転生ラウルの愚行 作:亀と兎
グレイシア・シルバーベル視点
「ハルト」を「ハイト」に変更しました
私はエウリュアレが、彼女の眷属が許せない。
オラリオで生を受けた私は物心つく前から捨て子だった。
孤児院に拾われ育ってきたが、オラリオという土地に恵まれ、貧しくとも飢えることのない生活を送れた。
孤児院では血の繋がりこそなかったが、歳の離れた兄のようなものがいた。
彼の名はハイト・シールトレイン。
現エウリュアレ・ファミリアの団長であり、かつてはガネーシャ・ファミリアに所属していた神の眷属。
そして親に捨てられた赤子の私を見つけて孤児院に届けてくれた恩人。
ハイトは孤児院を出ていって、冒険者となった後も孤児院に寄付したり、私が学区を通えるよう手配してくれた。
そんな彼に憧れて私も冒険者に志願したが、彼から「冒険者なんて命がいくつあっても足りない」と否定された。
言い合いにもなりかけたが、妥協案として「学区を卒業しても志が変わらないなら好きにすると良い」という許しを得て落ち着いた。
私が学区を卒業する一年前、彼とは音信不通になった。
手紙を送っても返事が返ってこない。
孤児院にも顔を出さない。
人柄が良く、困っている人がいたら見捨てられないお人好し。
そんな兄の行動とは思えなかったからだ。
彼の「冒険者なんて命がいくつあっても足りない」という言葉が脳裏をよぎったことが、深く考えないようにした。
ガネーシャ・ファミリアから不穏な噂は聞かない。
怪物祭やオラリオの自警、ダンジョン探索もあるらしいので忙しいのだろうと、自分に言い聞かせた。
モヤモヤを抱えたまま一年が過ぎ、学区を卒業した私は推薦状を持って、ガネーシャ・ファミリアを訪ねた。
私のことは彼から話が通っていたらしく暖かく迎え入れてもらったが、そこに彼の姿はなかった。
ガネーシャに事情を尋ねると彼はエウリュアレ・ファミリアに移籍したと告げられた。
しかもエウリュアレは美の女神。
気に入った他ファミリアの子を魅了して自分の眷属に加える彼女は、彼さえも手にかけたのだ。
誰にでも誠実だった彼のあり方は、たった一柱の女神によるわがままで歪められた。
それは人としての尊厳をもてあそぶことに他ならない。
義憤に駆られて飛び出そうとしたが、ガネーシャとその眷属によって引き留められた。
主神の声すら届かなくなった彼の心は、私の声なら届くかも知れない。
それでも今の私では彼と会うことすらできずに門前払いされるか。
私もエウリュアレに魅了されてしまう恐れがある。
最悪、被害は孤児院や学区に飛び火するかも知れない。
何も、言い返せなかった。
それでも諦めきれなかった意気込みをガネーシャに買われて、私はガネーシャの眷属となった。
いつの日か、彼の心を取り戻すことを夢見て。
―――――
―――
―
「懐かしい、夢」
手元の魔石を転がしながら、そんなことを呟いた。
ラウル・ノールドの狩りに付き合って手に入れた魔石の一つ。
「……おかしい」
私は外のモンスターに詳しくないが、魔石の大きさくらいは知っている。
その生態系から三十階層のモンスターがオークと同等レベルになるまで弱体化は著しい。
私が村の外で戦ったゴブリンも、本来であればダンジョンのゴブリンとは比較にならないほど脆弱なはずだった。
それなのに実際の戦いでは村の外にいたゴブリンも、ダンジョンにいたゴブリンと大差なかった。
手元の魔石も、ダンジョンで手に入る魔石とそう変わりない。
野営地の外でかすかに物音が聞こえた。
「はあ」
聞き間違いではない。
周りの団員たちも動き出す。
私は手元で遊ばせていた魔石を踏み潰すと、その背を追うように野営地を出ていった。
―――――
―――
―
8.閑話休題(後編)
ノア・ペインラッへ視点
時はラウルとグレイシアがゴブリンの根城を報告したところまで遡る。
「そう、ゴブリンの根城……
「天然の迷宮?」
「ダンジョンの手を離れたモンスターが独自の生態系を築く上で作り上げた根城を総じてそう呼ぶのさ」
