映画館を後にした二人は蟇郡家に向かった。途中スーパーに立ち寄り、コロッケの材料を購入したわけだが、正直、蟇郡が知っているコロッケの材料としては使わない物を買っていたので、一抹の不安が残る買い物となった。
蟇郡家は一ツ星生徒が暮らす集合マンションの一室だった。他の三ツ星生徒や二ツ星生徒に比べて質素な暮らしをしているようだった。
「意外そうな顔だな」
「はい。もっとこう……ギラギラした家かと思ってました……」
「母と二人暮らしだからな。これぐらいがちょうどいい」
以前、喧嘩部を立ち上げた時に満艦飾家は一ツ星と二ツ星の暮らしを体験している。それに比べれば大分質素な生活をしている。
「夕飯にはまだ早い。今、お茶を淹れるから休んでいてくれ」
「何か手伝いますか?」
「マコトは客人だ。ゆっくりしていろ」
そう言うと蟇郡は戸棚からお茶を取りだし、お湯を注いだ。紅茶のようで部屋中に良い香りが充満した。
「先日、皐月様から頂戴した逸品だ。味わって頂くように」
差し出されたティーカップを口元に運び、香りを楽しんだ後、口に運んだ。
「さすがは皐月様から賜った紅茶……味もそうだが、香りも素晴らしい……ミルクを入れれば味がまろやかになって、まったく飽きが来ない。そうは思わないか、マコト?しかし、この紅茶に合うお菓子を用意し忘れるとは……私としたことが……
今頃皐月様も揃さんが淹れたこの紅茶を飲んでおられるのだろうか……」
蟇郡は窓の外にそびえる本能字学園の生徒会室がある先端部に視線を向けた。
「母もこの紅茶が好きで、仕事から帰ってきた後、この紅茶を飲んでいるのだ。
…………マコト?どうしたのだ?」
視線をようやく満艦飾に向けると、彼はどこか不機嫌そうに紅茶を飲んでいた。
「いえ、なんでもないです……」
「そ、そうか…………しかし、こうしてこの紅茶を飲むと思い出すな……あの決戦を……」
今でこそ、こうして二人並んでデートするまで関係を発展させた二人ではあるが、なれ初めが無くして現在の関係はあり得ない。
「ええ……裸の太陽丸で皆と食べたコロッケ。食後に揃さんが淹れてくれましたよね」
「あ、ああ、そう……だな。お母様のコロッケも美味しかったな」
コロッケの話題が出た瞬間、蟇郡に動揺が見えた。
「あれ?苛さんもしかして忘れてたんですか?」
「わ、忘れるわけがなかろう!!」
忘れるわけがない。そして、誰にも言えるはずがない。自分が食べた分のコロッケだけが満艦飾の顔になっていたなんて言えるわけがない。
『苛ちゃんのだけ、特別にマコトの顔にしてみたの』
満艦飾の母、好代がこっそり耳打ちをして、渡してくれたのだ。恥ずかしくて言えるはずがないのだ。
「又郎からも聞きました。カバーズに吸収されてた時、『お前のお兄さんは必ず救い出してみせる。この蟇郡苛が全身全霊を傾けてな』って言ってたそうですね」
「ま、まあな……」
「そのあと、本当に助けてくれてありがとうございました」
「と、当然のことをしたまでだ」
「あの後、僕達は裸の太陽丸を守りながら一緒に戦って、苛さんが甲板の上で……」
「わあぁぁぁ!!それ以上言うな!!恥ずかしい!!」
蟇郡は顔をすっかり真っ赤にしていた。思い出すと満艦飾も照れ臭くなって、顔を赤く染めた。
「そ、そろそろ夕飯の準備始めますね。台所を借ります」
「あ、ああ……何か手伝うか?」
「いえ、苛さんへのお礼なので、苛さんはゆっくりしていてください」
満艦飾はなんだか懐かしいメロディーを口ずさみながら、お世辞にも手際が良いとは言えないものの、蟇郡のためにコロッケを作り始めた。
一時間後。夕飯の仕度が整った。皿には歪な形をしたコロッケが山盛りになっていて、その脇に千切りにしたつもりのキャベツが添えられている。細さはバラバラで、所々繋がっている。
