「罔象………ただいま、でいいのかな?」
駅で予定通り待ち合わせた僕達は軽く挨拶をする。罔象相手にただいまなんて初めて言った。
けど、思いの外しっくりとくるもんだな。
これからお泊まりという事もあり、罔象は大きなバッグを持っている。
外にいるけど赤いエプロンをして、青と白のストライプのTシャツを着ている。
「お店閉めて急いで来たから、エプロン来たままになっちゃった。お泊まりに行くのに変かな?」
「そんな事ないよ。いつも通りで安心するよ」
やっぱり今まで見てきた罔象の服装の中で、僕が一番に好きなのはエプロン姿だ。馴染みがあってすごい落ち着く。
「それじゃあ行こうか」
「うん」
僕達は駅を出て家まで歩いて行った。駅からウチまでそれなりに距離があるけど、敢えてそうしている。
僕が言い出した事なんだけど、とりあえず夕食の買い出しをしときたいんだよね。ウチ今そんなに食材無いし。
というのは建前で、単純に罔象とデート的な感じになりたいなぁ、なんて思いながらの提案だ。
何かこういうのって恋人っぽくない?もしくは夫婦感あるよね。
そんな雰囲気を楽しみたくて、わざわざ歩きにしている。罔象も快く了承してくれた。
「今日はもう仕事は無いの?」
「ついさっきまで諸々片付けたからね。そういう罔象は、お店早めに閉めてきたんでしょ?」
「うん。常連さん達に何でって聞かれたけどね」
一緒に歩いている間にいつものように他愛ない会話をして、楽しく歩いていく。
僕達はそのままスーパーに向かい買い出しを済ませる。
「えっと、これで全部だよね?何か悪いね、献立まで考えさせちゃって」
「いいのいいの、好きでやってるんだもん。それにお金全部竜胆君が払ってくれたんだし」
「まぁウチで作るわけだからね」
そんな事を話しながら外に出ると、いきなり腕に冷たさを感じた。
「ん?………これ、雨か?」
「え?今日天気予報で雨なんて言われてなかったのに」
ポツポツと降り出した雨は次第に激しさを増していった。時期的にも当たり前と言えば当たり前か。
「一応僕折り畳み傘持ってるからさ、その………一緒に、入ろう」
「うん。そうだね」
僕は折り畳み傘を広げると、罔象と一緒に入った。相合傘なんて初めてだなぁ。
罔象との距離が近くてドキドキする。雨で冷たいからこそ、罔象の温度がよく分かる。
スーパーを出て雨の中を二人で歩いていく。雨で前がよく見えないな。
僕はチラッと隣を歩く罔象を見た。そして目線を落として罔象の手を見る。
最近だと夜にコーヒーを飲む時に、どちらとなく手を繋ぐ事はあるんだけど、外だと全然無いんだよな。
手、繋いでもいいかな?でも外だし、どうしよう………
そう思って目線を上げると、罔象の目線とばったりと合った。どうやら罔象も僕を見ていたらしい。
お互いその事が恥ずかしくなり目線を逸らした。やっぱりまだこういうのは勇気いるな。
その時、傘を握っていた僕の手に、罔象がそっと手を触れさせた。
「‼︎ 罔象?」
「その、いい、かな………手、繋いでも………外だけど」
罔象は僕の方をチラチラと見ながら、持て余した手の親指と人差し指を擦り合わせている。
僕は傘を握っていた手を持ち替えて、その手で罔象の手を握った。そっと指を絡める。
柔らかくて温かい手だ。強く握ってしまったら折れそうな程に細い。
「これで、いいかな?」
「うん………嬉しいな」
手を繋いだ僕達はのんびりと家を目指していく。雨で冷えた体が繋いでいる手から温まっていく。
しかしいくら傘をさしているのはいえ、横殴りの雨は僕達に降りかかった。それは傘では防げない。
「ごめんね。歩きで行かなければこうならなかったのに」
「ううん。これくらい全然大丈夫だよ。それに………こっちの方が、竜胆君の側にいられるし………」
罔象は僕に密着すると、僕の頬にチュッと軽くキスをした。いきなりのキスに僕はピシッと固まった。
「隠れてこういう事も出来るし、ね?」
「ッ⁉︎み、罔象………こんな所で………」
外は雨で傘で僕達の顔は隠れているし、周りに見える事はないだろう。
とはいえここは歩道だし、周りにはそれなりに人がいる。
「ごめん、竜胆君とこうやって並んでるのが嬉しくて、つい」
そう言って罔象はイタズラっぽく笑った。何とも可愛らしい笑顔だ。思わず抱きしめたくなる。
別に嫌なわけじゃないというか、すごい嬉しいけど………
「か、帰ってから、いっぱいするか………」
「………うん」
僕達は頷き合うと、前へと進んだ。
「さて、到着っと」
「結構降ってたね」
玄関前に着いて僕達は一息ついた。外はまだ雨が降り続いている。
それじゃあ後は二人の時間を満喫して………
「あー、罔象。手、離さないと傘畳めないから、さ」
「え?あ!そうか。つい」
恥ずかしそうに顔を赤らめて罔象は手を離した。僕もついそのまま入ろうとしてたな。
傘を畳んで家の中に入った。
「えっと、それじゃあ、改めて。いらっしゃい」
「うん。お邪魔します」
僕達は靴を脱いでリビングに着く。っと、そうだった。
