「………そう、なんだ。アイツが………殺し屋」
アタシは東風と鯨波さんの二人から竜胆の話を聞いて頷いた。
二人は私に竜胆の今と昔のことを教えてくれた。
竜胆の正体と過去に何があったのか。それは私の想像を絶するものだった。
竜胆は裏の社会では『DEAD SURVIVOR』と呼ばれる殺し屋だそうだ。だからあんなに強くて麻薬のことまで知っていたわけだ。
「えっと………大丈夫?ごめんね、変な話しちゃって」
鯨波さんがアタシの顔を覗き込んで心配そうに言ってきた。
「あ、いえ………聞きたいと言ったのはアタシなので」
正直自分の中で現実離れすぎて、内容は理解出来ても上手く飲み込めない。でもあんなもの見せられて、嘘だと笑い飛ばせるわけもない。
それに竜胆が裏でそんな事をやっていたのも、大きなショックを与えていた。
不思議なヤツではあったけど、そんな事をするようなヤツには見えなかったからな。
「東風は知ってたんだ」
「あ、うん。引っ越す前に知ったんです。色々とあって」
さすが幼馴染、って事なのかな?そんな事知っててよく落ち着いてるよね。
「といっても私は殺し屋でもないし、りん兄の仕事を手伝った事もないんです。だから鯨波さんに連絡しろって言われて驚いちゃって」
「いやいや、驚いたの私だから。いきなりこの家から電話来たと思ったら、かけてきたのが引っ越したはずの東風ちゃんだし。しかも話聞いたら竜胆のヤツ、彼女できた上に家に別の女の子泊めてるなんて。ましてやそこから『サドイーター』に繋がるとか」
「え?りん兄私の事とか雛罌粟さんの事言ってなかったんですか?まぁらしいですけど」
東風は呆れたように笑った。たしかにアイツらしい。
「あ、あのさ………二人は、竜胆が殺し屋だって分かって、普通なの?何も思わないの?」
アタシだって、竜胆がどんな人間だろうと今の気持ちを変えるつもりはない。でも、どうしても頭がそれについていかない。
時間が解決するものでもあるから、当たり前なのかもしれないけど、それでも二人は落ち着いてると思った。
「私は、昔からりん兄といて、殺し屋であるりん兄に慣れちゃってるんですよね。本当は色々言うべき事あるんでしょうけど、言ったところで聞く人じゃないですから」
色々、か………私も、竜胆に会ったら言いたい事は山ほどある。文句や質問、まぁ明日たっぷりしてやろう。
「私はそもそも竜胆の仕事をサポートする事があるからな。別に今さらだよ」
「え?でも………たしかあなた刑事で………」
「警察官全てが日の光浴びて桜の紋章掲げられるわけじゃないって事。私もその一人。というか殺し屋なんて警察と繋がってるのがほとんどだよ」
そうなんだ………なんかあんまり聞いちゃいけない事聞いた気がする。デリカシーとかの前に、ちょっと闇が深い。
「それに、アイツが殺し屋になったの………私のせいでもあるんだ」
「え?それって、どういう………」
「アイツだって、最初から殺し屋になるつもりがあったわけじゃないって事」
話によると、竜胆は初めは鯨波さんの仕事を影で手伝うようにしたかったらしい。
その時竜胆はまだ小学生で、鯨波さんは警察官になって一、二年だった。
「当然私は断ったよ。アイツを危険な裏社会に巻き込めない。それで何かあったら竜胆のお父さん、扁螺さんに申し訳が立たない」
そう言う鯨波さんの表情は、どこか悲しそうに見えた。
「それに、アイツはこの世界に来ちゃダメだと思ったんだ。別に理解とか覚悟が足りないとかじゃない。むしろ逆だ、アイツは全てを理解した上で覚悟が整い過ぎてた。一度この世界に足を踏み入れたら、どんどん染まってしまう。そう思ったんだ」
竜胆………そんな昔から、危ない世界にいたんだ。それだけの覚悟を持っていたんだ。
「だから私は断った。辛いかもしれないけど、アイツには普通の人生を送ってもらおうとした」
だから鯨波さんは、竜胆を普通に育てながら裏では汚い事もして、自分で自分の正しさを貫こうとした。
