「…………んっ」
頬に違和感を感じて、私は目を覚ました。するとそこはバスの中だった。
あれ?………私………って、そうか。私修学旅行中で、さっきまで寝ちゃってたんだ。
目が覚めて意識がはっきりしてきた私は、違和感を感じた頬の方に目をやった。
するとりん兄が私の頬を引っ張ってむにむにしていた。楽しそうにイジっている。
「…………りん兄?」
「お、起きたか。そろそろ着くよ」
私は若干寝ぼけた頭でりん兄の言った事を咀嚼した。あぁ、今旅行の帰りだっけ。
「さっさと起きろ。んでもって離れてくれ」
ん?離れる?
りん兄にそう言われて、私は自分のいる位置を確認した。
私は今ガッツリりん兄の肩に頭を乗せて、寄り掛かるようにして寝ていた。
さらに寝ぼけてたからだろうか手まで繋いでいる。りん兄がするはずないし、私がやったのだろう。
「うわぁ!ご、ごめんなさい!」
その状況を察した私は急いでりん兄から離れた。
私ったらなんて事を⁉︎ここは家じゃないのにのんな甘えるような事をしてしまうなんて‼︎
「ったく………ちょっとは気をつけろよな」
りん兄は呆れるように言ってため息をついた。本当にごめんなさい。
そんなこんなで私達は無事学校に到着した。
自分の荷物を受け取り、全体で集合。それから先生の軽い話を聞いて今日は解散となった。
私はりん兄と一緒に帰る事にした。
「りん兄、これから雛罌粟さんの所行くんですか?」
「ん?まぁそうだな。お土産も渡したいし」
そうは言うけど、私はりん兄の表情を見て理由がそれだけじゃないのを察した。
りん兄の顔はどこか楽しそうな感じが見て取れた。雛罌粟さんと会うのが楽しみなんだろう。
そうか………りん兄はもう、会うだけでこんな顔になるようになったんだ。私じゃなくても。
そしていつもりん兄と別れる場所まで来た。
「んじゃ、僕はこれで」
りん兄はそう言って、私と行く方と反対方向に向かって歩き出そうとした。その背中を私はどこか悲しく感じた。
りん兄はこのまま………私から離れちゃうのかな?そんなの………絶対嫌だ!
「あ、あの…りん兄!」
「ん?どした?」
りん兄は立ち止まって私の方を振り返る。それだけで私はとても嬉しかった。
「少しだけ、私と付き合ってもらえませんか?」
「は?………まぁ構わんけど、どこか行きたい所でもあんのか?」
そう聞かれて私は何も言えなかった。つい口から出てしまった事でどこに行きたいなんてあるわけない。
私は頭の中でぐるぐるとした思考で考えた。えっと………
どうしようか考えながら、私は反射的に動いていた。
私はりん兄の方に歩くと、彼の手を掴んで引っ張って行った。
「ちょ、ちょっとついてきてください!」
「は?お、おぉ………」
りん兄は戸惑っているが、そんなの私も同じだ。何でこんな事してるのか分からない。
どこに行くかも考えていない中で、私は町の中を歩いた。
とにかく今はりん兄を離したくなかった。
ワガママかもしれないけど、今離したらずっと私から離れてしまうと思ったから。
「おい東風、お前どこに行こうとしてんだ?」
「え、えっと………」
さすがにりん兄が怪しみ始めた。これ以上は無理だと思って歩みを止める。
私は伏せていた目を上げた。
そこは私がりん兄と初めて出会った公園だった。
どうやら適当に回っていて偶々ここに着いたみたいだ。何でこんな時に………
私は公園の景色をジッと眺めながら、その場に立ち尽くしていた。
「東風?お前どうかしたのか?」
「私は………」
りん兄に言いたい事なんて山ほどある。けどそれは私の喉まで来て止まってしまう。
それを言ってしまえば、もう今までみたいにいられなくなってしまうから。
けど心の底では言った方がいいって叫んでいる。それは戸惑っている私の理性を跳ね除けて出てきてしまう。
結果私は自分でもよく分からない事を言ってしまう。
「りん兄は………雛罌粟さんの、どんなところが好きなんですか?」
私、何聞いてるんだろ。私はこんな事が言いたいんじゃないのに。でも、心はもう止まらなかった。
「は⁉︎きゅ、急にどうしたんだよ?」
突然の事にりん兄は恥ずかしそうに戸惑っている。
「答えてください」
「嫌だよ。な、何でお前にそんな事………」
「いいから答えてよ‼︎」
私は何故か叫んでしまった。心の中がぐちゃぐちゃで、自分が何したいのかも分からない。
「東風………お前どうしたんだ?………ッ⁉︎」
私は、心配そうに聞いてくるりん兄の胸に飛び込んだ。りん兄は反射的に受け止めてくれる。
「お願いだから………答えてよぉ………」
私は自分の目が熱くなっていくのを感じた。それは涙となってツーーッと私の頬を流れる。
「東風………」
りん兄は戸惑いながらも抱き返してくれた。そして私の頭をそっと撫でてくれる。
何で………こんな時も優してくれるの………
「そうだなぁ………正直、僕もあの人の事が好きなのかよく分からないんだよ。これまで人の事好きになった事無いし」
りん兄はそのままそっと話し出した。
