『Cafe Red Poppy』はいつも通りに明かりがついていた。
そういえば雛罌粟さんって、僕が来ても来なくてもいつも待ってくれてるんだよなぁ。
嬉しいような申し訳ないような気がする。これからもうちょっと顔出そうかな。
店の近くに自転車を止めると、僕はお店の扉を開けた。
「すみませーん」
声をかけて中に入ると、僕は目の前の光景にふと動きが止まる。
いや、お店の中はいつも通りなんだよ。何も変わらない落ち着く場所だ。
そしてカウンターにはエプロンを着た雛罌粟さんがいる。いつ見てもほっこりする光景だ。
それでもいつもと違う場所、それはカウンター席だった。
いつもは無人のはずのカウンター席に人がいるのだ。
男性で年齢は雛罌粟さんと同じくらいだろうか。茶髪に染めた髪とピアスが軽そうな印象を受ける。
ニヤニヤとした顔をしていて、派手な色の服を着ている。見た目だけならあまり僕の得意そうな人じゃなさそうな気がする。
このお店の客にしては珍しいな。あぁいう人がこのお店に来る事なんてまず無いのに。
僕が入ってきた事により、二人の視線は僕に集まった。
「あ、竜胆君………」
「えっと………こんばんは」
明らかに雰囲気を壊してしまった事を察して、僕はどうしていいのか分からなくなる。
こんな時間にわざわざカウンター席に座ってるって事は、何か話してたんだろうし。
雛罌粟さんはいつも通りカウンターにいるが、何か元気が無さそうだ。少し悲しそうにも見える。
「ねぇ、人来たから今日はもう帰って」
雛罌粟さんがカウンター席にいる男に向かって言った。
その声はいつもの優しい声とは違い、少し怒っているようにも聞こえた。顔色もあまり良くなさそうだ。
いつもとは違う雰囲気の雛罌粟さんに、僕は少し怯んでしまう。
「えぇ〜別にいいじゃん。久しぶりなんだし、もうちょっと話そうよぉ」
男は間延びした声で言った。子供っぽいどこか舐めたような口調は、無関係の僕でも聞いていてあまり気持ちのいいものじゃない。
それにしても久しぶりって。あの軽そうな人は雛罌粟さんの知り合いなのか?
「あの子とは二人でお話がしたいの。今日は帰って」
「何でだよぉ。もうちょっと話そうよぉ。もうお店閉まってるんでしょぉ?」
とても大の大人がするような口調じゃない。コイツ何なんだ?
「プライベートで付き合いのある子なの。お願いだからもう帰ってよ………」
何かを我慢するような雛罌粟さんに対しても、男は甘えた態度を崩さない。
「えぇ〜めんどくさいなぁ………ねぇ、ちょっとお前外出てて」
男は僕の方を振り返ると、そう言ってきた。
初対面の大人に『お前』と言われて、さすがに僕も不愉快になった。一言言おうかとした、その時
雛罌粟さんがバンッとカウンターを叩いて叫んだ。
「あの子に勝手な事言わないで‼︎ここは私のお店なの‼︎」
僕は思わずビクッとしてしまった。
これまでの半年間以上、雛罌粟さんが怒鳴ったところなど見たことが無かったからだ。
雛罌粟さんはキッと男を睨みつけている。正直言って、あまり見たくない表情だった。
「はぁ……もう、分かったよぉ」
すると男は何でも無いように舐めた態度のままカウンターから立ち上がった。
「それじゃあ罔象ちゃん、またねぇ」
子供のような態度のまま、男は僕を一瞥すると隣を通り過ぎていった。そのままお店を出ていく。
………ん?今、何か…………
こうしてお店の中は僕と雛罌粟さんだけになる。重苦しい微妙な空気が流れてくる。
「えっと………雛罌粟さん、大丈夫ですか?」
とりあえず僕は雛罌粟さんに声をかける。あんなに叫んだ雛罌粟さんは初めて見た。心配になる。
「う、うん………ごめんね、せっかく来てくれたのに。目の前で怒鳴ったりして」
雛罌粟さんは申し訳なさそうに顔を伏せた。でもあの様子だけを見れば、雛罌粟さんが悪いようには見えない。
「いえ、僕はいいんで。それより今の人って………?」
「昔の、知り合い………かな。気にしないで」
そう言う雛罌粟さんは沈んだ表情のままで、すごい辛そうに見えた。何かあったのかな?
