第169話 夏休み2
「ふぅ、とりあえず今日はここまででいいでしょ」
「うん。ありがとう」
僕は家の椅子に座って一息ついた。
そして僕の目の前にいる少女、雛罌粟
「それにしても、まさか夏休みにまた来たいって言い出すとは」
「あれ?来るって言わなかったっけ?」
「だとしても本当に来るって思うかよ」
夏休みに入り、僕達受験生は要の時間であるとすら言われているこの中、分はまたウチに来たいと言い出した。
まぁ家事全般をやってくれるという条件は変わらないので、僕としてはありがたい限りなんだけどさ。
「それにアタシの行きたい大学がウチよりこっちの方が近いの。だからオープンキャンパスの時とか楽なの」
「いや大して変わらないと思うけどな」
そんなこんなで僕は分を家に泊めて勉強を見ている。
最初は勉強が苦手だったが、それも今ではメキメキと力をつけて行く大学のレベルを上げても問題無いと言われてるんだそうで。
僕としては教える事が楽になれば、後は家事を全任せすればいいのでありがたい限りだけどね。
「それにしても龗さんはよくOK出したな。春休みあんな事があったのに」
「別にアンタのせいってわけじゃないしね。むしろお母さんもアンタに感謝してたよ」
春休みでの一件。偶然に偶然が重なり、分は怪我を負う事になってしまった。
ついでに僕の正体もバレたりと何やかんやあったので、てっきりもう来ないと思ってたのに。
「お姉ちゃんの事は家族全体のダメージだったし、そんなお姉ちゃんを幸せにしてくれてよかっただってさ」
「そんなつもりじゃないんだけどなぁ」
僕はただ仕事を済ませて関係を戻そうとしただけ。それからはほとんど
「というか、分はもう怪我大丈夫なの?」
「あの程度二、三週間あれば大丈夫だよ。アンタ心配し過ぎ」
いや、一応僕が助けに行くの遅れたのも悪かったしさ。その辺は心配するよ。
「それよりもお姉ちゃんとは最近どうなの?一ヶ月くらい前にお泊まりしに来たんでしょ?」
「ちょっと待て。誰からそれ聞いた?」
「東風から」
アイツかよ。というか連絡先交換してたんか。余計な事を。
「まぁ、変わらずだよ」
「ふーん、バカップルのままって事?」
「バカップル言うな。普通の恋愛関係ね」
そんなに僕達の関係って変わってるように見える?割と普通だと思うけど。
「え〜、でも東風からの話だと、朝っぱらから街中で抱き合ったりキスしてたりしてたんでしょ?」
「やめろって、分かったから」
アイツどこまで話してんだよ。たしかにこの前やっちゃったけどさ。
でもあれは仕方なくない?何というか、お泊まりの余韻みたいなのでさ。
「夫婦仲良いんだねぇ」
「否定はしたくないけとその言い方はやめてくれ」
まだ結婚したわけじゃないし。まぁ良好な関係は築けてるかな。
「というかさ、お泊まりで何してたの?アンタとお姉ちゃんって結構趣味違うでしょ?何、ずっと手繋いでイチャついてたとか?」
「そんなわけ………ないな」
「何で間があったの」
ずっとというわけじゃない。ご飯食べる時とかは繋いでないし。他は知らん。
「そもそも学校あった日だったからな。そんなに時間も無かったし。いつも通りご飯作って、お風呂入って、部屋で寝ただけ」
「………二人一緒に?」
「……………ま、まぁ」
「アンタ、アタシの使ってる布団、お姉ちゃんがお泊まりした時に別々で寝られるように買ったんじゃなかったの?」
「もういいだろ!」
地味に気にしてる事言わないでくれ!何となく一緒でもいい雰囲気だったの!まぁ詳しく聞かないだけありがとうとは思っておくけど。
「っと、そろそろ時間か。罔象の所行ってくる」
「あれ?まだ早くない?さっき夕ご飯食べたばっかでしょ?」
「ついでにちょっと仕事で寄りたい所あるの。………それに、罔象のコーヒーが飲みたくてね」
「あぁ、お姉ちゃんに早く会いたいのね」
「はっきり言うなや!」
やっぱりちょっと変なのかな?少し抑えた方がいいか?
