『ようこそ。生徒諸君。闇の虎セルの教室に』
暗い部屋に、二人の少年少女が立っておりやした。
二人が立っている空間だけ、光が当てられ、あかるくなっておりやす。
二人とも、緑色のブレザー姿。
片方は、精悍な顔をした、高身長の少年。
もう片方は、男の性欲を刺激するであろう、完璧なボディラインの、金髪の美少女でありやす。
ウチのセルのメンバー……下村文人と、佛野徹子。
あっしは、先ほどこのお二人をお迎えにあがりやした。
全体的な構図は、教室を模しておりやす。
ウチのセルリーダーが、手駒のお二人……ぼっちゃんとお嬢ちゃんを大変気に入っておいでで、彼らに合わせてこういう本部に設えたのでありやす。
ご自分のことまで『先生と呼べ』なんて言い出して。
全く、遊び心が過ぎますぜ。
お二人、今は付き合ってくださってますけど、そのうち『いつまで続けるんですか?』って言ってくると思いやすよ?
お二人は今高校2年生。卒業なさったらどうするおつもりで?
まぁ、こんな稼業です。
卒業前に仕事を失敗して惨めにくたばる可能性、無いとはいえないわけではありやすが。
そんな先のことを想像すること自体、セルリーダーの美学に反するのでやすかね?
セルリーダー……今、自称先生……は、通常の教室なら黒板にあたる場所の前に立っており……浮いておりやして。
浮いている?
はぁ、そういうしかないんでありやしてね。
何せ、靄みたいなお姿なので。
ウチのセルリーダー、正体はレネゲイドビーイング。
レネゲイドウイルスが生んだ、超常生命でありやすよ。
シンドロームはよくわかりやせん。
でもま、ワープゲートを作る能力を持っているので、バロールは確実にあると思いやす。
このセルの一番大事なところは、全部この方が回しているので。
依頼人の選定、報酬の管理、マトの情報収集。
なので、ぼっちゃんとお嬢ちゃんも、我の強いお二人でありやすが、絶対服従の立場は崩しておりやせんね。
多分、ずっとこのままだと思いやす。
お二人も、厄介な性癖に目覚めてしまった、ろくでなしでありやすからね。
性癖の充足に障害が出るならと、大概のことは我慢なさるでしょう。
『これより、ホームルームを始める』
そうこうしているうちに。
きやした。
これから、今回の仕事の説明が、先生直々でなされるのでありやす。
『依頼人の名は。山本香澄』
え?
そういう風に、お嬢ちゃんは驚いておりやした。
知ってる方だったんですかね?
『多中化学工業営業第一課所属の33歳。女。出した頼み料は1500万円』
『取り分は一人300万円とする』
……ご自分は600万円すか。
何に使っておいでなのでやすかね?
まぁ、問い詰める気はございませんが。
当の実行犯のお二人が、文句言っておりやせんのでね。
『マトは二人』
ブン、と先生の背後が光って。
モニタが浮かび上がりやした。
すすす、と脇に避けていきやす。
『一人目、ギルド所属の殺し屋・栄田文吉。コードネームは<ベルゼブブ>』
『キュマイラ/ブラックドック/オルクスのトライブリード。電子制御の機械を操り、標的を事故死に見せかけて暗殺することを得意にしている。ハンドリングで扱う動物は、蠅。なので現場に紛れ込んでも目立たず、重宝されているらしい』
モニタには、小柄な感じの、顔に明るい笑みを張り付けた男が映し出されておりやす。
一見、人懐っこそうな、楽しい感じがあるかもしれやせんね。
でも、目を見ればわかりやす。こいつの性根、腐ってやがりますわ。
そして、先生の説明は二人目に入りやした。
『二人目、多中化学工業営業第一課課長、根鳥常史。35歳男。依頼人の上司だ』
モニタには、一見高身長で体格も良く、顔は男っぽい凛々しい感じ。
そんな女子の憧れそうな男が映し出されておりやした。
だがこいつも、目が腐っておりやす。あっしにはわかりやす。
……なるほど。
今回の構図、なんとなく読めて参りましたぜ。
「……先生、質問が」
『……なんだ?』
ぼっちゃんが、手を上げました。
「お客さんから何か、要望はありますか?無いなら背景の説明を」
『特に聞いてはいないが……分かった』
以前は、手駒に依頼の背景を語るなんて、先生はなさらなかったんでありやすがね。
ぼっちゃんが「仕事のお客さん満足度を上げたいから、依頼背景の情報が欲しい」って言い出しやして。
そこから、毎回こうですわ。
しょうがないな、という風に語りだしやした。先生。
