特殊装甲隊 ダグフェロン 第一部 蘇る火付盗賊改方 (ひつけとうぞくあらためかた) 殺人許可書を持つ「特殊な部隊」 作:橋本 直
第5話 ポン酒のアテと工場の空き地にある基地
「あのー……」
ゆったりとした後部座席の座り心地を確かめながら誠は手を挙げて質問した。
運転席の小さなランは大きな座席にちょこんと座っている。彼女がなんとか運転ができるのは足元のペダルに下駄が履かされているからだった。
「……んだよ」
しばらく無視を決め込んでいたランが信号待ちで車の流れが止まったタイミングで振り返ってそう言った。
「ナビ……付けないんですか?……と言うか止められる車種なんてあるんですね……初めて見ました」
誠はそう言ってランが座る運転席の隣にある大きな画面を指さす。
「ナビ?半人前が説教か?笑わせんなよ。……カーナビのことか。付いてねーよ、この車。つーか外した。機械の指示で運転なんてまっぴらだ。虫唾が走る。完全な自動が嫌いでね……オメーは良いよな。下手で馬鹿で間抜けだから」
ランは吐き捨てるようにそう言うと再び運転に集中した。
「火盗ってどこにあるんですか?それ聞かなかったです……どこにあるんです?」
純粋に疑問に思ったことを誠は素直に口にした。ランは誠の表情を見て一瞬唖然とした後、右手で頭を軽く叩きながら再び進行方向に顔を向けた。
「オメーの配属先は何処だ?」
明らかに怒りを抑えていることがわかる口調でランはそう呟く。
「正式名称が無茶苦茶長くて、略称が「火盗」ってところですけど……」
素直に誠はそう言った。
「そいつは何処にある……」
ランはより怒りを強めながらなんとか言葉を絞り出す。
「知りません……って言うか……司法局直属実力行使機動部隊ってなんです?「特殊な部隊」ってなんです?特殊浴場のことですか?」
純真で無知な表情を浮かべて誠は心に思ったことを口にする。
運転中だというのにランが振り返った。幼い、話ではどうやら実際は幼く見えるだけで幼くはない彼女の顔は怒りに染められていた。
「このクソ野郎!テメーはパイロットだろ?まあ、使えねード下手だけどな。だったら『アサルト・モジュール』を使う所に決まってるだろ!書類上オメーの席があんの!頭に白子ポン酢だろうがあん肝だろうが詰まってんだろ!ポン酒にアテにちょうどいいのが!察しろ!理科大出てんだから!偏差値70なんだから!」
「危ないですよ!興奮しないで!前見て!前!運転中です!」
激高するランに慌てて誠は叫んだ。ランも我に返り運転に集中するようにハンドルを握りしめながら前を向いた。
「オメー……何にも知らないんだな……」
自分自身を落ち着かせるような静かな口調でランは言葉を絞り出す。
「司法局は知ってますよ。同盟加盟国の警察を統括する組織で、国際犯罪の捜査の指揮とか、海外逃亡犯の情報を配ったり……まあテレビのニュースにも時々出てきますから。でもその下の組織に「実働部隊」なんてものがあるなんて……聞いたことが無い……業務上、機密が必要な組織なんですか?」
その言葉は誠の本心だった。辞令を受け取ったときも、自分みたいな落ちこぼれが行くところだからどうせろくなところではないと思っていた。誰も知らない組織と言うのも理解できた。ただ、そうであれば、隠密活動が求められるような精鋭部隊とは考えずらい。そうなると……誠の脳は、ただ疑問に振り回されるばかりだった。
「なあに、所属なんてーもんは方便って奴だ。まあ、お巡りさんの身分があると色々便利っちゃー便利だしな。うちの「仕事」とされてるもんは、正規の兵隊さんが政治的理由とかなんやらで出ていけないところに出かけてって喧嘩すること……まあそんぐらいの知識でいーんじゃねーか?今んところ……まあ、うちが何者かなんて知識が必要になるまで、オメーが逃げ出さなかったら……そん時、教えてやんよ。そん時」
