僕は彼女に勉強を教えて、分は家の事を全般的にやってくれる。何ともありがたい話だ。
僕が予想した通り分は飲み込みが早く、やり方さえ考えれば僕が彼女の勉強に付き添う時間は大幅に削減出来た。
分の勉強の方も順調で、苦手なところを潰しつつ全体的にも向上している。
家事の面倒も無くなり、自分の趣味の時間は充分に確保出来る。これはこれからの長期休みの新しい過ごし方に組み込むべきかな?
ただ一つ不満なのは………
「………どう、竜胆!起きて!」
肩をゆさゆさと揺すられて、僕はいやでも目が覚めた。ゆっくりと目を開けていく。
「ん………んん………」
「あ、起きた?朝ご飯、もうできてるよ」
視界の情報がはっきりとせず、音だけが入ってくる状態だ。大きな声だけが聞こえてくる。
そうしているうちに、段々と目もはっきりとしてきた。
目の前にあるものがぼんやりとしたものから、はっきりと形が見えるようになる。
そこにあったのは僕のことをジーッと見つめる
結構近くまで顔を寄せているのか、顔の一部しか見えないまでになっている。
くりんとした目が僕のことをまっすぐとらえていた。
自分が仰向けに寝ているのは、いつもの事だから何となくの感じで分かる。
となると、寝ている僕に跨った状態で見てるんじゃないか?
そんな考えが浮かんできて、僕はようやく状況を全て理解した。
そしてそれと同時に、その状況が割とシャレにならない事にも気がついた。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ⁉︎⁉︎」
僕はすぐさま後退した。若干ベッドから落ちそうになったけど、そんな事気にしてる場合じゃない‼︎
「ちょッ、うるさいなぁ。朝くらい静かに起きなさいよ」
「変な起こし方するからでしょ!何やってるの!」
「アンタがいつまで経っても起きてこないから起こしに来たの」
だからって何で僕の上に跨ってるんだよ!普通に起こせばいいじゃん!たぶんそれじゃ起きなさいと思うけど。
「というか今何時?」
「えっと………六時くらい」
「起きるの早すぎるでしょ………」
春休みなんだし何も用事が無いなら十時くらいに起きても早いくらいだ。
だって昨日寝たの二時くらいだよ?
寝るの遅いって言われるかもしれないけどさ、アニメを観て、ゲームイベントの参加、ゲーム実況の生放送を観ればそれくらい当たり前だ。
「何言ってんの。休みだろうと規則正しい生活しないと!学校明けしてからキツいよ?」
「えぇ?………まぁそうか」
休み明け大体体調崩すから全くそんな自覚無かったわ。崩した時にちゃんと休めばいいし。
これが唯一の不満。
いや、母親と二人暮らしならそれが当たり前なのかもしれないよ?たださぁ、僕にはちょっと合わない。
「でもいくら遅いからって、その起こし方やめて。心臓に悪い。あと退いてくれ」
夫婦じゃないんだからさ、そういうのはどうかと思う。
「いいじゃんいいじゃん。こういうのやってみたかったの」
「なら龗さんにやりなよ………ったく」
目の前にいる分はいつもの私服にエプロン(自前)を着ている。その状況でやられると、何か………変な感じがある。
それ以前に年頃の女子が、同年代の男子と暮らしてるってだけでも問題なのに。さらにこんな起こし方するって。
跨っている状態で僅かに屈んでいるのは、色々ちょっとマズい。弛んだ服から少しだけ胸元が見えて………
「ちょっと、どこ見てんの〜」
ジト目でわざとらしく胸を隠す
「べ、別に何でもないよ!というか嫌ならそんな事しないで!」
「まぁ、アンタならいいけど………それよりほら、起きて」
分が僕をガクガクと揺らしてくる。ちょ、やめろよ………
「えぇ………もうちょい寝かせてよ。何も用事ないんだからさ、せめて十時くらいまで………」
「ダメだっての!だから早めに寝なよって言ったのに。それに、今日は用事あるでしょ!」
「は?………あぁ………」
そういえばそんな事言ってたな。何か買い物に付き合えとか言われていた。
「…………明日にしない?」
「昨日そう言ったから今日になったんでしょ!ほら起きて」
「ちょッ!やめろって!」
「別にいいでしょ?アタシだってアンタに裸見られてるし」
やめろ、今だにまだ気にしてるんだから。余計に思い出させるな。
「分かったから、起きるから」
「そう。それじゃあアタシ下で待ってるね。早く来なさいよ」
分はそう言ってベッドから降りると、一階へと戻っていった。アイツ結婚して子供できたらいい母親になるよ。
雛罌粟さんや東風もそうだけど、僕の周りにいる人って変なところで強気な人が多いなぁ。
まったく………それにしたって朝から心臓に悪いなぁ。まだちょっと顔が熱い。
昔のトゲトゲした
僕はのっそり着替えると一階に降りた。テーブルには既に朝食が並べられていた。
僕達は二人で朝食を食べる。うん、美味しい。
「それにしても、いきなり買い物ついて来いって何なんだ?この前まで買い物はお前一人で行ってたろ?」
「いや、それ以前にその買い物を他人に丸投げもどうかと………まぁいいや。ちょっとアンタと選びたいものがあるの」
「何を選ぶの?」
「それは後でのお楽しみ」
いや言ってくれてもいいだろ。
そんな話をしつつ僕達は朝食を終えると、それぞれ出かける準備をする。
と言っても僕はショルダーバッグに財布とスマホを入れるだけだが。春に外出るならこのパーカーで充分。
準備を終えた僕は、一階に降りた。おや、分はどこだ?
