「さぁ、着いたよ」
竜胆の保護者であるという女性、流鏑馬 鯨波さんが車のエンジンを切った。
アタシと鯨波さん、そして東風の三人は車から降りて竜胆の家に入る。
正直まだ頭の中が混乱したままだ。お昼までの事が走馬灯のように頭の中を駆け巡るが、全くついていけない。
そんなアタシを心配してか今日は東風がこの家に泊まることになった。家主が外泊して、さらに人が泊まりに来るというのも珍しい。
「それじゃあ後は任せていいかい?」
「はい」
東風が頷くと鯨波さんは帰ろうとした。まだやる事があるのかな?けど………
「あの、ちょっと待ってくれませんか?」
アタシは出て行こうとした鯨波さんを呼び止めた。
「ん?何?」
「少し聞きたいことがあるんです」
まだ色々と混乱してるけど、これだけははっきりさせておきたい。
「竜胆って何者?普通の高校生、じゃないんだよね?」
アタシの言葉に鯨波さんと東風が何とも言えない顔になって、顔を見合わせた。
さっきまでの事からして、話しにくい内容なのは分かってる。
アタシ達の聞いたことのない麻薬の名前を知っていて、殺し屋と呼ばれる人を瞬殺する。ただの高校生がそんなこと出来るとは思えない。
「ごめんね。本当はこんなこと聞いちゃいけないし、アタシが知ってもどうしようもないのは分かってるの。けど………」
アタシの頭には五日ほど前の竜胆の表情が浮かんだ。悪い夢を見てすごい苦しそうな表情をしていた。
アイツのあんな表情初めて見た。それと同時に助けたいと思った。
「もしアイツが何か苦しんでるなら、ちゃんと側にいてやれる人でいたいの。だから、教えてくれない?」
アタシなんかがアイツの問題の力になれるだなんて思わない。けど側にいて支える事は出来る。そのためにも、知りたいんだ。
「………分かりました」
東風が小さく頷いた。それに鯨波さんはギョッとする。
「ちょっと東風ちゃん⁉︎」
「大丈夫です。ここに来る前に、りん兄に分ちゃんがりん兄の事聞いたら教えるように頼まれてるので」
「………そうか。アイツがいいっていうなら、いいよ」
鯨波さんも納得したように頷いた。アタシ達はその場に腰を下ろした。
東風は緊張したように小さく息を吐くと、話し出した。
「りん兄、連枷 竜胆さんは────」
あれから何度も何度も絶頂に達した罔象は、僕の腕の中で脱力していた。真っ白な肌には赤い痕がたくさんついている。
部屋にはなんとも言えない匂いが充満していて、シーツは既に母乳や愛液によってたくさんのシミができている。
「ベッドすごい濡れちゃってるね」
「全部罔象が作ったシミだけどな」
「なぁッ⁉︎そ、それは………君が激しくしすぎるからでしょ」
僕達は見つめ合うとギュッと抱き合った。一糸纏わぬ姿の罔象の柔らかさと温かさがじんわりと染み込んでくる。
フッと微笑み合うと、唇を重ねてゆっくりと舌を絡める。
罔象は唇を離すと、僕に身体を預けた。
「ねぇ、私の昔の話、聞いてくれる?」
「え?………でも、それは………」
罔象の過去。詳しくは知らないけどあんまり良くないのだけは察している。
「君ならいいよ。私の事、ちゃんと知ってほしいんだ」
「………そういう事なら、聞かせてください」
「うん………」
罔象は頷くと話し始めた。
私の家はどこにでもある普通の家で、お父さんとお母さん、私と分の四人家族だった。
お父さんとお母さんはこの喫茶店を切り盛りしていて、私と分もここから学校に通ってた。
学校が休みの日なんかは私もちょっとお店手伝ったりして、家族四人でそれなりに楽しく暮らしていた。
けど高校二年生の夏、それが一変した。
私はある日同級生だった酢漿草 木偶さんに声をかけられて、告白された。
彼はクラスの人気者だったから、私に告白するなんて思っても見なかった。
その時の私は彼の本性なんて知る由もなくて、同級生でそれなりの付き合いがあった彼の告白を受けた。
私はすごい嬉しかった。これまで恋愛なんてした事がなかったし、全てが明るく感じた。
それからしばらくは一緒に帰ったり学校でお昼ごはんを食べたりした。それが私はすごい楽しかった。
家に帰るところで家族にも見られてしまったけど、それはそれで彼を紹介出来てよかった。
ある日、私は木偶さんの家に呼ばれた。
いわゆるお家デートってものかなと思って、私は意気揚々と行った。
あの人は大きなマンションの最上階に住んでいて、私は呆然もしながら入った。
木偶さんは私が部屋に入るなり、私の腕を引いて寝室に連れて行った。
そして私をベッドに押し倒した。
恋人なんだし、そういうのがあってもおかしくないとは思ってた。
けどその時の私にはまだ早過ぎたし、何より突然に押し倒して少し強引で怖かった。
私はその場の空気を壊すの覚悟で『まだちょっと怖いから無理かな』って言った。
あの人ならそれでやめてくれると思ってた。
けどあの人はやめてくれなかった。自分の服を脱いで私の服も脱がせようとしてくる。
私は必死に抵抗したけど、体格差で勝てなくて向こうもやめてくれない。
