五年ほど前。
桜の舞う小学校で、卒業式が行われた。
僕と東風は並んで校門の前に立っている。
『撮るわよ。はい、チーズ』
年魚さんの声で、人混みの中僕達は写真撮影を済ませる。東風に無理矢理連れてこられた。
周りがうるさいので僕は耳栓をしている。
『りん兄』
「何だ?」
『この後、少しりん兄の家に行ってもいいですか?』
「まぁ、すぐなら構わんよ」
という事で年魚さんの許可を貰い、僕と東風はそのまま僕の家に行くことにした。
家に入ると耳栓を外し、荷物を下ろして一息つく。
「んで、どうしたんだ?」
「あの、ちょっと報告が」
報告?何だろう?
「私、転校する事になりました」
「………そうか」
僕はいつもと変わらない話し方で応えた。予想はしてた事だし、勧めたのも僕だしね。
父親の一件で世間の目もあって、これから東風があそこで暮らすのは難しいだろう。それならと転校を勧めたのだ。
「いつ出るんだ?」
「明日です。だから、りん兄には伝えたくて」
電話でやりゃいいじゃん、と思ったのは僕だけじゃないはずだ。わざわざウチ来るか?
「だから、りん兄と会えるのも今日までです」
「だな」
それからしばらく沈黙が続く。
ふと見ると東風は少し言いづらそうにしていたが、やがてゆっくりと口を開く。
「あの、りん兄」
「ん?」
「また、会ってくれますか?」
「は?」
すると東風はガタンッと立ち上がった。
「私、またりん兄のとこ戻ってきます!絶対に!だから………その時、また会ってくれますか?」
いつもに増して感情の起伏が激しい東風に、僕は少したじろいだ。
「あのなぁ、そもそもその時に僕が生きてるかすら分からないんだよ?何とも言えないね」
殺し屋なんてやってれば、いつ逆に殺されてもおかしくはない。明日の命すら不確定なのだ。こんな子供なら尚更。
「りん兄なら絶対大丈夫です!私信じてますから!」
「まったく、お前は………」
本当に変わらないな。僕が殺し屋と知っても昔と変わらず接してくれる。
「というか、何しに戻ってくるんだよ」
「え?えっと………会うため?」
「だけかよ。んなもんテレビ通話でやれや」
別にわざわざ会いにくる事じゃないだろ。そうだな………
「あ!そうだ。それならお前に課題出してやる」
「課題?」
二階に上がって自室の物置を漁る。えっと………あ!あったあった。
「ほら」
僕は部屋から持ってきた白い箱を東風に渡した。
「これは?」
「開けてみ」
東風は箱を開けると、中身を取り出した。
「これって………カランビットナイフ、でしたっけ?」
「そうだ。使い方は前に教えたでしょ?」
「ま、まぁ」
変わった形してるから人は殺せないって嘘ついて教えた事があった。本当は人を殺すためのナイフだけど。
「それを貸してやるよ。完璧に使えるようになってみな」
「え?これを、ですか?」
東風はナイフをマジマジと見つめる。見慣れてるからか怯える事はない。
「お前、人を殺したくないんでしょ?なら、それを貫きながらそれを使えるようになってみな。出来たら僕に見せに来てよ、仕事に使いたい」
僕は人の殺し方は教えたけど、それは東風のやり方には合っていない。彼女が自分で見つけるものだ。
「私のなんか、参考にならないと思うんですが」
「言ったでしょ?お前には殺し屋の才能がある。その才能が枯れる時まで、僕はお前を手放すつもりはない」