僕はそんな事を思って、大した意味もなくその辺を探した。
そして目の前にあったお風呂場の脱衣室の扉を何も考えずに開けた。
「ふふ〜ん♪…………え?」
するとそこにいた
上下お揃いの真っ白い下着一枚の姿で。
この前のように裸じゃないだけマシだったかもしれないが、それでも僕の思考を停止させるには充分だった。
白いブラからはさっき少し見えてしまった胸元がはっきりと見えていた。手足白くてはスラッと伸びている。
そして分の顔はどんどんと赤くなっていく。
正直に言うと、かなり魅力的だった。それだけに僕は
「ア、アンタねぇ…………」
分は顔を伏せると、近くにあった洗剤のボトルを掴んだ。僕はそこで動く事ができた。
「ふざけんなあぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ‼︎‼︎」
「ごめんなさい‼︎」
僕はぶん投げられた洗剤ボトルを避けながら必死に謝った。
「………アンタ、わざとやってるわけじゃないわよね?」
「んなわけあるか!脱衣室で着替えてるって可能性を忘れてたんだ!」
街の通りを歩きながら僕は必死に弁解していた。
「まったく………泊めてもらってる立場で言いたくないけど、一応女子と一緒に暮らしてるんだから気をつけてよね」
「本当にごめん」
いや、降りたら
本当に悪意はない。それは絶対だ。
「まぁ、アンタなら見られるぶんにはいいけど………」
「は?それってどういう………」
「な、何でもない‼︎今度やったら問答無用でお姉ちゃんに言うからね」
「ちょ、本当に謝るからそれはやめてくれ!」
絶対面倒な事になるから!
「と、とりあえず、僕をわざわざ引っ張り出してまで買いたいものって何?」
「それは…………あ、もうすぐ着くよ」
そう言って分は一軒お店の前で止まった。
「えっと………買うものはこれで全部かな」
私、
お母さんは今日もお仕事があるからね。家の事は基本的に私がやらないと。
春休みかぁ………りん兄は大丈夫かなぁ?
あの人長期休みになると、いつも徹夜が当たり前みたいになっちゃうからなぁ。それで毎回休み明けに倒れちゃう。
きっと今回もそうなんだろうな…………どうしよう、すごい心配になってきた。
ちょっとりん兄の所に行ってみようかな?さすがに一日二日で倒れるとは思わないけど、それでも気になる。
どうせならご飯作ってあげようかな。それで一緒に………なんか彼女みたい!
「むふふふっ!よ〜し、行くか!」
顔がニヤけそうになるのを抑えながら、私はりん兄の家に向かった。
修学旅行の後から私なりにアタックはしている。ちゃんと伝わればいいけど。
そんな事を思いながら歩いていると、道の向こうに見慣れた人影が見えた。
「あれ?りん兄じゃない?」
珍しいな、いつもは家から出ないのに。新しい本でも買いに行くのかな?
それなら私もついて行って…………そう思った時だった。
「お〜い、竜胆!」
りん兄の後ろを知らない女子が追いかけていた。強気な印象で、歳は私と同じくらいかな。
「アンタ歩くの早い!」
「早く終わらせたいからな。行くよ」
どうやら見た感じりん兄も心を許しているように見える。でもウチの学校の人じゃないよね?あんな人見たことない。
え?…………誰?
「それじゃあ、また来るね」
「ありがとうございました」
私、
周りの学校の卒業式が終わり、すっかり春休みモードの今日。それでも『Cafe Red Poppy』は変わらず営業中です。
午前中のお客さんは全て帰ったし、この辺でお昼ごはんにしようかな。
そう思って私はふと足を止めた。
そういえば夏休みの時、竜胆君ずっとゲームやってて倒れたんだったなぁ。
まさか春休みもそんな感じなのかな?それで大丈夫なのだろうか?
