褐色の肌で長い金髪を風になびかせるスタイル抜群な長身の女性が時計を見ながらイライラしていた。眉間にシワが寄っているせいで、せっかくの美人が台無しである。
「せ、センパ~イ!!!!」
遠くから甲高い声が走ってきた。人混みの中を小柄な少年が走ってきた。少年は慌てていたようで、寝癖が少し残っていて、着ている服も乱れている。
女性はおもむろに肩から下げていたバックから黒くて細い棒状の物を取り出した。否、棒状の物はあくまで持ち手の部分だけ。その先には細い蛇のような物が伸びている。
鞭だ。
女性は鞭を降り下ろし、鋭い音を響かせた。
「こんな時まで遅刻か、満艦飾!?」
「ヒィ!!ごめんなさい、蟇郡先輩!!」
金髪に褐色の肌のモデルのような美女は蟇郡苛。今年二十歳を迎えるが、本能字学園の風紀部委員長として日々校内の風紀を守る番人だ。
対するは、満艦飾マコト。蟇郡と同じく本能字学園に通う生徒だが、本能字学園の中で最も階級の低い無星生徒。加えて、17歳には見えない程、小柄な体型をしている。
蟇郡は呼吸を落ち着かせ、鞭を丸めてバックに戻した。
「取り乱してしまってすまない」
「いえ、ぼくのほうこそ遅くなってごめんなさい」
本来なら、ほとんど接点が無い二人だが、数ヵ月前に起きた生命戦維との決戦の中で二人は星の壁を越えた接点を持ち、交際を始めた。そして、今日二人は初めてのデートに来ている。
「ま、まあ、これでお会い子だな。さ、さあ!行くぞ!」
「はい、先輩!!」
「先輩は止せ……ふ、二人きりの時は、な、名前で呼ぶ、約束だろ?マコト」
蟇郡は照れ臭そうに手を差し出した。
「そうでしたね、苛さん」
満艦飾は差し出された大きな手を自分の小さな手で握りしめ、歩き始めた。お互い初めてのデートということもあって、口数は少ない。
「きょ、今日のところは遅刻は許す。だが、今後は遅刻は許さんからな……学校も……デートも…………マコト?返事はどうした?」
蟇郡が視線を満艦飾に向けると、彼は仕切りに周りを見渡して、落ち着かない様子だった。
「マコト、どうしたのだ?」
「え?い、いや、その……」
「私とのデートが嫌なのか?」
「そんなことはないです!!……ただ……その…………私服も綺麗だなって……」
普段の蟇郡は三ツ星極制服を着用している。体のラインがわかるような制服で、スカートはロングスカートだが、大胆なスリットが入っている。しかし、今は私服。秋ということもあって、縦セーターにスリットは入っていないが、脚のラインがわかるロングスカートを履いている。
それを聞いた瞬間、蟇郡した体温は一気に上昇した。頭から湯気が立つ程、顔が赤くなっていた。
「じょ、冗談は止せ……!!」
「じょ、冗談じゃないですよ!!苛さんは本当に綺麗です!!でも、だから、心配なんです……」
「心配?何がだ?」
「ほ、他の男の人に盗られないか……です」
満艦飾は握っている蟇郡の手を強く握りしめた。
「私がそんな尻軽女だと思うか?」
「いいえ!!……でも……」
「マコトよ……私は名前も知らず、外見だけで言い寄ってくるような下衆な輩には屈しない!!私はお前の女で、お前は私の男なのだ。もっと堂々としろ」
「苛さん……」
こうした真っ直ぐな姿勢は本能字学園の女子生徒だけでなく、男子生徒にも人気がある。だから、言い寄る男子生徒も少なくない。しかし、言い寄った男子生徒が無事でいられたという話は聞かない。
こんなにも凛々しくて綺麗で優しくて、三つも階級が上の蟇郡が無星である満艦飾と交際しているのは奇跡とも言える。
「今日の予定なんだが、映画を観に行った後のことを考えてなかったのだ。どこか行きたい所はあるか?」
「えっと……苛さんと一緒にいれるなら、どこでも……」
恥ずかしさを隠すように満艦飾は蟇郡の手を強く握りしめた。
「そ、そうか……し、しかし、私も高校生。あまりお金のかかることはしてやれない」
「あ、あの……もし迷惑でなかったら、苛さんのお家……は、ダメですか?その……カバーズから助けてもらったお礼をちゃんとしてなかったので、お礼に手料理を作りたいんです……」
「満艦飾が手料理を?」
「はい。母ちゃんに教わったコロッケです」
「ああ、お母様のコロッケは美味しかったな」
「はい。あの……ダメですか?」
「い、いや……今日は母も帰ってこないから、構わんのだが……コロッケの材料は買わなくてはな」
映画を観た後の予定も決まったところで、映画館に到着した。蟇郡は万が一、満艦飾が遅刻して、映画の時間に遅れるようなことがないように待ち合わせ時間は映画開始の一時間前に設定していた。案の定、満艦飾は遅刻したわけだが、待ち合わせ時間を早くしていたお陰で、最後列の中央付近となかなか良い席を確保できた。しかし、蟇郡が待ち合わせ時間を早めていたのは単に満艦飾の遅刻を想定しただけでなく、恋人に一秒でも早く、一秒でも長く一緒にいたいという乙女心だった。
今日二人が見る映画は生き別れになった姉妹が再会した高校で、二人とも同じ教師に恋をするという物語だ。二人は競って教師に接するが、教師という立場から二人の気持ちを上手く受け取れない日々が続いた。そんな矢先に教師は病気を患い、帰らぬ人となってしまう。教師が亡くなって、しばらく経ってから姉妹に手紙が届く。手紙には二人への想いが綴られ、最後は二人の幸せを願うと書かれていた。
映画の途中からすすり泣きする音が館内のあちこちから聞こえてきた。蟇郡も目頭に込み上げる涙を拭う中、満艦飾は大粒の涙を溢して号泣していた。その様子を横目で見る蟇郡は満足そうに微笑んだ。
館内に明かりが戻ると、観客達は次々に映画館を後にした。
「良い映画だったな……」
「ふぁい……」
満艦飾はまだ号泣が止まず、みっともない顔をしていた。
「まったく……これで涙を拭け」
蟇郡はウサギが描かれたハンカチをバックから取りだし、満艦飾に渡した。
「ありがとうございまふ……」
気づけば館内に残っているのは自分達だけだと気がつき、慌てて席を立った。
女子トイレの前には崩れた化粧を直すために長蛇の列ができ、次の回を見に来た観客が次々と館内に流れていった。その流れに飲まれないようにしっかりと手を繋いで、二人は映画館を後にした。
「良い映画だったな」
「はい。ヒロイン二人が姉妹だった時は衝撃的でしたし、先生が静かに……息を……」
「ほら、また泣いている」
「ごめんなさい。でも、本当に良い映画でした」
「ああ。今度はまた違う映画を観に来よう」
「はい…………」
次がいつになるのかわからないが、二人は次のデートの約束をした。