第185話 煙
「よぉ親父。今戻ったぞ」
「冬青か。ご苦労だった」
ヤクザの牛尾菜組の事務所。組長である牛尾菜 五十集の部屋に若頭の虚宿 冬青が入ってきた。
老人ながら衰えない威圧感を発する五十集の目の前のソファーに冬青が座る。
「サドイーターの件はどうだった?」
「間違いねぇよ。濁酒組の残りカス共がウチのシマまでサドイーターの販売ルートを伸ばしてやがった。ただ………」
「どうした?」
「ヤツらのヤサが見つからねぇ。下のモンにも探させちゃいるが、思うように情報が集まらねぇ。俺もこの後また探してみるつもりだ」
「妙だな………勢力を失ったヤツらが、そこまで巧妙に隠れられるわけないんだが」
「あぁ。それともう一つ。ウチと敵対してる
粳稲組のカジノは大きく、たくさんの人が集まる。そこで通条花組のヤクを売って、双方が勢力を伸ばしている。
このままでは牛尾菜組のシマまで侵食してくるだろう。
「ふむ………ここのところ、この辺の組が手を結ぶ事が多くなったな。そうなるとまとまってウチのシマを狙ってくる可能性もあるか」
「クソが!濁酒組との抗争が済んでからウチと抗争になりそうなゴミ共が群れやがる。偶然、じゃねぇよな」
「だろうな。水鶏の一件、あれが肝だろう。確実に俺達を狙っている」
ヤクを捌いてる組にとって牛尾菜組は邪魔者でしかない。排除したいのは当たり前だろう。
「それにしても、ここまで大きな勢力が手を組むとは………何か大きな陰謀めいたものを感じるな。大きな組織でも絡んでるのか?」
「なんだっていい!ゴミムシ共はまとめてぶっ潰してやる!」
「それもそうか………頼んだぞ、冬青」
冬青は黙って頷くと、部屋を出ようとした。その時五十集が思い出したように顔を上げる。
「そうだ。冬青、今日の夜時間あるか?」
「は?………まぁ、今の仕事がある程度済めば、時間は空くけど」
「それなら、今夜ウチに来ないか?こんな時だからこそ、ゆっくりしようじゃないか。久々にお前の作るメシも食いたいしな」
「別に構わねぇけど、水鶏だっていんだろ?俺が行って迷惑にならねぇのかよ」
「逆だ。お前と遊びたいって、水鶏が言い出した事なんだよ。すっかりお前に懐いてやがる」
五十集の孫である鴨舌草・グレース・水鶏は、今は五十集の家に住んでいる。今日は友達と遊びに外に出かけている。
冬青もたびたびあって一緒に遊んだりしている。
昔攫った事など、すっかり忘れて打ち解けていた。それは冬青にとっても嬉しいことだった。
「そうか………水鶏が」
「なんだ、お前もすっかり良き『お兄ちゃん』じゃねぇか」
「か、揶揄うんじゃねぇよ。けど、そういうことなら行かせてもらうわ」
「おぅ」
五十集との会話を終えて、冬青が今度こそ部屋を出ようとすると外が何やら騒がしいのに気がついた。
「あぁ?どうしたんだ?」
冬青が窓から外を見た。するとそこにはパトカーが止まっていた。
「は?なんでサツがいやがるんだ?」
するとドタドタと大きな足音がして、五十集の部屋が勢いよく開けられた。
入って来たのはスーツを着た五、六人程の男性達だ。奥の方から舎弟達が追ってくる。
「動くな!警察だ!」
「何だテメェら?誰の許可があって入ってきてやがんだ‼︎」
「静かにしろ!」
礼儀も何もあったものじゃない警察官の態度に冬青が掴み掛かろうとするが、それを五十集が目で制する。
「親父、カシラ、スンマセン!コイツらがいきなり事務所に入ってきて、止めようとはしたんですが………」
「そうか。それで、警察の方々が何の用かな?」
事情を把握した五十集が警察官に尋ねると、そのうちの一人が懐から警察手帳と書類を出して二人に見せつけた。
「牛尾菜 五十集だな?違法薬物売買の容疑でお前を逮捕する!これが令状だ!」
そう言うと警察官が五十集を捕まえようとした。その間に冬青が割って入り止める。