誠はランの言葉を聞きながら、不安を感じてバックミラーを覗き見た。そこに見えるランの口元は笑っていた。
車はそのまま、ここ東和共和国の首都、東都都心の二車線道路から西に向かう国道に乗り入れた。
「このまま行くと……山ですね」
国道を進むランの黒い高級車。誠は沈黙に耐えかねてとりあえず話をしてみた。
「山だ?そんなに行かねーよ。後は豊川の基地まで50キロ。時間とすれば一時間前後……まー渋滞が無ければだけどな」
運転を続けながらランはつぶやく。
「豊川ですか?あそこって……住宅街しかないじゃないですか?そんなところに基地なんて……」
車は都心を出る直前だった。車の窓の外に中央環状線の外側に林立する超高層ビルを眺めながら誠はそう言った。
「まあ、国鉄と私鉄。それで一時間前後。いーベットタウンで、開発が進んでるのは事実だがよー。あそこにゃあ、菱川重工の工場があってな」
独り言のように静かにランはつぶやいた。
「菱川重工……東和では航空機や宇宙船建造の四大メーカーですよね」
今のところ話は世間話のようなので、誠は相変わらず外の雑居ビルばかりが並ぶ、国道の沿道を眺めていた。
「まーな。あれだぜ、あそこ、アサルト・モジュールも作っててね。先月、採用が決定した東和海軍向けの水中対応型局地アサルト・モジュールの『海―07式』を開発したのがあそこだ。アタシも海軍の知り合いに呼ばれて、テストに何回か立ち会ったが……悪い機体じゃ無かったぞ、あれはあれで……」
ランはそう言いうとまた黙り込んだ。
また時間が流れ、誠は窓の外のビルの大きさが次第に小さくなっていく様を眺めていた。
「話は戻るが、行先は豊川。菱川重工豊川工場だ」
今度はランが沈黙に耐えかねてそう言った。
「菱川重工豊川工場……工場に基地……?」
さすがに話が気になってきた誠は車を運転するランの後ろ姿に目を向けた。
「菱川重工豊川……知ってんだろ?オメー野球やってたらしいじゃねーか。そっちのほうじゃ……」
ランは運転を続けながらそう言った。
「知ってますよ、菱川重工豊川。社会人野球の名門じゃないですか。都市対抗優勝43回、東和社会人野球大会優勝25回。毎年のようにプロに選手を送り込んでいる東の名門ですから。最近は……あんまり話は聞かないですけど」
野球経験者なので、誠も当然その程度の知識があった。誠が子供のころはよく話が出た強豪チーム。それが菱川重工豊川だった。
「なるほどねえ……最近は活躍がいまいち……まあそんなもんだろうよ」
少し皮肉めいた口調でランはそう言った。
「クバルカ中佐、野球は?」
「まあ……社会常識程度……そんなもんだ」
少し笑みを浮かべながらランはそう言った。
再び沈黙が流れる。
「さっき、アタシが言ったのは、今の菱川重工の豊川工場ってのがな……」
赤信号で車を停めたランはそう言って一度誠に向け振り返り、再び前を向いた。
「今の豊川工場?」
ランの言葉に単純に疑問に思った誠はそう返す。
「ああ、あそこはな、四百年前のここ東和の建国の際に国策で発足した「豊川砲兵工廠(とよかわほうへいこうしょう)」が元になってる工場だ。そいつが菱川に払い下げられて、まあ……今に至ってるわけだが……」
信号が変わる。ランは静かに車を発進させる。
「まあ、要は古い工場なんだわ。そもそも、内陸部にあんな馬鹿でかい敷地持っててなんの意味があるんだよ。主要取扱品の製造は今じゃ臨海部の新設工場に移転済み。まあ、古いって言っても持ってる設備を遊ばせとくってのもなんだから、まあ……今のあそこの主力はでかい金属の下処理だな……他にも色々あるらしいが……まあたまにあそこの工場の偉いさんの接待とかで飲んだ席で、連中自慢気に話すんだが……アタシ、そう言うの興味ねーから」
