「あ、竜胆君。着いたよ」
その言葉が耳に入って、僕は目を覚ました。ぼんやりと目を開けて辺りを見渡す。
段々と状況が飲み込めてきた僕は、大きく伸びをした。
「んん〜〜〜!ふぅ………伊豆到着?思ったより早かったね」
「まぁ途中から君ずっと寝てたからね。ほら、着いたから降りよう」
「は〜い」
僕は目を擦りながらスマホで何も連絡が来てないのを確かめると、罔象の車を降りた。しかしそこに旅館は無い。
「おや、旅館着いてないじゃん」
「竜胆君、旅館に行くのは夕方だってば」
「あぁ、そうだったっけ」
そういえばそんなこと言ってたな。すっかり忘れてた。
「ほら、行こう!」
「うん」
いつになく楽しそうな罔象と一緒に必要な荷物を持った僕は、目的地へと向かった。
しばらくして目的地が見えてきた。おぉ、結構人いるな。
「やっぱり夏だし、結構人いるね」
「そりゃ海だからなぁ」
そう。今回の僕達が長くない時間を使ってどこに行くことを選んだか。それは海だった。
せっかくの夏だ。こういう所もいいだろうということになったのだ。
ここまで言えば何となく察せるかもだけど、僕達二人共、こういう遊ぶための海に行くのは初めてだ。
「僕はともかく、罔象が海に遊びにきたこと無いって以外だなぁ」
「だってウチの近くそんなの無いし、家族旅行とかで海に来ることも無かったからね」
家族旅行ねぇ………僕はそういう経験無いからなぁ。
「だから、竜胆君と一緒に来れてすごい嬉しいんだ!」
花が開いたような笑顔に、僕も思わず釣られて笑った。罔象の笑顔を見ると、いつもこうだな。
砂浜には既にたくさんの人がいて、みんな水着を着て思い思いに楽しんでいる。
僕達もパラソルを借りると良さげな場所を見つけて、持ってきたシートを広げた。
「っと、そうだ。シート広げる前に着替えないとだった」
「あぁ。僕は下に水着着てるから。荷物は僕が見てくるから罔象は着替えてきなよ」
「うん。ありがとう」
そう言って罔象は荷物を持って更衣室へと行った。
そういえば罔象は僕が来る前シャワー浴びてたらしいからな。それからすぐに来たなら下に着る時間は無かったか。
でも、そうだよなぁ。罔象も水着、なんだよなぁ………
罔象の水着姿………どんな感じなんだろう。正直すごい楽しみ。
僕は服を脱いで水着一枚となる。ちなみに水着は昨日思い出して近くのお店でトランクスタイプの無難なものを適当に選んだ。
その上からパーカーの上着を着ると、シートの上に座った。海の光景をボーッと眺める。
見渡す限りの大海原が日光を受けてキラキラと輝いて波打っている。それだけ見ればとても落ち着く所だ。
しかしそしてそこにはたくさんの人が楽しそうに泳いだり、ビーチボールで遊んでいる。
後ろを見れば、いわゆる海の家がある。そこにはかき氷や焼きそばなんかが売っている。
何というか、こう見ると人が邪魔………いや、それを僕が言うのも変か。
でも………まさか僕がこんな景色をぼんやりと眺めるなんてなぁ。
殺し屋になって、仕事のことばっかり考えて、娯楽でこんなに遠出するなんて一生無いと思ってたからなぁ。
だから修学旅行なんかもあんまり居心地が良くなかった。自分にはあまりにも場違いな感じがして。
あ、そういえば、鯨波さんとか仲介人さんから何か連絡来てないかな?
結局旅行のこと言わずに来ちゃったからなぁ。そしてそれを罔象に言えていない。
万が一仕事の依頼が来たら何とかしないと。けどどうしよう………罔象を置いて戻るか?
