪くない、わけじゃないけど。
流石に今回の件は看過できなかったからな。
知っていたんだろう。俺とアナスタシアが許嫁だってこと」
「ああ」
「知ってて、黙っていたのか」
「……ああ」
「どうしてだ! 俺は約束を破らない! 一緒に行こう、オラリオへ!」
「それはダメだ」
「だから、どうして!!」
「俺が、アナスタシアを愛していたからだ」
「!?」
「お前たちが両想いだってことくらい気づいていたさ。
それでも諦めきれなかった。
カイの親父が訪ねてくるまでは。
言われたよ、カイを連れて行くのはやめろ。
二人を想うなら、それが幸せだって」
「それはエゴだよ! 大人たちが勝手に決めたことだ」
「分かっているさ。でも真実だ。
俺は嫉妬していたのかも知れねえな。
俺より腕が立って、アナスタシアの想いも独り占めしていたお前を。
だからこそ、親父さんに言われて目が覚めたよ。
俺のやろうとしていたことは二人の仲を引き裂いて、お前を死地へ送り込むことだったんだなって」
「そんな……」
「親友を裏切り、想い人を傷つける。
そんな最低野郎になりかけてたんだ」
「ラウルは……知らなかったんだろう!? 親父に言われるまで……!」
「知らなかったで済まされる問題じゃねえだろ。俺はもう二人を傷つけたくない。
たとえお前の想いを踏みにじることになったとしても、俺はもう迷わない。間違えない!
カイ、アナスタシアを……幸せにしてくれ……!」
涙を流して頭を下げる彼の姿を見て、感情的になって昂ぶっていた頭が一気に冷める。
「ごめん……これは俺の問題なのに。ラウルに八つ当たりしてた。
謝るべきは約束を違えた俺自身だったのに……!」
「いいんだ、もう……」
その日の晩、俺たちは泣きあった。
それが去年の出来事だった。
―――――
―――
―
あれから一年の月日が流れようとしていた。
彼は今も家業が休みの日は俺の親父から師事を受けている。
朝は毎日素振りをしていて、昼間になるとやってくるのだが、今日はいつになってもやって来ない。
約束の時間が過ぎてもやってこなかったので、親父は狩りに出かけてしまった。
俺は彼の様子が気になって迎えに行ってみたのだが、彼のお兄さんから朝からずっと寝ていたことを聞かされた。
こんなことは彼と出会ってから一度もなかったので、尋ねてみたが、どうやらこの村に訪れた行商人の護衛がエウリュアレ・ファミリアで、彼らはオラリオで活動しているファミリアだったらしい。
そして彼自身も、昨日の時点で眷属の一員になったようだ。
それで夜ふかしをしてしまったとか。
「おめでとう、ラウル。これで一歩、夢に近づいたんじゃないか?」
「まだまだこれからよ! 俺の成り上がり道はよお!」
親父は狩りに出かけてしまったので、今日の指南役はいない。
このまま二人だけで稽古しようかと思ったが、彼はポケットから一枚の手紙を取り出した。
「なんだこれ?」
彼も見に覚えがない様子で目を通していたが、内容はエウリュアレ・ファミリアからのお誘いらしい。
これは彼にだけ向けられたお誘いのはずだが、彼は俺も一緒に来ないか? と誘ってくれた。
最初は気が引けたが、この機会を逃せば神様と顔を合わせる機会など一生ないかも知れない。
ダメ元で行って、ダメなら素直に諦めて帰ろう。
当たって砕けろの精神だ。
彼と一緒に野営地へ向かったが、思いの外、あっさりと通された。
野営地を護衛していた人たちは彼を見ると何も言ってこなかったが、誰一人として隙を見せなかった。
そして初めて女神様と対面した。
それは無垢と純情が形となった理想そのもの。
一度、触れてしまえば汚してしまう。
見つめられただけで、声を聞いただけで、そこにいると知ってしまっただけで、俺の思考を甘く溶かしていく。
息ができない。目をそらせない。
声が出せない。顔が動かせない。
視線はただ一柱だけに釘付けにされ、湧き上がるドス黒い感情は自分の意志では制御できない。
今すぐここで、なりふり構わず、恥も外聞も捨て、彼女を押し倒して――。
「おい、しっかりしろ!」
過ちを犯す前に、彼の声が届いて現実に引き戻された。
「あ、ああ。すまない」
すまないでは済まされない事態にまで発展しかけていた己を恥じた。
俺は今、何をしようとしていた?
慌てて周りを振り返るが、女神様は相変わらず魅惑の笑みを浮かべるだけ。
ここにいる護衛の人たちすら、視線を彼女から外せないでいる。
彼だけが動じることなく女神様と対等に接しているのだ。
やはり彼と俺では話にならない。
どれだけ腕が立とうとも動けなければ意味がない。
敵に振るうべき剣を味方に向けるようなやつではダメだ。
彼は俺を羨んでいたが、彼は俺にはないものをたくさん持っている。
護衛隊の中で一人だけ女神様から視線を外し、彼に話しかける男がいる。
ノア・ペインラッへ。
エウリュアレ・ファミリアの副団長。
飄々とした態度で本心を隠し、一切の隙を見せず、間違いなく護衛隊の中でも別格。
俺と彼、ここにいるノア以外の護衛隊が束になって挑んでも勝てる未来が想像できなかった。
一通り自己紹介を済ませると彼と銀髪の少女が戦い始めた。
少女は巧みな剣捌きで彼の動きを封じ、反撃を許すことなく叩きのめした。
相当な手練だと思う。
今の俺でも勝率三割あるかどうか。
彼にそのことを伝えると「三割もあるのか」と愕然としていた。
彼が休憩に入り、代わりに俺とノアが戦うこととなった。
戦況は互角、いや互角の状況をノアによって意図的に作らされてると言っていい。
ノアはこちらの攻撃を防ぐだけで攻撃に転じようとしない。
俺の攻撃を見切って、こちらの体力が尽きるまで、ずっと出方を伺っている。
少女相手に三割勝てるなら、ノアは一割の実力を出せるかどうかの領域にいる。
結局、俺はノアから一本も取ることができなかった。
ノアとの戦いが終わると、彼がいないことに気がついた。
女神様の話では団員の一人が熱を出して倒れたらしい。
それに気づいた彼が馬車の方へ連れて行って看病してくれているのだとか。
「ところでカイ、だったかしら」
「なんですか、エウリュアレ様」
「貴方はラウルをどう思っているの?」
「どうって……かけがえのない親友ですよ。
あいつは口こそ悪いが、頭が良くて、誰にでも気遣いができる。
だから俺も、腕が立って、格好良くて、いつでも頼りになる。
そんな男でいたいと思えるんです」
「そう。貴方も苦労しているわね」
女神様は労ってくれたが、彼に迷惑をかけているのはいつだって俺の方だ。
彼が戻ってくると、最初に戦っていた少女を支えていた。
熱は下がったらしいが、まだ不調が続いてるようだ。
俺の思い過ごしかも知れないが、支えられているというよりは、自ら彼の腕の中に入り、体を預けているように見える。
少女の様子を見て不調というよりは彼に気があるように思えてならない。
やがて彼と少女は再戦したが、少女の様子は目に見えておかしかった。
動きは鈍いが、手を抜いているようには見えなかったし、手加減して彼に華を持たせるような人柄にも見えなかった。
少女と戦った彼にも聞いてみたが、やはり不調が回復しきってはいないという結論に落ち着いた。
カイ視点のラウルお前誰や