「けど、少なくともあの人はとても魅力的だった。何か温かくて一緒にいて落ち着くし。後、淹れてくれるコーヒーが美味い」
ポツリポツリとりん兄は話してくれる。その顔は少し赤かった。
「たぶん、僕の求めてた大人ってのがあの人なんだよ」
求めてた、大人………
私は昔りん兄に何があったのかは知っている。その時にりん兄は周りの大人や友達が信じられなくなった。
それはりん兄が頭で思っていた存在と違ったからだ。
「もちろん今の僕をあの人に受け入れてもらうつもりはない。そんな事させたくない。けど………」
りん兄はどこか懐かしそうに言った。
「もし、あの頃に雛罌粟さんと出会ってたら、たぶん僕はこんな風になってなかったな、って思ってな」
そうか………それがりん兄が雛罌粟さんと一緒にいる理由なんだ。
あの頃欲しかったものを今でも求めてるんだ。
「こんな事考えても意味ないのは知ってるんだけどさ。その………最初に雛罌粟さんに………こ、こ、告白、された時………もしかしたら、って思ったんだ」
りん兄が恥ずかしそうに言った。
まったく、人の人生めちゃくちゃにするのには一切抵抗無いのに、恋バナだけでここまで抵抗あるとは。
けど………
「それって………」
「ん?何だ?」
「い、いえ。何でもないです」
それって、私じゃダメなのかな?そう聞こうとした自分を何とか押し留めた。
「も、もういいだろ?これ以上言わせんな」
りん兄はぶっきらぼうに言うと私から離れようとした。でも私はしがみついて離さない。
「ちょ、東風⁉︎まだ何かあるのか?」
あるに決まってる。ちゃんと言いたいこと言えてないから。でも………
「り、りん兄………りん兄は雛罌粟さんと、その……付き合ってるわけじゃないんですよね?」
「は?…ま、まぁ………何というか、お互いそういう関係には早いかなって事で。というか水族館でも言ったけど、僕は誰かと付き合っていい人間じゃない」
たしかに………りん兄は誰かと付き合っていい人間じゃない。それを私はちゃんと分かってる。
けど………
「それじゃあ。もしも今ここで、私が、りん兄と…………つ、付き合いたいって言ったら………どうしますか?」
結局逃げちゃったなぁ。ストレートには伝えられなかった。
けどこれが私の出来るりん兄への告白代わりだ。
「いやいや、そんなの………あり得ないだろ」
「もしもの話です」
あっさり否定されちゃった。私のアプローチそんなに分かりにくかったかな?
「そうだなぁ…………たぶん、断ってる」
分かりきっていた答え、あまりにも当たり前な答えなのに、それは私の心に深く突き刺さった。
「な、なんで………です、か?付き合ってないなら、いいじゃないですか」
私は声が震えそうになるのを抑えて聞いた。これ以上聞いても傷つくだけなのに。
「うん。雛罌粟さんと一緒にいるようになって、大切な人となら付き合う事に抵抗が無いのは分かった。それはたぶん、お前とだって」
「それなら………なんで………」
「それは………順番、かな」
「じゅん、ばん?」
予想外の答えに私は戸惑った。
「あぁ。僕はお前と雛罌粟さん、どっちがいいかなんて選べない。その中で雛罌粟さんに先に告白された。だからあの人を選んだ。それが付き合ってないどんなに中途半端な関係でも、周りから好きだと言われても。っていうか、僕それ以外じゃ決められないし。今ここでお前に告白されても、僕は前に雛罌粟さんに告白されて、僕は受け入れた。それは覆したくないし、それ以外で僕は判断出来ない」
あんまりに彼らしい答えに私は笑ってしまった。
つまりたとえ二人から告白されても、順番以外で判断するのは無理って事だ。
「お前も雛罌粟さんも同じくらい大切だ。それなら、順番以外じゃ決められないだろ?」
まったく………性格とか見た目とか、言い訳ならたくさんあったのに。こういう時はちゃんと正直に答えるんだよなぁ。
「それじゃあ、もし、私が………転校する前に告白してたら?」
「たぶん………受け入れてた、かな」
りん兄のあまりにも素直な意見に、私は何も言えなかった。
「もういいか?そろそろ帰んないと年魚さん心配するぞ?」
「そう、ですね。付き合わせちゃってすみませんでした」
「別に。まぁ雛罌粟さんにお土産は明日渡すわ」
そう言って私達は離れた。
「それじゃあ、また」
「あぁ」
りん兄は家に帰ろうと、私に背を向けた。しかしそこで立ち止まる。
「あ!そうだ………これだけは言っとくか」
そう言ってりん兄は振り返り、私の頭をそっと撫でた。
「お前は強くなった。よく頑張ったな」
「………え?」
「あ、いや………文化祭の時とかも含めて、こういうのって言った方がいいかなって………と、とにかく!そういう事だから!それじゃあ!」
りん兄は早口で捲し立てると、足早に帰って行った。恥ずかしいなら言わなきゃよかったのに。
私はその背中を呆然と眺めていた。
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