「………そう、だったんですか」
罔象の話を聞いて、僕は驚かずにはいられなかった。
酷い話なのは予想してたけど、これは予想以上のことだった。
あの男………もっと早く殺せばよかったな。
「あ、ご、ごめんね!なんか暗い雰囲気にさせちゃって!本当にもう昔のことだから、気にしない、ひゃっ⁉︎」
僕は罔象を強く抱きしめた。そして頭を優しい撫でる。
「罔象は強いなぁ。何があっても、ちゃんと前に進んでる」
「べ、別に………普通じゃない?」
「少なくとも僕は違うかな。僕の心はずっとあの頃のままです」
ずっと過去に縛られて前に進めない。それが今の僕だ。
「ごめん。僕の話、聞いてくれる?」
「………うん。聞かせて」
僕の父さんは組織犯罪の警察官だった。使命感が強くて、警察という仕事に誇りを持っていた。
『たとえ周りがどうなっても、自分だけの正しさを持て。そのために全力を尽くせ』
それが父さんの口癖だった。
父さんはある日とあるヤクの流通を調べる中で、ヤクをばら撒いてる組織が警察内部のヤツと繋がってる事に気がついた。
その組は人身売買とか武器販売とか手広く稼いでいて、政治家とも繋がってる。
父さんは調べたらどうなるか分かってた。けど、それでも父さんは自分の正しさのために捜査をしていた。
ある日、僕は下校中にその組の人間に無理矢理誘拐された。当時小学校低学年だったからな、余裕で攫われたよ。
僕が拘束されていた所には、他の父さんと一緒に捜査していた人の家族や友人がいた。
そして向こうは父さんに向けて二つの要求をした。
一つ目は捜査をやめること、二つ目は捜査をしていた父さん達が、僕達の代わりに捕まることだった。要求が呑まれなければ僕達を殺すと。
その見せしめとして、目の前で何人かの人質が殺されたのを僕は見た。
結果として父さんはその要求を呑んだ。僕達は解放されたが、代わりに父さん達は帰って来なくなった。
組が警察内部、それもかなり上の人間とつるんでいるせいか、父さん達は行方不明ということにされてしまった。誘拐事件も有耶無耶にされた。
僕達はなんとかしようと動いたけど、証拠は消される下手に手を出せば組の雇った殺し屋に殺される。
母さんは『すぐ帰ってくるよ』って言ってくれたけど、それでも僕は不安だった。
そしてとある日の夏、梅雨明け直前で雨が降っていた頃だ。
僕が母さんと一緒にいると、なんと父さんが帰ってきた。雨に濡れてびしょ濡れだった。
僕と母さんは喜んだ。やっぱり父さんはすごいと。
そして母さんが持ってきたタオルで父さんを拭こうとした時
父さんは母さんの腹を拳銃で撃った。
僕は目の前の光景が信じられなかった。母さんは倒れて辺りに血が広がる。
その時の父さんの目は虚で、まともな表情ではなかった。
父さん達は捕まった後、無理矢理体に新型のヤクを打たれていた。つまり実験体にされていたんだ。
それでその実験なのか、または遊び感覚なのかそれぞれ家族の元に帰された。
父さんの精神はもう死んだも同然だった。倒れた母さんに何度も銃弾を撃ち込む。母さんは動かなくなった。
そして今度は僕の方を向いた。今度は僕を殺すつもりだ。
僕は必死に逃げた。父さんは拳銃を撃ちながら追いかけてくる。
そして僕は自分の部屋のベッドの上に追い詰められた。
模様替えしたばっかりで、すぐ隣が窓になって僕が父さんに抵抗した弾みで開いでいる。高さもベッドのおかげでそこまでない。
僕が無我夢中で抵抗した結果、僕は父さんを窓から突き落とした。
父さんは落ちて死んだっけ。あの時の光景は今でも忘れない。
それからすぐに警察がやってきた。けど、警察は上からの圧力でまともな捜査なんてしてくれなかった。
警察の上の人間が手を回したのか『父さん達は行方不明中にヤクに手を染めて、家族友人を殺した』なんてシナリオができてしまった。
父さんは立派な犯罪者に、僕はその犯罪者の息子そして人殺しと見られるようになった。
親戚も世間体を気にしてか、そんな僕を引き取ってくれる人は誰もいなかった。来たとしてもウチのお金目当て。そんな人とはいたくない。
唯一お金目当てじゃなくて僕を引き取ってくれたのが、鯨波さんだった。父さんに昔世話になったから恩返しがしたいんだと。
僕は何とか父さんの無実を晴らそうとした。
父さんは近所じゃちょっとした人気者だったし、学校には相談出来る先生がいる。信頼している大人ならたくさんいた。
けど警察はもちろん周りの大人、信頼していた学校の先生ですら、僕の言うことを信じず腫れ物のように扱った。
信じていたのに、誰も分かってくれない。父さんの正しさまで否定された。
みんなちょっと前までは父さんの正しさに共感していたのに。風向きが悪くなったら手のひら返しだ。
僕は悟った。僕の信じていた人に本当の意味で父さんと分かり合えていた人はいないんだと。
