「水鶏ちゃんを?………何でですか?」
「そういう仕事だからですよ。その女の子を連れて行くって言う」
「仕事………誘拐ですか?」
「あのねぇ、何で貧民街のガキが個人的にこんな子供欲しがるんですか?いりませんよ」
私はスリ(らしい)の子と東風ちゃんの話を黙って聞いていた。というか口を挟めない。
「仕事………もしかしてヤクザからの依頼、とかですか?」
「ほぉ、もうそこまで調べてあるんですね。流石に詳しくは言えませんがね」
「この子をどうするつもりですか?」
「さぁ?僕は連れて来いとしか言われてないので。向こうがどうするかは聞いていません」
男の子はのらりくらりとした物言いだ。それはどことなく竜胆君に似ているようにも見える。
「とりあえずその子を渡してください。受けてる依頼はそれだけなんで」
男の子は手を差し出した。しかし東風ちゃんは水鶏ちゃんを後ろに隠してしまう。
「ママぁ………」
水鶏ちゃんも東風ちゃんにしがみつく。その身体は少し震えていた。
「何で、こんな事するんですか?怖がってる小さな子供を無理矢理連れて行くなんて………」
「前にも言ったでしょう?生きるために害悪となる。視点を変えれば誰でもやってる事です。こちとら、温かい部屋でぬくぬくと養われてる身ではないので。さぁ、その子をこちらに」
「…………い、嫌です………そんな、目的も分からない怖い人達の所に、この子は渡せません」
東風ちゃんは震えながらではあったけど、要求をきっぱりと断った。東風ちゃんってこういう時勇ましいな。
「はぁ………ねぇ、ここはお互い穏便に済ませましょうって。僕だってそちらの殺し屋を下手に刺激したくないんですよ。だからあの男が出かけたタイミングを選んだんです。けどこれも仕事ですから」
「ダメです!この子に、もう嫌な思いはさせたくありません。帰ってください」
東風ちゃんは水鶏ちゃんをギュッと抱きしめたまま離さない。
男の子は小さくため息を吐いた。
「めんどくさいなぁ………はぁ………仕方ない。実力行使ってのは性に合わないんですが」
そう言うと男の子はグッと腰を落とした。温厚そうな雰囲気が一変して、鋭い雰囲気になる。
私は息を飲んだ。その雰囲気が、何となく怖い時の竜胆君とよく似ていたからだ。
不良とかとは違う、本能的な恐怖を感じる。明らかに表の人じゃないのが伝わってくる。
それは東風ちゃんも感じたようで、顔が強張り身体が固まる。それでも水鶏ちゃんを差し出そうとはしなかった。
「さてと、最後の通告です。その子をこちらに。意見を変えるなら今のうちですよ」
「………嫌です………大切な家族を、これ以上傷つけたくないです。だから、変えたくないです。変わりたくないです」
「そうですか。それなら………死ね」
男の子の表情が一変して、私達に襲い掛かろうとした。
その時
真っ黒な車がいきなり入ってきて、急ブレーキの音と共に止まった。
何あれ?鯨波さんの車、じゃないよね?誰だろう?
「なぁッ⁉︎あれは………!」
突然の来訪者に驚いたのはスリの子だ。殺気を引っ込めて呆然としている。
すると車の扉が開き、数名のスーツを着た人達が出て来た。さらにそれから革ジャンを着た男の人が出てくる。
その革ジャンの男の人は歳は私と同じくらいで、どことなく不機嫌そうな表情をサングラスで隠している。思いっきりガラが悪い。
その人達はこっちへとズンズン進んで来た。スーツの人の一人が開きっぱなしの扉からこちらを覗く。
「兄貴、いました」
スーツの人は革ジャンの男の人にそう言った。すると革ジャンの人は家に入ってくる。
そして水鶏ちゃんを視界に捉える。
「取り込み中悪りぃな。そのガキをこっちに引き渡してもらおうか」
いきなりすぎる要求に、私達は驚いた。この人も水鶏ちゃんを狙っているの?
「ちょっと待ってください」
しかしそれに言い返したのは、意外にもスリの子だった。
「今回の事は僕に一任してもらったはずです。何故今更になってあなた自らが」
ん?この怖い人スリの子の知り合いなの?それで目的が同じなのかな?
