御手洗ジャンクはハートフルシナリオを書きたい 作:ヤングコーン
そんな俺にも救える命があったと思うと、少し嬉しく思う。
小説はしばらく書けそうにない。でもいいんだ。どうせ読者なんていなかったし。
それに、今の俺の人生の方がよっぽど小説してる。ウケるな。…いや笑えん。
きっと自分の人生に向き合うべき時が来た。
人間は人間という種族を神格化しがちだ。何でもできると思ってる。でも個人にできる事は驚くほど多くない。
今は、ただ自分いできる範囲の事をやるしかない。それがどんな結末を迎える事になっても。
…ああ、ハートフルシナリオ書きてえな……。
色んな所に車を走らせた。日帰りだからって、あまり遠くへは行けなかったけど。夕日が綺麗に見える坂道に車を止めて一緒に夕日を眺めていた。少し前の所にあったたこ焼きを一緒に食べる。
他の誰もいない。ここには俺達だけだった。
「…綺麗だな」
「うん」
道中で沢山話していたから、もう話す事もなくて。でも、この無言の間もそれほど悪い気分じゃなかった。
俺は静かにイソフラボンの肩に手を置いた。
「ジャンク?」
「ああ…ごめん」
何かそうする事が自然な気がしてついそうしてしまった。彼女はまた夕日に視線を戻すと、何も言わずに俺の傍に寄った。もう少しで触れ合う事ができるほど近くに。
もう何分間そうしていただろう。まだ家に帰りたくなかった。イソフラボンはどんな気持ちだろう。彼女の考えはよくわからない。
「くしゅっ」
イソフラボンはくしゃみをした。そういえばここ寒かったな。俺は上着を脱ぐとイソフラボンに着せた。
「ん…ありがと」
「いいんだ」
もうすぐ日が沈む。弟からまだ帰らないのかってメッセージが来た。いつまでもこうしていられない。帰らなきゃ。そう思うのに、それでもやっぱり動きたくない。
日がすっかり沈んでしまった。彼女は俺に静かにもたれ掛かった。心が締め付けられるようで、愛おしいと感じた。俺は戸惑ったが、静かにもう一度肩に手を置く。何も言わなかった。
それから、星が空に点き始めると彼女は白い息を吐いて笑った。
「帰ろっか」
「そう…だな」
俺達は車に乗ると、家に向かった。
家に帰ると、美穂が料理を作っていた。少し見た目は崩れていたが、味は非常においしかった。今日学校であった事とか、勉強の事とか…。ドライブ先での出来事とか、小説の進捗とかそんな事を話していた。
そしてお風呂に入って、ベッドで寝て…。
ずっとこんな日々が続けばいいのにって思っていた。やがて瞼が下りて、意識が落ちていく。
延々と続く真っ暗闇。目の前に女性がいた。誰だったか…。そうだ。あの後姿は沙織さんだ。彼女の後姿が見えない足場に持ちあげられていく。やがて周りの光景が明らかになっていくとそこは学校だった。
沙織さんは屋上から下を見下ろしている。
「沙織さん!!」
彼女は何も言わず手すりから手を放す。
「駄目だ沙織さん!早まらないで!!今行くから!!」
やがて屋上から身を投げる。彼女の体がグラウンドにぶつかると、まるでガラス細工の様に粉々になって消える。
俺はガバッと体を起こした。ただの夢には間違いないが、確かめなければならない気がして家を飛び出す。駆けて駆けて、学校を目指した。夢で見た角度には一度中に入らなきゃいけない。
校門前で少しためらっていたが、それでも中に入って校庭へ出る。死体はまだない。辺りを見渡しても、屋上に目をやってもいない。あれがただの夢だった事を再認識させられると俺は落ち着いた。
そもそも彼女がここの学生だったかもわからない。馬鹿馬鹿しい。俺はほっとしてすぐに学校を出た。
帰り道、ぼんやりしていると声が聞こえる。
「離してください!嫌!」
この声は…沙織さんだ!
