文人は違ってた。
忍ちゃんの首吊り死体を見て、ただショックを受けていたアタシとは。
立っていられなくて、地面に座り込んでしまったアタシと違って、まっすぐに忍ちゃんの死体に歩み寄って。
途中で拾った石を、歩きながら日本刀に錬成し。
流れるように忍ちゃんの首を吊っていたロープを横薙ぎの斬撃で切断した。
重力に従って落下する身体を、すかさず彼は刀を握っていない左腕で抱き止めて。
刀を石に戻し、両手で抱いて地面に下ろして。
その命を失った肉体を、砂利に変えた。
忍ちゃんの死体を錬成したんだ。砂利に。
「!」
後に、服を着た人型の砂利の山が残される。
アタシは文人に駆け寄って、彼の肩に手を触れ。
思い切り、振り向かせた彼の頬を引っ叩いた。
「何すんの!?」
忍ちゃんの死体を、勝手に砂利に変えるなんて!
アンタ、よく「可愛い後輩」って言ってた相手にそんな真似出来るね!?
そんなことを、視線で言ってたんじゃないかと思う。
冷静に考えるとさ、お花畑もいいとこ。
今考えると馬鹿なんじゃないかと思うよ。
いや、今もそうか。
まだ、たまにそういうことするからね。アタシ。
「……この施設に、墓地は無い。その意味を考えたことあるのか?」
忍ちゃんの死体を玩具にされたみたいに感じて。
思わず文人を叩いたけど。
馬鹿だよ。
文人、冷静で、的確。
この一言で目が覚めた。
ホントにね。
自分の根っこの甘さが嫌になっちゃう。
アタシ、ずっと彼の相方やってんのにさ。
この施設に墓地は無い。
死人、普通に出る環境なのに。
それはつまり、死体は弔われず、最悪、有効活用される可能性すらあるってこと。
訓練や試験用に使用する人造ジャームの素材にされるかもしれないし。
使えそうな内臓を取り出し、移植用で売られるかもしれない。
もしくは、クローン製造用の種に使われる可能性だって。
忍ちゃん、女の子だもんね。
だったら、そうなる前に砂利に変えて自然環境の一部になった方がマシだろ。
彼はそう言ってるんだ。
「……ゴメン」
私は詫びた。
彼を殴った手を押さえ、何度も彼に頭を下げた。
考えが足りてないのはアタシの方。
どんな辛辣な言葉を浴びても仕方ない。
アタシはそのときそう思ってた。
けど。
……でも、彼はアタシを詰ったりはしなかった。
「いや、いい」
すっくと立って。
「お前はそれでいいと思う。僕は、お前のそういうとこ、気に入ってるし」
アタシを見ずに、立ち去っていく。
「その子の死亡報告出しといて。それと、今日の訓練自主的に休むから」
彼の声は、落ち着いていたけど。
「……それじゃ、あとよろしく」
抑えきれない、何かが含まれてた。
アタシは、去っていく彼を見送ることしかできなかった。
★★★
その日の朝。
定刻で目覚めたら、姉ちゃんが居なかった。
「……姉ちゃん?」
姉ちゃんは、いつも僕より早く起きてて。
先に食堂に行く準備を整えているのに。
無論、それで、僕を待っていてくれる。
自分一人で食堂に行ったりしない。
起きて、いつも通り早着替えして、居間に出たら、無人だった。
いつもは、テーブルで水を飲んでるのに。
……寝坊?
こんなの、はじめてだ。
外の世界に居たときでも、姉ちゃんは僕よりちゃんとしてた。
それでよく怒られてたのに。
姉ちゃんとは、ずっと一緒だった。
母さんが居たときは、三人一緒。
それが僕ら家族のすべて。
僕らに痛みしか齎さなかった父親なんて、家族じゃないよ。
最後は僕らを売り飛ばしたわけだし。
アイツ、今どうなってるだろう?
商品である僕らが脱走したわけだしね。
相手はヤクザ。
とんでもないことになってるかもしれないよ。
普通なら「商品はすでに手渡した。後のことは知らん」が通るけど、ヤクザ相手ならどうだろうね?
商品が逃げた。親なら責任を取れとか言ってくるかも。
まぁ、知ったことじゃ無いけどさ。
僕はここで、立派なFHエージェントになって、姉ちゃんと一緒に人並みの生活を手に入れるんだ!
下村センパイも、佛野センパイも応援してくれてるし!