「み、見た目はおかしいですけど、味は大丈夫なはずです!!……たぶん」
「あ、ああ……大事なのは見た目より中身だ」
「僕もですか?」
「なっ!?どさくさに紛れて何を!?」
「冗談です。……あの、今さらですけど、救い出してくれて本当にありがとうございます」
「風紀部委員長として当然だ。では、いただきます!!」
蟇郡はコロッケを皿に取り、食べやすい大きさに割って、一欠片を口に運んだ。
「うん!美味い!!美味いぞ、マコト!!」
「本当ですか!?」
「ああ。こんなに美味しいコロッケは初めてだ。……ま、マコト……口を開けろ」
満艦飾は不思議そうに口を開けた。
「もっと大きく。それにもっと近寄れ。届かんだろう」
言われるまま、出来る限り口を大きく開き、蟇郡に近寄ると蟇郡は自分が箸で割ったコロッケを一欠片満艦飾の口に入れた。
「あっふ!!」
「熱かったか!?すまん!!」
「だ、大丈夫です」
「次はふーふーして、冷ましてから入れる。急に入れたりして悪かった」
満艦飾は熱いのを我慢して、なんとか飲み込むと、水も一緒に流し込んだ。
「すみません。もう一度お願いします」
「ああ。今度は少し冷ましてから……」
蟇郡はコロッケを一口サイズに割り、今度は息を吹き掛けて冷ましてから満艦飾に差し出した。
「いただきます」
満艦飾も差し出されたコロッケを頬張った。今度は熱くなく、コロッケ本来の味を味わうことが出来た。しかし、どうも納得がいかない様子だ。
「やっぱりお母ちゃんの作ったコロッケが美味しいです」
「だが、マコトの作ったコロッケも美味しいぞ?味が気に入らないのなら、これから練習して上達すれば良い。…………わ、私も一緒に作れるようになる」
「はい!今度は一緒に作りましょうね」
その言葉を意味を全く考えていないであろう満艦飾に呆れつつも、蟇郡はそんな満艦飾だからこそ、今一緒にいたいと思えるのだと実感していた。
食事中は話題が絶えることが無く、楽しい時間が過ぎていった。しかし、そんな楽しい時間は早く過ぎ去る。気がつけば、もうすぐ7時になろうとしていた。
「しまった……もうこんな時間か。そろそろ帰らないとご両親が心配するな」
「そう……ですね。そろそろ帰ります」
満艦飾は帰る身支度をした。身支度と言っても、満艦飾はほぼ手ぶらで過ごしていた。
「それじゃあ、行きますね」
「あ、ああ。気をつけて帰るんだぞ。帰るまでがデートだ」
「はい」
「忘れ物は無いな?」
「忘れ物……」
「なんだ?何かあるのか?」
満艦飾は少しソワソワした様子で蟇郡に歩み寄った。
「な、なんd……ん……」
突然の出来事で何が起きたか蟇郡には理解できなかった。
歩み寄った満艦飾はいきなり両腕を蟇郡の首に回して、自分の方に引き寄せると、自分も背伸びしながら蟇郡の唇に自分の唇を重ねていた。
唇が離れて、ようやく何が起きたか理解した蟇郡。自分の行動が恥ずかしくて顔を真っ赤に染めた満艦飾。
「ま、また学校で!!」
満艦飾は逃げるように玄関に向かった。
「ふ…………ふはははははははははははは!!!!」
突然、笑い出した蟇郡に驚いて、満艦飾は歩みを止めてしまった。仮に止めなかったとしても、満艦飾はどのみち逃げられなかっただろう。
蟇郡は素早くスカートをたくしあげると、仕込んでいた鞭を取り、満艦飾に向かって伸ばした。鞭はまるで蟇郡の手のように、あるいは意思を持った生き物のように満艦飾を捕らえると、そのまま二人が唇を重ねた場所にまで引き戻された。
「な、な……?」
「公務である!!」
鞭が全身に巻き付いて身動きが取れない満艦飾を引きずり、一室に連れ込んだ。そこは誰かの自室のようだ。壁には鞭が飾られている他、筋力トレーニングのための器具が並んでいる。どうやら蟇郡の私室のようだ。
