「はぁッ⁉︎んだよこれ‼︎」
外にバタバタと倒れているたくさんの舎弟達を見て若頭の虚宿 冬青は愕然としていた。
「これ、全部テメェらの仕業かよ………」
「厳密に言うとここにいる東風が七割ほど残りを僕達、って感じですかね」
東風のヤツ容赦なくやるからフォロー大変だったんだよ。
組長の牛尾菜 五十集も驚いてはいたが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「お前達………随分と好き勝手やってくれたみたいだな。少しおイタが過ぎるんじゃないか?この礼は高くつくぞ」
ギロッと睨まれて東風はすくみ上がってしまった。おいおい、さっきまでの気迫はどうしたよ。
そう思ったが、東風は深呼吸ですると牛尾菜さんと向かい合った。
「わ、私達は………取り戻しに来ただけです。水鶏ちゃんを………私達の家族を!」
僅かに震えながらも東風はキッパリと答えた。その手はしっかりと水鶏の手を握っている。
まったく、コイツは………
「襲撃したのは謝ります。でも、これ以上水鶏ちゃんを悲しませるようなことをするなら、何をされようと絶対に許さない!」
東風の言葉を受けて牛尾菜さんと虚宿さんが顔を見合わせる。
「あの、ちょっといいですかね?」
僕は手を挙げて言った。
「結局この子は何者なんですか?何か知ってるから狙ってたのでしょう?」
今回の全ての事件はこの子が原因だ。一体何がそんなに大切なのか?それはたぶん、僕達の知らないところにあると思う。
「僕達はあなた達が悪意だけでこんな事をするとは思ってません。だから誰にも言わずにこうして来たんです。理由、話してください」
しばらく、重苦しい沈黙が流れた。その後に牛尾菜さんが軽く頷く。
「…………分かった。全て話そう」
「親父ッ!それは………」
「構わんさ。どの道最後には話すつもりだった。それが早くなっただけだ」
牛尾菜さんはゆっくりと息を吐いた。
「その子、水鶏は………俺の孫だ」
「「「えぇッ⁉︎」」」
いきなりのカミングアウトに僕達は思わず声をあげた。
水鶏が牛尾菜組組長の、孫?嘘だろ…………
「でも、この子がいたのは幼児施設ですよ?それって保護する人がいなかったからなんじゃ………」
「あぁ、いない。何故なら俺と水鶏の父親、俺の倅は縁を切ってるからな」
そう言って牛尾菜さんは話し始めた。
牛尾菜さんには子供が一人いた。その人は本気で愛する女性ができた。それは高校の同級生で、イギリス人の女性だった。
しかしヤクザの息子というのは面倒なものだ。関わろうとしなくても何か抗争があった時に、卑怯なヤツらに狙われる時がある。
それ故に息子さんはその女性との結婚に踏み出せないでいた。
それを見かねた牛尾菜さんは、息子さんの幸せのために彼を家から追い出し縁を切った。
こうして息子さんは母の旧姓の鴨舌草を名乗り二人は結婚、その子供である水鶏が生まれた。
でもいくら縁を切っても周りはそうは思ってくれない。
事実関係だけで牛尾菜さんの中にはまだ、家族としての情はちゃんとあった。
そこに漬け込まれた牛尾菜さんは、ある日息子夫婦が自分達の抗争に巻き込まれて殺されたのを知った。
水鶏だけは運良く生き延び、こうして水鶏は一人になってしまった。
水鶏の母親の家族は既に亡くなっていて、本来なら牛尾菜さんが引き取るはずだ。
でもそんな事をしたら息子の二の舞になるのは明らかだった。
だから牛尾菜さんは水鶏を引き取らずに、幼児施設に預けた。
「そう、だったんですか」
たしかにヤクザの家族なら、抗争で狙われる可能性は高くなる。
