第118話 春休み
「ねぇ、そっちに泊まってもいい?」
スマホを耳に当てていた僕は、ポカンとして呆然とする。
「は?いきなりどうしたんだ?」
『だから、春休みの間竜胆の家にお泊まりとか出来ないかなって言ってんの』
分は雛罌粟さんの妹で、お正月の時に雛罌粟さんの帰省について行った時に知り合った。
最初こそすごい当たりが強かったけど、何故かいきなり柔らかくなってしまった。
そして僕はその時
帰り際に連絡先を交換させられて、たまにだけど勉強を教えたりしている。
あれから少しずつではあるけど、成績も伸びていっているらしく努力の成果が窺える。
そんな事も忘れかけていた時、この電話がかかってきた。僕はハテナが止まらない。
「ウチに泊まりたいって事か?何かあったの?」
『えっと………ほら、いわゆる勉強の強化合宿的なヤツだよ!やっぱり画面越しだとどうしても伝わりにくい事ってあるじゃん?そこを直そう、みたいな』
いや言ってる意味は分かるよ?たしかにスマホだけのやり取りだと、僕としても教えにくいなと思う事はたくさんある。
直接教えられればやりやすいのはたしかだ。
けどだからってお泊まりして合宿って。部活じゃないんだからさ。
「そんなの僕がいいとでも言うと思うか?ダメに決まってるでしょ」
何が悲しくて春休みという貴重な一人で趣味に浸れる期間に、人を家に泊めなければならないのか。
分が近くにいる事自体は抵抗がない。ただ泊めるとなると色々と面倒だ。
「教える事自体は別にいいから、雛罌粟さんの所に泊まって通ったらどうだ?」
それなら僕としてもそこまで苦じゃない。いつも東風がウチに来るのと変わらないからな。
『別にそれでもいいけど、お姉ちゃんに話したらそれはそれで面倒な事になるよ?』
「は?どういう意味?」
どういう事だ?言ってる意味がよく分からない。
「とにかく、泊まるのはちょっと無理。大体僕に何のメリットもないでしょ」
メリットのない事に時間を割くほど、僕は春休み暇じゃない。やりたいゲーム、読みたいラノベが山ほどあるのだ。
『いやいや、メリットならあるよ』
「何?」
電話を切ろうとした僕は、ウンザリして聞きながら電話を切ろうとする。
『春休みの間、私が家事をやってあげる。それでどう?』
僕は電話を切ろうとしていた手を止めた。これはかなり魅力的な話だ。
たしかに趣味にガッツリ浸りたい僕にとって、休みの間の家事というのは非常に面倒だ。
もちろんいつもなるだけ簡略化して、より時短になるようにはしている。しかしどうしてもそこで潰れてしまう時間はある。
趣味に一分一秒をかけている僕としては、そんな時間やお金すらももったいない。
特に時間とかだと人の訪問とかね。面倒な時は居留守を使うけど、荷物の配達とかとなると出ないわけにはいかない。
しかも今回は春休み。学年が変わる事で、嫌でも整理しないといけないものもある。一人だと結構時間がかかるんだよねぇ。
その辺は面倒だと前から思っていた。
それじゃあそれを全部を
分の家事スキルが一定以上なのは、この前帰省した時に何となく感じられた。よくお手伝いをしてるのだろう。
さらに分は勉強の飲み込みはまぁまぁ早い方だと思う。それもこの前教えて分かっている。
軽く教えて、後は自主勉強をさせる。それだけでも充分な効果があるだろう。
何なら逆にして自主勉強で分からないところだけをパッと教えられれば、ものによってはほんの数分で済む。
たった数分の時間を使って、休み期間の間の家事が全てやらずに済む。しかもタダ且つ割と高いクオリティーで。
これはかなりお得だと思う。
「…………………ちゃんと龗さんの許可は取れよ?」
『そう言うと思って、もう許可は貰ってある。初日から行っていい?』
「あぁ。寝る場所とかは大丈夫だから安心して」
前に雛罌粟さんを泊めた時はそこでかなり狼狽えたが、今はもう大丈夫だ。
『話が早くて助かるわぁ。それじゃあ明後日に』
「了解」
そう言って僕は電話を切った。よし。
「ふぅ、何とかなったわね」
竜胆は物事を損得で決めるところがある。
だからちゃんと泊めるメリットを示せば断られる事はまずあり得ないだろう。
もちろん今回のお泊まり、ただ勉強をしたいだけじゃない。いわゆるアタックだ。
分は普段竜胆と会う事はない。だから竜胆に自分をアピールする機会がない。
けど春休みの間一緒に暮らしていれば、アタック出来る機会はたくさんあるだろう。
普段出来ないところを巻き返す。
お母さんである龗にも相談して『あの人の所なら大丈夫よ』と許可を貰っている。信頼って大切だなぁと感じた。
アイツ悪い感じはしないんだよなぁ。何となく危ない感じはするんだけどね。
「さてと、それじゃあ荷造りしないと!」
そんな事を思っていると、スマホにメールが届いているのが分かった。それを見た分は何とも言えない表情になった。
「こっちも、か」
そして二日後。
めんどくさい終業式も終わりとうとう春休み!
