御手洗ジャンクはハートフルシナリオを書きたい 作:ヤングコーン
私の名前は片桐陽子
うだつの上がらない物書きだ
怪文書をしたためる物書きだ
生まれて初めて恋を意識した
生まれて初めて愛を意識した
俺にとってイソフラボンは
私にとってジャンクは
俺はアパート清掃員になっていた。従業員の1人がやめるかもしれないので、近々新しい求人が出るかもしれないと柊さんには伝えた。仕事の時間はそれほど長くはないが給料はそこそこある。先輩に色々と教わりながら仕事をこなしていた。
仕事が終わって家に帰って来る。
…何か空しい。今の仕事はそれほど苦じゃない。だがこう…。
自分にはもっと何かあるはずだ。もっと大きなこう…何かが。そんな風に思える。でもあるはずがない。分かっているのだが、何かが腑に落ちない。…俺は作品は書けても商品は書けない。そういった。だが、未だに自分の中で何か納得してないのかもしれない。
心のどこかで小説家として売れる自分のビジョンを描いていたのかもしれない。職場の先輩は厳しさと優しさを兼ね備えた人だ。不満はない。こんな事を考える自分があさましく感じた。
「おかえり、貞夫さん」
沙織さんが迎え入れてくれた。少し前までは「檜木さん」だったが、割と打ち解けてくると何だか余所余所しくてつい最近名前で呼んでくれるようになった。(苗字を知らなかったからとは言え、沙織さんと呼んでいた俺はどうなんだろう)
「ただいま、沙織さん」
…こういう事を言っていいのか分からない。だが言いたい。ここ最近の沙織さんは非常にこう…色っぽい。少し前に俺とイソフラボンと沙織さんで遠くに服を買いに出かけた。余った生活費を叩いて色々と買った。彼女の趣味は変わらなかったが、イソフラボンの意見も取り入れて落ち着いた服も買った。
それもあるのかもしれない。いや…何といえばいいんだろう。
前に付き合っていた頃の沙織さんとはかなり変わった。話すときの声の抑揚の付け方、仕草、髪型…。細部に渡って徐々に変わっていった。はっきり言って日に日に俺の好みになって行っている。何故かは分からない。ドキドキした。
「あの、貞夫さん?」
「何でもない」
俺は家の中に入った。外の天気が怪しくなってきたため、彼女はスリッパをパタパタとさせて洗濯物を取りに行った。今の彼女を見てすぐに沙織さんだと気付くのは家族ぐらいなんじゃないだろうか。俺がソファでため息をついているとイソフラボンがやって来た。
「おっかえり~」
「ただいま…」
イソフラボンは自宅に帰る事の方が少なくなったので本当にこっちに引っ越した。いつの間にかはさっぱり分からなかったが、実は俺より早くスーパーの店員になっていた。生活費はちゃんとくれる。
「辛い…」
俺はため息をついた。
「何が?」
沙織さんの事についてイソフラボンに話した。
「多分、あの人ねぇ…好きな人に応じて自分を変える人だよ」
「そんなタイプいる??」
イソフラボンはスマホの画面を出した。そこには4組のカップルが映し出されている。これが何だと言うんだろう。
「このねぇ、女性側。全部同一人物」
「ええ?!!」
よく見ると確かに骨格とか…は一緒だ。でも、ほぼ別人だぞ…。こんなに変わる事ってあるのか?いや、というかイソフラボンの話が本当なら沙織さんは俺の事が好きって事になるんだが…。頭が混乱する。
「第三者から見ればはっきりわかるんだけど、沙織さんはジャンクをよく観察してるよ。まだどこか家に置いてもらえなくなったらって不安もあるんだろうけどね」
凛々解脱の会では気苦労が絶えなかったのかもしれない。また皆の事もよく見てるらしい。風呂上がりの匂いで、お風呂場にある美穂とイソフラボンの使ってるシャンプーやボディソープを言い当てた事もあり、洋服店に言った時はこの家にいる全員の服のサイズを正確に把握していたり…。
今まであまり恋と言うのをはっきり意識した事がなかった。もし本当に沙織さんが俺に向けているものが好意なのなら…と思うと……。
「隅に置けないねぇ…」
イソフラボンが俺を小突く。
「よせよ…」
彼女はけたけた笑いながら2階に上がって行った。入れ違いで沙織さんがやって来る。
「仕事はどう?大変?」
「まぁ覚える事は割と多いけどそれほどでも」