ランはそこまで言うと大きくため息をつき、ハンドルを握りなおす。
「まあ、工場としては終わってるわけだ。遊休地もたんまりある……てんで、アタシ等」
誠はランの表情をうかがおうとバックミラーを見た。
「アタシ等の部隊は、その菱川重工豊川工場の敷地の中にあるんだわ。まー広さは結構なもんで……あんだけでけー場所、ほっぽっとくなんて、潰れるんじゃねーの?菱川グループ」
あっさりとそう言う誠に誠はただ呆れるだけだった。
「あと付け足しとくと、アサルト・モジュールの開発とかもやってる。まあそれも遠からず他の新鋭設備のある所に移るだろうな……菱川の連中も無能じゃねーだろうから」
再び車が停まる。
「渋滞だ……畜生!」
ランのいら立つような言葉。ただ、その言葉は誠には届かなかった。
「豊川……」
誠はまだ見ぬ新たな土地の名前をかみしめるように口にした。
第6話 酒盗と塩辛とゆかいな仲間達
車の外、郊外に向かう国道に寄り添う建物達が次第に小さなものに変わり、誠にもここが都心部と呼べるものではなくなったことが分かった。
「そういやー、オメー。職場環境とか聞かねーんだな。結構大事だと思うんだがな。アタシは。まあ、酒盗でも詰まってんだろ。カツオの内臓の塩辛だ。慣れると良いもんだぞあれも」
突然ぽつりとランがそう言った。
「日本酒党なんですね、中佐は。職場環境って……何か問題でもあるんですか?」
誠がそれとなくランに言ってみた。頭の頂点しか見えない運転しているランの後ろ姿だが、その頭の頂点が驚いたようにピクリと動いた。
またしばらく沈黙が流れた。
「やっぱ、言わなきゃだめだよな……言わなきゃ。次は乾きもので行こうと思ったけど……」
そう言うランの口調は完全に言いたくないという心の起伏を表していた。
「しゃーねーなーあの『馬鹿娘達』と『ゆかいな仲間達』の話はうちじゃー避けて通-れねーからな。うちにゃー馬鹿がいる。特にその中の三匹……いや、他に一匹ひでーのが……割り算できない馬鹿がいてさー。隊長は……あの『プライドゼロ』は別格だな……」
ランはとてつもないことを迷いつつ言った。
「あの……『馬鹿』とか『ゆかいな仲間達』とか『割り算できない』とか『プライドゼロ』とかクバルカ中佐。無茶苦茶言ってません?」
ただひたすらランの言葉に冷や汗をかきながら誠はつぶやく。
「なーに。隠し事なんてーのはいつかばれるもんだ。たぶん主要な馬鹿はオメーとやたら絡むことになる。そんでだ……」
一度ランは誠を振り向いた。そして、誠の顔に困惑の表情を見ると再び前を向いて運転に集中する。
「多分、オメーはそいつ等は常識外れの馬鹿だ。パワハラ、セクハラ、その他社会問題になるようなハラスメントのターゲットにオメーはなる。かわいそうに」
ランはひどいことを言った。その内容の通りの職場が実際にあるとしたら、すぐにそれに対応できる連絡先に連絡するべきだ。そう思う程度の常識は誠にもある。
「冗談……ですよね?」
恐る恐る誠は運転に集中しているランにそう言ってみた。
一瞬時が停まった。しばらく低速で走っていた車が、前の車が停止するタイミングで止まる。そして、満面の笑みを浮かべてランが振り返った。
「おい!能無し!テメーみてーな落ちこぼれに人並の職場が待ってるとでも思ったか。オメデテーな。クズにはクズにふさわしい居場所があるってことだ。そこに空いてる席があるから、アタシはそこにテメーみてーなクソ馬鹿を座らせる。その為にアタシは今、車を運転している。アタシがさっきうちが馬鹿しかいねーカスの集団だって紹介したのは、そいつ等に会ったとき、テメーみてー無能が卒倒しない為のアタシなりの配慮だ。そのくらい察しろ、低能」
