「ここですよ」
首根っこを掴まれて引きずられるようにして連れて行かれた私は、一軒の家の前に立っていた。
「ほら、入ってください」
私は心の整理する間もなく、家の中に入らされた。
何でついさっき初めて会った人の家にお邪魔することになってるんだろう?これ大丈夫なのかな?
そりゃ私から申し出た事ではあるけどさ、こんな無理矢理にするかな?そこで一悶着くらいあってもいいと思うんだけど。
それに会って間もない人をよく家の中に入れられるなぁ。
いくら子供だからといってその辺は警戒しないと危ないと思うんだけどなぁ。
「お、お邪魔します」
そんな事言うタイミングも度胸も無く、私は男の子の家に入った。というかこの人はよくても、この人の両親は良しとしてくれるのかな?
そう思って家に入ったが両親らしき人は見当たらない。お出かけ中かな?
男の子はリビングの床に置いてあった座布団などを適当に退かすと、こたつを置けるスペースを作った。
「これでいいな。よし、こっち来て」
男の子に言われるがままに私は二階へと上がっていった。そして物置らしき所に案内される。
こう言ったらすごい失礼かもしれないけどさ、何か不審者に誘拐されたみたいに感じるんだけど。
「それじゃあ物運ぶから、大きいものは二人でやりますよ」
「え?あ、は、はい」
もう何が何だかよく分からないけど、こうなったらやるしかないよね。ちゃんとお礼したいし。
男の子は物置きの明かりをつけると、こたつを探している。
「えっと………あ、見つけた。運び出しますよ」
「分かりました」
それから私は男の子と一緒にこたつを出すと、リビングで組み立てていく。
小学校でも二人揃えば意外と出来ちゃうものなんだなぁ。思ったよりも早く終えることが出来た。
「ふぅ、何とか生放送前に終わったぁッ‼︎よし、これで温まりながら観れるぞぉ」
男の子は嬉しそうに二階からスマホを持ってくる。そういえばそんな事言ってたっけね。
それから飲み物とおやつらしきものをこたつの上に並べていくと、こたつに潜り込む。
「はぁ〜温まる〜。あ、手伝ってもらってありがとうございました」
男の子は何気なく私にお礼を言ってきた。でも私にとって、それは結構違和感のある事だった。
私は昔から誰かにお礼にされた事があんまり無かった。
元からそういうお礼をされる事をしないというのもあるけど、たとえ何かしてもそれに対してお礼なんかされた事が無かった。
「えっと………そんな、私も助けてもらいましたし」
「うるさかったから対処しただけです。この辺り結構うるさいんですよ」
うるさい、ね。たしかにあんなに大声出してれば迷惑にもなるか。ちょっと気をつけたいな。
いや、私に何が出来るというのだろうか。
自分の意見すらまともに言えない。言ったところで返ってくるのはいつも暴力や悪口ばっかり。
どんなに頑張って努力しようとしても、横からそれを力で押し潰される。それに抗う事も出来ない。
自分は弱い人間だ。一人じゃ何も出来ない。今日だってこの人が助けれくれなければどうなってたか。
そう思うと涙が浮かんできた。これだっていつものことだ。私を顔を伏せた。
「うぅ………」
ダメだ、今は人前なんだから泣いちゃダメだ。でもそう思えば思うほど涙が溢れてくる。
その時だった。
耳の中に何かが入ってきて、そこから音楽が流れてきた。
「え?」
私が驚いて顔を上げると、男の子が私と向かい合っていた。しかし男の子はすぐに目を逸らす。
これは………イヤホン?そこから音楽が流れてきてきる。この人がしてくれたみたいだ。
私はその場に座って、その流れてくる曲に耳を傾けた。安らぐようなゆったりとした曲の中に、たしかな力強さがある。
あぁ、何の曲かは知らないけど、私この曲好きかも。何か、元気が出てくる。
その曲に耳を傾けていると、自然と涙が止まってきた。気持ちが晴れるなんてことはなくても、悲しさが紛れた。
その曲が終わると、男の子は私の耳からイヤホンを回収した。そうなって私は初めて変なことをされたと感じた。
「あ、えっと………」
「いい曲でしょ?これ僕の好きな曲なんだよねぇ」
男の子はスマホをイジりながら言った。ゲームでもしてるのかな?
「え?あ、はい………すごいいい曲でした」
私は特に考えずに答えた。でも本当にいい曲だったなぁ。
「あなた、いつもあんな事されてるんですか?」
「ま、まぁ…………」
「へぇ、そりゃ大変ですねぇ」
男の子はスマホから目を離す事なく言った。身も蓋もない言い方だなぁ。
さっきもそうだけど、この人あんまり人とのコミュニケーション得意じゃないのかな?