「あの、僕今日は帰った方がいいですか?」
「え?ううん、そんな事無いよ。全然大丈夫だから」
「そう、ですか………」
それならここはお言葉に甘えるとしよう。雛罌粟さんの事と心配だし。
こうして僕は少しモヤモヤとしたまま、雛罌粟さんのコーヒーを飲んだ。
その翌日、僕達は離任式があった。分の方もあるはずだから行かなくていいのか、と聞いたら『休む前提で来てる!』と言い切られた。
僕もぶっちゃけ離任式行きたくないんだよね。あの学校に別れを惜しむ教員なんていない。
他地方なりあの世なりどこにでも好きに行けばいい。礼なんて貰いたい人から貰わないと意味ないのに。
ただその後の次の学年の引っ越しがあるからな。サボったらそれはそれでめんどくさい。
というわけで僕はいつも通り東風と学校へ向かっていた。僕は昨日の事を思い返して電車の中でため息をついた。
「りん兄、どうかしましたか?今日ちょっと元気ないですよ」
すると東風が不思議そうに聞いてきた。おっと、さすがに顔に出てたかな。
「昨日、分の前であの夢見ちゃってな。アイツに心配かけちゃったんだよ」
東風は僕の事を知っているので、これだけで充分話が通じる。
本当は雛罌粟さんの事も気にはなっていたが、それは敢えて黙った。僕だってよく分からない事だし。
「あぁ………そういう事ですか。…………あの、余計なお世話かもしれませんけど、一つ聞いていいですか?」
「ん?何?」
僕はラノベを開きながら聞いた。
「りん兄は雛罌粟さんにいつ話すんですか?その………今の自分の事」
そう言われて僕は手を止めた。
「………前にも言わなかったか?話さないよ。これまでも、これからも」
僕はそう言ってラノベを開いた。
「けど、それがずっと続くとは思えませんよ?どこかでバレてしまうんじゃ」
「どうやったらバレるんだよ。それに雛罌粟さんとの関係も永遠じゃない。むしろ万が一バレたら別れる。いい区切りじゃないか」
こういうのって切り出すのめんどくさいからな。何かきっかけがあった方がいい。
「りん兄は、それでいいんですか?だって、あんなに仲良さそうにしてて………」
「僕はそんな事していい人間じゃない。僕の交友関係の中でそれを一番よく分かってるのはお前なはずだ」
「それは………そうですけど。けどちゃんと話せば雛罌粟さんだって分かってくれますよ。私だってそうなんですから」
たしかに、あの人なら受け入れてくれるかもしれない。それどころか手を差し伸べてくれるだろう。優しい人だからな。けど
「それこそ却下だ。あの人はあの人で抱えてる問題がある。ただでさえ大変なのに、僕の事まで気負わせたくないんだよ」
あんなに明るくて優しい人を悲しませるような事だ。そんな軽々しい事じゃない。
そんな重いものを背負ってる人に、これ以上のものを背負わせるなんて出来ない。
けど、雛罌粟さんに話したら絶対に手を貸そうとするだろう。そんな無理はさせたくない。
「なるほど。そういう事ですか………」
「は?何がだよ?」
「いえ、何で二人の関係が進展しないのかって思ってたんですよ。それって、りん兄が雛罌粟さんを近寄らせないようにしてるからじゃないですか?」
「それは………」
僕は何も言えなかった。その自覚はある。たしかに僕は意図的に雛罌粟さんを避ける時がある。
けどそれは、そうしなければどこかであの人に頼ろうとしてしまうから。心のどこかであの人に頼ろうとしてしまっている。
でもそんな事しちゃいけない。あの人にはあの人の背負ってるものがあるんだ。それなのに僕の事まで背負って欲しくない。
「りん兄の事だから、その雛罌粟さんの問題も何とかしてあげたいと思ってるんじゃないんですか?」
「それは、まぁ………何とか出来るならしてやりたいよ」
「それなら自分から近寄らないと。遠い所から手を伸ばしても届きませんよ?」
そのタイミングで電車が止まった。僕達は電車を出て学校に向かった。
学校にいる間、僕の頭の中にはずっと東風の言葉が残っていた。
その日の夜。僕は『Cafe Red Poppy』に向かっていた。昨日の事も気になったが、単純にコーヒーが飲みたかった。
僕はお店に着くと扉を開けた。昨日の男はいなかった。少し安心した。あんな雛罌粟さん、見たくないし。
「あ………竜胆君………いらっしゃい」
カウンターではいつものように雛罌粟さんがいた。けど、表情が昨日と同じで晴れていない。
まだ昨日の事引きずってるのかな。まぁ下手なことを言う必要は無いか。
「こんばんは」
「うん………あのさ、今日は………私の部屋で、飲まない?」
「へ?まぁ、いいですけど」
珍しくは無いにせよ、ここ最近は無かったな。何かあったのだろうか。
「それじゃあ先に部屋に行っててよ。コーヒー持って行くから」
「分かりました」
僕は先に雛罌粟さんの部屋に入った。しばらくして雛罌粟さんも入ってくる。
僕達はソファーに座ると、雛罌粟さんがコーヒーを出してくれる。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
僕はコーヒーを受け取ると、一口飲んだ。
「ふぅ、美味しいです」
「うん。ありがとう」
それから僕はいつもの落ち着いた時間を楽しんだ。
すると雛罌粟さんが口を開いた。
「ねぇ、竜胆君。実は………ちょっとお話があるんだけど」
いつもより沈んだ声の雛罌粟さんに、僕は少し戸惑った。どうしたんだ?
「は、はい………何でしょうか?」
僕が尋ねると、雛罌粟さんは大きく息を吸って吐いた。
「私………この関係を、終わらせたいの」
「……………………………え?」
雛罌粟さんの言っている言葉の意味が分からず、僕は聞き返した。
すると雛罌粟さんは僕の方を振り向いてきっぱりと言った。
「私は…………竜胆君と別れたいの」
最後まで読んでいただきありがとうございました。何となく重く感じる人もいるかもしれませんが、ちゃんとr18要素も入れていくつもりですので。
評価、感想等ありましたら、ぜひよろしくお願いします。