悪口雑言の限りをその可愛らしい口から吐くとランは怯えた表情を浮かべる誠を満足げな笑みを浮かべながら上から下まで眺め、そして再び前を向いてハンドルを握りなおした。
さすがに温厚篤実が自分の数少ない長所であると自覚している誠でもここまで罵られれば怒る。
『なんだ?この餓鬼……こいつがあの遼南内戦共和軍のエース……別人が来てるんじゃないのか……このチビがクバルカ・ラン中佐本人だって言う証拠は見せてもらってないじゃないか……単なるコスプレした餓鬼が粋がってるだけなんじゃないか……下手をすると今運転してるのだって免許があるかどうか怪しいな……』
誠の目は冷たいものに変わる。
「……神前……まあいいや。若いオメーに分からないことがある。それを全部説明するほどアタシは親切じゃねーからな。でだ、オメーに悪さしそうなアタシの部下達。まー、言っても信じちゃくれねーだろうが、その悪さは悪気でやってるわけじゃねーんだ」
車はまっすぐ進む。
「悪気じゃない?」
悪気じゃなくハラスメントは迷惑以外の何物でもない。その矛盾を指摘するタイミングを誠は図っていた。
「かばう義理はねーが、連中は悪人ではない……まあ例外がいるから全員そうだとはアタシも言わねーが、あの馬鹿共全員には歓迎すべき人間を見抜く才能がある。まー大概けっかはその人間に迷惑しかかけねーが、その歓迎してやろうって思った人間の為を思ってやってるんだ」
その声は子供だが、その口調はまるで誠を教え、導こうとしている師のそれであった。だが、今の誠にはランは口の悪いインチキな餓鬼にしか見えなかった。
「それで、セクハラとかパワハラとかその他もろもろのハラスメントをするんですか?その善意とやらで」
誠は自分の言葉に敵意を込めてそう言った。
「だから、そう感じたらうちを辞めてもいーって最初に言ったじゃねーかバーカ。上官になるかも知れねー人間がしゃべってんだ。全部聞いて、ちゃんと覚えろ能無し!イカの塩辛でも詰まってんだろ!その頭!冷酒用意しろ!それを肴に一杯飲んでやる!」
相変わらずの口の悪さ。完全にやる気をなくした誠は視線を窓の外に移した。
要するに自分の状況は最悪だ。まあ、何を考えているか分からない。目の前のちびっ子の上司をしている嵯峨に向けて、このちびっ子ほどではないが、自分の知っている最大限度の悪口を言ってから出ていこう。最低でもそのくらいのことはしたい。誠はそのことだけを考えて窓の外を見ていた。
第7話 詐欺被害者の天下無敵の幼女
沈黙が再び流れる。車はどこまで続くとも知れない渋滞の中だった。
「アタシが口の悪いのは自覚してる。こいつは危ねーことばっかやってた時のアタシなりの気分転換でね……いいや、アタシはどうでもいいんだ。かわいそうだと思うよ、オメーは今回ハメられて……」
「チビ……今「ハメた」とか言わなかったか……」
目の前のめちゃくちゃな状況。これまでのどう考えても誰かが悪だくみをしているとしか思えない事例。そして今、目の前の状況はそんな誠の猜疑心に確信を与えた。
「……聞き違いだろ……アタシはそんなこと……」
ランの口調が弱弱しいものに変わる。これまでの自信は完全に吹き飛び、言葉は震えていた。
「聞きました!ちゃんと「ハメた」って……」
ここまで言って誠は少し後悔した。誠の会話をしている相手はどう見ても幼女である。さすがに幼女が困るのは大人として誠は困る。誠は言葉を途中で止めた。
「コホン」
ランは咳払いをした。
「あのーランちゃん……」
さすがに罪悪感を感じた誠は優しく声を掛ける。ランは完全なる無視。
誠が再び声を掛けようとしたとき車はそのまま左の路側帯に入り停まった。