父さんだけじゃない。人間が分かり合うなんて上辺だけだ。人は分かり合えない。
そんなヤツらが作り渦巻く正しさに何の意味がある。自分の正しさは自分で決めないと。
たとえこの手を汚してでも、自分の正しさを今から貫き通す。
父さんを殺したようなヤツら、何の正しさもなく越えてはいけない一線を越えたヤツらは、僕が今すぐこの手で滅ぼす。
そう思って、僕は殺し屋になった。
「………てな感じですかね」
僕は昔話を終えて罔象を見た。罔象は言葉に迷っていた。
「何も言わなくていいよ。変な話してごめんね」
結局僕はあの頃から何も変わってない。自分の正しさを貫こうと今も必死にもがいているだけだ。
「そんな………辛くないの?だって、何人も何人も、殺してるんでしょ………?」
「辛い、んですかね。よく分からないです。辛くないのかもしれないし、辛いのに慣れたのかもしれない」
僕の心にも人殺しが悪だという気持ちがあったはずなのに、今はそれが見当たらない。
この仕事をやってると割り切らないといけない時だってある。それはやっぱり慣れないな。
さっき僕が殺した殺し屋だって、たぶん木偶ってヤツかその親に雇われてただけで、彼らの主義思想であんなクズを守っていたわけじゃないだろう。
ちゃんと殺しを仕事として受け止めてる。僕からしたら尊敬したいくらいの人達だ。
あぁいう人を殺すのは、ちょっと心にくるものがある。
「竜胆君は………殺し屋、やめるつもりはないの?」
どこか不安そうな表情で罔象が聞いてくる。
「そう、ですね。やめない、というかやめられないかな」
「何で?」
「一度裏の世界に足を踏み入れたら、もう二度と戻れない。そういうものなんだよ」
たとえ戻ったとしても、心はどこか裏の世界に置いてきてしまうのだ。僕はもう、この世界から逃げられない。
父さんを殺した時点で、僕はもう表の社会に立つ事は許されないんだ。
「私だってちゃんと手を貸すよ。それでもダメなの?」
「うん。僕はやめるつもりはないから」
「それで、私と別れる事になっても?」
僕は言葉が詰まった。
たしかにこんな危ないヤツ、一緒にいたくないと思って当然だ。自分だって危険になるだろう。僕がそうだったように。
それなら別れようと言われてもおかしくはない。いや、僕自身時々考えていた事でもある。
僕は罔象の事を大切に思ってる。これからもずっと一緒にいたい。罔象を幸せにしたい。
けど殺し屋なんてやってたら、それも難しいだろう。むしろ離れていってしまう。
こんな仕事やめた方がいいに決まってる。それで罔象と幸せに暮らせばいい。
けど………
「ごめん。それでも僕は………殺し屋をやめるつもりはないよ」
殺し屋か罔象か。その道が迫られたら、僕は迷わず殺し屋としての道を選ぶ。
それで罔象と会えなくなるとしても、やめるつもりはない。
「どうして………?」
「僕は中途半端な気持ちで、罔象の側にはいたくない。ちゃんと自分の正しさを貫き通して、罔象と一緒にいたいんだ。そのために、殺し屋である事はやめられない」
だから殺し屋をやめて罔象と一緒にはいられない。
今の僕が自分の正しさを結果で示せるのは、そこしかないから。
たとえ違法だとしても、やめることは出来ない。
「そっか………よかった」
「え?」
予想外の返しに、僕は驚いた。てっきり拒絶されるかと思ったのに。
「だって、それが君の正しさなんでしょ?たしかに危ないし、やめてほしいって思うよ。でも、私が理由で君が正しさを止めちゃうのは嫌だからさ」
罔象は僕に顔を近づける。そして僕の頬に今日二度目のキスをした。
「だって私、自分の正しさを貫こうとしてる竜胆君が、大好きだから♡」
そう言って笑う罔象の笑顔は、とても綺麗で心が満たされた。
罔象はそっとほしいの手を握る。温かくて柔らかい罔象の手が僕の手を包み込んだ。
「君がこの手を汚すなら、私はそれを拭ってあげたい。私は君を受け入れるよ」
「罔象………」
僕達は見つめ合うと唇を重ねた。
正直最初は罔象の事をどう思ってるのか、自分でも分からなかった。けど、今は自信を持って言える。
僕はこの人のことが大好きだ。
これからずっと側にいてほしい。そう思える人なんだ。
「んっ………今日はキスいっぱいするね」
「もっと、いい?」
「うん、いいよ♡………んちゅ」
僕達はキスをして、舌を絡めた。くちゅくちゅと唾液の混ざる音が響く。お互いがお互いの熱に浮かれている。
「ぷぁっ…………竜胆君。私、もっと君とデートしたりお泊まりしたりしたいな。それでいつか、出来るなら………」
顔を赤らめたまま、罔象は小さく呟いた。
「結婚したいなぁ………♡」
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