※この作品はR-18です。

どことなく壊れていて、どことなく甘い生活   作:MC RAT

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第147話 潜入

「親父、全員準備が整ったぞ」

「そうか。ご苦労だったな、冬青」

 牛尾菜組の事務所、その組長の部屋では組長の牛尾菜 五十集と若頭の虚宿 冬青が話していた。

 牛尾菜 五十集はヤクザの組長らしく初老でも堂々と威厳のある風体で、服装も着物に袴だ。

「色々あったが、これで何とかなりそうだな」

「あぁ。問題は………」

 五十集と冬青は部屋の角を見た。

「うっ……うぅ………パパぁ………ママぁ………」

 そこにいる少女、水鶏は蹲りながら弱々しい声で呟く。

 さっきからずっとこれだ。まるで泣くのを我慢するかのように震えている。

 二人はその様子を何とも言えない表情で眺める。

「なぁ、親父………」

「言うな冬青。分かってる」

 よく分からない人達に無理矢理連れて来られて、暴れたり泣いたりしないだけマシではあるけど、これはこれで見ていて苦しい。

「俺がもっと早く………」

「冬青、お前なりに考えてやったのだろう。それに元はといえば原因は俺だ」

「親父………」

 二人は小さくため息を吐いた。

「水鶏の面倒見てた二人のガキ、あの二人には悪い事をしたな」

「これが片付いたら全て話すさ。俺がちゃんと頭を下げる」

「親父がする事じゃねぇよ。俺がやるって。そのためにはまず………」

「あぁ、徹底的にやってやれ」

 冬青は頷くと、部屋の外にいる舎弟に声をかけた。

「おい鱓、ちょっと下のモンの様子見てこいや」

「はい」

 鱓と呼ばれた舎弟は頷くと、エレベーターを使って下の階に降りる。

 そしてエレベーターを降りた瞬間。

 

 

 自分の真後ろに何かが伸びてきた。それは細い人の手だった。

 

 

 伸びた手が舎弟の気管の動脈と静脈をピンポイントで指圧する。

「がはッ⁉︎」

 息苦しくなった舎弟はもがくが、その時まるで波が加わったように力が強くなった。

「ぐっ⁉︎」

 そのまま手で首を回転させられた。舎弟は力に自信があって、襲った手はあまりにも細く小さいのにである。

 首を持っていかれたような気分のまま、舎弟はバランスを崩して床に叩きつけられる。

 頭を打ちつけた舎弟はそのまま動かなくなった。ほんの僅かな時間で相手の顔も見られずに倒れた。

 その時視界の端に映ったものは、他に倒れている弟分達の姿だった。

 そして舎弟を倒した張本人、橡 東風は小さく息を吐く。

 

 

 

「私、強くなりたいです!」

 東風がそう言い始めたのは、僕達が小学四年生の時だった。

 家でも学校でもイジメられて、たまにそれを僕が何とかしていた。

 それでも東風はやっぱり自分の問題は自分で解決したい。と言ったのだ。

 当時東風には知られていなかったが、既に殺し屋として活動していた僕は、彼女の勢いに押されて嫌々東風を鍛える事にした。いわゆる特訓ね。

 と言ってもちょっと目の動きを鍛えたり間合いの開け方とかを教える程度で、殺しの術までは教えるつもりは無かった。

 しかしある日の事、僕はその考えを改めた。

 その日僕はいつものようにゲームをしていた。

 その時、突然後ろから気配もなく肩を叩かれたのだ。

 僕は基本的に何をしていても相手の気配を察せられる。それが全く感じられなかった。

 ゾワッとした恐怖に駆られた僕は、咄嗟に目の前にあった鋏を掴んで後ろに振り回した。

 殺し屋が侵入してきたのかと思った僕は、遠慮することなく本気で鋏を振るった。勢い余って壁に鋏が突き刺さる。

 

 

 しかしそこにいたのは、算数ドリルを片手に持った東風だった。突然の僕の暴挙に呆然としている。

 

 

 それから僕の本気がよっぽど怖かったのか、大泣きしてしまった東風を何とか宥めた。

 その時の僕の手は震えていた。あまりにも目の前にいる少女が怖かったからだ。

 もし今僕に触れたのが手ではなくナイフだったら。もし東風が僕を殺そうとしていたら、僕は間違いなく殺されていた。

 もちろん僕は東風に気配を消す方法なんて教えてないし、そもそも東風だってやろうとしてやったわけじゃない。

 彼女はゲーム中の僕に迷惑をかけないようにと、無意識にしてしまったのだ。

 何の意識もなく完全に気配を消せる。いつもの表情のまま相手に触れられる。それは間違いなく殺し屋としての才能だった。

 こんな素晴らしい才能を、このまま放置していいものか。育てれば一流の殺し屋になれる彼女を、ただの泣き虫の女の子のままにしていいのか。何とかして彼女の才能を開花させられないか。

 そう思った僕は、特訓の内容を変えた。

 けど東風は元々暴力的な事は嫌う。そんなの教えたら拒絶するのは間違いない。

 だから僕はその辺は適当に誤魔化し、熱意をバレないようにして東風を鍛えた。

 身体の波を使って相手を倒す技、より本格的な気配を消す方法、護身用と偽って暗殺武器の使い方を教えた。

 純粋でそういう知識のなかった東風は、まさかそれが殺しの技だなんて疑いもせずそれらを自分のものにしていった。

 持ち前の才能を活かし、元の意欲も相まって時には僕を驚かせるような技も見せた。

 こうして東風は知らず知らずのうちに、とんでもないレベルの殺し屋の技を身につけていった。

 