「あのー」
誠は声を掛けた。ランは何も言わずに静かにサイドブレーキを掛けた。
「ランちゃん」
不穏な雰囲気。誠は優しくランに声を掛けた。
「おい、ボングラ」
そう言いながらランはゆっくりと振り返った。その目は明らかに誠に向けて殺意を放っていた。
「あのー」
あまりの意外なランの変化に誠は慌ててそう言い訳しようとした。
「おっ……、今、言い訳したな……言い訳しようとしたな……誰が許可した。そんなこと一体誰が許可したんだ。言ってみろ……言えないよなー……そーだよなー。だーれもそんなこと許可してねーんだ。つまり、テメーにアタシに口を開く権利なんかねーんだ……分かるか?ボケ!無能!能無し!」
あまりの勢い、あまりの暴言。小さな女の子の姿をした暴言モンスターの出現に誠はただただ絶句して黙り込んだ。
「ハメられたとか抜かしたなー、そのクソを食うしか役に立ちそうにないだらしない半開きの口は……そう言ったなー……言ったなー……許可する!言ったかどうか!ちゃんと言ってみろ!」
怒鳴り散らす可愛らしいラン口からは唾が多量にまき散らされた。
「言いました……」
誠に残された選択肢はそう言う事だけだった。
「ハメるだ……戦場で!そんな言い訳通用するか!相手に正々堂々戦えだ……テメーがやってるのは三国志の時代の一騎打ちか?それとも平家物語の武士か?そいつ等だって、ずるとかだまし討ちとか、寝込みを襲うとか、奇襲とか、卑怯な手、一杯してるだろが!」
可愛らしい圧倒的な毒舌ボイスに、誠はただただ呆れるばかりだった。
ランの罵詈雑言はまだまだ続く。
「ハメられるってのはな!馬鹿だから悪りーんだよ!騙されるほーが悪りーんだ!……あれか……詐欺に遭いました、被害額全額返してくださいって、警察に言って返してくれるか?くれねーだろーが!犯人がしょっ引かれて、そいつが手にしてる金と、色々ため込んでいる金、そいつを、被害者で案分して、それでまー全額じゃなく、その確実に少ねー金額を受け取ることになるわけだ」
運転席のランは誠からは見えない。相当怒っていることは想像がつく。
「それだって犯人が捕まった場合だ。犯人が逃げてる間は、警察に保証なんてできねーもんだ。まーそう言う時の為に保険とかもあるが、そんなの実際出るかなんてのは保険屋の仕事で。実際どーだかは知らねーが、高けー保険料の割に、戻って来る金額は……」
そこまで言ってランは言葉に詰まる。そのまま誠をにらみつける視線が突然あちこちに泳ぐ。
「遭ったことあるんですね……詐欺……」
ランの変わると表情が誠は言ってみた。
「……なんだよ……」
そう言うとそのままうつむいたランは静かに肩を落とす。そして、ブルブルと震えだす。
「やっぱり、逢ったんですね……手口は何ですか?絵画詐欺ですか?振り込め詐欺?それとも投資詐欺?未公開株の優先割り当て……」
遼南内戦に無敵を誇ったクバルカ・ラン中佐(幼女)は顔を上げる。その目は完全に幼女、顔も幼女、口元も幼女、そして顔のつくりも、表情も幼女であった。
「うー……」
萌えな泣きそうな目に涙を一杯浮かべた幼女がそこにいた。
『かわいい……』
さっきまでの誰が見ても態度がやたらでかい口が悪い餓鬼から、急に見る人すべてが抱きしめたくなるようなキュートな幼女がそこにいた。
泣きそうな幼女の視線が遠慮がちにタイミングを見計らって「かわいいね、君」と言おうとしながら彼女を見つめている誠と視線が合う。
二人は見つめあった。
その瞬間、ランはまず涙を拭いた。そして、次の瞬間、湯気が出るかのように顔が真っ赤に染まり、そしてそのまま慌てたように運転の姿勢に戻った。
「あのーランちゃん……」
誠に背を向けたランに誠は声を掛けた。