「分はどうする?一緒に来るか?」
「仕事で寄る所あるならアタシがいたらダメでしょ?それに、この前行って胸焼けしそうになったからいい」
そんなに酷かったか?たしかウチに来て初日に一緒に行ったんだっけ。
普通に会いに行って、コーヒー飲んで、まぁ手繋いだり身を寄せ合ったりはしてたけど。
それだってそんなずっとってわけじゃ………あれ?ずっとだったか?でもこういうのってそれ以上しない分だけマシだと思うが。
「それじゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい。遅くなるようなら連絡しなさいよ」
「はーい」
仕事の寄り道を手早く済ませて、僕は『Cafe Red Poppy』へと到着した。自転車を置き扉を開ける。
「罔象、お邪魔するよ」
「あ、竜胆君。いらっしゃい」
カウンターにいた罔象が顔を上げた。いい笑顔だよなぁ、癒される。
いつものように挨拶を交わして僕はお店の中に入る。
「先に上で待っててね」
「うん」
僕は二階に上がり、罔象の部屋に入る。しばらくしてから罔象が入ってきた。
ソファーに座ると、罔象がコーヒーを出してきた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
僕は罔象からコーヒーを貰うと一口飲んだ。
「あぁ………美味しい」
「ふふっ、そう言ってもらえて嬉しいな」
罔象は微笑むと僕の隣に座った。
「竜胆君は夏休みに何かやる事あるの?」
「やる事………
「学生から出る答えじゃないね」
「じゃあゲームかアニメ鑑賞」
「君受験生だよね?」
そんな事言われてもなぁ。受験生だからといってこれまでの生活習慣を崩すつもりはないんだよねぇ。
「進路も決まってたりするの?例えば………殺し屋に就職とか」
「それが出来たらどれほど楽か」
そしたら今頃僕は学校をめんどくさいなんて思わないだろうな。気にも留めない。
「大学は行くよ。行く所も決まってる」
「えっ………もしかして、ここから引っ越す?」
「んなわけないでしょ。ここから通うに決まってるじゃん。この辺離れちゃうと殺し屋として活動がやりにくくなるんだよ」
活動とか人脈とかも地域差あるしね。今のご時世ならある程度は融通が効くけど、それでも離れる気はないな。
「それにまぁ………み、罔象のコーヒー飲めなくなるの嫌だし」
「竜胆君………」
罔象は恥ずかしそうに顔を赤く染めながらも、僕の手を握って指を絡めた。
僕も優しく握り返すと、罔象は微笑んで僕の肩に頭を乗せた。甘えるように喉を鳴らす。
最近罔象がこうしてくる事が増えたな。僕としては結構恥ずかしくてドキドキとはするものの、これはこれで嬉しい。
僕も少しだけ体を預けて身を寄せ合う。夏でもこの温かさは心地よいものだ。つい顔が緩む。
「けどよかった。実はちょっと相談があってね」
「というと?」
「これなんだけど」
罔象は身体を寄せたまま、ズボンのポケットから二枚の紙を取り出して僕に渡した。
「えっと………は?………伊豆の旅館のペアチケット?」
渡されたものを見て、僕は声が裏返ってしまった。
「何これ?」
「実は今日スーパーに買い物行った時に福引やっててね。それで引いたら当たったの!」
いや、当たったのって………どう考えても一等か二等レベルの景品だろこれは。
「よく当てられたなぁ」
「これでも昔からくじ運はいいからね」
罔象は得意そうに笑った。そうだったんだ、初めて知ったわ。
「それでね。よかったら、竜胆君と私でどうかなぁ、っと思って」
「え?僕と?」
罔象の提案に僕は目を丸くした。これはちょっと予想外だな。
「龗さんとか分とじゃなくていいの?」
「うーん、それも考えたんだけどさ。その………わ、私達、一応婚約してるわけじゃん?」
「え?あ、ま、まぁね………」
いきなりなんだよ。少しドキッして僕は固まってしまう。
「それなら、さ………どこかで新婚旅行とか、どうかなって………ずっと考えてて」
「あぁ………」
恥ずかしそうに縮こまる罔象の提案に、僕は思わず声が漏れた。
そういえばそうか。そういうのは考えたことが無かった。
罔象に指輪渡して数ヶ月。仕事が割と忙しくなり、あまりそういうのを考える余裕が無かった。
けどそうだよな………新婚旅行。考えた事もなかった。
「罔象はお店いいの?」
「日曜日に出て一泊して帰るようにすれば、月曜日だけ特別休暇って事に出来るからね。それでいこうかと」
となると後は僕次第か。
正直僕の仕事はいつ大事な依頼が来るか分からない。ましてや今はサドイーターの件で、潰すべきヤツらがどんどん出てきている。
組織に属する殺し屋は、後々の面倒を無くすためにこういったヤツらを相手にする事はまず無い。
つまりはフリーの殺し屋である僕達しか動けないのだ。それも相手が相手なだけに、出来る人間は限られる。
だから気安く休みなんて取っていいはずがない。一応仕事を用意してもらってる側だし。
でも………
「やっぱり難しい、かな?」
罔象は少し不安そうな表情で僕を見ている。
せっかくの機会。罔象だって楽しそうにしているし、僕だって罔象を楽しませてやりたい。
それなら…………
「大丈夫だよ。行こうか、旅行」
「うん!」
いつ依頼が来るかも分からないし、かといって旅行という理由でせっかく来た殺しの依頼を無碍には出来ない。
けど鯨波さんや仲介人の人達がこれ知ったら、絶対依頼を回さないように気を遣うだろうな。あの人達には黙っておこう。
もし何かあった時は、僕が上手く対応するか。
「というわけで、僕と罔象旅行行くことになったから」
「はぁぁぁぁぁッ⁉︎」
家に帰った僕は、とりあえず一緒に暮らしている分に旅行の事を話した。リアクションは見ての通り。
「そんないきなり言われてもさぁ!アタシ来たばっかりなんだけど!もう帰らないといけないの⁉︎」
「いや、別に帰る必要は無いでしょ。ウチにいればいいよ」
「は?でもアンタいなくなっちゃうんでしょ?」
「別に僕いないからって分が出て行く理由にはならないでしょ。好きしてていいからさ」
前にも来てるし、分なら僕がいなくても何とかなるでしょ。
「えぇ………となると、アタシはこの家で二日間一人で留守番してろって?」
「ついでに出来る範囲でいいから大掃除とかやってくれると嬉しいなぁ、ってね?」
というか本来それを頼む予定だったし。
「………はぁ、分かったわよ。楽しんできな」
「ありがとう。何かお土産買ってくるよ」
「楽しみにしてる。さてと、それじゃあ空きが出来る分、今からもうちょっと勉強に付き合ってもらおうかな」
「えぇ………空き言うても二日なのに………まぁいいけど」
こうして僕と罔象との新婚旅行が決定した。
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