「よし、これで私の荷物は運び終えましたね。何かお泊まりみたいです」
「みたいっていうか、実際お泊まりだろ。ちょっと特殊な、ね」
ゴールデンウィーク中ウチにいる事になった東風は、大きめのキャリーケースに入れた荷物を出し始めた。
「実は一回こういう事してみたかったんですよねぇ。ちょっと楽しいです」
「あのなぁ、遊びでやってるじゃないんだからな?早いとこあの子のこと何とかしないと」
僕はさっきまで蚊帳の外にされていた水鶏に近づいた。
「分かってますよ。えっと………水鶏ちゃん、でいいかな?とりあえずもうちょっと詳しく話聞きたいんだけど、いい?」
「う、うん………えっと………」
そこで水鶏は口籠ってしまった。
そりゃそうか。この子は名乗ってくれたけど、僕達は名乗ってないからな。
「僕は連枷 竜胆。こっちは橡 東風だ」
「好きなように呼んでくれればいいよ」
「うぅ………うん、えっと………」
それでも戸惑っているようで、水鶏は目を泳がせている。結構人見知りするのかな?
それを見かねた東風がしゃがんで水鶏と目線を合わせる。
「色々混乱してるかもしれないけど、そんなに無理しなくていいんだよ。ちょっとずつ慣れていこう?」
コイツもコイツで人見知りだったからな。色々と気持ちが分かるんだろう。
変わったなぁ。泣いてばっかりだったあの時の東風が、今じゃあぁやって人を励ますようになってる。
そんなことを思いながら、ガラにもなく感慨に耽っていた。
「今はそのままでいい。けどこれからしばらく一緒に暮らすんだし、慣れるなら早めがお得だよ」
僕は水鶏の頭を優しく撫でてやる。何か昔の東風みたいだな。
物心ついた時には親いなかったわけだし、こうやってちゃんと落ち着いて誰かの好意に甘えるって事をしてこなかったんだろう。
まぁこの辺は本人の気持ちの問題もあるからな。
「………マ、マ………」
「「え?」」
水鶏がポツリと呟いた言葉に、僕達は首を傾げた。
「ママ、と………パパ………」
水鶏は東風と僕を手で示して言った。その目は何かを思い出しているかのようだった。
「えっと………それって、僕達の事?」
すると水鶏は小さく頷いた。
えぇ…………僕がパパって………まだ二十歳ですらないのに。何か思うところがあるのだろうか?
しかし東風の方は嫌がるどころか、戸惑う様子も見せていない。それどころか嬉しそうだ。
口元を押さえて、何とも言えないような表情を浮かべると、優しく水鶏を抱きしめた。
「そうだね………うん、それでいいと思う。ほら………ママだよ」
「うん!ママ!」
水鶏は嬉しそうに東風に抱きついた。
その二人を見て、僕は何も言えなかった。だってすごい幸せそうなんだもん。
コイツらがこれでいいなら、まぁいいか。
「これで………できた!見てママ!ライオンさん!」
「おぉ!上手に描けたね!よ〜し、それじゃあ私も何か描こうかな」
「うん、ママも描いて描いて!」
それからしばらくして、東風と水鶏はだいぶ打ち解けた。
水鶏が絵を描くのが好きだと言うので、僕の貸した印刷用紙に色鉛筆(東風の常備品)でお絵描きしている。
せっかく色々聞き出そうと思ったのに、こんなの見せられて邪魔できるわけもなく、僕はリビングのソファーでその様子を眺めている。
ちなみに東風が家から昔の自分の服持ってきた、との事だったので水鶏は着替えてある。
まぁ、身元調査だけなら東風がいても何の役にも立たないしな。そもそも面倒見てもらうつもりで呼んだわけだし。
これでいいにはいいんだけど………何かもうちょっと緊張感あるもんだと思ってたよ。
水鶏はどうやら根は明るい子みたいだ。さっきまでの怯えた表情が嘘みたいに消えている。
「ねぇ、パパも何か描いて!」
すると水鶏が僕の方を振り向いて言ってきた。えぇ………
「僕あんまり絵得意じゃないよ?」
「パパの絵見てみたいの」
そうは言ってもなぁ………僕に描けるもの………出来るだけ簡単なのに………あ!
「あるな、描けるの」
「りん兄、ガヴァドンAとか描いても水鶏ちゃん分からないですからね」
相変わらず察しのいいヤツだ。あれなら割と描きやすい。
「あ!そろそろ夕ご飯の準備しないと。水鶏ちゃん、お絵描きはまた後でね」
「うん!」
どうやら東風がご飯を作ってくれるみたいだ。ここに来て再びタダで働く人材ゲット。素晴らしいね。
さてと、東風がご飯を作ってる間、僕は僕の役目を果たすか。
「水鶏、ちょっといいか?」
「何パパ?」
僕は水鶏を部屋に連れて行きベッドに座らせた。サラサラとした金髪が軽く舞う。
そしてパソコンをつけると操作し始める。
「水鶏ってたくさんの子供達と一緒に暮らしてんだよね?その前ってどうしてたかって記憶あるかな?例えば………どんなとこにいたとか、親の顔とか」
「それは………分からない。顔は……覚えてるけど、私三歳の頃にはみんなといたから」
となると親の顔もうろ覚えか。
その施設だって何の変哲もないただの住宅街に聳える幼児施設って言うし、こりゃ面倒だな。
「何か身の回りで変わった事は?その日はいつも通りだった?」
「う、うん………いつも通りに、ご飯食べて、お外で遊ぼうとして………それで………」
となると原因はやっぱりかなり前、というかこの子の身の上に問題アリって感じか。
「親については何も聞いてないの?」
「うん。あんまり話されてない………」
ヒントは無し。あれからその辺の監視カメラ映像を調べたけど、特に目立った情報は無し。
念のため鴨舌草という苗字も調べてみたが、水鶏と関係のありそうな人物はいなかった。
誰かが勝手につけた苗字なんだろう。当てにならない。
そういえばあれから行方不明届出たのかな?調べてみるか。警察のデータベースにお邪魔して………っと。
「あれ?まだ出てない」
おかしいな。こんな夜遅くまで帰ってこないなら、普通は届けを出すはずだ。
施設が山奥とかならともかく、住宅街にあってまだ出さないのか?