しかしある日、鯨波さんが仕事をしていると、あるニュースが飛び込んできた。
鯨波さん達が捕まえようとしていたヤクザの一人が、死体で発見されたらしい。状況からして物盗りの犯行ではないかとされた。
それから一週間後、また捕まえようとしたヤクザが殺された、というか今度は行方不明だそうだ。
それを皮切りにまるで警察の先手を突くようにして、ヤクザや殺し屋くずれのチンピラが殺されていった。
「そこで私はまさか、って思ったよ。だからここに来てアイツに聞いた。そしたらね………」
「もしかして、全部竜胆が………?」
「うん。嘘でしょって驚きと、やっぱりって納得を両方感じた。アイツは私が越えさせまいとした一線を、何の躊躇いもなく自分の足で飛び越えたんだよ。私が断って一年もしてなかったのに」
そうか。アイツは自分の意思で、自分だけの正しさのために犯罪者になったんだ。そうまでする覚悟があったんだ。
「止めなかったんですか?竜胆を」
仮にも自分の引き取った子供がそんな犯罪に手を染めて、普通なら止めるだろう。
「たしかに、本当なら少年院に入れてでもやめさせるべきだった。それが竜胆を引き取った私の責任だよね…………でも、出来なかったんだ」
「何で、ですか?」
「だって、そんなの言ったって上辺だけだもん。本当は心の底から竜胆の事を応援してあげたかったから」
「応援、ですか?」
「うん。アイツが自分の正しさを貫こうとした姿勢、扁螺さんに似ててさ。気がついたらアイツの仕事を手伝ってた。馬鹿だよねぇ、親失格だよ」
鯨波さんはそう言ってフッと笑った。
鯨波さんが帰って、アタシと東風はそれぞれお風呂に入った。今はアタシが入っている。
東風はアタシのことを心配した竜胆からのお願いで、今日はお泊まりするらしい。アイツも過保護だなぁ。
湯船に浸かりながら、アタシはふと考えた。
もしお姉ちゃんが、木偶への復讐に犯罪を犯そうとしたら………
口ではダメって言っても、心ではやってやれって思っちゃう。お姉ちゃんが正しいと思うなら、応援しちゃうなぁ。
鯨波さんも同じ感じなのだろうか。
アタシはお風呂から出ると、身体を拭いてパジャマに着替えた。
するとリビングにパジャマ姿の東風が座っていた。
「あ、分ちゃん。傷の方は大丈夫ですか?」
「平気だって。ちゃんと手当もしてもらったし」
正直まだちょっと痛むけど、これくらいどうって事ない。
アタシは何となく東風の隣に座った。そういえば二人きりなのって初めてだっけ。何か気まずいな。
竜胆の妹分って話だけど、全く似てないよなぁ。主に性格とか。
「ねぇ、東風は何で竜胆が殺し屋だって分かっても、一緒にいようとしたの?怖くないの?」
「う〜ん、りん兄が危ない性格なのは知ってましたし、別にりん兄がどんな人でも、これまでのりん兄が変わるわけじゃないですし」
東風はどこか嬉しそうな遠い目をしていた。それだけで彼女の心情は察せた。
「そっかぁ………アタシは、何か竜胆が遠くに行っちゃった気分だな」
ずっと近くにいると思ってた竜胆が、実は全く違う世界の人間だった。そう思うと、どうしても遠く感じる。
すると東風がクスッと笑った。ん?何?
「そんな事無いですよ」
そう言って立ち上がると、階段を上っていく。アタシも後ろについて行った。
東風は竜胆の部屋に入ると、ごめんとばかりに軽く手を合わせてベッドの裏に手を伸ばした。
「ちょ、何やってんの‼︎ヤラシい本でも出てきたら………」
「りん兄がそういう読むの見たことないですし、あったとしてもネット上ですよ………っと、やっぱりあった」
そう言って東風が引っ張り出したのは、本の束だった。
「何それ?………って全部教育関係の本ばっかじゃん」
竜胆に趣味にしてはらしくない本に、私は驚いた。アイツこんなの読むんだ。
東風はその中の一冊をパラパラ捲った。
「りん兄の事だから、本屋のレシートを栞に………あった」
本に挟まっていたレシートを取り出すと、東風はそれをアタシに差し出した。
そこにはこれらの本の題名が載っていた。一気に買ったの?