「そっか」
お互いに何も言わず一緒のソファに座り続ける。しばらくすると沙織さんは俺にもたれ掛かって来た。
俺は戸惑いつつも、彼女の肩に手を置いた。
「ただいまー」
隆盛が帰って来た。俺達は急いで離れていつも通りにふるまった。
私はスマホを閉じて机に置くと、ベッドに寝転がった。
「ガチャの排出率おかしいだろ…」
推しのSSRが来なかった事を愚痴を言った。しばらくすると沙織さんがドアをノックしてやって来た。話があるらしい。そして向かいの美穂ちゃんのベッドに座る。
やけに神妙な顔をしてどうしたんだろう。少し迷った様子ながら、ついに口を開いた。
「イソフラボンさんと貞夫さんってどんな関係です?」
ああ…そゆことね。完全に理解した。
「家族であり、敵であり、友達であり…そんな感じ」
「恋人とか…?」
私は体を起こした。適当に答えたのに真剣に答えられる。ううん…この子は割と冗談が通じないのかナ。
「私達はお互いに異性として意識できないんだよ。一緒にいると安心感を感じたりはするけどさ」
小説サイトで出会った事とか、今までの事をかいつまんで話した。この関係が恋だと思った事がある事とか、抱きしめ合ったりしたこともあるとか。彼女は真剣な表情で聞いていた。
ジャンクとの関係か…。実際はどうなんだろう。
美穂ちゃんの事も好きだ。ジャンクの事も…好きだ。likeとloveの境界というのは曖昧で、自分にも分からない。
「私…、貞夫さんの事が好きみたいなんです」
「……………」
「貞夫さんとイソフラボンさんは親しい仲みたいだから…。もし恋人じゃないなら、私彼に告白したいと考えています」
本気だ。
私は今まで、ジャンクとどう向き合ってきただろうか。ずっとはっきりしないまま関係が続くと思っていた。ジャンクと沙織さんが正式に恋人になるという事。それがどういう事なのか自分にも分からない。今迄みたいな距離感ではいられなくなるかもしれない。
ジャンクが私に興味を向ける事がなくなるのかもしれない。…それは少し辛かった。
でも、彼女の心が本気なら私も向き合わなきゃいけない。自分なりにけじめをつける必要がある。
「…3日だけ待って欲しい。私も自分の心と向き合いたい」
沙織さんはうなずいた。
「わかりました。…私達、恋敵…なんですかね」
「かもね」
お互いに笑った。
「と言う訳ですよ」
私は美穂ちゃんに相談していた。彼女はあたりめを食べながら漫画を読むのをやめた。
「イソフラボンさん、私と言う女がありながら!よよよ、遊びだったのですね!」
「違うのじゃ…これは違うのじゃ…」
いつもの悪ふざけをやり取りをする。それからちゃんとした姿勢で相談を聞いてくれる。
「私はね…美穂ちゃんも好きなんだよ。でもジャンクも好きで…。どっちが本当の気持ちなのかわからないんだ」
「どっちが偽物って事はないでしょ。私と、兄さんと愛しいと思うならそれは紛れもなく本当の気持ち」
どっちも本当か…。なら迷うはずだ。
「私はどうすればいいと思う?」
私は思い切って美穂ちゃんに聞いた。彼女は笑う。
「それは私が選ぶ事じゃないから。イソフラボンさんが決めなきゃダメ」
美穂ちゃんは厳しい。でも当たり前と言えば当たり前だ。こんな事そもそも本人に聞くべきじゃない。美穂ちゃんを前に心は揺らぐ。どうしたらいいんだろう。
きっと、ジャンクの前でも変わらない。こんな話はできっこない。どうしたらいいんだろう…。
「ちなみに、もし私がジャンクに告白するって言ったら?」
「イソフラボンさんを振り向かせるなんて難しくない。私は実力で兄さんからあなたを奪ってみせる」
面向かって言う自信が凄い。…ちょっとだけ奪われてみたい気もする。美穂ちゃんはため息をつきながら起き上がると私の所まで来る。そして軽く私を突き飛ばすと壁際に追いやる。
そして私の頭のすぐ隣を左手の掌でドンっと叩く。私の頭の上を右腕で押さえ、そこにデコを置いた。眼前に美穂ちゃんの顔がある。
「陽子…私の女になれよ。私でお前を上書きしてやるから…」
美穂ちゃんの低音ボイスはイケボ過ぎて死ぬる。
「美穂…好きぃ!」
私達はキスするなりハグするなりそれはもうイチャイチャの限りを尽くした。
10万文字達成~!