本人は分かってやってるとか言ってたし、わざとやってるんだろうけど、それでも心配だな。
今度のお休みの日に竜胆君の家に言ってみようかな。それでご飯でも作ってあげるか。
というのは半分近く建前で、純粋に竜胆君に会いたいよぉ。
春休み入ってから竜胆君がウチに来る回数が減った気がする。何か用事でもできたのかな?
それにこの前の出来事で、あんまりのんびりしすぎるのも良くないという事を突きつけられた。
竜胆君が修学旅行を終えて帰ってきた時、竜胆君はその日の翌日にお土産を持ってきてくれた。
ちなみにお土産はちんすこう。まぁあの子らしいよね。美味しくいただきました。
そしたら何か東風ちゃんがやってきた。
私の目の前で竜胆君とのお出かけの予定を決めると、彼を連れて行ってしまった。
せっかくデートに誘おうと思ったのに………まさか横から持っていかれるとは。
どうもその修学旅行で東風ちゃんがかなり吹っ切れたらしい。私に遠慮する事なく、目の前で竜胆君の頬にキスしてたし。
羨ましいなぁ………私も手繋いだりキスしたりしたいよ。
周りが何も無いから、つい今のままの関係で満足してしまう事があった。
だって、今でも竜胆君が側にいてくれるだけで充分幸せだし。
けど自分から攻めていかないと、何もしないままじゃ誰かに取られてしまう。
だって竜胆君、お正月は
もちろん竜胆君は周りの人と一緒にいるだけの感覚だから、決して浮気みたいな感覚がないのは分かってる。周りがそこで攻めてるだけだ。
けどさぁ………やっぱりどこかでちゃんと竜胆君とイチャイチャ出来るところが欲しい。
出来ればこの春休みもどこか二人でデートしたいなぁ、とか思っていたりするわけだけど、出来るかな?
休みの時に竜胆君の家言って聞いてみよう。電話とか出来れば楽なんだけど、私あの子の連絡先知らないし。
そんな事を考えながらぼんやりしていると、道の向こうから東風ちゃんがいるのが見えた。
何か考え事をしているかのように首を傾げている。どうかしたのかな?
「おーい、東風ちゃん」
何となく気になったので声をかけてみた。それに気がついた東風ちゃんはこっちを振り向く。
「あ、雛罌粟さん。こんにちは」
「こんにちは。何か考え事してたけど、どうかしたの?」
すると東風ちゃんは少し言いにくそうな顔をした。
「えっと………その、りん兄の事で」
「竜胆君?」
まさかもう倒れたとか?それだったらすぐに看病に行きたいんだけど。
「実は………さっきそこで、りん兄が知らない女の子と歩いてたんですよね」
「へ?」
私は思わず口をポカンと開けた。また別の女の子と?
けどそれはショックというより驚きだった。
竜胆君は基本的に人付き合いは良くない、というか悪い。だから学校でも友達はほとんどいないって聞いていた。
そんな彼が長期休みの時間を削って、歩く女の子って誰だろう?
「学校の子とか?」
「いえ。少なくともウチのクラスにあんな子いませんでしたし、りん兄がそれ以外でコミュニティを持っているなんて話聞いたことないですね」
となると学校外の子なんだ。竜胆君といつも一緒にいる東風ちゃんが知らないって相当だな。
「大体りん兄が人とお出かけするのって本当に珍しいんですよね。だからそれなりに仲のいい人、なはずなんですよ」
さすが幼馴染はよく分かっていらっしゃる。けどまぁ、竜胆君だって自分から友達を作る事だってある………はずだしさ。
「竜胆君も社交的になったって事かな?」
「あ、それは無いと思います。りん兄がそんなに自分の信念曲げるとは思いませんから」
はっきり言うね。私も何となくそう思うけど。
「それに一緒にいた子、割とりん兄の苦手なタイプに見えたんですよね。割と勝ち気な感じの」
あぁ、竜胆君苦手そうだなぁ。同い年で勝ち気な子ねぇ。そんな子が竜胆君といるなんて想像も…………………
ん?ちょっと待った。………………一人いるな、あり得る人が。
けど………まさか、ね………
「東風ちゃん。もしかしてその子って東風ちゃんと背丈同じくらいで、サイドテールの女の子?」
「あ、はい!そうです………って、雛罌粟さんの知り合いなんですか?」
嘘でしょ………だって………
そう心で否定するより先に身体が動いていた。私はエプロンを着たまま店を出て走り出す。
「え⁉︎ちょッ、雛罌粟さん⁉︎」
東風ちゃんが驚いて追いかけてくるのも構わず、私は全速力で走って行った。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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