「誰が、ランちゃんだ。エースの私に「ちゃん」付けできる資格のある人間はこれまでもいなかったし、これからも現れねーんだ。ちゃんと「クバルカ中佐」と呼べ。それが嫌なら「人類最強のクバルカ中佐」と呼べ。アタシに勝てる人類はいねーんだ。まー相手が神様とか悪魔だったらどーかわかんねーけどな」
そう言って振り返ったランには先ほど一瞬だけ見せた幼女らしい姿は微塵もなく、逢ったばかりの口の悪い餓鬼に戻っていた。
そして表情を消した、まるで幼女のものと言えない、悟りきった真剣な表情で誠をにらみつける。何を馬鹿なことを言い出したのかと唖然としている誠の顔を値踏みするように一瞥する。
「……そんな……人類最強?……吹いてるでしょ……」
そう口にするのが誠には精いっぱいだった。姿は幼女にしかみえない。ただ、その眼光はこれまで誠が見たこともない、鋭い、そして、見るものを威圧して黙らせる凄味を感じるものだった。
「信じてねーか。『汗血馬の騎手』と言うのがアタシの二つ名だ……ちょっとは……と思ったが……、アタシがとんでもないエースだって聞いてんだろ?状況を判断するには十分なヒントがあるんだ。敵を選んでから戦争しな……」
誠も『汗血馬の騎手』と言う二つ名を持つエースの存在を知っていた。エースオブエース。真っ赤な機体で、格闘戦無敵を誇ったエースの存在を。
「こういう「ヒント」いつもあるとは限らねー。一つのヒント……そこから、自分の知識と勘でどうにか次に自分がするべきことを判断し、的確な行動に移す……まあ、ぽっと出のテメーにゃ、無理なのは分かっていたが。相手がそこまで配慮してくれるもんじゃねーかんな……。あの脳内ピンクの隊長が目を付けたって言うから下手な割に意外に筋があると踏んでたが……アタシの思い過ごしか……まあいいや」
とても子供とは思えない。まるで百戦錬磨の古強者(ふるつわもの)が吐くようなセリフを吐いて、一度、ダメを押すような殺気を帯びた視線を放った後、何も言わずに前を向いた。
第8話 危険物取扱免許1種とレアな『才能』
圧倒的迫力とその姿のどう見ても萌えなことにあっけにとられている誠。ランは静かに自動車の発進動作を開始した。
「……ただ、もしも役立たずなだけじゃなくて、見込みのねー馬鹿だったら駅までタクシーでも拾えという所だったがよー、オメーはウチに必要な人間だっていう事はわかったわ」
車は順調に走り始めた。どうやら郊外に入って渋滞を抜けたらしい。
「オメーの仕事は、詰め所に椅子で勤務時間中に座ってるそれだけだだ。他は全く期待するに値しなねーや。逆に言うとだ、それをしている限り、オメーを必要としている職場であるという自覚が持てるわけだ。オメー向きだよ、うち」
誠は椅子に座りなおしながら、窓の外の住宅街を眺めていた。
「席にいればいいんですか?」
誠は恐る恐るつぶやいた。
「まあ、椅子にずーと座ってろってのは、物の例えだよ。その例え出動があってもオメー何にもできねーからな。うちの連中が命懸けで守ってくれるんだ。いーだろ。さっきのハラスメントを並べ立てたが、オメーがその『才能』を持っているというのであれば、みんな、オメーを頼りにする。そんな貴重な『才能』をオメーは持ってる」
バックミラーにはランの不敵な笑みが浮かんでいた。
「『才能』ですか?」
誠はその言葉に違和感を感じながらつばを飲み込んだ。
「そーだ、『才能』だ。多少違和感は感じるかも知れねーが、とりあえずその『才能』はウチには他にねーんでオメー以上にその『才能』がある人間が来ねー限り。安泰だ。多分一日中その才能を発揮する機会が転がってるから、ぜひその『才能』を伸ばしてくれ。うん、うん」
その言葉は前の冷静なランに戻った姿で語られた。