俺は急いで走る。沙織さんは浮浪者に手を掴まれていた。俺はすぐに駆け寄る。浮浪者は俺に気が付くと、沙織さんの手を握ったまま片方の手をポケットに突っ込む。何か刃物を持っているのか…?
スマホを取り出してボタン操作する。
「…続きは警察署でやりましょうか」
俺は声に凄みをきかせて言う。しばらくそうしてにらみ合っていたが、彼は走って逃げていった。俺は沙織さんの元へ駆け寄った。
「お怪我はありませんか?」
よく見ると服が破られはだけている。
「檜木さん…その、ありがとうございます」
俺は上から羽織っていたジャンパーを彼女に渡した。彼女は頭を下げてそれを上から着る。
「家まで送りますよ」
彼女は首を横に振った。
「帰りたくない…」
彼女はその場に座り込んでうずくまる。
俺はどうしようか少し迷ったが、あの時の彼女の後姿が脳裏に浮かんだ。彼女が苦悩を抱えていると知っていながら自分にはどうする事も出来ず見送った背中。夢の中で、死ぬ前に見たあの後姿。ここで手を伸ばさなきゃ、一生後悔する。そんな気がした。
だから俺は手を伸ばした。
「温かい飲み物、用意しますよ」
「…ありがとう」
沙織さんは手を取ってくれた。そして一緒に家に戻る。1階の書斎室へ案内すると、俺はケトルで水を温める。彼女はたまに目元を手でこする。
お湯が沸いたのでインスタントカフェオレを作ろうとすると、彼女がやって来て言った。
「あ、あの…シャワー…借りてもいい?」
「もちろん。こっちだよ」
俺は浴室へ案内した。彼女は小さく頭を下げると中に入って行く。俺はケトルで湧いたお湯を断熱ポットに入れてため息をついた。…そういえば着替え……。さすがにあの服はもう着せられない。どうしたものか少し考えたが、俺は美穂の部屋に向かった。
明かりが点いているのを確認するとノックをする。普段だったらこんな時間まで起きてる事について一言いうべきなんだろうが今日はそうはいっていられない。
返事があったので中に入る。イソフラボンもまだ起きていたようでこちらに目をやった。
「どうしたの、兄さん」
「美穂、すまん。服を貸してくれ」
「私の服を………???」
困惑している。言葉足らずだった。ちゃんと一から説明しなきゃいけない。イソフラボンも困惑している。
「いや、そのだな…」
「わぁーっ!!」
下の階から声が聞こえた。俺達は急いで向かうと、バスタオル姿で歩いている沙織さんと驚いて転んでしまった隆盛の姿が見えた。
イソフラボンはすぐに下の階に降りると状況を把握し、沙織さんを書斎室に連れ込んだ。それからこっちに戻ってくるとトランクから服を取り出して戻って行った。やがて2人が出てくる。イソフラボンの服を貸した様だ。少しサイズが小さいようだが…まあ仕方ない。
夜も遅いので手短にざっくりと沙織さんについて皆に紹介した。誤解が解けると、皆それぞれ部屋に帰って行った。俺は書斎室に布団を敷いて寝床を作る。それからリビングルームでカフェオレを出した。彼女はお礼を言ってそれを飲む。
何もかける言葉が見つからず、俺は時計を見た。
「じゃあ、俺は寝ますのでゆっくり休んでください」
「何も…、何も聞かないでいてくれるんですね…」
「人間だれしも話したい事、話したくない事ありますからね。強要なんてしません」
彼女は胸元で拳をキュッと握りしめると俯く。俺はドアノブを捻って外にでようとした。彼女は追いかけて来て、俺の手を握った。振り返ると、潤った目で俺の顔を見る。
「話し…たいです。聞いてください…」
「わかりました」
俺はドアノブから手を離した。電気を消してほしいと言われたので電気を消す。すると布の擦れる音が聞こえた。
「沙織さん?」
「すみません…せっかく貸していただいたんですがその…窮屈で…」