それはそれは、おぞましい話でありやした。
旦那と相思相愛の人妻である依頼人に横恋慕したマトの男・根鳥が、依頼人を手に入れようと依頼人の旦那と、その愛の結晶たる子供を殺し。
ぬけぬけとお悔やみにまで訪れて、気が変になってる依頼人をまんまと抱き、後日それら全てを偶然依頼人に知られて今回の依頼に至った、と。
「ふーん……そっか。香澄さんの家のご不幸、事故じゃ無かったんだぁ……」
聞き終えたお嬢ちゃんが、底冷えする声を出していやした。
何か思うところがあるのでしょうな。
知ってる方のようですし。
「ねぇ、あやと」
お嬢ちゃんの声が、急に明るくなりやす。
前傾姿勢を取って、媚びるような感じでお隣のぼっちゃんに話しかけます。
「ベルゼブブ、アタシ一人でやらせてくれないかな?根鳥の方は任せるから」
「……相手は一応オーヴァードだ。僕もついていく。そこまではいいか?」
消極的許可ってところでしょうかね。
ぼっちゃん、お嬢ちゃんを見つめながら、彼女の提案を受け入れやしたよ。
ついていくけど、基本お前のやりたいようにさせてやる、って。
「やったあ!さっすがあやと!話分かる!!超大好き!!愛してる!!」
満面の笑みで、胸の前で合掌するように手を組んで、その場でぴょんぴょん跳び跳ねながら、自分一人での殺人許可を出してもらって喜ぶ少女。
なかなか、狂った構図でありやすね。
「はいはい」
ため息をつくように。
女の子に愛してると言われても、全くの無反応。
社交辞令としてももうちょっと、あっても良さそうな感じではありやせんかね?ぼっちゃん。
まぁ、何か考えがあってそうなさっておいでなのかもしれやせんが……。
「あぁ~良かった~」
お嬢ちゃんは、胸を撫で下ろしたようでやした。
「アタシに出来るのは、自分が強いと思ってる相手の心をへし折るくらいだもんね」
自分の手を撫でながら。
今から素手でマトを八つ裂きにする愉悦を予感していらっしゃるんですかね?
「アタシが根鳥やったら……多分、一瞬で殺しちゃいそうだもん」
お嬢ちゃんの口角が上がりやす。
そのまま、ぼっちゃんの方を向きやした。
「根鳥は任せる……というか、期待してるから。あやと、得意だもんねー……ご・う・も・ん」
今はどんな顔をされてるんでやすかね?
ここからは良く見えないのですけど。
まぁ、多分、笑ってらっしゃるんでしょう。
お二人の前に、パイプ机があり。
その上に、畳まれた黒い学生服、黒いセーラー服が置かれていやす。
お二人の仕事着です。
お二人は、全く躊躇いなくブレザーを脱ぎ捨て。
ぼっちゃんは研ぎ澄まされた肉体を。
お嬢ちゃんは女神のような肉体を。
それぞれ惜しげもなく晒しやした。
そして、ぼっちゃんは学生服。お嬢ちゃんはセーラー服を身に纏いやす。
「おじさん」
仕事着を着用したお嬢ちゃんが、一緒に置かれていた黒いヘルメット……正式名称・仕事用多目的電子兜……をあっしに投げ渡しやした。
「最初にベルゼブブやるから、それまで預かっといて」
邪魔になっちゃうから。
そう言いつつ。
……ああ、そういうわけですか。
お嬢ちゃん、全力を出されるんでやすね?
★★★
あぁ、すっげえ楽しみ。
やっぱさ、学生時代に決断しといて正解だったわ。
素人っぽい、友達感覚の顧客を作っておくっての。
ギルド内部だけで仕事だけこなす日々じゃ、この幸せは無いもんな。
今日は親友の根鳥に誘われ、久々にお出かけだ。
普段、ハンドリングで在宅勤務しているボクだけど。
こういう、他人の誘いで外出するって、ホントわくわくすんなぁ。
根鳥のやつ「美味い刺身と日本酒を飲ませてやる」って言ってたけど。
何が出るのかな?
酒の銘柄、気になるなぁ。
あれかな?それとも、あれかな?もしや、あれかも……?
日本酒の美味いの、ヤバイからね。
こんなもの、実在するの?ってレベルだし。
資産家の息子の根鳥が言うんだから、期待していいよな……
はてさて、どんな店だろう?
高い店か?
だったら、背広を着てった方がいいかな?
でも、ボクのイメージってスカジャンだしな。
背広で行ったら、逆に笑われそうな気がする。
似合ってねー、って。
だったら、スカジャンでいいか。
普段着ているスカジャンで、ボクは電車で最寄り駅に行き、根鳥の指定した店に向かう道中。
人通りが妙に少なくなって、絶えたとき。
突如、ワーディングが張られた。
……?