「事情が変わった。こっちも急いでるんだよ。金なら契約通りの額渡したんだ。それでいいだろ」
「そういう問題じゃないんです。事後のことも含めて、僕一人でやる前提で計画を立てたのに、これじゃめちゃくちゃじゃないですか」
もしかしてこの人………このスリの子を雇ったヤクザ⁉︎
今自分がとんでもない人を目の当たりにしてることに気がついた私は、身体がヒヤッとする。
「うるせぇ!親父からの命令なんだよ。貧民街のガキがグダグダ言ってんじゃねぇ!」
兄貴と呼ばれていた革ジャンの人の叫びに、私達はビクッと震えた。この人、何か焦ってる?
「っつーわけだ。そのガキはこっちで引き取らせてもらうぜ」
革ジャンの人はズカズカ家に入り込むと、東風ちゃんの後ろにいる水鶏ちゃんを有無を言わせず抱き上げた。
「そんなッ!ちょっと待ってください!水鶏ちゃん‼︎」
東風ちゃんは急いで止めようとするが、スーツの人達がそれを阻む。
「ママ‼︎ママ‼︎助けて‼︎」
叫び声も虚しく水鶏ちゃんは車に乗せられてしまう。スーツの人達も乗り込み、車は家を出て行った。
「そんな………水鶏ちゃん………」
東風ちゃんは力が抜けたように、その場に膝をついた。
結局ブローカーからは話が聞けず、仕事の依頼の確認だけを済ませた僕は、家に帰った。
しかし家に入った途端、少し様子が変なことに気がつく。家のドアが開けっぱなしだ。
「東風、どうした?」
僕は走って玄関まで来た。
そこにいたのは膝をついた東風、呆然とした罔象、そして何故かいる見覚えのある男。
しかしその代わりとでも言わんばかりに、水鶏だけは見当たらない。
「お、おい。何なんだこの状況………水鶏はどうした?」
「りん兄………水鶏ちゃんが………水鶏ちゃんが………!」
東風は泣きそうになって呟いた。
それから僕は罔象の補足もつけて、これまでの話を聞いた。
「んだよそれ………」
色々言いたいことはある。ただその前に………
僕は近くにいたキャップ帽を被った男の胸ぐらを掴んだ。そのまま壁に押しつけると、懐から短刀を抜いて突きつける。
「ぐはッ‼︎………ちょ、待った待った!あなたの身内に手出したのは謝りますから!」
「謝って済むと思ってるんですか?水鶏を攫おうとして、東風傷つけようとして………ここで殺す」
「ちょっと!僕だって穏便に済ませる予定だったんです。アイツらの乱入も想定外ですから。裏社会専門の殺し屋相手に喧嘩売るほど、僕は馬鹿じゃない」
「なら知ってること全部吐け。内容によっては生かしてやる」
「了解。それじゃあ質問してください。それに答えますから」
僕は湧き上がる殺意を抑えた。今の情報源はコイツしかいない。
「水鶏を攫ったヤツらは?あなたを雇ったのはどこの組ですか?」
「牛尾菜組ですよ。プラスで言うと、僕を雇ったのはそこの若頭の虚宿 冬青です。さっきの革ジャンの人って言えば、そこの二人も分かりますよね?」
すると東風と罔象は頷いた。さっき来たのか。
「牛尾菜組?本当なのか?」
「何かご不満な点が?」
「水鶏の話と食い違うんですよ」
「? りん兄、どういうことですか?」
話が分からなかった東風が僕に聞いてくる。
「牛尾菜組はヤクには手を出さない組だ。何でそんなヤツらがヤクを………」
「ヤク?何のことです?」
男は首を傾げた。僕はこれまで調べたことを全て話した。
「は⁉︎あの子誘拐されてたんですか?しかもヤク絡みとか」
「知らなかったんですか?」
「僕は本当にこの子を見つけて連れ戻せ、とだけしか言われてないので」
まぁ貧民街の子供にそんなに多く話すこともないわな。
「一部の人間の謀反、は無いか。誘拐とヤクが繋がってるなら、組長までヤクに手を染めたことになる。あの人ヤク嫌いで有名だし」
う〜ん、いくら悩んでても僕達だけじゃ分からないな。
「今から牛尾菜組の事務所行ってくる」