「いいんです、慣れてますから。私はそうなるのが正しいのかもしれませんし」
今までたくさんいじめられてきたけど、もしかしたら私にも何か悪いところがあったのかもしれない。
いじめられている時にいつも思う事だ。
自分が正しいと思ってても、もしかしたら周りの人からしたら私が悪いのかもしれない。
「正しい、ねぇ。どんな時でも否定されて、押し潰されるから、ですか?」
「そうですよ………それならきっと、私の方が間違ってるんですよ。それでみんなから………」
私が正しい事をしてるなら、こんな事はされてないはずだ。それなのにいじめられてるなら、きっと悪いのは私なんだ。
「なるほど………まぁたしかにさっきのヤツらからしたら、悪いのはあなたなのかもしれませんね」
やっぱり………私が間違ってるんだ。何がいけないのかな?もう………嫌なのに。
「けど、それはあなたの中であなたが出した答えです。それは誰も分かってはくれませんよ?」
「………え?」
唐突に言われた言葉に、私は振り向いた。
男の子はスマホと向かい合ったまま続けた。
「あなたをいじめてるヤツらだけじゃない。あなたに何があって、どんな事を考えて、何をしたのか。人間なんて千差万別なんですから、そんな気持ちなんて分かり合える人なんていませんよ。人は、分かり合えない」
「分かり、合えない?」
「そうですよ。あなたが何があって何を正しいと感じたのか。その気持ちを分かってくれる人なんかいませんよ。そんな中で確立された正しさなんて、曖昧で不安定です」
その言葉は強く私に突き刺さった。
「それじゃあ………私はどうすればいいんですか?もういじめられたくないのに、それが伝わらないんじゃ………」
「まぁ無理でしょうね」
男の子はズバッと答えた。
そんな………私の気持ちは届かないんだ。
「けど、自分の正しさを貫く事は出来る」
「? 正しさを、貫く、ですか?」
「人は分かり合えない。だから自分の正しさは自分で決めるしかない。その正しさのためにどれだけの事が出来るか。たとえ手を汚して身を削ってでもその正しさを持っていられるか。それが貫くって事だと思いますよ」
私は………正しさから逃げようとしてたのかな?
分かってくれないからって、自分の正しさを捨てて、周りがみんな正しいって、そう思おうとしてた。
本当はそんなの嫌だって思ってたのに。
「けど、それじゃあみんなの迷惑になりませんか?」
「周りが本当にそう思うならぶつかってきますよ。それであなたが止まれば、向こうの正しさが強い。止まらないなら、ソイツらの正しさなんかその程度、って事です。別に理解される必要性はない」
そうか、そんなの必要ないんだ。
たとえ分かってもらえなくても、それを貫く。それに意味があるんだ。
「どんなに否定されても自分の正しさを貫いてみてはどうですか?どうせ誰も分かってはくれないんですから」
そうか………そんな簡単な事だったんだ。
「私に、出来ますかね?」
「さぁ?まぁそんなに肩の力入れる必要はないと思いますけど」
「そう、ですか………あなた、強いんですね」
誰に言われるでもなく、自分からそう考えられる。ほんの少しの間一緒にいただけで、私は彼の確かな意志の強さを感じた。
「そんな事ないですよ…………僕、何も守れなかった………ッ」
「え?」
「あ、あぁ、何でもないです。僕はただ自分勝手に生きてるだけなので」
自分勝手、かぁ。けど、それはそれでアリなのかもしれない。
そう思うと気がだいぶ楽になった。そのせいか少し眠くもなる。
うとうとした私の様子を察したのか、男の子は私をそっと受け止めて寝かせてくれた。
「少ししたら起こしますから、寝てていいですよ。東風さん」
あれ?何で私の名前知ってるんだろう?って、そうか、靴に書いてあるんだった。
そんな事を考えながら私は目を閉じた。
「………ち、東風!」
「ん………」
誰かに呼ばれた気がして目を開けると、目の前にお母さんがいた。
「もう、公園で寝てるなんて風邪引くわよ?ほら起きて」
え?公園?
辺りを見渡すと、そこはたしかにさっきまでいた公園だった。私、ベンチの上で寝てたの?
「さっき男の子が………」
「男の子?誰もいないわよ?」
たしかに周りには誰もいない。夢、だったのかな?
そう思って起き上がると、腕や足に違和感を感じた。
服を捲って見てみると、手足に絆創膏が貼ってあった。きっとあの人が貼ってくれたんだ。
するとポケットの中からカサっと音がする。手を入れてみると紙切れが入っていた。
取り出してみるとそこには短く『気休め程度にやっておいた 竜胆』と書かれていた。
竜胆………この人の名前か。
「東風、どうかしたの?」
「ううん、行こうお母さん」
私はベンチから立ち上がってお母さんについて行く。
その時公園の茂みにサッカーボールが落ちているのに気がついた。あれって………さっきの上級生の人達の?
竜胆さんの説得で帰ったなら持ち帰ってるはずなのに、忘れたのかな?
そんな事を考えながら、私はお母さんの後について行った。
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