家に帰ってお母さんにお土産とかも渡して、片付けも大体も終わらせた後、私はお風呂に入っていた。
身体を洗ってから湯船に入って脱力している。肩まで浸かったことで水滴が鎖骨を通って胸へと流れていく。
私はボーッと天井を見上げていた。
頭の中には今回の修学旅行のことが思い出されていく。それのほとんどの隣にはりん兄がいた。
誰かと一緒にいられるのは当たり前じゃない。だからその一つ一つに感謝をしたい。
りん兄とまた一緒にいられるようになって、私はそれを強く思うようになった。
バスや飛行機では私の隣でずっと本を読んでいて、班行動でも好き勝手に動き回って、二人きりじゃなかったらほとんどの時間は耳栓をつけていた。
それでも彼は私の隣にいた。それだけで私は、とても嬉しかった。
水族館では少しの間だったけど、二人きりで一緒にいられる時間もできた。りん兄と一緒に回れて、楽しかったなぁ。
こうやってまたりん兄と一緒にいられて、それが私にとってはすごい嬉しいことだ。
そして最後に思い出されるのは、ついさっきの公園でのことだった。
頭の中がめちゃくちゃになってしまって、どうするべきなのか判断が出来なかった。
りん兄の心が別の人に向いている。それを意識しただけで心が痛んだ。
昔みたいに私だけを見ていて欲しかった。二人きりの時間を楽しんで欲しかった。
でも私は………
「フラれちゃった、んだよねぇ」
私はそっと呟いて目を閉じた。
りん兄からしたらよく分からない質問をされて答えただけかもしれない。でもその答えは真剣だった。
あの人付き合いの苦手だったりん兄が、一人の女性をあそこまで慕って、一緒にいたいと言うところなんて初めて見た。
きっとその場凌ぎの言葉なんかじゃない。
りん兄はそんな事言う人じゃない、というかあぁいう言葉を適当に言えるようなメンタルは持ってない。
それくらいにりん兄はあの女性、雛罌粟さんが好きなんだ。
何が好きかって聞いた時も、恥ずかしそうにはしてたけどそれ以上にすごく嬉しそうだった。
りん兄があんな顔をするなんて思わなかった。雛罌粟さんの事想って嬉しそうに話すんだよなぁ。
それが微笑ましくも妬ましくもあった。
大切なりん兄の恋愛を素直に応援したい。そう思う気持ちもたしかにある。
けどその中に自分がいないことに対する嫉妬もやっぱりあるわけで。
りん兄と雛罌粟さんが付き合っているのは、雰囲気を見ていれば何となくわかることだ。
周りの友達とは何かが違う。より親密で、その距離感は私がずっと求めていた物だった。
隣でりん兄の笑顔を見ていたい。堂々とくっついて二人きりの時間を楽しみたい。誰も知らないような一面を見せて欲しい。
それはりん兄といればいるほど強くなっていった。けどあの人の隣にいるのは雛罌粟さんだった。
りん兄は私と雛罌粟さん、もし告白されても決めるのは順番だと言っていた。そうでなければ決められないと。
りん兄らしい正直すぎる意見だ。嘘でももっといい意見無かったのかな?
順番、かぁ………
それなら、転校なんてするんじゃなかったなぁ。
私は心の中で呟いた。
お父さんの虐待が解決して、世間の目みたいな理由で私達は転校を勧められた。
それは学校の先生もそうだし、あの一件に関わったりん兄からもそれを勧められた。
けどお母さんは、ここに残る選択肢も残してくれた。
りん兄と私が仲良いのを知ったお母さんは、友達と離れ離れになってしまうと気を遣ってくれていた。
たしかに当時の私は、りん兄と離れてしまうのがすごい辛かった。今だってそうだろう。
せっかくお父さんから解放されたんだ。自由になれたのに、離れないといけないなんて。
それでも私は転校することにした。
その時私は学校でもイジめられていて、それはいつもりん兄が助けてくれていた。
りん兄に甘えてばっかりの自分が嫌で、強くなりたかった。
甘えてるだけじゃない、ちゃんと胸を張って彼の隣に立てる人間になりたい。
だからりん兄から距離をとって強くなろうとした。一緒にいたらいつまでも甘えちゃうから。
だから、転校を受け入れた。
転校してから、私はとりあえず取り組めそうな事には積極的に取り組んで、少しでも自分を強くしようとした。
ちゃんと強くなって、いつか再開した時にりん兄に認めてもらいたい。『頑張ったね』って褒めてもらいたい。その一心で。
それで今度こそ堂々とりん兄の隣にいれる、そう思ってた。
そしてついさっき、私がフラれた直後にりん兄は私の頭を撫でて『強くなったな』って言ってくれた。