まったく、これで人殺しを躊躇わない人間なら、僕の助手にしたいくらいだ。
「でも、これりん兄の仕事道具じゃ………」
「刀があるから大丈夫。何か使えそうなのあったら、お礼に何かお願い聞いてやるよ」
「そう、ですか。分かりました、約束ですよ」
「あぁ」
東風は頷くとナイフをバックにしまった。
「それじゃあ、私はこれで」
「あぁ。向こうでイジメられたらそれ使いな」
「あくまで練習に使わせてもらいます」
そう言って東風は玄関で靴を履いた。僕はその様子を眺める。
「あの、りん兄」
「ん?」
「………また、いつか会おうね」
「あぁ」
東風は家を出て行った。いつか、ね。分かってるじゃん。
それから翌日、東風は引っ越した。僕は見送りには行かなかった。
「よし、これで全部かな」
「荷物まとめ手伝ってもらってありがとうございます、りん兄」
牛尾菜組の事務所から戻って、東風は帰る支度をしていた。
「後一日くらいならいてもいいんだよ?」
「いえ、お母さんにも報告したいですし。なんだかんだで心配させてますから」
「そうか。牛尾菜組と濁酒組の件は鯨波さんが何とかしてくれるから、お前が巻き込まれる事はないから安心しな。それと………」
「お母さんには本当の事は言うな、ですよね?分かってます」
さすがにヤクザの抗争に巻き込まれて双方の舎弟倒して無事帰還しました、なんて言われたら年魚さんも倒れかねない。
「水鶏ちゃん、これから大丈夫ですよね?」
「そうだな。牛尾菜組は悪い噂は無いからな。きっと元気にやってけるよ」
「そうですか。それなら私も、今よりもっとすごくなって、水鶏ちゃんの恥ずかしくないお母さんにならないとですね」
そんなに気にする事かな?と思ったけど、東風にとって水鶏は本当の家族なんだろう。まぁ僕もだけど。
「それじゃあ、僕は罔象に報告してくるよ。心配かけさせちゃったし」
「そうですね」
僕も罔象のとこに行く支度を済ませて、玄関に向かう。
「そういえばりん兄」
「何だ?」
「約束、覚えてますか?」
荷物をまとめた東風に言われて、僕はふと足が止まった。
「私、それなりに使えるようになりましたよ」
東風はバッグからカランビットナイフを取り出す。
「りん兄と約束して、いっぱい練習したんです。りん兄から見て、どうですか?」
「………そうだな。うん。ちゃんと使えてる。正直驚いた」
それは僕だけじゃない。あのスリや虚宿さんも認めてる。
まさかちゃんと実用的に使えるようになるなんて思わなかった。それもヤクザを倒せるレベルまで。
「本当に⁉︎やったぁ!」
東風は嬉しそうに拳を握った。
まぁヤクザ何十人も倒して、周りからドン引きされてるのに認めないは無いよな。
「それじゃあ、私のお願い、聞いてくれる?」
「別にいいけど、何か欲しいなら今は勘弁してよ?お金そんなに無いから」
この前ラノベ爆買いして、さらにクラス遠足で狂ったようにガチャ回したのがいけなかったな。
「そんなんじゃないですよ。その………ちょっと、目瞑ってくれませんか?」
「は?お前何するつもりだよ」
「いいですから、変なことはしませんって」
若干の警戒もありつつ、僕は目を瞑った。何かあったら速攻逃げよう。
何となく東風が近くに来たのを感じた。本当に何するつもりだ?
その瞬間、何か柔らかくて温かいものに包まれるような感覚がした。
え?………まさか、東風に抱きつかれてる?