分はお昼頃に来るらしいから、あらかじめ家までの地図は送ってある。お迎えなんて面倒だしね。
午前中はのんびりと過ごした。宿題なんざある程度予想して出来るものから終わらせた。
そしてお昼頃になって、家のインターホンが鳴った。
「は〜い」
家の扉を開けると、そこには大きな荷物を持った
「久しぶり、竜胆!」
「そうか?」
たまに連絡してるから全くそんな感じがしない。
「まぁいいや。入って」
「うん。お邪魔します」
分を家に入れると、とりあえずリビングに荷物を置かせた。
「さてと、竜胆。今日はもうお昼ご飯食べたの?」
「いや、元から食べてないから気にしなくていい」
休みの期間は特に運動量が少なくなるからな。それで充分。
「アタシも外で食べてきたからいいかな。それじゃあ掃除とかは明日からやるとして………」
分はそう言うと、荷物の中から勉強道具を取り出した。
「早速、勉強教えて!」
「えぇ〜」
「何で渋るの!アタシ家政婦しに来たんじゃないんだけど!」
もういいじゃんそれで。
なんて事を言いたいところだが、そこは約束だ。仕方なく重い腰を上げる。
「そういえば寝る場所何とかするとは言ってたけど、どうなるの?別にソファーとかでも構わないけど。何なら一緒に………」
「あぁ、布団があるからそれ使って。寝る前に敷けばいいでしょ?」
今は二階に置いてある。後で持ってこよう。
「へ、へぇ、アンタ家に泊めるような人いないから、布団なんて無いとも思ってた」
「最近買ったの」
結構な出費だったけど、まぁいいよね。
「ふ〜ん。あ!もしかしてお姉ちゃんを泊める時のためとか………」
「さて、勉強するんだよな?何からやるんだ?」
余計な事言い出した分の言葉を遮って、僕はテーブルに向かった。
変なところで鋭いなぁ。
だってそういう事もあるかもしれないじゃん。その時ちゃんと寝る場所は必要かな、と思ったんだよ。
もちろん僕から誘う事は無いと思うけど。
「別に隠す事じゃないでしょ?それが不自然な関係じゃないわけだし。というか一緒に寝ればいいじゃん」
「そ、そんな度胸はございません」
前みたいに一緒に寝るという選択肢は、とりあえず消した。今でも結構ドキドキするんだよ。
そして僕は
予想通り飲み込みは早くて、僕のやる事はあんまり無かった。解いた問題を見て、出来そうなアドバイスをするだけだ。
よしよし、このまま暇になれば僕の時間を確保しながら、家事を任せられる。
それにしてもコイツも実力がついてるんだな。レベルが上がっているのがよく分かる。
そしてあっという間に夕方になっていた。分が夕ご飯を作っている間に僕は自室でゲームに耽っている。
いいなぁ、家の事を考えなくても何とかなるってのは。一人暮らしってそこが面倒なんだよね。
しかもお金がかからないってのが素晴らしい。家事代行サービスだとこうはいかないからな。
「おーい、ご飯できたよ!」
「あいよ〜」
僕は分に呼ばれて一階に降りる。食卓には美味しそうなご飯が並んでいた。
「冷蔵庫の中にあんまり無かったから、そんなにすごいもは作れなかったけど」
そうは言うが結構レベルは高いと思う。
「それじゃあ食べようか」
「あぁ」
そんなこんなで僕と
そしてそれは僕の忘れられない春休みの始まりだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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