暗くて見えづらいので手触りで近くの椅子に座る。沙織さんは一度ベッドの角に足をぶつけて、それからゆっくりと寝転がったようだ。月が雲に隠れているから周りが余り見えない。この場合、良かったのか悪かったのか…。
わずかに鼻をすする音が聞こえる。泣いているらしい。こんな時、どんな言葉をかけてあげるのがいいんだろう。
しばらくすると自嘲気味の声色で沙織さんの声が聞こえてきた。
「いいですよ。遠慮しないでこちらに来られても…。私、傷物ですから…」
「自虐であってもそんな事言わないでください」
「もし私が傷物である事が気にならないというのなら…傍に来てくれませんか」
……あまりよくない事だとは思いつつ俺は一緒にベッドに入った。沙織さんは俺に抱き着いて泣きじゃくる。体が冷たい。さっきシャワーを浴びたばかりなのに。俺はただ抱きしめた。そうすることが正解なのかわからなかったが。
大声で、獣の様な声で泣く。やがて少しずつ落ち着きを取り戻した。
「…彼氏、浮気してたんです……。私の事、もうどうでもいいんだって…」
浮気相手は同じ凛々解脱の会のメンバーで、友達だったそうだ。右も左も分からない彼女に会について色んなことを教えたりして、仲良くなっていって…。最近恋してる人がいるという話をして来て、応援してたら…その相手が自身の彼氏だったようだ。
自宅に帰ったら、性行為の最中で…。それで家を飛び出して来たようだ。スマホは川に投げて、もう話も聞きたくないらしい。
「私、バカみたいですよね。自分の彼氏を寝取る相手の恋を応援してたなんて…」
自嘲気味に笑う。
…あまり言いたくはないが、元々束縛が強い相手だった。別れる口実になったのであれば、俺は少し嬉しかった。
「…浮浪者に襲われた時、不思議とあなたの顔が思い浮かんだんです。助けてくれたらなって…。都合がいいですよね」
「夢に、あなたが出て来たんです。俺が自殺しようとしたあの場所で、自殺するあなたが…」
「あのまま犯されていたなら、それも考えたかもしれません」
合えたのは奇跡だった。もし知らないままあの日が終わっていたなら、場所は違えども翌朝のどこかで死んでいたのかもしれない。あれは救出が間に合わなかった場合の、未来だったのかもしれない。俺は彼女を救う事が出来た…のかもしれない。
彼女は俺の服をギュっと握る。
「…私、女として魅力ありますか?」
「はい。あなたが街中を歩けば、きっと誰もが振り返るでしょう」
「…なら、抱いてください」
俺は言葉に詰まった。聞き間違い…だろうか。彼女は確かに抱いてくれと俺に言った。
「心に空いた穴から、風が吹き込んで寒いんです…。その穴を、埋めてくれませんか…。あなたの、男で…」
「沙織さんは今、自暴自棄になっているんです。恋人を失い辛いお気持ちは汲みます。しかし、どうか正気は失われませぬよう…」
「私が、傷物だからですか?女としての魅力がないからですか?!それならそうと言ってください!!」
彼女は半狂乱で叫ぶ。それは違う。絶対に違う。
だが、今の彼女が冷静な判断がくだせる精神的状態とはとても言えない。何ら精神的なショックを受けた女性に優しい言葉で言い寄り手籠めにしようとする男がいるという。彼女は自らそれを求めてしまっている。これに応えれば彼女をもっと傷つける事になる。ここで彼女の言葉に従い性交するのは優しさじゃない。そう思えた。
だから止めなければならない。俺はそう思えた。
「もう恋人も、凛々解脱の会も、何もかも嫌なんです!お母さんも、お父さんも、世間も何もかも…!犯してください、犯してくださいよ!!滅茶苦茶に、乱暴に、痛みさえも快楽に変わるような…!」
ベッドの中でもみ合いになる。どうしてこんな事になってしまうのか…。彼女の腕はとても細くか弱い。それでもすべてを投げやりになった彼女の腕力は加減が難しい。やがて彼女は俺の上に馬乗りになった。雲に隠れていた月の光が彼女の全身を照らした。