突然、満艦飾は重力から引き剥がされ、全身に巻き付いていた鞭が解かれて、ベッドの上に横たわっていた。甘い良い香りがするベッドで、視線を動かすと、どこかで見たことがあるぬいぐるみが枕元にあった。黒くて長い学ランを着て、口には草をくわえている。手には『MAKOTO』と書かれたメリケンサック。
「これ……喧嘩部の……」
喧嘩部の二ツ星極制服を着た満艦飾のぬいぐるみだった。しかも、結構大きい。ちょうど蟇郡が抱き締めるにはちょうどいいサイズだ。
「貴様……よくも……!!」
蟇郡が満艦飾に覆い被さり、満艦飾は完全に身動きが取れなくなった。
「よくも、あんな不意討ちを!!風紀が乱れている!!今夜は貴様の乱れた風紀を叩き直してくれる!!………聞いているのか、マコト!!」
「は、はひぃ!!聞いてま……んぐ!!」
今度は蟇郡が満艦飾の唇を塞いだ。さっきよりも長く。頭が蕩けるような情熱的な口づけだった。そして、唇が離れた時、蟇郡は蕩けている顔をなんとか引き締めるが、破裂する寸前の縛の装のような心臓の鼓動と荒れた呼吸までは、どうしようもできなかった。
「き、貴様のせいなのだからな?貴様が……貴様がぁぁぁぁぁ!!」
二人は唇を重ねた。激しく互いを貪るように。互いに舌を絡ませ、息が苦しくなるまで口づけが続いた。
しばらくして、呼吸が荒れた二人は互いに見つめあった。
「あ、あの……このぬいぐるみ……」
「ふぇ?…………はっ!?こ、ここ、これは違うのだ!!毎晩寂しくて、このぬいぐるみを抱き締めてなどいない!!」
自分で墓穴を掘ってしまい、蟇郡が動揺した瞬間を満艦飾は見逃さず、無理矢理上下の位置を逆転させた。体の小さい満艦飾が今は蟇郡の上にいる。体格差なんかを考えれば、簡単に覆されそうな状況だが、蟇郡は恥ずかしそうに満艦飾から目を反らし、手で顔を隠している。
「み、見ないでくれ……!!」
「嫌です!!」
「意地悪……しないでくれ」
「それも嫌です」
「どうしたのだ?マコトが意地悪なんて……」
「風紀が乱れているのは苛さんもです」
「ふぇ?」
「お茶を淹れてくれた時、皐月様のことを考えていましたよね?苛さんにとって、皐月様が大事なのはわかります。でも!!ぼくがいるのに他の人のことを考える苛さんは風紀が乱れてます!!
だから、今夜は苛さんが他の人のことを考えられなくなるまで、懲罰します。泣いて謝っても、寝かせませんよ」
「そ、そんな……い、いや、だが、マコト。ご両親は?又郎君は?マコトの帰りが遅いと心配するんじゃ……」
「それは大丈夫です!だって、皆、ぼくを置いて旅行に出掛けていますから!!」
今朝、満艦飾が目を覚ますと、朝食の脇に置き手紙があった。
[急な旅行に出掛けることになった。でも、マコトは今日苛ちゃんとデートだから、連れて行けない。二泊三日の旅行なので、せっかくだから二人で過ごすといい。]
「な…………なんだってぇぇぇぇ!?マコト、まさか最初からこのつもりで!?」
「いえ、違います。ぼくもこんなことになるとは思ってませんでした」
「そ、そうか……な、なら、退いてくれないか?」
「嫌です」
「…………押し倒したりしてすまなかった。それにお前といるのに皐月様のことを考えてしまって申し訳ない。もうお前の前で皐月様のことを考えたりしない」
「ぼくがいない時は考えるんですか?」
「くっ……」
返す言葉が見当たらなかった。蟇郡は話を反らして、この状態から抜け出そうとも考えているが、満艦飾は一向に退く気配が見えない。
「ほ、ほら、明日には母も帰ってくる。その時、見られたら、お互いのためにもならないだろう?だから、退いてk……」
「朝まで……時間がありますよ」
満艦飾は蟇郡の耳元で囁いた。蟇郡には母が明日の何時頃帰ってくるのか知っている。今からなら、母の帰宅まで12時間以上の時間がある。加えて、明日も学園は休み。
いつもは天使のような満艦飾がまるで悪魔になったようだった。