こんな遅くまでいなくなってるんだし、探してるはず、だよな?
「パパさっきから何してるの?緑の文字いっぱい打ってるけど」
「ん?水鶏のいた施設を探してるの」
さすがにやってる事を事細かに説明するわけにもいかない。
それにしてもノーヒントとは………また面倒だなぁ。
いや、待てよ………
「水鶏、ちょっとこっち来て」
「? 何?」
僕は水鶏を膝の上に座らせた。その状態でパソコンを操作する。
「なぁ、さっき見せた車の画像、覚えてるか?」
「え?う、うん………」
「今から見せるのは、その車が水鶏が攫われた時に走っていたかもしれない道の映像だ。何か少しでも変だと思ったり、知ってる人がいたら教えてくれ」
「わ、わかった」
僕はクラッキングで監視カメラ映像を映し出す。そこにはスピード違反の車が通った道がある。
あの車が少なからず水鶏と関係があるなら、その道にも何かヒントがあるかもしれない。
僕は淡々とその映像を流していった。とりあえず一つでもヒントがあれば…………
そしてその結果は
「これで全部、かな。一つも無しか」
見事なまでに全部外れた。やっぱりそう簡単にいくわけないか。まぁ仕方ないよな。
「ご、ごめんなさい………」
「別に水鶏が悪いわけじゃない。気にしなくていいよ」
しょんぼりしてしまった水鶏を肩をそっと叩いてやる。
いくらなんでもやり方が安直すぎたか。
「ねぇ、攫われてる時何か覚えてる事無い?ちょっとした事でいいんだ」
「うーん………あ!そういえば」
「お、何かあったか?」
とりあえず何でもヒントになるものは欲しい。
「大きなカバンがあったの。色は銀色なんだけど」
銀色のカバン………アタッシュケースか?
「それで、中身は見たのか?」
「うん。中身が…………お塩、ううん、お砂糖かな………とにかく白い粉がビニール袋に入ってた。それもいっぱい」
白い粉って………嫌な予感しかしないな。
「なぁ、男の人達はその粉で何かしてなかったか?」
「してたよ。粉を紙で包んでて、煙草みたいに吸ってた」
おいおい………それ麻薬じゃないか?
どういう事だ?何でヤクを扱ってるヤツがこんな子供を………やっぱりこの事件、ただの誘拐じゃないよな。
「パパ、どうかしたの?怖い顔してる………」
「あ、いや………何でもない。いい手がかりになった。ありがとう」
それにしても、まさかヤク絡みとは。一体どうなってるんだ?
「おーい、二人とも。ご飯できたよ」
すると一階から東風の声が聞こえてきた。
「分かったよ。よし、行くか水鶏」
「うん!」
僕と水鶏は一階に降りた。そこでは東風が自前のエプロンをしてご飯の準備をしている。
僕も手伝いみんなで席に着く。水鶏の椅子は東風が家から折り畳み式の背の高い椅子を持ってきてくれた。
『いただきます』
僕達は手を合わせてご飯を食べ始めた。メニューは鮭のホイル焼きだ。
「‼︎ ママのご飯、美味しい!」
水鶏は東風のご飯がお気に召したようだ。まぁ僕もだけど。
「そう?よかった。りん兄はどうですか?」
「予想以上に美味い………お前料理出来たんだなぁ」
「二月に一緒にチョコ作りましたよね?というか、鮭のホイル焼きって、家庭科の調理実習でやりませんでしたか?」
いや、やったんだけどさ。それにしたってちょっと感動的だよ。改めてすごいな。
そんなこんなであっという間に夕食が終わった。
「それじゃあ水鶏ちゃん、一緒にお風呂入ろっか。パジャマはこっちにあるからね」
「うん」
東風に手を引かれて水鶏がお風呂場へ向かう。
しかし途中でピタッと止まると、僕の方を向いた。
「ん? どした?」
「パパはママと私と一緒にお風呂入らないの?」
「「え⁉︎」」
突然の台詞に僕と東風は驚いて顔を赤くする。水鶏はともかく東風とはちょっと、ね………
い、いきなり何言い出すんだよ!って、そういう感覚はまだ無い歳だもんな。
「い、いやぁ………それは、ちょっと、ね………」
「何で?………嫌?」
うっ!………そんな澄んだ目で見ないでくれ。説明出来ないんだからさ。
「それは、ほら………ウチのお風呂狭いしさ、後調べ物もあるから。それじゃあ!」
僕は早口で説明を終えると、そのまま二階に駆け上がった。
こういうところで焦る辺り、どこかでは東風を女性として見てるんだろうな。我ながら面倒だ。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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