 

 

「………ってわけですよ」

「わけですよって、何やってるんですかあなたは」

 牛尾菜組の事務所に潜入した僕達は、こっそりと見張りの舎弟を倒しつつ進んでいた。

 もっとも一番倒しているのは東風なんだけど。僕とスリは倒したヤツをその辺に隠すのがメインだ。

 東風は自分の身体や周りにあるものを使って、次々と面倒な舎弟を倒していく。

 暇な僕は東風の強さに愕然としたスリに、それまでのことを教えた。

「それにしても、わざわざ一階からの侵入とは。効率が悪いですね。お目当ては最上階でしょう?」

「部屋の至る所に舎弟がいるんです。それに、あなたにとっては大して変わらないでしょう?」

「正直慣れ過ぎててスリルもへったくれも無いですね。警備ザル過ぎます。何か適当に盗んで行こうかな?」

 どうやらこのスリ、他にも空き巣とまでやってるみたいだな。それもかなりの腕前で。

「それにしても、そうかぁ。あの人は凄腕の殺し屋の一番弟子かぁ」

「弟子をとった覚えはありませんけど、ねッ!」

「ぐッ⁉︎」

 僕は物陰から飛び出すと、近くにいた舎弟の胸を肩甲骨を使って手で突いた。倒れた舎弟を運んでいく。

「それじゃあ何で文化祭の時、学校でイジメられてたんですか?あなた達を尾けてたのってそうですよね?」

「東風は暴力的な事が嫌いですから、人を傷つけたく無いんですよ」

「いや、今目の前でおもクソ傷つけてます…がッ!」

 スリも目の前いた邪魔になりそうな舎弟を、近くにあった酒瓶で腕を捻り倒すと体を隠した。この人結構戦えるんだな。

 東風は僕達よりも少し先に進み、影から舎弟を倒している。今のところバレてはいないようだ。

「そこが僕との違いです。東風は技があっても経験が無いですから。その場の雰囲気に慣れてないんです」

 どんなに優しい人でも、咄嗟に襲われたら手が出てしまう。それと一緒だ。

 僕は殺しの現場に慣れてるから、余裕を持って手加減してやる事も可能だ。けど東風はあくまでも堅気の素人だ。

 今の東風はヤクザ相手という恐怖と、水鶏を助けたい一心で無我夢中にやってるだけ。だから手加減なんて出来るわけがない。

 そこが東風のすごいところでもある。焦って意識しないでも身につけた技を使えるのだ。ただし調節不可で。

「もしかして過去二回あの人との戦闘を回避出来た僕って、かなり運いいですか?」

「何ですか、今更気が付いたんですか?」

 もしこのスリと東風が戦っていたらアイツは手加減なんて出来なかっただろう。最悪スリが死んでたな。

「って、あれ?今あの人手加減出来ないんですよね?それって舎弟をうっかり殺してしまう可能性も………」

「ごへぇッ⁉︎」

「…………無きにしも非ずです。というわけで追いかけますよ」

 アイツ相当焦ってるな。結構酷い断末魔だったぞ。

 たぶん若頭は相当強い。東風は手加減出来ないだろう。

 本気で暴れてるアイツを止めるのは、僕の本気でも難しい。面倒にならないうちに止めないと。

 

 

 

「ん?どうした冬青」

「おかしいんだよ。鱓のヤツいつになったら帰ってくるんだ?下のヤツ見に行くだけに時間かけすぎだろ」

「そういえばさっきから下が妙に静かだな」

 五十集は不思議そうに首を捻った。

「まさかヤツらが………」

「よせよ親父。ウチの舎弟はそんなに弱くねぇ。人数で来ても報告くらいは出来るだろ」

 その瞬間、図ったようにバタバタッと人が走ってくる音がした。

 そしてバンッと勢いよく扉が開く。そこにいたのは舎弟の一人だった。

「親父‼︎カシラ‼︎」

「おい、ここは親父の部屋だぞ‼︎騒がしくすんじゃねぇ‼︎」

「侵入者です‼︎ガキがさんに、ぐぁッ‼︎」

 叫んでいる途中で、舎弟は後ろに引っ張られるようにしていなくなった。

 そしてそれと入れ替わるようにして、人が入ってくる。

「ッ⁉︎ お、お前らは⁉︎」

 そこにいたのは三人の子供だった。

 一人は冬青が雇った貧民街のスリ。もう二人は水鶏を保護して親代わりをしていたヤツらだ。

「おい東風、あんまり乱暴するなって。あ、お邪魔してます」

 パーカーを着た水鶏の父親代わりの少年が頭を下げた。ヤクザの事務所にいるというのに、何とも余裕そうな表情だ。

「パパ‼︎ママ‼︎」

「水鶏ちゃん‼︎」

 親代わりの二人の姿を見た水鶏は跳び上がるようにして駆け出した。その水鶏を東風と呼ばれた母親代わりの少女が受け止める。

「ママぁ………」

「もう大丈夫だよ………怖い思いさせてごめんね………」

 少女は水鶏を抱きしめると頭を優しく撫でた。

 ハタから見れば感動の再会だが、冬青達からすれば侵入者登場でしかない。二人の表情が険しくなる。

「テメェら、どうやって入ってきやがった。この下には舎弟がいたはずだ」

「あぁ、舎弟さん達ならそこにいますよ。ほら」

 スリがドアを開けて見やすくしてくれた。

 そこには死屍累々と呼ぶのがふさわしい、倒れている舎弟達の姿があった。




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