こんなことはじめてだなと思いつつ、姉ちゃんの自室をノックする。
「姉ちゃん、遅れるよ。遅れたら酷いよ。あの教官、容赦ないし」
大きな声で言った。
寝てると思ったから。
でも、返事が無かった。
どんどんどん。
強めにノック。
でも、返事が無い。
さすがに、変だと思って
「姉ちゃん、失礼」
そう言って、ドアを開けたら。
……誰も、居なかった。
無人。
綺麗なもんだった。
何もかも、キッチリ整えられていた。
あれ?
じゃあ、先に出たってこと?
何で?
僕、悪いことしたかな?
心当たりが無い。
こないだ、佛野センパイに抱きしめられたとき、偶然を装ってあの最高のおっぱいを触ったことは誰にも言ってないし。
姉ちゃんが僕を置いて出ていくようなこと、した覚えが……
でも、状況的にそれしか考えられないから。
そして玄関に出たら、確信した。
絶対、先に出てる。
だって、ドアチェーンかかってないもん。
鍵はかかってるけど。
……なんで先に行っちゃうんだよ。
姉ちゃん。
食事はなるべく一緒にとろうって約束したじゃん。
姉ちゃんの勝手にちょっとイライラしながら。
部屋を出て、食堂に向かうために中庭まで下りたら。
そこには、施設の職員の人相手に、何かを話している佛野センパイが居た。
朝から何をやってるのかな?
でも、見たからには、知らん顔なんて出来ない。
「佛野センパイ!おはようございます!」
大きな声で挨拶したら、センパイが気付いた。
センパイ、職員の人に何度も頭を下げて、こっちに駆け寄ってきて。
いきなり、抱き着かれた。
え?
いきなりで、ちょっとドキマキしたけど。
そんなの、一瞬だった。
「……落ち着いて、聞いてね」
センパイが僕の耳元で、話した内容が。
「あなたのお姉さん、今朝ここで首を吊って自殺したわ」
到底受け入れられる内容で無かったから。
……何で?
「……原因は分からない。ごめんね。でもね、一個だけ言えることがあるの」
「……あなたは、絶対に生き残ってね。そのために、何が何でもコードネームを。一人前になるの。いいね……?」
僕は、天涯孤独になってしまった。
寝てる間に。
僕が夢を見ているときに、姉ちゃんは何かで絶望し、自分で命を絶ったんだ。
何で?何でさ?
……どうしてなんだよ?
酷いよ。姉ちゃん。
……どうして、何も言ってくれなかったんだよ!?
気が付いたら、涙が溢れていた。
信じられないし、信じたくなかったけど。
佛野センパイが言うこと。
正しいに決まってるから。
僕は、頷いた。
泣きながら。
★★★
上の子……来海忍の無残な首吊り死体を抱き止めたとき。
『……佛野センパイを守るためには……こうするしか』
『この遺書……佛野センパイに読んでもらいたいな……申し訳ないけど』
サイコメトリーにより、おおまかなイメージを掴んだ。
彼女は、自分に負けて命を絶ったわけじゃない。
こうするしか、無かったんだ。
彼女の変わり果てた遺体を砂利に変える前に。
尻のポケットから、遺書を取り出した。
……今は見せられない。
あいつの性格だと、何をするか分からないから。
内容は、イメージで大体想像ついてる。
徹子が歩み寄ってきた。
予想していたけど。
そして、引っ叩かれた。
……女のビンタって、痛いよな。
「何すんの!?」
……怒ってるな。顔を見なくても分かる。
まぁ、そうだろうな。お前なら。
そういうとこ、ホント好きだわ。
合理思考で、損得前提で考える僕なんかより、よっぽど真っ当。
愛おしいよ。
「……この施設に、墓地は無い。その意味を考えたことあるのか?」
誤解されたままは嫌だから。
理由は一応言っといた。
この一言で、何故そうしたのかはわかってもらえた。
徹子は僕に謝った。
……そんなの、別にいらないよ。
お前の反応で、僕は救われているんだから。
来海忍の死亡処理を頼んで、僕はその場を離れた。
まず、自分の部屋に戻った。
今日は自主休養日にする。
やらなきゃならないことが、たくさん出来たしな。
まずは、ハッキングだ。
コードネーム無し組の、新人教官。
そいつの情報を、丸裸にする。
パソコンを錬成し、ネットワークに接続し、サーバーに侵入した。
今の、コードネーム無し組の教官は……
シンドローム:ハヌマーン/キュマイラ
40歳。
元UGNエージェント。
なるほど。
こいつ、寝返ってこっちに来た男なのか。
寝返った理由は……
次は、コードネーム無し組の訓練を覗きに行った。
確認するためだ。
「腕立て100回、はじめ!」
あいつが瓶子法久……。
筋肉質の、髭面の、達磨体型の男だ。
精力、強そうだな。
ヤツは、山ほどいる訓練生に、根性を鍛える以外の効能が期待できない無茶なトレーニングを課している。
考えてやってるとは、思えないな。
訓練生の中には、下の子も居る。
……あいつ、こういう訓練が役立つ方向には育たないのに。
ホント、ろくでもない。
僕は、ヤツの現在位置を確認し、行動を開始した。
まず、用具倉庫。
……何も無し。
体育館。
……何も無し。
それぞれ、鍵が掛かっていたが、開ける直前のイメージをサイコメトリーで発掘し、ピッタリの鍵を錬成し、次々開けていく。
……しかしな。
鍵って、ここの施設、意味ある?