大抵は子供が組長の後を継ぐから問題無いけど、堅気として生きたいならそれじゃあダメだな。
「それで、今回の事を教えてください。今の話で水鶏が今回誘拐されたのが、抗争絡みなのは理解しましたから」
「話が早くていいねぇ………今、ウチはとある組と抗争になっている」
抗争ねぇ。この辺をシマにしてる牛尾菜組と抗争になりそうな組っていうと………
「「濁酒組」」
僕と隣にいるスリの声が重なって、僕達は顔を見合わせた。なんだよ、そっちも知ってるのか。
「ほぉ、そこの貧民街のガキはともかく、お前さんも知ってるのか………」
「あぁ………えっと、まぁ趣味の範囲、とでも捉えておいてください」
そういえば僕が殺し屋なのはまだ知られてないんだった。下手な発言はやめておくか。
「あの、濁酒組って………?」
この中で唯一(子供の水鶏はノーカン)ヤクザ事情に詳しくない東風は、首を傾げた。
「最近になってこの辺で好き勝手にヤクばら撒いたり、お店から金取ろうとしてる組です。まぁ牛尾菜組からしたら侵略者って感じの人達ですよ」
東風の疑問にスリが答えた。
「説明どうも。っつーわけで、今ソイツが言った通りヤツらはウチのシマを荒らしてる。だからカタに嵌めようって事になったんだ」
壁に背中を預けた虚宿さんが説明してくれた。それで抗争の始まり、と。
「なるほど。もしかして、水鶏を誘拐したのは濁酒組ですか?」
「まぁそんなところだ。人質にしようとしてたんだよ。俺達を撒くためにわざわざ車に乗り換えさせようとまでしてな。んで、その情報を手に入れた俺達は何とかして取り戻そうとした」
あぁ、そういう事か。色々納得出来たわ。
やけに誘拐の計画が綿密だったのは牛尾菜組から逃れるため。途中で車を変えてまで撒こうとしたんだ。
でも途中で牛尾菜が気付いちゃって、それで追いかけっこになって突如計画変更。
変わるはずの車はスピード違反をしてまで、別の場所で誘拐した車と落ち合おうとした。
けどそれすらも牛尾菜組に気付かれた。濁酒組の車に自分達の車をぶつけて止めた。
水鶏の言ってた逃げる時に見た手前の車二台は濁酒組の、奥の一台は牛尾菜組のだったんだ。
攫った車の中にあったヤクは濁酒組のもの。
どうりで流れがめちゃくちゃなわけだ。だって二つの組が別々の理由で水鶏を狙ってたんだから。全部同一犯と考えたのが悪かったな。
「そういえば、警察に水鶏の行方不明届が出てませんでしたね。あれは濁酒組の仕業ですか?」
「よく調べたんだなぁ………まぁ、その通りだ。ヤツらがサツが介入してこないように、幼児施設に圧かけて出させなくした。何とかしてやりたかったが、俺達としてもそっちの方が好きに探せて楽だったんだよ」
そういう事だったのね。それで水鶏は逃げちゃって、途中で倒れた。
「本当なら濁酒組から奪い返した時点で、俺が組に連れて行く予定だった。けど、その前にお前達が拾っちまった」
「なら普通に出てくればよかったじゃないですか。あの人影あなただったんでしょう?」
「どうやって言うんだよ。あの状況で何言っても明らかに怪しまれるだろ。それに、俺達はテメェらがすぐにその子を手放すと思ってた。まさか引き取るなんて思ってなかったんだ。しかもそれっきり情報が無くなっちまうし」
うわぁ、そのせいで色々面倒な事になっちゃったのね。水鶏の事が周りにバレないようにしてたのが良く無かったな。
「濁酒組も水鶏を探してた。だからいち早く保護するために、そこのスリを雇ったんだ。情報通って聞いたことがあってな」
「そりゃどうも。やけに焦ってるようにしてたのはそれが原因ですか。けど、それなら何であんな手荒なマネを?」
