「水無月、相談があるんだけど」
その日の訓練で、また北條君が私と会話してくれたんです。
訓練が終わって汗を拭いているときに、北條君が水を二人分紙コップに汲んで持ってきてくれて。
そう、悩んでる様子で言ってくれました。
どんどん、会話が増えてる気がします。
嬉しい。
「何かな?長い話?」
「それなりに」
「だったら……」
別にね、支部の内部で話しても良かったんですよ。
そっちの方がナイショの話、し放題ですし。
でも私、ちょっとスケベ心ですか?出しちゃいまして。
わざわざ、たまに利用するお気に入りのハンバーガー屋さんに連れて行きました。
ナイショの話するのには向かないんですけどね。
ええ。ゴメンなさい。
役得考えちゃいました。
北條君とデートするときの予行演習したかったんですよ!
でも、ちょっとくらいならいいじゃないですか!
ナイショの話は、隠語使えば大丈夫ですよ!
それに、隠語が伝わらない場合は、耳打ちっていう行為が許可されますし。
やりたいですよ!
で。
席について、夕食を取りながら話しました。
ちなみに私も北條君もチーズバーガーのセット。
ドリンクはお茶を選択しました。
「なぁ、今回の件、犯人に辿り着いて、処理したとして。その場合、世間での事件の扱いはどうなるのかな?」
北條君の相談事は、この事件の最終的な後始末の事で。
表向きはどうなるのか?が気になるようでした。
「やっぱ、迷宮入りになるのか?」
向かいの席に座ってる北條君、不安そう。
うやむやになるんじゃないか?それを恐れてるんですね。
公表できないから、って。
私はなるべく不安にさせないように、嘘にならないように、言葉を選んで答えました。
「……場合によるね。あまり、迷宮入りを増やすと、警察の威信が落ちて治安が悪化するから苦情がきちゃうし」
可能なら、何かこじつけて一応の解決案は示すかもしれないよ。
マト(ジャーム)の表の顔に全ての罪を被せて、被疑者死亡で書類送検とか。
そう、お茶で喉を潤して答えました。
当たり前ですけど、検挙率が落ちたら犯罪者が警察をナメますし。
そうなると、治安悪化しますから。
多少嘘でも、表向きは「こういう風に事件が解決しました」って宣言は必要なわけで。
だからまぁ、そういう結末になる可能性、決して低くないはずです。
「そうか……」
北條君、複雑そうです。
「何かあったの?」
「実は……」
北條君の顔が、深刻そうな表情になりました。
そのときでした。
「おや、ガリベンゴミの弟じゃーん」
余計な人物が現れたのは。
「ガリベンゴミの弟が、女連れ?いっちょ前に?」
すっごく、不快な人でした。
見ようによっては、顔は整ってるように見えなくも無いんですけど。
頭悪そうなのが表情で伝わってきて。
凶暴性、共感性皆無、傲慢さ。
傍に居て、嫌な気分しかしない人でした。
……ガリベンゴミの弟?北條君のことを言ってるの!?
その意味不明な呼び名が不愉快でした。
そして北條君は、そいつのことを無視してます。
そいつ、1人じゃ無くて。
仲間をだいぶ連れてました。
10人超えてたと思います。
他のお客さんも、怯えてましたね。
……ここの店、こんなの入店拒否しなさいよ!
明らかに、他の客に迷惑な客じゃないの!
怖かったの!?でも、社会じゃあるよね!?
怖くても、踏み止まらないといけないことってさ!
……他人任せって、ホント嫌。
不愉快でした。
折角、北條君と疑似デートできて楽しかったのに。
「水無月、出よう」
北條君のその言葉に、私は素直に従いました。
「う、うん。分かった」
ここに居ても不愉快になるだけで、良い事なんて何も無いですし。
この状況じゃ。
そして二人で食べかけのハンバーガーセットを包みなおしていると。
それを自分が馬鹿にされたとでも思ったんでしょう。
この手の人間は、頭の構造が常人と違うようですし。
意味不明の理由であっけなくキレるのです。
「てめえ!舐めてんのか!」
動物みたいに喚きはじめました。
軽蔑しか無いです。北條君も無視してました。
そしたら。
「女連れてどっかしけこむのかよ?……女も知らず焼け死んだガリベンゴミが草葉の陰で泣いてるぜぇ?」
これで、この男が誰なのか分かってしまいました。
……こいつが、お義兄さんを殺した犯人……!
北條君の顔を見て、確信しました。
能面のような表情になってましたから。あまりの怒りで表情が消えたんです。
北條君……落ち着いて……!