ちょっと思う。
そこそこ優秀なオーヴァードだと、鍵を攻略する手段、腐るほど持ってるわけで。
現に、僕の前ではこの世の鍵、固形の鍵限定だけど、ほぼ無意味だし。
だって、サイコメトリーで見たイメージで、鍵を錬成したら終わりだから。
重ねて言うけど、固形の鍵限定だけどね。
電子錠はハッキングが効けば開けられる。
電子キーは……ちょっと難しいかな。
まぁ、ブラックドック能力者ならそれも簡単に攻略出来てしまうんだろうけど。
まぁ、それでも、そこそこ優秀以外のオーヴァードは避けられるんだから、無いよりはあった方がいいのかな?
まぁ、そんな運営側の考えなんて、僕はどうでもいいけど。
指導教官室。
部屋の主は今、仕事中で不在だ。
事務机と、冷蔵庫と。
休憩用だろうか。
ベッドがひとつある。
入室し、その床に触れる。
『落第生かどうか決めるのは俺の裁量なんだがな』
『黙って言うことを聞くか、弟を殺すか、二者択一だ』
流れ込んでくるイメージ。
……ビンゴ。
そっか。
辛かったな。
ありがとうな。
お前、あいつを守りたかったんだな。
★★★
その日の夜。
部屋で居たら、彼が帰ってきた。
「……どこに行ってたの?」
突然全ての処理をアタシに丸投げして、飛び出していった彼。
「ちょっと調べてた」
平然とそう言って。
居間でテーブルの椅子に座っているアタシに歩み寄ってきて。
「これを読んでくれ。お前には読む義務がある」
一通の折り畳まれた便箋を差し出してきた。
「……これは?」
「……上の子の遺書だ」
え?
「彼女の遺体から、今朝のあのとき、抜き取っておいた」
……忍ちゃんの遺書……!
読まないわけにはいかなかった。
アタシは便箋を開き、目を通した。
~~~~~~~
これを佛野センパイに読んでもらえることを祈ります。
私は死ぬ以外の方法が思いつかなかったんで、死ぬことにしました。
センパイは責任を感じなくていいです。悪いのは全部アイツなんですから。
私が死ぬことにしたのは、そうしないと弟を殺すか、センパイを裏切るかの二択を迫られたからです。
その選択を迫ったのは、今のコードネーム無し組の指導教官の「瓶子」です。
このクズ、元々UGNに居たらしいんですけど、そこでUGNチルドレンの女の子を何人も手籠めにして、そのうち一人が自殺してしまったせいでUGNに居られなくなってFHに来たそうです。
自分で言ってました。「弱いガキが、妊娠したくらいで自殺しやがって」って。正真正銘のクズです。
こいつ、FHに移籍して、偶然佛野センパイを見かけて一目で気に入ったらしく。
センパイを自分の玩具にしたいって思ったみたいで。
ずっと機会を伺ってて、自分の生徒に、センパイと親しく付き合っている私が居ることに気づき。
こう言って来たんです。
「お前、シャイニングハンド……佛野徹子と親しいんだってな。ちょっとさ、この睡眠薬をさ、アイツに飲ませて欲しいんだがな」
当然拒否しました。
センパイを裏切ることなんて出来ませんから。
そう言ったら
「あ、そ。じゃあ、お前、ルームメイト殺し決定な」
そこで聞いたんです。
FHチルドレン養成所に存在する、恐ろしいシステムを。
私は迫られました。
アイツの言いなりになって、センパイを差し出すか。
それとも、自分の手で自分の弟を殺すか。
どっちも絶対にしたくないです。
そんなとき、お二人に食堂で会って。
あいつの言うことがメチャクチャで、本来のシステムには合致しないものであることを教えていただきました。
これで、あいつを拒否できる。
そう思って、教えていただいたことを口にしたら。
「は?落第生かどうか誰が決めると思ってんだ?」
「俺だよ。俺が決めたら落第生なの」
「だから、いつでも命じられるんだよ。お前に。ルームメイト殺し」
……無理だったんです。
正攻法では。
アイツは言いました。
誰かに入れ知恵されたみたいだが、これ以上ウザいことしたら、速攻指令を出すからな、って。
「諦めて、この薬をシャイニングハンドに飲ませろ。安心しろ。アイツは相当優秀だから、ずっと玩具にできるとは思ってねぇし。せいぜい1回だけだろうけど、やりたいことを全部やらせてもらえればとりあえずは満足だから」
嫌です!