「お!乗り込みますか?」
「ここまでされて説明の一つも無しはちょっとね」
ちょっくら乗り込んで事情を聞いてこよう。ついでに水鶏も奪い返す。
「それなら僕もいいですか?色々言いたい事ありますし、何よりあのDEAD SURVIVORの仕事を間近で見られるなんてレアですし」
「何なら今見せましょうか?二人称視点で」
「だ、だから手を出そうとしたのは謝りますって。僕一回事務所入ってるんで、ある程度の場所は分かりますよ」
「それなら、お願いします」
僕はそのまま出発しようとした。
「ちょ、ちょっと待ってって!」
すると後ろにいた罔象が声をかけた。
「まさか二人でヤクザの事務所に無理矢理乗り込むつもり?」
「まぁね。大丈夫、いつもの事だから」
「いつもの事って………それに、そこのスリの子はお金貰ってるのに、そんな事していいの?」
「金は前払いで貰ってるんで、何も問題ありませんね」
「そういう問題かなぁ………」
まぁそれだけ仕事に対する信用はあるヤツなんだろう。その一部を見てる僕としては、それも納得だ。
「それじゃあ行きますか」
「えぇ」
「あ、あの!」
家を出ようとすると、東風が手を挙げながら声をあげた。
「ん?どした?」
「わ、私も………その事務所に、行きます」
「はぁ?お前何言ってんだよ。危険だ、いいわけないだろ」
「でも、私だって関係者です」
「お前なぁ、今から行くのはヤクザの事務所なんだよ?しかも戦いになるの。危ないから大人しく家で待って………」
「りん兄‼︎」
大きな声で言葉を遮られて、僕は少しだけ怯んでしまう。
「私だって………自分の子供を、命懸けで助けたいって気持ちくらいはあります!」
そう言う東風は真っ直ぐ僕を見ている。
「………はぁ………分かったよ」
「えぇ⁉︎分かっちゃうんですか⁉︎」
僕の承諾にスリが慌てた。そりゃ東風は堅気の素人だしな。
「コイツこう言ったら何言っても聞かないですから。まぁ大丈夫ですよ」
「えぇ………」
それに、たぶん僕とスリの思ってる心配は違うからな。
「それじゃあ荷物をまとめろ。すぐに行くよ」
「はい!」
こうして僕と東風、スリの三人は牛尾菜組の事務所の前の物陰で、様子を伺っていた。外はもう暗くなっている。
「おいおい、随分警備厳重だな」
「おかしいですね。前はこんなじゃ無かったんですけど」
僕とスリは頭を捻った。事務所の周りの警備がえらい厳重なのだ。舎弟がたくさん見える。
「りん兄の事を警戒してるのでは?」
「いや、彼らは連枷さんの正体を知りません。だから警戒する事なんて無いはずなのに………」
一体どうしたんだろう?
そんな事を考えていると、東風が立ち上がり事務所の前までスタスタと歩いて行った。
「ちょッ、おい!東風!」
僕が止める間もなく、東風は入り口の前にいた舎弟の前まで歩いて行く。
「あの、すみません」
「あ?何だ?ここはガキの来る所じゃねぇぞ」
舎弟の威圧に東風は怯みそうになりながらも、体勢を戻した。
「ッ………ここに鴨舌草 グレース 水鶏ちゃんという女の子がいるはずです。その子に会いたいんですが」
アイツ何馬鹿正直に話してやがるんだ⁉︎これはヤバいぞ………
舎弟の眉毛が少しだけ動いた。
「テメェ、何モンだ?」
「蘖高校三年生の橡 東風です。それより、若頭の虚宿 冬青さんに会わせてください」
「あぁ?兄貴はガキの相手してる暇なんてねぇんだよ。とっとと帰り………」
パァンッ!
その瞬間、小さくもたしかな音がした。それ以降舎弟は一言も発さない。
舎弟はゆっくりと前に倒れた。その耳からは血が流れている。
そしてその前には東風が両手を前に出していた。いつもとは違う据わった目つきだ。
「水鶏ちゃん。今助けに行くからね」
最後まで読んでいただきありがとうございました。
評価、感想等ありましたら、ぜひよろしくお願いします。