それから三日ほど経った。
当たり前だけど僕は雛罌粟さんのところに行かなかった。分は不思議がってたけど、何も言わずにおいた。
ゲームしようと思っても、アニメ見ようとしても、全部内容が頭に入ってこない。
諦めてその日は特に何かするわけでもなく、たまに分に勉強を教えて、後はダラダラと過ごした。
そしてその日の夕方。自室にいた僕は、一階に降りた。分の勉強見たいと。
まぁ今回はそれにプラスで………
「あ、りん兄。ちょうどいいタイミングに。少し教えて欲しいんですが」
そう、今日は東風も来ていた。ついさっき来て『私も教えて欲しいところあるので』と言ってきた。
追い返すのも面倒なんで中に入れた。この際一人も二人も変わらん。分は何故か渋っていたが。
そんなこんなで僕は二人の勉強を見る事に。まぁいいけどさ。
「………んで、これを因数分解しな」
「おぉ、なるほど………って、りん兄どうかしましたか?顔色悪いですよ?」
東風が僕を心配そうに見てくる。くっ、コイツこういう時は鋭いんだよな。
「ん?あぁ………長期休みはゲーム三昧だから毎回こんなんだ。いつものこったろ」
「いや、たったの三日でそうはならないでしょ」
向かい側にいた分も言ってくる。
そう言われて、僕は何と言おうか迷った。たしかに今日の僕の顔色は良くないだろう。それにゲームだってここ三日間は何もしていない。
「コイツ最近ご飯も碌に食べないんだよね。どうかしたの?」
「別に………」
適当に濁して部屋に戻ろうとすると、東風に袖を掴まれた。
「りん兄、何かあったなら話してください。さすがにそこまでなると心配なんですが」
「お前らが気にするような事じゃない。大丈夫だ」
僕は東風の手を振り払うと、階段を上がろうとした。その時
「そういえばアンタ、ここ数日お姉ちゃんの所行ってないよね?それが原因?」
分に鋭く突かれて僕は立ち止まった。やっぱり不審には思うよな。にしても触れられたくないところをピンポイントで。
「え⁉︎りん兄、雛罌粟さんの所に行ってないんですか?」
よっぽど意外だったのか、東風は目を見開いて驚いた。
「まぁな。別によくある事だ」
「けど、ついこの前まで普通に行けてたじゃん。アンタが何の理由も無く行こうとしないなんて思わないけど?」
「………」
僕は何も言えなかった。どうやら二人は僕の想像以上に、僕のことをそれなりに学んでいるらしい。
「お姉ちゃんと喧嘩でもしたの?それなら早めに仲直りしないと、愛想尽かされちゃうわよ?」
愛想、ねぇ………
「それならとっくに尽きてるよ」
「? それはどういう意味ですか?」
いつもなら適当に話を打ち切って終わらせるところだけど、今はそんな力も湧かない。
「雛罌粟さんと別れたんだ。だからもうあの店には行かない。それだけだ」
「……………………は?どういう事?」
「そのまんまだ。僕と雛罌粟さんは別れた、まぁ元々付き合ってはないけど」
分と東風は呆然とした様子で僕の方を見てくる。そんなに変だったか?
「何それ………アンタ何したの⁉︎」
「さぁな、僕にはてんで分からない」
「それじゃあ何で別れるなんて言われたのよ‼︎」
分が怒鳴るように聞いてくる。うるさいなぁ、何でそんなに必死なんだよ。
「なんか他に好きな人ができたんだと。別に変な話でもない」
「そんな急に………変に決まってるでしょ‼︎というかアンタは何でそんなに落ち着いてるのよ‼︎アンタの話なのよ⁉︎」
「他の人を好きになる。理論的に何もおかしくないからだよ。それを僕がどうこう言う権利なんてない」
あの人はあの人で新しい幸せを見つけた。それならそれでいいじゃないか。むしろ妹なら祝福してやれよ。
「……………アタシちょっとお姉ちゃんのとこ行ってくる」
そう言うと分は立ち上がって家を飛び出していった。僕は止める気にもなれず、それを眺めた。
『Cafe Red Poppy』は今日はお休みだ。
私はカウンターを拭きながら物思いにふけていた。その表情はきっと暗い事だろう。
カウンターを拭く布巾も全く動いていない。それを無理矢理動かす。
すると近くに置いてあったカップに腕が当たってしまい、それは床に落ちてパリンッと割れた。
「ひゃっ⁉︎…………あぁ」
私は割れたカップを見てため息を吐いた。この数日で何度目だろうか。
昨日はお客さんがいる中でそれをやってしまい、とても情けなかったな。お客さんにも迷惑をかけてしまった。
罔象は割れたカップをビニール袋の中に入れていく。
「竜胆君………」
彼の名前を呼んで、すぐに頭を振る。ダメだ………このままじゃ………
そう思えば思うほど彼の顔が浮かんでくる。
そういえば前にもこんな事があったなぁ。あの時も竜胆君の事考えてたっけ。