でもせっかくの旅行………いや、個人の用事で仕事を疎かにするわけでにはいかないよな。いくらなんでもそれは最低だし。
休みが無いなんて殺し屋にとって当たり前だ。仕事があればいつでも動く、それが普通なんだし。
僕はスマホで連絡を確認する。誰からも来てない、か。とりあえずいつ連絡来てもいいようにスマホは持ち歩いてよう。
殺し屋の依頼にはある程度の期間があるとはいえ、急ぎの時とかは戻らなきゃいけない。そのために仕事道具も持ってきている。
でもそしたら罔象、絶対嫌な顔するよな………いや、仕事は仕事だ。プライベートを理由に断るのも。
ここ最近はサドイーターの件もあって急ぎの仕事も増えている。昨日も急ぎでヤクザ殺しの依頼があったばかりだ。
仲介人の方は他の殺し屋に任せられるとして、鯨波さんからの仕事は僕以外受ける人なんかいない。殺し屋という立場の僕にしか出来ない仕事もあるのに。
そもそも殺し屋の僕が、こんな風に休んでいること自体がおかしいんだから。
うーん、どうしたもんか。
「竜胆君?難しい顔してどうしたの?」
すると横から罔象の声が聞こえてきた。もう着替えてきてたのか。人が多いのと考え事してたから気がつけなかった。
「いや、何でもない………ッ⁉︎」
モヤモヤ考えていた思考を振り切り顔を上げた。そこには水着姿の罔象が僕の顔を覗き込んでいる。
しかし罔象を見た瞬間、その衝撃に僕は固まり言葉が出なくなってしまった。
何度見ても見飽きることのない罔象の美しく艶かしい身体を、青いビキニタイプの水着が引き立てている。
ちゃんと隠すべきところは隠しているが、むしろそれが罔象の身体のラインを目立たせていた。
明らかに肌の露出度は高いのに、どことなく清楚な雰囲気が感じる。しかしその一方で言葉に出来ないような艶かしさも感じた。
豊満な胸が水着を押し上げて、深い谷間が作られている。少し動けば水着に隠された胸やお尻が軽く揺れた。
髪はポニーテールのままで、風に煽られ軽く揺れている。露わになっている頸が見えて、顔が熱くなる。
予想以上の美しさに僕は見惚れる以外のことが出来なかった。周りの景色が目に入らなくなり、罔象に吸い込まれるようだった。
「竜胆君?おーい、大丈夫?」
罔象が僕の目の前で手を振って、僕はようやく我に返った。
「あ!え、えっと………うん、だ、大丈夫」
「そう?それならよかった。それで、その………どうかな?私の、水着」
罔象は恥ずかしそうにしながらも、後ろで腕を組んで僕に水着を見せるように立った。露出が激しいからか、やっぱり恥ずかしいのだろう。
本能に身を任せれば、今すぐにでも罔象を押し倒しそうだ。心臓が鷲掴みにされたのかと思うほどに興奮している。
「そ、その………なんて言えばいいのか分からないけど………うん、すごい、綺麗………」
「ッ⁉︎ あ、ありがとう………♡」
罔象は顔を真っ赤にしながらも微笑んだ。そして僕の隣に座る。
近くにいるせいかどことなく彼女の熱を感じて、フワッといい匂いが漂う。
格好が格好なため、お互い何を話していいのか戸惑っている。
僕はつい罔象に目が惹き寄せられて、チラチラと見てしまう。二人きりだったら間違いなく襲ってるな。
「い、いい景色だね」
「………うん」
緊張してしまって、反応が遅れてしまった。あぁ、情けない。
すると罔象は辺りをキョロキョロと見渡した。それからしばらく俯くとスッと立ち上がる。
「よし!それじゃあ思いっきり遊ぼう!ほら、行くよ!」
「え?ちょ、罔象⁉︎っとぉッ⁉︎」
罔象は僕の手を掴んで立たせると、そのまま海へと走っていった。僕も何とかパーカーを脱いで、引っ張られるように連れて行かれた。