「ちょッ⁉︎おい、東風!何してるんだ⁉︎」
突然の事に狼狽えていると、東風の熱い吐息が僕の耳を撫でた。
「私のずっと昔からの気持ち、受け取ってください」
そう言われると同時に、僕の唇に柔らかいものが押しつけられる。
「ッ⁉︎」
それは何度も体験したようなものでも、初めて体験したようなものでもある感覚だった。柔らかくて、湿っていて、温かい。
僕は驚いて目を開いた。そこには顔を真っ赤にした東風の顔が間近にある。
それはほんの数秒だったのだろう。けど僕にはすごく長い時間に感じられた。
「んっ………」
東風がゆっくりと唇を離した。抱きついたまま、恥ずかしそうに目を逸らす。
「りん兄は、今のままでいてください。私が絶対に、振り向かせますから」
そう言って僕から離れると、軽く礼をして家を出て行った。
僕はその様子をただ呆然と眺めていた。
「………というわけで、水鶏の一件は無事に終わったよ」
「そうなんだ。というかヤクザの事情に巻き込まれるとか、すごい事もあるんだね」
『Cafe Red Poppy』の二階、罔象の部屋でコーヒーを飲みながら、僕はさっきまでのことを罔象に話した。
「僕は慣れてるからな」
「そっかぁ………それにしても、東風ちゃんってそんなに強かったんだね。初めて知ったよ」
「まぁ昔に軽く殺しのやり方を教えたくらいだからなぁ。本職相手にどれくらい出来るか、それは分からないけど」
「女子高生がヤクザ何十人も倒せるなら、充分すぎるんじゃないかな?」
そんな事を話しながら僕達はコーヒーを飲んでいた。
「で、竜胆君?」
「ん?どうかした?」
「東風ちゃんと何かあったの?」
僕は手にしていたカップを落としそうになった。何とか捕まえる。
「な、何でそれを………?」
「君の様子見てれば分かるよ。さっきからずっとボーッとしてるもん」
しまった、顔に出てたかぁ。
「それで、何があったの?」
「………い、言って怒らない、ですか?」
「え?うん、まぁ………」
僕の意図に気がつかずに罔象は首を傾げながら頷いた。僕は罔象から顔を逸らした。
さっきの事が思い出されて顔が熱い。
「そ、その………東風に………キ、キス、された………」
まだ東風の唇の感触が残っている。
一応婚約までしている身なのにこんな事になって、正直罔象には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「そっかぁ………」
「ご、ごめんなさい」
「別に謝らなくていいよ。君からしたわけじゃないんでしょ?」
それはそうだけど、どうしても微妙な気分になる。
「あのさ、前から聞きたかったんだけど」
「何、突然に?」
「竜胆君は東風ちゃんの事好きなの?」
「ゴフッ⁉︎」
あんまりにもストレートすぎる質問に、僕は飲んでいたコーヒーを吹きそうになる。
「え?私変な事聞いた?」
「変じゃ、ないけど………罔象からそれ聞くか?」
「うーん、だって気になるし」
そんなさっぱりするか?普通は聞かないと思うんだが。
「で、どうなの?」
「………今は、やっぱりそういう目では見てないよ。罔象がいるから」
関係だけの話じゃない。こうやって罔象といると、不思議と周りの人達を気にしなくなる。彼女一人を見てしまう。
「そう?それじゃあ、昔は?」
「そうだなぁ………昔の気持ちなんざ、とっくに忘れたよ」
昔東風をどう思ってたか。それは感覚だけしか残っていない。
「でも、特別なんでしょ?」
「それは、まぁ………」
これまで一緒にいて、東風には周りとは違う思いがあるのは確かだ。
「僕、小学生の時殺し屋になって。それで表社会との関わりを無くそうと思ったんだよね」
裏社会で生きていくのに、表社会での関わりは足枷になる。
鯨波さんに学校には行くように言われてたけど、そんなの表面だけで、どっぷり裏社会に染まるつもりだった。
「その時だよ、東風と出会ったの。何日か一緒にいるうちに面白いヤツだなぁって思った。表社会にもこんなに面白いヤツがいるのかって思ったよ」
それで表社会に未練ができてしまった。こんな面白いヤツがいる所から離れるのが嫌になった。