誰だ?
しばらくすると、奥から人影が現れる。
やたら目つきの鋭い、高身長のガキと。
エロい体つきの、可愛い金髪女子高生。
学ラン、セーラー服というおまけつき。
「栄田文吉ね?」
エロボディの女子高生が言う。
いやホント、いい身体をしていた。
胸、性欲が削がれるギリギリのラインでデカいし。
かといってデブってわけじゃなく、スレンダー。
で、ケツがムチっとしてて。
あの尻を撫でまわして、喘ぎ泣かせてやりたいと思う体型。
「そうだけど、誰?UGNか?」
この状況で一番ありえる可能性を言ってみる。
ボクさ、優秀だからさ。
かなりの数の仕事を年間こなしてんのよ。
在宅でできるうえ、ボクのハンドリング動物、蠅だからな。
要人暗殺は厳しいかもしれないけど、一般人相手の個人的依頼殺人をする場合はうってつけなのよ。
手口も事故を装うから安心だし。
加えて格安。相場の半額以下と自負している。
なので、重宝。だいぶお金も溜まってきた。
ワンクリックで仕事が完了する。なんて楽で、面白い職なのか。
金稼ぐの楽過ぎて、笑える。
そんな状況だったから、UGNに命を狙われることも何回かあった。
全部、逃げるか撃退したけどさ。
「違うわ。ファルスハーツ」
FH?
あのイカレ組織の?
欲望を追求するとかなんとか。
ギルドみたいに商売でレネゲイドウイルスを利用しようって通常アタマの連中と全然違うキチ〇イ集団。
そこのやつだって?
「で?何の用?」
……そうはいいつつも。
状況的に予想はできたので、準備をしておく。
どうせ、あれでしょ?
何が理由か知らんけど、殺しに来たんでしょ?
……馬鹿だよねー。
ボクが手口で事故死を装ってるのって……
ブーン
ブーン
来た来た。
近隣の蠅たち。
喋りながら、領域を広げて、周辺に居る蠅をすべてコントロール下に置いたのだ。
40~50匹は居るはずだ!
……別に、ボクが弱いってことじゃ無いんだけどなぁ
「完全獣化ぁ!!」
ビキビキッ!
蠅たちの大きさが、突如膨張し、鳩くらいの大きさに変化する。
大量の獣化蠅が、FHの刺客たちを包囲した。
360度。
「クハハハハッ!!馬鹿が!ボクが事故死を装って仕事するのは、そっちの方が面白いからだよ!パズルみたいでなぁ!!」
指差して笑ってやる。
「ボクが弱いとでも思ったか!?襲撃すれば簡単に勝てるとでも思ったか!?甘いんだよ!!」
バチバチッ!
獣化蠅たちが帯電する。
準備完了だ。
「オールレンジ!360度の電撃蠅の特攻!避けられるものなら避けてみろよ!!悪魔の王・ベルゼブブの名を持つ殺し屋を舐めんな!!」
行けっ!
蠅たちに命じる。一斉に動き出す蠅たち。
獣化した蠅たちは、弾丸よりも速く動く。
避けられるはずがない。
瀕死の重傷を負うか、死ぬはずだ。
……ああでも、あのエロボディはちょっと惜しいな。
死んでても、あの乳と尻は触っとくかな。
……
………
………え?
「……で」
何が起きたのか分からなかった。
気が付いたら蠅たちが全部落ちていた。
その身体に、漏れなく十字手裏剣を撃ち込まれて。
「……そういうお前は、自分が強いとでも思っていたのか?」
目つきの鋭いガキが、表情を変えずにそう言ってきた。
★★★
何かほざきながら、マトが蠅を僕たちの周りに配置した。
やれやれ。
この程度で勝ったと思うなんて、おめでたいな。
僕はポケットの中の砂を一握り掴み出し。
それを空中に撒きつつ高速錬成。
全て十字手裏剣に変え、蠅たちの特攻に対し、カウンターでそれら全てを投擲する。
蠅全てを撃墜するのに、2秒要らなかった。
マトは信じられないものを見る顔でこっちを見ている。
よほど井の中の蛙だったらしいな。
高校生のガキ二人に、圧倒されるなんて考えてなかったか?
この世界、自分が敵なしだなんて思えば遠からず終わるというのに。
あの様子だと、おそらく2の矢、3の矢はあるまい。
あったらあんな隙だらけの顔で驚く暇なんて無いはずだ。
舐めてかかると、そのうち終わるんだよ。当たり前だよな?