りん兄は何となくと言っていたけど、私はとても嬉しかった。
その一言だけで、その言葉はこれまでかけられたどんな言葉よりも、私の心は満たしてくれた。
「もう………悲しめばいいのか喜べばいいのか分からないよ………」
一番聞きたく無かった返事と一番聞きたかった言葉を一度に受け取ったからなぁ。
けど、これはこれでいいのかもしれない。ちょうどよくこの想いも振り切れる。
りん兄と雛罌粟さんが別れる事はほとんどあり得ないと思う。
あんなにお互い愛し合っているのに、どこに別れる要素があるんだろうか。
だからもう私がどれだけりん兄にアタックしても、りん兄が私を振り向いてくれることなんてない。
それならそれでちゃんと諦めたかった。
恋人ではなくても友達として、まぁ後は妹として、これまでみたいに一緒にいたい。それでいいじゃないか。
いつまでもこんな想い引きずってたら、前に進めない。
それなら…………
『どんなに否定されても自分の正しさを貫いてみてはどうですか?どうせ誰も分かってはくれないんですから』
その時、ふと私の頭の中に浮かんだのは、初めてりん兄と出会った時に言われた言葉だった。
出会ってばっかりで私にも敬語だったずっと昔の話だけど、その言葉は今も覚えていた。
りん兄はどんな時も自分の正しさを持って、そのためにいつも全力を尽くしていた。
自分の正しさを貫くためならどんな事でもやる。それは出会った頃から変わらない、りん兄の信条だった。
周りにどれだけ否定されても、止められそうになっても、そんなの気にしないで進んできた。
私はそんなりん兄を尊敬していて、大好きだった。いつかあんな風に自分の意見を示せる人間になりたかった。
私は…………りん兄と付き合える。その未来が自分の中で正しいと思ってた。あの人の隣にいるのは自分だと。
そしてそれは今も変わらずに、残り続けてる。
目をそっと閉じる。私の楽しい思い出、その全てにはいつもりん兄がいた。あの人との記憶なら鮮明に思い出せる。
「…………うん」
私は湯船から出ると身体を拭いてパジャマを着た。
自分の正しさは自分で決めないと。
次の日、私は『Cafe Red Poppy』に向かっていた。今日はお休みなはずだけど。
近くまで来てみると、お店は閉まっていたけど中から話し声は聞こえる。りん兄と雛罌粟さんだ。
私は小さく息を吐くとお店の扉を開けた。チリンとベルの音がする。
「あ、ごめんなさい。今日はお休みで………って、東風ちゃん?」
「おぉ。お前、どうしたんだ?」
りん兄と雛罌粟さんがこっちを振り向く。カウンターにはりん兄が買った
「りん兄、今日この後時間ありますか?」
「は?ま、まぁ」
りん兄が戸惑いながらも答えてくれる。
「それなら今からデパート行きませんか?欲しい本があるって言ってたじゃないですか?私も一緒に」
「あぁ………どの道この後行くつもりだったし、いいよ」
「え?ちょっと待って、この後デートに誘おうと………」
「それじゃあ行きましょう!」
雛罌粟さんの言葉を遮って私はりん兄を立たせて引っ張って行く。
「ちょッ⁉︎何なんだよ…………じゃ、じゃあ雛罌粟さん。お土産それって事で。コーヒーご馳走様でした。それでは」
「えぇ⁉︎ちょっと!」
雛罌粟さんはあたふたしているが、りん兄は会話を切り上げて私について来る。
「あ、そうだ。りん兄」
「ん?何だ?」
私は扉の前で止まると、りん兄の方を振り返る。そのまま私はりん兄の首に腕を回す。
そしてりん兄の頬にチュッと唇を触れさせた。
「……………………………………………………………………………………………………………………………は、はぁぁぁッッッ⁉︎⁉︎」
数秒間ポカンとしていたりん兄は、顔を真っ赤にして驚いて狼狽えている。雛罌粟さんはまだポカンとしている。
「ほらりん兄、行きますよ!」
「ちょッ⁉︎お前何して………おい!」
私はバタバタしたままのりん兄の手を握ると喫茶店を出た。少しだけ雛罌粟さんの方に振り返ると、ペロッと舌を出した。
私は私がりん兄と付き合うのが正しいと思ってる。
それなら何があってもそれを貫こう。たとえりん兄が誰かと付き合っても、そんなの気にしない。相手とぶつかればいいんだ。
りん兄との付き合いなら誰にも負けない。りん兄の心が他の人に向いてるなら、こっちに振り返らせるだけだ。
「私はそれが正しいと思うから!」
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