私は叫んだ。『何でこんなことするの⁉︎』って。
そうしたら木偶さんは何の躊躇いもなく言った。
『ヤるために告白したからだよ。他にお前に告白する理由があるか』
私は絶望に打ちひしがれた。初めてできた優しい彼氏だと思ってたのに。
私は精いっぱいの力で木偶さんを押し退けると、そのまま全力で走って部屋を出た。
そこから家に帰るまでの事はよく覚えていない。ただ必死で足を動かしていた。
家に帰って家族にその事を話そうかと思ったけど、それはやめた。
どんな事があっても彼氏だった人だ。そんな人を悪く言いたくはなかった。
それから数日間、木偶さんと関わる事は無くなった。
少し寂しかったけど、自然消滅みたいな別れ方かなと思って経験としてしまっておこうと思った。
そう思っていた矢先のことだった。
私の一番の親友が事故で亡くなった事が、学校で知らされた。
木偶さんの事もあって少し傷ついていた心は、さらに傷ついた。
もちろん葬儀にも周りの友達と出席した。
するとそこには木偶さんの姿があった。その親友とはあまり接点が無かったはずなのに。
その事を不思議に思いつつも、私は前を向いて進もうと思った。こんなことでくよくよしてちゃダメだ、と。
そう思っていた時、お父さんからおばあちゃんが心不全で亡くなったという報告を受けた。
昔からよく遊びに行っておばあちゃん子だった私にとっては、気の沈む知らせだった。
親友に続きおばあちゃんまで亡くなってしまい落ち込んでいた私を、家族のみんなは気遣ってくれた。
その気遣いにちゃんと報いろうと思った。頑張らなきゃって。
でもおばあちゃんが亡くなって一か月くらいが経った頃、当時小学生だった分が学校に行ってすぐ泣きながら帰ってきたそうだ。
実は学校で仲の良い友達が誘拐事件に巻き込まれていなくなっていたらしい。その子はウチに来ることもあって、私も会ったことのある子だった。
そして今朝、学校の前にその子の遺体が置かれていたらしい。学校に早く行く分はそれを見てしまったらしい。
分はその日一日中泣いていた。
その辺りから私は一連の出来事に不穏なものを感じ取っていた。ここまで自分の知ってる人が亡くなるなど不自然だ。
けど何の証拠もない。私はただ目の前の現実を受け止めた。
それからしばらくして私の小学校の頃の恩師の先生が、通り魔に殺されたという報告を受けた。
その次はよく遊びに行った親戚、大好きだった歌手、お店の常連さん。相次いで来る訃報は私の心を蝕んでいった。
そんなある日、私の携帯に一つの動画が届いた。送った人間は木偶さんだった。
あの人からの動画、あまりいいイメージが無かったのはたしかだ。けど、私はそれを観ないといけないと思った。
その動画を開くと、そこに映っていたのは亡くなった私の親友だった。手足を縛られてもがいている。
そこに木偶さんがやってきた。そして親友に覆い被さる。服を破り捨て無理矢理犯し、殴り殺した。
それを観て私は震えが止まらなくなった。それを嘲笑うかのように動画は続く。
今度はおばあちゃんの家の映像だ。誰かがこっそり侵入し、おばあちゃんの湯呑みに薬品を入れて逃げた。
それに気がつかないおばあちゃんは、いつも通りその湯呑みでお茶を飲んでその後すぐに苦しみ倒れた。
分の友達が木偶さんに誘拐されて、強姦されて殺された。遺体を小学校の前に置き、それを見た分が狂乱する姿。
それ以降も立て続けに亡くなった人達の死んだ時の映像が、全て録画されており、その全てが木偶さん、またはその協力者によるものだった。
私は思わず携帯を投げ出して絶叫した。
でも最後の木偶さんの言葉ははっきりと私の耳に届いた。
『全部お前のせいだ。お前が俺を不機嫌にしたからみんな死んだんだ。コイツらはお前が殺したんだよ』
私は気がどうにかなりそうだった。そして気がつけば送られた動画は消されていた。
全部あの時私が彼を拒んだから………そのせいでみんなが………
私が震えていると、今度はお母さんから電話がかかってきた。私は震える手を抑えて電話に出た。
そして銀行強盗に巻き込まれて、お父さんが殺された事を知った。
その日、私は動画の事、そして前にあった事を全てお母さんと分に話した。
二人とも仕方ないと感じたのか、責めることは無かったけどそのショックは大きかった。
二人はすぐにでも警察に訴えようとした。
しかし証拠もない上に、木偶さんの家が圧力をかけたのか警察も動いてくれない。
そんな中でも私の大切な人はどんどん容赦なく殺されていった。
私達はこれ以上周りに被害が出ないようにと、今の実家に引っ越した。常連さんの願いでお店は残して。
私は人と付き合うのが怖くなった。
でもこのままじゃダメだと思い数年前にこの街に戻って、お母さんの喫茶店を引き継いだ。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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