エウリュアレの言葉に反応したラウルの疑問に答える。
「ラウルはこの村で暮らしていたんだろう。今まで気づかなかったのか?」
「村の外にはあまり出なかったからな。出るとしたらカイの親父さんくらいだ」
「それもそうだな。エルフでもなければ好きこのんで森の奥地へ近づこうって輩の方が珍しいか」
山賊にモンスター、他にも自然の脅威がはびこる森に深入りしようとするやつはそういない。
薬草求めて散策するものか、子供が好奇心で足を踏み入れるくらいか。
「俺たちは護衛としてこの村に着ただけだからな。
進んで厄介事に足を踏み入れることは副団長として承服しかねるが」
「あら、なら見捨てる?」
主神は挑発的な笑みを浮かべて、ノアに試すような視線を送ってくる。
「冗談だ。新たな同胞の故郷を見捨てるような真似はしないさ。
とはいえ、今すぐどうこうできる問題でもない。
調査隊を明日までに編成して、問題解決に乗り出そう」
「すまん、俺がグレイシアの足を引っ張ったばかりに」
「気にすんな。元々そいつはアンタのお守りだ。
天然の迷宮も護衛の任務に支障をきたす恐れがあるから前もって脅威を排除する。
誰かが気づけば同じような判断を下していたさ」
報告を終えたラウルは馬車の外へ出ていき、グレイシアに人払いを任せて、その場にはノアとエウリュアレだけが残った。
「……天然の迷宮か。よく出来たペテンだ。
そんなものあるはずねぇよな」
「彼らの報告ではあるそうよ? 嘘も言っていなかったわ」
「そうじゃない。分かってて言ってるだろ。
あの森にゴブリンの根城なんて元々なかった。
……俺たちがやって来るまではな。
タークの話をした時は肝が冷えたぜ。
バレるとしたら、そこしかないからな」
「彼も私の虜よ。いざとなればいくらでも口裏を合わせられるわ」
ゴブリンの根城はエウリュアレが一部の眷属とカイの親父タークを使って作り上げたものだ。
ダンジョンでテイムしたモンスターをオラリオの外へ持ち運び、森の奥に作った根城へ放流する。
一連の流れは全てエウリュアレとノアによって仕組まれた出来事だった。
「でも良かったのか。
いくら新人教育のためと言っても、■■■の強化種はやり過ぎだったんじゃないか」
「冒険をしない冒険者に未来はないわ。
獅子は子を谷から蹴落とし育てるものよ」
「聞いたことねえよ」
ノアとしてはエウリュアレから聞いた彼の魔法を本当ならオラリオを支配することすらできる希少な人材だ。
女神の気まぐれで潰されるにはあまりに惜しい、と思っているような姿勢を見せる。
「グレイシアについても、ハイト団長が黙ってないんじゃないのか?」
「ふふ、それはどうかしら」
「アンタが構わないならいいが、使い捨てるつもりなら早めに切り捨てた方がいいぞ。
あの様子だと俺たちの神造迷宮にも勘づき始めてる。
計画の妨げになる前に始末した方が――ッ」
「口を慎みなさい」
それまで飄々とした態度を崩さなかったノアの表情から余裕の感情が消える。
たった一言、そこに込められたわずかな神威に体がすくみ、硬直してしまったがゆえに逃げ出す機会を失った。
神威で満たされた馬車では呼吸すら困難になる。
女神の眷属でなければ今頃、窒息死していてもおかしくない。
「ノア、貴方は神にでもなったつもり?」
ラウルというお気に入りのおもちゃを相手にしているうちは隙があると思っていたが、そんなことはなかった。
彼女の眷属になるということの意味を改めて思い知らされる。
その気になればいつでも用済みになるのはノアだと言わんばかりに。
「次はないわよ。あの子も貴方も私のもの。
今度つまらないこと言ったら、分かってるわよね」
「……ッ、あっ、ああ」
女神の神威から解放され、人の領域に戻ってきたノアは咳き込みながら返事を返した。
10/24までに後編のノア・ペインラッへ視点もこちらに更新されます。
グレイシア視点は先行公開。
追記
16巻発売されましたね!