竜胆君と付き合う前、彼のことを襲ってしまい罪悪感で潰れそうになった事があった。
それでも彼は自分の事を励ましてくれた。それが嬉しくて、彼とずっと一緒にいたいと思った。
もしかしたら今回も………
「そんなわけないよね。何考えてるんだか………」
今回は自分から彼を拒絶したのだ。そんな事して来てくれるわけがない。
竜胆君………すごい沈んでたな。そうだよね。私だってあんな事言われたらそうなる。
それでも私の事を想って優しく祝福してくれた。言いたいこといっぱいあったはずなのに。本当にすごい子だよ。
本当なら今すぐ彼の元に行きたい。けど、そんな事したら………
するとお店の扉が勢いよく開いた。
一瞬竜胆君かと思ったが、目の前にいる人を見て私は思わず息を漏らした。
「分………」
目の前にいたのは妹の
「お姉ちゃん………ちょっと話があるんだけど」
その様子から何を言いたいかはすぐに分かった。
「竜胆から聞いたよ………アイツと別れたって」
私は何も言わなかった。いや、言えなかった。それはあまりにも怖かった。
「何で?アイツが何か悪い事したの?たしかに結構危なくてデリカシーとか無いヤツだけど、お姉ちゃんが本当に嫌がるような事するようなヤツじゃないはずだよ?」
フォローしたいのか蹴落としたいのかどっちか分からない評価だけど、私も同じ事を思ってる。
あの子は犯罪だって平気な子だけど、知り合った人を本気で泣かせるような事はしない。
「竜胆君から聞いてない?彼は悪くないの。私が………」
「新しく好きな人ができたんでしょ?それって誰?」
「それは………言わない。家族にだって秘密くらいはあるんだから」
分にはどう伝えたってバレてしまう。そうすれば大変な事になってしまう。
すると分はズカズカとこっちに歩いてくる。カウンターに入ってくると、私の目の前に立った。
そして腕を振った。振われた平手が私の頬をパチンッと叩いた。熱い痛みが頬から感じる。
「………アイツがお姉ちゃんの事、どんだけ想ってるか知ってる?」
顔を伏せた分が小さく呟いた。
「アタシ春休みの間アイツと過ごして、お姉ちゃんとの事聞いたの。そしたらアイツ………すごい生き生きして話してくれたの。いつも人相悪いアイツが、楽しそうに話してんのよ。アタシの気持ちも知らないで………」
分の竜胆君への気持ちは分かっている。というか知らないのは竜胆君くらいだろう。
五感や第六感で感じるものには怖いくらい敏感なのに、人の気持ちにはとことん鈍感な子………いや、そもそも興味がないんだろう。
「ちょっと前からアイツずっと変だった。ボーッとしてたり、ご飯食べなかったり、ずっと寝てばっかの時もあったの。それでも私に迷惑かけないようにって無理してて」
竜胆君………そんなに………
「私、お姉ちゃんがアイツを本気で振るような事しないって知ってるよ?他に何かあったんでしょ?」
そう言われて私はついビクッとしてしまった。
「一緒にいてすごい楽しそうにしてて、あんなお姉ちゃん久しぶりだった。ちゃんと幸せになれる人見つけたんでしょ?」
そうだ。竜胆君といていつもがすごい楽しかった。一日でも彼の事を考えない日は無いほどに、私は竜胆君の事が好きだった。
「そんな人とお姉ちゃんが簡単に別れるだなんて思えない。何かそうせざるを得ない事があったんでしょ?ちゃんと竜胆に話しなよ」
「それは………出来ない」
「それなら…………アタシがアイツと付き合ってもいいの?」
分の言葉に私は顔を上げた。分の表情は真剣そのものだった。
「アタシ竜胆の事好きだよ。結婚してもいいって思ってる。お姉ちゃんと竜胆が付き合ってるって言うから、何も言わなかったのに。お姉ちゃんが竜胆の事もういいって言うなら、アタシ、アイツに告白する」
分が竜胆君に告白する。竜胆君の事だ。今は混乱して受け入れられなくても、拒絶する事はないだろう。
そうしたらいつかは竜胆君は分と………そんなの………
「やっぱり今でも竜胆の事好きなんでしょ?本当の事言ってよ」
分はそう言って私に手を伸ばした。けど私はそれを手で弾いた。
「言えるわけないでしょ‼︎そんな事したら分とお母さんが殺されちゃうの‼︎」
気持ちが限界で、私は全て吐き出して叫んだ。
それからハッとして口を塞いだが、もう遅い。
「殺される………?アタシとお母さんが?どういう事?」
「そ、それは………」
「おいおい、話しちゃダメじゃんかぁ」
すると扉の前からいきなり声がした。分は振り向くと目を見開いた。
「ッ⁉︎ ア、アンタは………」
そこにいたのは前にお店に来たチャラ男、酢漿草 木偶だった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
評価、感想等ありましたら、ぜひよろしくお願いします。