「あのーその『才能』って……なんです?そんなにレアな資格持ってませんけど。教職もってないですから。教員になる気ありませんし。なんです?『才能』って」
なぜこの人はずばり物を言わないのだろう。そんなことを考えながらとりあえず誠は聞いてみた。
「まあ、ずばり言わないのはアタシの教育方針でね。わかる奴はわかるってことだ。ちなみにその『才能』を極めると、テレビに出れる」
「テレビ?」
ここで喜んではいけない。なにかその才能で破滅して、結果、逮捕されて警察官に囲まれた映像が映ったからテレビに出たと言い出す。誠の持っている資格には、危険物取扱一種と言う、化学系の専門大学を卒業することが受験資格で指定されている危ない資格もある。そして、少なくともこれから行くところには種類は分からないが火薬がある。
「爆弾を作るとか……危険物取扱免許1種の資格は持ってるんで、材料を買う事は出来ます。その資格と、僕の戸籍謄本があれば、買えますから。でも、嫌ですよ、爆弾魔になるなんて」
ランは誠の言葉を聞くと大きくため息をついた。
「オメーの資格じゃねーよ。それだったか化学工場に嘱託でそういう仕事あるから。良かったじゃねーか。アタシの話聞けて、これでいつでも転職できる職種が一個あるわけだ。良かった良かった」
突然誠は、ちっちゃな女の子に遊ばれているという状況に赤面すると同時に、この人には人の何かを引き出す大きさと言うものがあるのではないか。
只者ではない。見た目は幼女。そして名前からして無敵のエースで名の知れた教官。でもそれ以上に……。
「あの……中佐」
黙って国道に戻る道を運転するランに自分の今思っていることを伝えようとした。
「なんだ、褒めるのは止めとけや。そう言う言葉を言われると人は傲慢になる、アタシもそれは命取りになることを知っている……特にアタシ等みたいな仕事ではな」
すごく危ないプロフェッショナル。危ない仕事に慣れた殺し屋が、渋い名の知れたアクション映画の俳優が言うならそれはそれで格好がつく……が、言っているのはどう見ても8歳の幼女。
「選択肢ぐらいはいるだろ、うちがどんなところか、どんな方針でやってるか……集まってる連中も、オメーもその方針にあってるから来た。賛同しているからアタシがいる。勉強しな、ちっとは……「学ぶ心」があれば、成長する、誰でもまあ、人生語る……ぐれーのはな……垂れること……そんなこと誰でもできるんだ、言葉を話せりゃ、誰でもできる。そこに深みがあると思ってるのは……」
ごくりと誠は息を飲んだ。とりあえず、二つ名を持つ伝説のエースの言葉。きっといいことを言うと次の言葉を待ち続けた。
「こっから先、オメーが考えろ。誰でも言えるさ、こんなもん。餓鬼だと思ってなめてんのか、餓鬼だと思って舐めてんのか……そう言う馬鹿につける薬はねー、こいつが必要だって隊長の前で一つ芝居でも打ってやろうと思ったが、さっき言った『才能』以外は見どころはねーな。あとは自分で押し切れ。それを使わず、出ていくかどうか、選択肢はどっちにする」
馬鹿にされたのか、褒められたのかよくわからないが、その才能があれば、これから先必要とされる、職場にいることができるらしい。できるならこんな立派な幼女の下で仕事をしたい……そして聞いてみた。
「『才能』って……」
そんな言葉に明らかに呆れたようなため息をついて車内は静まり返った。
「その『才能』を知るタイミングは今じゃねー、おそらくそんな『才能』を持っている事実は自覚するタイミングは今じゃねー、その『才能』を開花させたあと、進むべき道が開かれるのだが、それはそれで、難しいと聞く。もし、それが唯一の『才能』でその道の険しさを知れば……」
また口ごもる。