でも、そんな私の思考はこの男たちの続く会話で一瞬停止しました。
「おうおう。お前ら、俺、人を殺したことあるんだぜぇ?」
「さすが藤堂さん!すげぇや!」
「こいつの兄貴の、しょうもないガリベンゴミを、油かけて焼いてやったのよ。ウケたウケた」
「ゴミだけに焼いて処分したってわけですね!?」
「そうそう。面白かったぜ。焼け死ぬまでのリアクション。かあさ~ん、とおさ~ん、ことみ~~、ゆうじ~~~」
……一瞬、会話の内容が理解できませんでした。
久々でした。
ここまで、腐ってる人間と対峙したのは。
私だって、元人間であるジャームを討伐……つまり「殺した」ことは何回もあります。
それは、現行の科学では殺す以外の解決法が無いから。
仕方ないことなんです。そう、割り切ってます。
でも。
ジャームを殺したことを誇ったことは一度も無いです。
自業自得でジャームになる人も居れば、不幸な偶然が重なって、本来は善良な人なのに、ジャームになって自分の世界を壊してしまう人だって居るから。
だから、誇ってはいけないんです。
こいつら、何なの!?
人を殺した事実で、自分にハクがついたでも思ってるわけ!?
あなたたち、ジャーム以下よ!
絶対に許せない!
パンッ!
気が付いたら私、席を立ってその問題の男をビンタで思い切り張り倒していました。
「あなたたち最低の人間よ!外の世界を歩かないで!!」
私、本気で怒ってて。
そのときは、北條君の事も何も、考えていませんでした。
「人を殺したことを後悔せずに誇るなんて!人の思考じゃ無いわ!そんな人間は、外を歩いてはいけないのよ!一生刑務所に入ってて!!」
ジャームでないというだけの、こんな邪悪な人間が大手を振って世の中を歩いてて。
不幸な偶然でジャームになってしまった人は、私たちに討伐される。
何なの?
こんなのが外を出歩ける世界なんて、間違ってるでしょ!!!
大体、更生させるのが刑務所の役割なんだったら、こんなのは牢屋にずっと入れておくべきよ!!
だって、更生して無いんだから!!!
それが本来の在り方じゃないの!?
「……なんだとぉ?」
私にビンタされた問題の男が、私につっかかってきました。
拳を振り上げて。殴るつもりですね。最低。
「女だから殴られないとか思ってんじゃねぇぞ!!」
でも、ちっとも怖くありません。
私は元ですけど、エリートの戦闘員なんです。
こんなの、エフェクト無しでも、素手でも余裕で勝てます。
どうぞ。殴りかかって。
カウンターで蹴っ飛ばしてあげますから。
きっと、相当屈辱的でしょうね。
女の子にやられるなんて。
私はそんなことを考えて待ち構えていました。
なので。
次の瞬間に、北條君がやったことが衝撃的で。
目を丸くしてしまいました。
私とその男の間に割って入って、そいつを殴り倒してくれたんです。
え?え?
突然の出来事に戸惑う私の手を、北條君は掴んで来ました。
「出よう!」
そして。
一緒に走り出して、その場から逃げました。
走ってる間じゅう、夢を見てる気分でした。
今まで、こんな風に男の子に守ってもらったこと、無かったから。
だいぶ離れた場所まで二人で走って。
そこで、立ち止まりました。
公園のようです。
植え込みや、ベンチ、遊具がありましたから。
「ごめんな。ハンバーガーは今度俺が奢るからさ」
北條君が私にそう謝りましたが、まともに彼の顔を見るのに苦労しました。
そのとき、メチャメチャドキドキしてたから。
ずっと、王子様に守られる無力なお姫様なんて……って思ってたんですが、そのときだけは、そんなのもいいかも、って思っちゃいました。
純粋に、私を守ってくれた北條君がかっこよいと思ったんです。
「別にいいよ。北條君のせいじゃないでしょ?」
必死で平静を装って、笑顔でそう彼に言いました。
ここで彼にドキドキしていることを知られたら、私の気持ちがバレちゃうじゃない!
「……あんな邪悪な人間も居るんだね。私たちは、日常を守るために仕事しているんだけどさ。ああいうの見ると、自分の仕事に疑問持っちゃうな……」
冷静さを取り戻すために、そうさっきのことで思ったことを口にします。
北條君から、意識を逸らさないと……
その一心でした。でも……
「……ありがとう」
あれ?
北條君、私の両肩に手を置いて……
「……北條君?」
わ、笑ってる~~~~!!
1年間、見守り続けてきて、北條君の笑顔なんて見たこと無かったのに!
彼は、笑っていたんです。
いつもずっと、基本無気力で。
怒りを内在させて生きてきた彼が。
驚きと、ドキドキと。
平静を装うのに苦労しました。
「北條君って、そんな顔で笑うんだね。はじめてみた」
それは、はじめてみた、心からの笑顔に見えました。