御手洗ジャンクはハートフルシナリオを書きたい 作:ヤングコーン
ニート生活を続けていると店員に顔を覚えられそうな
気がしていく店を少しずつ変えているぜ!
正直、毎日色んな客を見たりするから俺の顔なんて覚えてないと思うけど、
何か気になってしまうので行く店を転々としているぜ!
この間、知った顔の店員さんが別の職場にいるのを見て「あっ」って言ってしまったぜ。
向こうも「あっ」って言ったけど、お互いに話す事もなかったので何も話さなかったぜ。
前の職場で何があったんだろう…。
子供のころ、俺は校舎で足を踏み外して落ちた。病院には運ばれたけど、どこかしこにぶつけたりひっかけたりして衝撃は弱まり大事には至らなかった。更に数年後、好きな子にフラれて何もかもが終わった気がして飛び降りた。結構高かった気がするが、なんか生垣がクッションになって助かった。やっぱり病院に運ばれて色んな人に心配されたり叱られたりしたが、あの時は何もかもどうでもよくて覚えてない。
更に数年後、何となく飛び降りた。あまり詳しく覚えてない。ただ、あの柵の向こうから一歩踏み出したらどうなるのか気になったのだ。その他の事は頭になかった。でもやっぱり助かった。木に引っかかって降りられなくなったのを、通りかかった女の子に助けてもらった。
その子は俺を助けてくれると、歩けるかどうかを聞いたのちに俺の顔に着いた汚れを見てハンカチだけを渡して、「また会おうね」とだけ言ってどこかへ行ってしまった。
俺はそんな懐かしい夢を見て起きた。俺はベッドから出てあの時のハンカチをタンスから取り出した。根拠はないけどいつか和える気がして、ずっと返せる様にって持ち歩いてた。でも、そんな事あるわけなくて数か月前に持ち歩かなくなった。
そして今それがここにある。
「おはよ」
イソフラボンが眠そうに眼をこすった。
「ああ、おはよう」
「手に持ってるそれは?」
「ああ、前に怪我をした時に貸してもらったものでな」
俺は知らない女の子からもらった以外の事は伏せた。朝から俺が自殺未遂をした時の話を聞いても気が重いだけだろうからな。…不思議とあの子の容姿が全く思い出せない。確かにしっかり見たはずなのに、全く。
イソフラボンはそのハンカチをただぼんやりと眺める。
「ブランド物だよこれ」
そんな物を俺にくれただなんて、もったいない。俺はそのハンカチをしまう。イソフラボンはため息をついた。
「後生大事に持ってたって、返す機会なんてないでしょ。捨てなって」
「頭では分かっているんだがな」
それでも捨てられない。俺はもう一度ベッドに戻って寝転がる。そろそろ小説を書きだす時間だが、どうも今日は気分が乗らない。俺はイソフラボンから掛け布団を自分側に多くとってまた寝る。イソフラボンは代わりに毛布を自分側に寄せた。
しばらくすると掛け布団も取ろうとしてくる。
「おい、俺が寒いだろうが」
「私が寒くないならそれでいい」
「大体お前は起きる時間だろ。俺は2度寝するんだよ」
「おあいにく様、私も今日は予定が空いてるんで2度寝できるんだよ」
毛布と掛け布団の奪い合いになる。昨日は結局寒さを我慢してやったんだ。朝の2度寝の幸せを奪われてなるものか。
「放せ、か弱いおなごから奪った布団で温もりを得て嬉しいか貴様」
「ああ。俺には老若男女もすべて人間としての枠組みでしかみておらんからな」
というかイソフラボンに関しては俺以上に腕力がある。どこに筋肉を収納しているんだ。結局、また布団を奪われてしまった。おのれ。俺はしばらくそうしていたが、1つ思いついた。
「思ったんだ。確かのその布団は1人用だが2人入れない広さじゃない。ならどうして俺達が奪い合うのか」
「対人距離ってヤツかなぁ」
「仲良くしましょ///」
俺は距離を詰めて毛布の温もりをシェアしようとする。
「セクハラじゃ!者共出会え!」
「なんのハラスメント・ハラスメントアタック!」
「じゃあハラスメント・ハラスメント・ハラスメントシールド」
イソフラボンは奪った布団で繭を作ってしまったため、攻略できずに俺は降参してベッドから起きた。仕方なく物置部屋からハロゲンヒーターを持ってきてつける。すぐに暖かくなるのがいいよな、これ。