「言ってください!僕にどんな『才能』があるか!」
じっと身を乗り出した誠。その顔をランはちらりと覗く。
「邪魔だ、座ってな、知ったらどうなるか、決まってんだろ。その『才能』しか持たない自分に絶望するよなー。オメーは偏差値は高い、運動能力はかなり高い、面は良い、だが、この車に乗ってるってことは、その『才能』以外で生きるのは難しーそれしかないわけだ。そんぐれー自覚するのが難しー『才能』だ。親を恨みな、環境って奴を、アタシのせいじゃねー」
誠はとりあえず、とんでもない『才能』があるらしいこと、それが目覚める瞬間に恐ろしいことが起きると恐怖した。
第9話 倉庫と、工場と、将棋幼女
車はスムーズに、四車線の国道を進む。空調が効いている車内は良いが、外は相当な熱波に襲われているようで、歩道を歩く人々は手持ち扇風機で涼を取っているのが見える。
「とりあえず、あと30分くれーかかる。寝とけ。スカタン」
ランはそう言って黙り込んだ。細かく左右に車線変更を繰り返しながら、ランは運転を続けた。
「寝るほど疲れてないですけど」
誠はそう言って黙り込む。ちらりとバックミラーを見るとランは明らかにそわそわしていた。まるで誠が眠るのを待っているような。そんな雰囲気が感じられた
「眠った方がいいですか?僕」
空気を読んで、誠は尋ねた。
車は大きな交差点を通過する。大型トレーラーが増えているのがわかる。内陸工業地帯に入ったという事なのだろう。左右に大きな工場の門がいくつかあった。
「ちょっと『趣味』の関係でな。オメーみたいな馬鹿野郎には理解できない高尚な『趣味』だ。見たけりゃどーぞ。ゲス野郎」
そう言うと、ランは左手でコンソールに刺さっていたリモコンを手に取った。小さな手にはリモコンは大きく見える。
「なんです、それ?あ、モニターつきましたね」
見慣れない画面の中で、二人の男が向かい合って何かを挟んで椅子に座っている。誠は不思議に思ってランに尋ねる。
「この前の日曜日のTKHでやってる対局、TKH杯トーナメントの二回戦第五局、木村王将と、斎藤8段だ。見りゃ分かるだろ。目が腐ってんじゃねーのか?ビー玉以下だなその目」
そう言ってランはリモコンをいじる。すると画面が切り替わり、格子模様のクリーム色の四角い板が表示された。
「囲碁ですか?僕はあんまりよくわかんないですけど」
「ちげーよ、将棋だ。王将ってタイトル。囲碁にあるか……まったく、常識ねーのか、ピーマン頭」
確かに運転席の左隣モニターに映っているのは大きな将棋盤である。
「こっからがどーもわかんねえんだよな。銀だろ、桂馬。そして、手駒に角……」
ランはちらちら画面を見ながら運転を続ける。相変わらずランは左右に車線変更しながら、先行車両を追い抜いていく。
「事故起こさないでくださいね」
ちらちら将棋盤の方に顔を向けるランの後頭部が見える。誠は白けた視線を幼女の後頭部に投げる。
「起こさねーよ。で……返す手が……クソ……そうだよな、この場面で角が後ろにあるってことは……やっぱり張るのは香だよな。ふん、ふん難しーんだよな。次の受けの一手が……」
もう誠とは話すつもりは無い。ちらちら見えるランの後頭部がそう語っていた。半分意識は将棋盤の方に行っているのに、ランの車は大型トラックの間を制限速度ぎりぎりで縫うように加速していく。
『なんだかなあ……』
誠は心の中でそう思いながら、流れていく倉庫の建物に目をやった。トラックやフォークリフトが何度となく目に入る。
ようやく誠は社会人になった実感を感じていた。そして、静かに目を閉じてみた。
次回メインヒロインにして欲しいキャラ
-
西園寺かなめ
-
カウラ・ベルガー
-
アメリア・クラウゼ
-
ローラ
-
神前ひよこ