美しい曲線を描くその体には、痛々しい傷跡が沢山あった。殴られたり、蹴られたりしたのだろう。自傷の後もあった。俺は言葉を失う。彼女は急いで掛布団で自身の体を隠す。
「見ないで…見ないでください。こんな姿…」
ベッドの隅で小さくなると、彼女はまた泣き出した。
「…正直な事を、言ってもいいですか」
「…はい」
「俺、あなたが彼氏と別れる事が出来て良かったって思うんです」
「?」
自らのプライバシーに踏み込んだり、束縛したり、乱暴したりするような彼氏と別れられて。俺はそう続けた。彼女は未だにあの彼氏を愛している。だからか俺の言う事が良く分からないようだった。でも、その言葉を聞いて怒る事はなかった。
次第に冷静さを取り戻すと、ぽつりとつぶやいた。
「…どうして、危害を加える人を好きだなんて思ってしまったんだろう…」
ストックホルム症候群というものがあるらしい。自身の生殺与奪の権利を握った相手にたいして、生きるために本能が相手を好きになる様に脳に働きかけるとか…そんな風な事を聞いた事がある。銀行強盗の人質がそれにかかって強盗の犯罪に加担してしまったり、DVの相手に盲目的な愛を抱いたり…そんな例があるらしい。
沙織さんは彼氏に命の危険を感じていた。その危険から自身を守るために、さらに愛するようになっていた。きっとそういう事だと思う。本性を現す前がどうあれ、今の彼女の元彼への愛は本物じゃないはずなんだ。
彼女は段々と顔が赤くなる。
「あの…すみません。取り乱しちゃって…ああもう、恥ずかし過ぎて死にそう…。私何を口走って…」
初めて会ったときの沙織さんだ。俺は嬉しくなった。
「いいんです。これから一緒にどうしていくか考えましょう。そしてその傷も治して…。沙織さんはもっと幸せになるべきなんです」
「ありがとう…」
彼女は笑ってくれた。彼女が眠くなったと言うので、俺はもう部屋を出る事にした。寝る前に一度だけハグして欲しいと言うので、少しの間だけ抱きしめあって、その場を離れた。部屋を出る前。手をひらひらとする彼女の顔に、安堵を覚えた。
凛々解脱の会は抜けるのが難しいという。彼女が抜けるというのであれば協力したい。今日はもうあまり頭が働かないので考えるのは明日になりそうだが父さんと相談してみるのもいいかもしれない。そんな事を思って俺も部屋で眠った。
…翌朝、ある殺人事件が報道された。男性殺害事件だった。性行為に及んだ際に、首を絞められ危機を感じた女性が包丁で相手を斬りつけて殺害したらしい。正当防衛になるという見方もあったが、様々な観点から過剰防衛となる可能性もあるらしい。
この事件の被害者こそ沙織さんの彼氏であり、殺害してしまった人物がその友達だった。遅かれ早かれ知ることになったとはいえ、あんな事があった翌朝にこれを見せてしまった事に関して言いようのない気持ちになった。
ただ、本人はそれほど気にしてない様子だった。許可が下りれば面会にも行きたいそうだ。
今後の暮らし、凛々解脱の会から抜ける方法、様々な事もあって彼女もしばらく我が家に泊める事になった。1人で済むには少々広かった我が家だが、さすがに狭くなってきた。
小説執筆が遅れるのは少し辛いが、今はとにかく自身のやるべき事をしっかりこなしていきたいと思う。
さあ、頑張るぞ俺…!
冬の時期は空気が乾燥している。そして暖房を入れるから室内はそれとなく温かい。乾燥して温度が温かいというのは病原菌的なものが繁殖しやすい傾向にあるらしい。換気はもちろんの事、湿度を気にしたいところ。
調べてみるに濡れタオルをハンガーにかけて干しておくだけでもそれなりに湿度は上がるらしい。まだまだ例のウイルスも猛威を振るっているが、他の病気の予防も気を付けていきたい。
手洗いうがい、部屋の環境、生活習慣の見直しで健康的な生活!という事で年末まで元気に頑張っていきたい。読者の皆さんも良い一日を!