「罔象、ちょっとそこで待ってて」
僕はそのまま脱衣室に向かうとタオルを二枚引っ張り出して、罔象のところに戻る。
「はい、濡れてるから拭きなよ」
「ありがとう」
僕達はタオルで濡れたところを拭いた。結構濡れちゃったな。
体を拭きながら僕は罔象を横目で見た。ちょっとだけど濡れてる罔象、すごい綺麗だなぁ。特に艶やかな黒髪に目を惹かれる。
「ん?竜胆君、どうかした?」
「あぁ、いや、何でもないよ」
シュッと目を逸らして体を拭き終えると、僕は二階に上がって着替えて一階に戻る。
「んで、まずはどうする?」
「そうだなぁ………時間も時間だし、先にご飯にしちゃおっか」
「了解。それならさ、ご飯作るの僕も手伝っていい?」
罔象の家に泊まる時はいつも罔象が作ってくれていた。だからたまにはね。
僕が二人分作るとなるとどうしても遅くなっちゃうし、それなら二人で作ろうってわけだ。
「そうだね。うん、一緒に作ろう。私もそうしたかったんだ」
「決まりだね」
僕達はスーパーで買ったものをキッチンに持っていくと、早速夕ご飯作りを始めた。
「そういえば罔象に言われるままに買ってたけど、何作るつもりなの?」
「一応煮魚とサラダと、後はお味噌汁かな。ご飯はもう炊いてくれたんでしょ?」
「うん。二人分ね」
ここまでしっかりした夕ご飯なんて久しぶりだな。仕事が忙しいと抜いちゃう事もあるし。
僕と罔象は連携して夕ご飯を作っていく。当たり前だけど罔象の方が上手いわ。手際もいいし。
きっと仕事の中で色々と練習したりとかしてるんだろうな。
今更だけど『Cafe Red Poppy』って、罔象一人で切り盛りしてるんだもんね。並の努力じゃ無理でしょ。
僕も基本一人で殺し屋やってるけど、そんなものよりよっぽど大変なんだろうな。
そんなこんなで夕ご飯を作り終えた僕達は、作ったものを食卓に並べた。お箸も準備して、これでよしっと。
「それじゃあ食べるか」
「うん」
僕達は椅子に座ると手を合わせた。
「「いただきます」」
お箸を手に取り煮魚を食べてみる。罔象も同じように煮魚を食べた。
「ん!上手に出来たね」
「そうだね。初めて作ったから心配だったけど」
とは言ってもほとんど罔象がやってたけどな。本当に敵わない人だ。
「それにしても竜胆君って思ったより料理出来るんだね。いつもやってないとか言ってたのに」
「あぁ、大体夜に仕事があるんで出来合いのもの買って済ませちゃうんだよね。だから出来ない事は無いよ」
「そんなに仕事忙しい?」
いや、そういうわけじゃないんだけどね。
これ殺し屋あるあるだと思うんだけどさ、仕事するって決めた日って自分のやりたい事以外は基本的に仕事に振れるようにするよね。
だからとにかく早めにご飯とか済ませて、残りの時間を仕事に使えるようにしてるわけだ。
後料理してる時間を仕事の計画とかに使いたいし。そうなると自炊がどうしても減ってしまう。
「意識の問題、かなぁ」
「夕ご飯作ってあげようか?」
「いや、さすがにそこまではいいよ」
そんな事を話しながら食事を済ませると、僕達は協力して片付けを終わらせた。
リビングに向かいソファーに腰掛けると、罔象も僕の隣に腰掛けた。
罔象は少しずつ僕との距離を縮めてくる。
「その………手、いい?」
「………うん。もちろん」
外でのように手を繋ぐとお互い身体を預けた。見つめ合って微笑んだ。
なんだかんだで、これが一番落ち着くな。彼女が側にいるって実感出来る。
「ふぅ、これなら今日は水やりはしてこなくて正解だったかな?」
罔象が外の様子を眺めながら呟いた。
「水やり?何か育ててるの?」
「うん。お店の裏に鉢植え置いて、そこでハーブ育ててるんだ。ハーブティーとか淹れてみたいなぁって」
へぇ、罔象にそんな趣味があったなんて知らなかったなぁ。
「竜胆君も何か育ててみたら?結構簡単に出来るよ」
「う〜ん、僕は既にいくつか育ててるからなぁ。これ以上は」
「え?竜胆君も植物育てたりしてるの?」
「まぁね。家の裏にあるよ。ニコチアナとかトウゴマとか」
さっき傘家入る前に見せてやれば良かったな。ウチの外に鉢植えがあって、そこで育ててる。
「へぇ、竜胆君も園芸の趣味あったんだ!」
「いや、仕事で使うものを育ててるだけだよ。それで毒になる成分を抽出してるの」
「あぁ………そういうの………」
趣味全開の高校生に化学薬品の違法購入は結構お財布に厳しいのよ。免許ないと尚更。毒草様様だな。
今抱えてるゴタゴタが片付いたら、どこかで真面目に危険物取扱の免許取ろうかな。
「さてと、そろそろお風呂入るか。罔象先入る?」
「え?えっと………その………」
すると罔象は慌てたように目を泳がせた。ん?どうしたの?
「あ、あのさ、竜胆君………」
罔象の繋いだ手に少し力が入った。僕の方をジッと見つめて小さな声で言った。
「その………お、お風呂、一緒に………入ら、ない?」
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