だから両方にいる道を選んだ。おかげで趣味があって、今一人の表社会の女性と付き合っている。
「だから、今こうして罔象といるのも、東風のおかげなんだよ。僕にとって東風は、充分特別な存在だ」
僕を表社会に繋ぎ止めてくれていた。それは殺し屋の仕事にもプラスに働いている。今はそれがはっきりと分かる。
「そっかぁ、竜胆君にとって東風ちゃんはそんなに大切なんだね」
「ちょ、これ東風には言わないでよ」
「え?東風ちゃん喜ぶよ?」
「ダメ!は、恥ずかしい………」
東風を妹として見てるのも、面白いアイツを手放したくない、もっと近くで見てたいという想いもあるのかもしれない。
でもそれが異性としてのかって言われると………う〜ん………
「なぁ罔象」
自分の心がモヤモヤして、僕は罔象に尋ねた。
「何?」
「気持ちの感じ方って、歳取れば変わるかな?」
「え?うーん、本質は変わらないんじゃない?」
「そうか。ありがとう」
そう言って僕はコーヒーを飲んだ。程よく苦いコーヒーが、熱くなった思考を治してくれる。
本質は変わらない、か。
何となく、今罔象に抱く気持ちとあの頃東風に抱いて気持ちは、どこか似たものがある。
その捉え方が今も昔も変わらないなら。
あの時の僕は………東風の事、好きだったのかもな。
「うわぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜ッ‼︎うにゃあぁぁぁ〜〜〜〜〜〜ッ‼︎」
家に帰った私はお母さんに事情(半分近く嘘)を話して、自室に入った。そしてベッドに蹲りこれである。
やっちゃったやっちゃったやっちゃったぁッ‼︎
何というかさっきまでの高揚感のせいか、りん兄と………キ、キ、キスしちゃったぁッ‼︎
夢にまで見た光景だったし嬉しいんだけどさ!休み明けからどんな顔をして会えばいいのか分からないよぉ!
絶対変な事したって思われたし、嫌われたらどうしよう………
「うぅ………」
いや、ちゃんと伝えたい事は伝えた。これでダメなら………
その時スマホが鳴った。見てみるとりん兄からだ。
一瞬ドキッとしたが、深呼吸して見てみる。そこには短い文が送られていた。
『もの考えて行動しろ』
それには色んな意味が込められてるんだろうけど、それって普通口頭で言わないかなぁ?
いや、りん兄にそんな事求めてもダメか。あの人はどんな時でも出来る方を選ぶからな。
私は自分のバッグの中にあるカランビットナイフを取り出した。
引っ越す時に貰った。りん兄からの唯一のプレゼント。またこうして手元に戻ってきちゃったよ。
引っ越してから時間のある時とか、落ち込んだ時とかにいつも振ってた。そのおかげで自分でも使いこなせたって思ってる。
離れている間、私とりん兄を繋いでくれたもの。
最初は貰ってもどうしようと思ったけど、今回こうやって大切な家族を守る事に使えた。りん兄にも認めてもらえた。
それはとても嬉しかった。引っ越してから頑張ってよかったなぁ。
私はそう思いながらバッグの中の整理をした。とりあえず中身を出して………っとぉ?
りん兄が無造作に渡したものを詰めたので、中身はよく見てなかったけど、色鉛筆のケースの中に何か入ってる。
これは………畳まれた紙?あぁ、水鶏ちゃんがお絵かきに使ったやつね。
そう思って何となくそれを開いてみた。しかし描いてある絵を見て、私は動きを止めた。
そこには小さな家の前に、笑顔で手を繋いで並ぶ三人の人が描かれていた。
右端から人の上に『ぱぱ』『くいな』『まま』と書かれている。
これを………水鶏ちゃんが………
私は立ち上がると、部屋の壁にその絵を貼った。その下の棚にカランビットナイフをケースにしまって置いた。
今すぐは無理だけど、もしかしたらずっと無理かもしれない。けど………
「水鶏ちゃん………いつか、実現させようね。ママ、頑張るよ」
その『いつか』のために、今はいいママであり続けようと心に決めた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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