そして日付のところに書いてあったのは、今年の一月の初めの日付だった。
「え?まさか………これって」
「はい。分さんは一月に雛罌粟さんの帰省でりん兄と知り合ったんですよね?それで勉強を教えるようになったと聞きました」
もしかして、この本全部………アタシに勉強教えるために買ったの?
友達に勉強教えるなんて、適当でいいのに。こんなたくさん本買ってまで勉強してたの?
アタシのために………?
「りん兄は普通の人間ですよ。普通に弱いところもあって、普通に努力して、普通に真面目な人なんです」
私はその本を見た。本当、真面目だなぁ。
竜胆がどこか特別な存在に思ってた。
けど違うんだ。当たり前みたいに痛みを感じるし、傷つく事があって、誰かの助けが必要なんだ。
この前、アイツが夢にうなされていた時があった。今ならその内容が察せる。
それなのに、アイツは苦しくても、アタシ達に心配かけないようにして………
「あのバカは………」
一言『苦しい』って言ってくれたら、アタシは喜んで手を差し伸べた。その痛みが分からなくても、そばにいてやる事は出来る。
でもアイツは………
「アイツ………明日絶対文句言ってやる」
「そうですね。私もです」
ちゃんと思ってる事を強がって伝えないヤツは、ついでに色々イジってやる。
あ、そういえば………
「東風はさ………竜胆の事、好きなの?」
「ふぇッ⁉︎あ、いや………それは………」
東風は顔を赤くさせてモジモジしている。やっぱりか。いるんだねぇ、あんなヤツ好きな物好きってのは。
「そ、そう言う分さんは………?」
「それは、あれだよ………一緒、かな」
アタシも物好きって事か。自覚はしてるけどね。
「アイツ、今頃何してるのかなぁ」
「この質問の後にその質問しますか?」
まぁさすがに察せるよね。きっとお姉ちゃんが帰省してきた時のような事だ。
お互いのことを知って、二人は深く結ばれているだろう。あの二人はお互いを思いやっている。いいカップルになるだろう。
けどそれを素直にお祝い出来るほど、私はできた性格はしていない。やっぱり悔しいし、悲しい。
東風も、そんな気持ちなのかな?
「あ〜ぁ、お姉ちゃんと竜胆、絶対付き合うよねぇ。諦めなきゃ、かなぁ」
「え?私りん兄の事諦める、というか遠慮するつもりはありませんよ?」
「………え?」
何言ってんだコイツみたいな言い方をしてくる東風に、アタシの方が何言ってんだコイツ、となった。
「いや、でも………アイツ彼女できたんだよ?」
「それは雛罌粟さんとりん兄が変わっただけですよね?私は何も変わってませんから。私が変わってないなら、これまで通りでも問題無いでしょう?」
あぁ………なるほど、こりゃたしかに竜胆の妹だわ。吹っ切れてるところはそっくりだなぁ。
でもそっか………別に諦める理由が自分に無ければ、遠慮しなくてもいいか。
それなら私だって………
「さてと、そろそろ寝ますか」
「そうだね」
アタシは竜胆の部屋を出ると布団を敷くために一階へ………
「って、あれ?そういえば東風はどこで寝るの?」
そう言って振り返ると、そこにはまだ竜胆の部屋から出ていない東風がいた。
東風はにっこりと笑っている。
「私は寝る所無いので、りん兄のベッドに失礼しますね。それでは、おやすみなさい」
「あぁッ⁉︎ ちょ、待て………‼︎」
アタシが止める前に東風は部屋の扉を閉めて鍵をかけた。
さすが兄妹。イザって時にちゃっかりしてるのも似てるなぁ。やられた。
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