僕達はそのまま海へと入っていく。冷たい海水が熱くなった体を冷ましてくれる。
「う〜〜〜ん!気持ちいい!」
海に入った罔象が大きく伸びをする。
いつもなら元気だなぁで済むけど、今は格好が格好だからあんまり活発に動かれるのはなぁ。
「竜胆君、向こうまで泳ごうよ。というか今さらだけど、竜胆君って泳げる?」
「本当に今さらだね。一応泳げるよ。すごい久しぶりだけど」
学校で水泳の授業無いんだもん。市民プールなんて行かないし、本当に久しぶりだ。
「それなら大丈夫だね!よし行こう!」
「でもあんまり遠くに行くのは、って罔象⁉︎」
気がつけば罔象は先に泳いで行ってしまった。僕も慌てて追いかける。
途中で罔象が止まったので、何とか僕も追いついた。
「どうしたの罔象。何か様子変だけど」
「それは………その………」
罔象は言い淀んで俯いた。しかし少しすると僕に飛びついてきた。僕は罔象を抱き止めて海に沈む。
「ぷはぁっ!え⁉︎どうしたの?」
体を起こして水面から顔を出すと、罔象が僕にギュッと抱きついていた。
水着一枚に隔たれた胸が、僕と罔象に挟まれて柔らかく潰れている。
罔象の首筋から流れた水滴が鎖骨に少し溜まると、胸の谷間に吸い込まれるように流れていった。
刺激の強い光景に、僕は慌てて目線を引き剥がした。それでも罔象の柔らかい身体の感触は変わらない。高鳴る心音を深呼吸で抑えた。
罔象はその体勢のまま固まって、恥ずかしそうに僕から目を逸らす。
「せっかく二人で海に来たんだもん。どうせなら………君と二人きりで楽しみたいな………」
「罔象………」
そうだよな。僕だって大勢の中で罔象と遊ぶより、二人きりで楽しみたい。だったら………
「ちょっと失礼」
「え?ひゃっ⁉︎」
僕は罔象の首筋に舌を這わせた。首筋を流れていく水滴を舐めとった。痺れるようなしょっぱさを感じる。
「ふ、二人きりだし、たまには僕からこういうのも、ね」
自分でやって恥ずかしくなり、僕は気持ちを紛らわせるように罔象の頭を撫でた。
罔象の顔が茹で上がるようにどんどん赤くなっていく。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ‼︎ そ、それなら私も!」
罔象は僕に抱きついたまま、僕の胸板についた水滴を舐めた。ぬるっとした感触が僕の胸板を這う。
「んっ………海水って結構しょっぱいんだね」
「ちょッ、罔象!うわっ!」
罔象の反撃に僕がたじろいでいると、罔象が僕に海水をかけてきた。
「へへっ、こういう遊びって海っぽいでしょ?」
「そうだけど………だったら僕だって」
「ひゃっ!冷たっ!やったなぁ!」
それから僕達は水をかけ合ったり、潜って海の中を探索したりして遊び始めた。
誰も邪魔しない二人きりの空間での遊び。それは周りの事なんか気にならなくなるほど楽しかった。
「海藻にスイカの皮に麦わら帽子………こうして見ると海の中って色んなものがあるんだね」
「人がたくさん来るなら尚更ね」
そういうのを見つけるのも楽しみの一つかな。
「あ!竜胆君、また何か見つけたよ!プルプルしてるけど、海藻の一種?」
「それアカクラゲ」
「ひぃッ⁉︎」
なんて事をしながら僕達は二人きりの時間を楽しんだ。そんなことをしていればお昼まではあっという間だった。
「そろそろお昼か。一旦戻る?」
「そうだね。………竜胆君」
罔象は僕に向かって手を差し伸べた。僕はその手を優しく握って指を絡める。
僕達は手を繋いだまま海から上がった。僕達はふと見つめ合うと繋いだ手の力を少し強めた。
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