私たち姉弟に、あんなに優しくしてくれたセンパイを裏切るなんて!
そんなことをするくらいなら、死にます!
だから、死ぬことにしたんです。全部私の決断です。センパイは少しも責任を感じなくていいです。
悪いのはあのクズなんです。
気を付けてください。
私が死ねば、しばらくは大人しいでしょうけど、きっとすぐ何か手を打ってくるはずなので。
……できれば、弟の事だけはよろしくお願いします。
下村センパイなら、何かいい手を思いついてくれるんじゃないか?
そう思うんで。
よろしくお願いします。
センパイ。ご飯、ありがとうございました。
食堂のご飯より、ずっと、ずっと美味しかったですよ。
ここの生活。苦しかったけど。
それだけが、唯一の楽しみでした。
~~~~~~~
……遺書はここで終わっていた。
馬鹿だね……本当に。
アタシの貞操を守るために、死んだのか。
あの子。
そんなの、ゴミなのにさ……そんなもののために、死なないでよ……!
気にしなくて、良かったのに……!!
……
………
アタシは、席を立った。
「……どこに行く気だ」
アタシの傍に椅子を持ってきて座っていた彼が言った。
落ち着き払っている。
「決まってるでしょ」
アタシの声。驚くほどに震えが無かった。
冷えてた。
「瓶子をぶっ殺してやる」
本気だった。
指導教官だろうとなんだろうと関係ない。
可愛い後輩を、こんなに辛い目に遭わせて、死に追いやった外道。
命で償わせてやる……!!
「……こいつの実力、知ってるのか?」
それを聞いた文人の声に変化は無かった。
滔々と、あいつの実力、経歴について語りだした。
「こいつ、UGNに居たときは、一人でFHセルを何個も潰して功績上げてたんだ」
「でも、その際に、セルにFHチルドレンで少女のエージェントが居るのを見かけるたび、強姦殺人を繰り返していて」
「あるとき、それがバレて、前線から強制的に排除されたんだが」
「排除された先、UGNチルドレン育成の指導教官になっても、今度はUGNチルドレンの少女相手に同じことをはじめて」
「で、とうとうUGNに居られなくなってこっちに流れてきたんだよ」
「クズではあるが、実力は相当高いぞ?まともにやって勝てるかどうか怪しいと思う。正直」
……そんな経歴でも、実力さえあれば迎え入れちゃうんだね。
ファルスハーツって。
この組織、つくづく狂ってるよ。
まぁ、ここでしか生きられないアタシらが言うのもなんだけど。
「それでも!!」
アタシは言った。
「こいつをほっとく選択肢は、アタシの選択じゃないの!!」
心の内を、叫んだ。
そして彼を振り返って
「あやとは来なくてもいいよ!これはアタシのワガママなのは理解してるから!一緒に勝ち目の薄い戦いなんて……」
「は?」
いつもの、呆れ声。
本気で、お前は何を考えているんだ?と呆れられていた。
「いつ、僕は戦わないなんて言った?諦めようなんて言った?」
え……?
彼はまっすぐにアタシを見て、続けていく。
「そのつもりなら、最初から遺書をお前には見せてない」
「僕は、覚悟のほどを確かめたかっただけだ」
その後、続いた言葉を聞いたとき。
「……やるに決まってるだろ。僕も」
こんなときに、申し訳ないけど。
すごく。彼にドキドキしてしまったんだ。
あぁ、彼、アタシと同じ方向を向いてくれてるんだ、って。
……まぁ、その後にもっとドキドキしてしまうことを言われてしまったんだけどね。