しばらくするとイソフラボンも一緒に当たりに来る。
「さっきまでサナギしてたじゃないか」
「テーレーレーテレレレレレー、イソフラボンは羽化した」
可愛い奴め。
そんなやり取りをして、しばらくすると少しずつ外も温かくなってきたので買い物に出かけた。イソフラボンも一緒について来る。買うものは把握していたつもりだったが、案外と覚えてない物もあったようでイソフラボンは次々に買い物かごに入れてくれる。これからはちゃんとメモした方がいいかもしれない。
俺はショッピングカートを押しながらそんな彼女の様子を眺める。
「よく見てるな。俺でさえ忘れてたのに」
「案外自分が忘れてる事って他人が覚えてるもんなんだよね。あれは謎」
そう言いながら一通り見渡してうなずく。もう買い忘れはないようだ。
それからお会計に行く。バーコードを読み込ませている様子をぼんやり眺める。詰め終わって支払いになると、イソフラボンはショッピングカートを押して先にビニル袋に物を詰めていく。俺は財布から金を出して会計を済ませた。
そうして大きな荷物は俺が、小さな荷物は彼女が持ってくれた。
「いい」
「?」
俺は思わずつぶやいた。
「朝起きたら人がいて、一緒に談笑したりして、こうして買い物したり」
「…たまには実家に帰ったら?」
「陽子に言われるとはな」
「イソフラボンと呼べ」
それから黙って家に向かって歩く。
「私と違って家族に会うのは難しくないだろ」
「ああ。でも家族をするのは難しい」
俺が大人になっていくと同時に、あの頃に見た親の背中が段々と小さくなっていく。頼れる存在から、頼られる存在になっていく。俺達がどれだけ大きくなっても、彼らから見れば俺達はいくつになっても子供に見える。なのに、俺達が成長すればするほど親は…。
一緒にいるのに会話は1分も持たない。毎日顔を合わせるから話す話題もない。相手が嬉しそうに話す事にまるで関心が示せなくなっていき、親の笑顔に合わせて笑う様になる。妹も弟も、まだ親を幼い頃に見たままの親だと信じている。
血は繋がっているのに…子供の頃は色んなことを心配してくれたのに…、薄情にもそんな思いでは日に日に色あせていく。
「大丈夫?」
「ああ…ごめん」
イソフラボンが心配してくれる。彼女は何やらバッグの中からポケットティッシュを出して俺の目元に当てる。泣いていたのか。
「何かもう、駄目だな。俺」
「駄目でいいじゃないか」
「イソフラボンは優しいな」
俺達は家に帰った。それから買った物を適当な場所に置いていく。
それから俺はソファの上に座って自己嫌悪に陥る。彼女はただ黙って隣にいてくれるが、今はその優しさも辛い。しばらくするとイソフラボンは腕を組んで考え出す。
「家族か…」
彼女は俺の方を向いた。
「私はジャンクと一緒にいてドキドキとか、所謂世間一般で言う恋に似た感覚になった事がない。だけど、一緒にいると落ち着く。この気持ちと、感情って何だろう」
「前にネットで聞いた事がある。恋をする時に分泌される脳内麻薬と家族といる時に分泌される脳内麻薬は異なるらしい。恋人と一緒にいると興奮する脳内麻薬が分泌され、その関係が落ち着いていくと鎮痛作用のある脳内麻薬に代わるとか…。そんな風に聞いた」
「そうじゃなくて…友情というか愛情というか」
「哲学の話なら、友愛って事でいいんじゃないか?」
「友愛ね……」
お互いにしばらく黙ってソファに座って電源がついていないテレビを眺める。
この沈黙の間さえ心地がいい。
でも、分からない。他の誰かと一緒にいてもこんな気持ちにはならない。ただ、自分でも信じられないけどイソフラボンと家族になりたいと思ってる自分に気付いた。毎日、朝起きたらおはようって言って、今日やる事とかとりとめのない話をしたり…。
そうだ、買い物に行ったり旅行に行ったりしたい。そこで訳が分からないお土産を買ったり…。
イソフラボンはため息をついて急に立ち上がった。
「ちょっと歩きたい気分になって来た。私はもう帰るよ」
「ああ。帰りは道に気を付けてな」
「うん」
俺は帰る彼女の背中を見届けると、自分でもよく分からない感情を心の隅に置いた。小説を書こう。俺は部屋に戻ってパソコンを立ち上げた。
ちょっと色々とあって小説の更新速度が落ちるかも…。