だから僕はこうして相棒に付いてきた。
万一に備えてだ。
舐めてかかってこの最高の相棒を亡くすなんて、冗談じゃ無いしな。
……まぁ、おそらくは相棒ひとりで事足りる結果になるとは思ってはいたけれど。
「……徹子。こいつはお前の希望通りで問題なさそうだ。好きにしろ」
「OK!あやと、アンタ最高」
相棒に全部任せて問題ないと判断したので、僕は一歩下がった。
徹子は嬉しそうに、マトへ向かって歩き出す。
「……!く、来るな!!」
ベタなことを言いつつ、栄田……ベルゼブブが手から電撃を発した。徹子に向けて。
だが。
「……え?それで狙ってるつもり?」
微笑みながら挑発する。
徹子の位置が、ズレていた。一瞬前に居た場所より、数メートル横に居たのだ。
相棒は、ハヌマーンシンドロームを持つオーヴァード。
本気になったときの徹子は、きっと光でも追いつけない。
また、姿が消えて。
徹子の居る場所が変わっていた。
「あぎいいいいい!!」
ベルゼブブの背後に。
ベルゼブブの左腕は、二の腕の中間あたりで切断されていた。
吹き出す血液。左腕を押さえて悲鳴をあげるベルゼブブ。
背後に居る徹子の右手は輝いている。
レーザー手刀を発動させたのだ。
「おてて、片方なくなっちゃったわね~。よく狙わないからだよ?」
徹子は、微笑んでいた。
「悪魔の王なんでしょ?もうちょっとさ、頑張ってよ。小さいオジサン」
のたうち回って苦しむベルゼブブを見下ろしながら、変わらずに微笑んで。
苦しみながら、ベルゼブブは残った右手で徹子にまた電撃を放ったが……
また徹子の位置が変わっていた。
ベルゼブブのすぐそばにしゃがみ込んで。
ザンッ。
「あぎゃあああああああ!!」
「はい。右手もゲット。どうしよう?両手無くなっちゃったね~。ワンパターンだからだよ?」
残った右手も手刀を振るって肘で切断し、悲鳴をあげるベルゼブブを楽しそうに見つめる。
「……た……助けて……!」
「ん~、それは無理かな~。アタシらも、小さいオジサンの同業者だし~」
立ち上がって、わかるでしょ?と続ける。
もう、こいつの心は折れている。
オーヴァードとしての格の違いを見せつけられ、自分は絶対に徹子に勝てないことを理解させられたのだろう。
「お願いだ……お願いだよぉ……こんなところで死にたくないんだぁ……」
泣きながら命乞い。
いい大人が、女子高生の徹子に対して。
足でも舐めそうな勢いだ。
「あらあら」
こっちからは徹子の顔が見えなかった。
「アンタ、殺し屋のくせに、野垂れ死ぬ覚悟も決めてないの?」
「アタシら、ろくな死に方できないのよ?」
「だって、他人の命をお金で絶ってるクズなんだから」
「アンタ、殺し屋としては話にならないわ」
徹子の両手が輝く。
レーザー手刀の二刀流か。
ザンザンッ
「うぎゃああああああ!!」
「はい。これであんよもなくなった。だるまさんね?」
両足を太腿の半ばで切断する。
激しく噴き出す血液。
キュマイラの生命力があるとはいえ、そろそろやばいだろう。
徹子は、左手のレーザーを切り、手足を無くしたベルゼブブを蹴りつけて裏返す。
「何がベルゼブブよ。悪魔の王よ。三流以下の犯罪者が」
「アンタのコードネームなんて、『ハエ』で十分」
ベルゼブブは、必死で慈悲を乞うためか、首を捩じって徹子を見上げて……
顔面を蒼白にして、ガタガタ震えだした。
決して、出血だけのせいじゃない。
おそらく、徹子は笑っていたのだ。
口は普通に口角を上げていて。目が、殺人の愉悦に歪んだ、化け物の目で。
最高に殺人欲求が満たされるとき、徹子はそういう目をする。
さっきの教室でのホームルームでも、そうだった。
徹子は。うつ伏せ状態のベルゼブブを跨いだ。
そして、レーザーを発動させていない左手で、ベルゼブブの首を押さえた。
「それじゃ、そろそろ送ってあげる」
「やめてくれぇ……お願いだぁ……」
「無理って言ったよ?」
ドスッ。
右手のレーザー手刀をベルゼブブの背中に突き刺す。
ベルゼブブが痙攣する。
「安心してよ……」
そして
「アンタの友達も後を追うからさぁ!!」
ゴキィッ!!
激しく引き抜かれた徹子の右手には。
ベルゼブブの白い背骨が握られていた。