結局のところ、全部スリに任せておけば何とかなってた。それなのにわざわざ若頭が登場したもんな。
「濁酒組の連中がウチに攻めてくるかもって情報が手に入ってな。そうなったらこっちも水鶏をのんびり探して連れて来るなんて出来ない。けど危険はある。だから多少手荒ではあるけど、冬青に連れて来させたんだ」
それがこの事件の全貌か。まぁ随分と面倒だなぁ。
つまりこの人達は水鶏を守ろうとしてたんだな。けど全てが同一犯だと思って、僕が水鶏を隠しちゃったから焦ったんだ。
すると牛尾菜さんが立ち上がった。僕達の方を向くと頭を下げる。
「俺達の事情に巻き込んで、水鶏を攫うような事をしてすまなかった」
「あ、いえ、その………私の方こそ、すみませんでした。理由も知らないで、舎弟の人達倒しちゃって」
今になってしゅんとした東風が、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ママ?」
水鶏は東風を見上げた。きっと今の話もほとんど理解出来ていないんだろう。
「それで、水鶏の事なんだが………」
そう言おうとした瞬間、僕とスリ、牛尾菜さんと虚宿さんはハッとした。そして周りを見渡す。
「り、りん兄?どうしましたか?」
「人の気配がする。それもたくさん」
「こっちに近づいて来てます。扉から離れて!」
そう叫んだスリは水鶏を抱えるとドアから離れた。僕も東風の手を引っ張り離れる。
牛尾菜さん達も急いで離れると、僕達と一緒に伏せた。
すると誰かが走って来る音がしたかと思うと、ババババッとそこそこ大きな音が鳴り響いた。スリが水鶏の耳を塞いでやる。
銃声だ。サイレンサーをつけてるみたいだけど、それによって扉が破壊されて、その破壊音が大きな音を立てる。
銃声が止んだかと思うと、扉がバンッと乱暴に開かれた。そこにはガラの悪そうな男達が何人もいる。
「おい!組長と若頭がいやがったぞ!」
その内の一人が声をあげると、男達は懐から銃だの警棒だのを手にする。
「くっ!濁酒組のヤツらだ」
「おいおいどうなってるんですか⁉︎ここの警備ザルにも程があるでしょう!」
「テメェらがザルにしたんだろうが‼︎」
スリの言葉に虚宿さんが怒鳴る。
そっかぁ、濁酒組を警戒して見張っていた舎弟達、みんな僕達が倒しちゃったから。
「パパ!ママ!どうしたの?怖いよぉ!」
「水鶏、大丈夫。東風、水鶏と牛尾菜さん頼めるか?」
「いえ、私も戦います」
「はぁ⁉︎こんな時に何言ってんだ!」
さすがに東風をこれ以上戦わせるわけにはいかない。危険すぎる。
「母親として、水鶏ちゃんに少しはいいところ見せたいですし。それに………」
いつになくキリッとした表情の東風はバッグの中から、僕が渡した白い箱を取り出した。
「りん兄との、約束もありますし」
約束………
そう言われて昔のことが一気にフラッシュバックした。
そういえば、そんな約束してたっけな。それなら
「分かったよ。でも絶対に僕から離れるな」
「はい!牛尾菜さん、水鶏ちゃんをお願いします」
「もちろんだ、俺が守る。思いっきりやって構わんぞ」
東風は水鶏を牛尾菜さんに託すと、『ちょっと待っててね』と優しく微笑んで頭を撫でる。
「ちょっと待った!僕にも手伝わさせるんですか⁉︎僕ただのスリなんて抗争とかはちょっと………」
スリがあからさまに嫌そうな顔をする。
「グダグダ言ってんじゃねぇ‼︎人がいねぇんだ‼︎武器ならその辺の刀とか好きに使え!」
「えぇ〜」
虚宿さんの一喝で強制参加の決まったスリはため息を吐く。
「よし、やろう!」
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