「おい寝言は寝て言えや。テメェらここが誰の事務所か分かって言ってやがんのか‼︎」
「うるさい!これは法的な拘束力がある!抵抗するなら貴様も公務執行妨害で逮捕するぞ!」
「面白ぇ、やれるモンならやってみろや!テメェら全員カタに嵌めてやるよ‼︎」
「冬青、やめろ」
殴りかかろうとした冬青を、五十集が威厳のある声で止めた。椅子から立ち上がると前に出る。
「牛尾菜組の誇りとお天道様に誓って、俺はヤクに手を染めるような外道には堕ちねぇ。それでも逮捕するってんなら、何かあった時にはお前達も相応の落とし前をつけてもらうぞ?」
「詳しい話は署で聞く。大人しく着いて来い」
そう言うと警察官が五十集の腕に手錠をかけた。
「親父!」
「なぁに、ちょっと留守にするだけだ。その間、組の事はお前に任せたぞ、冬青」
「………あぁ」
警察官は五十集をパトカーに乗せると、サイレンを鳴らして去って行ってしまった。
その時の警察官達は明らかに見下すような笑みを浮かべる。
「クソが‼︎」
玄関まで追ってきた冬青は、怒りのあまり壁を殴った。舎弟達も悔しそうに拳を握る。
「何がどうなってやがる………!」
さっきまでいつも通りだった日常が一気に狂ってしまった。
もちろん冬青は五十集がヤクに手を染めただなんて信じてない。だからこそいきなりすぎる状況に動揺していた。
すると道の曲がり角から、舎弟の一人である鱓が慌てて走ってきた。
「カシラ!今そこからサツのパトカーが来て、中に親父が‼︎どうなってやがるんですか⁉︎」
「うるせぇ‼︎それを今から調べんだよ‼︎つーかテメェ濁酒組のヤサ探しに外にいたろ。何で戻ってきた?」
彼が戻ってくるのはもっと後のはずだ。今ここにいるはずがないかった。
「あぁ、そうだった!カシラ、テレビつけてください!」
「んだよそんなに慌てて。テメェらしくねぇな」
「とんでもねぇことが起きてるんです!ウチのシマのショッピングモールに、テロリストが人質を取って立て篭もったんです‼︎」
「はぁ⁉︎」
数時間前
『ねぇ竜胆。今時間ある?』
夏休みも終わって秋となった。僕達受験生にとって本番が近い人間もいる。そんな中、数ヶ月前までウチに泊まっていた
「急にどうしたの?」
『いや、その………今からちょっと買い物でも一緒にどうかな、って』
「買い物って………分、明日受験じゃなかったの?」
そう、分は明日大学受験本番だ。というわけでここ一ヶ月勉強の質問がひっきりなしだった。僕もそこまで頭良くないってのに。
『そう、なんだけどさ………家にいるとどうしても落ち着かなくて。そしたらお母さんが、少し気分転換でもしてきな、って』
なるほど、そういう事か。たしかにあんまりガチガチになりすぎるのも良くないしな。それで僕も一緒にって事か。
「一人で行きなよ」
『それじゃ落ち着かないの!』
そんなんで明日大丈夫か?まぁいつもなら別にいいけど、ってなるんだけど………
「今はちょっとなぁ………」
『あ、もしかして仕事中だった?』
「いや。今罔象と出かけてるの」
そう、今僕は罔象と出かける事になっているのだ。
というのも以前罔象が僕の家に泊まった時、罔象が僕のモデルガンのコレクション(若干本物混入)を見たのだ。
そしたらこの前の夜、『あぁいうのってどこにあるの?』という話になり、何やかんやあってガンショップに行こう、ということになったのだ。
だから僕は今ガンショップの外で分と話しているのだ。お店の中で罔象が珍しそうにモデルガンを見ている。
『そうかぁ、今お姉ちゃんとデート中かぁ。それじゃあ邪魔できないな』
「あ、あんまり意識させないでよ………とりあえず、悪いな」
『ううん。ちゃんと、お姉ちゃん楽しませてあげなよ』
「別にそういうつもりはないけど………まぁ、善処するよ」
そう言って僕は通話を切った。
しかし、今にして思えば、この時分の心情を優先してデパートに行くべきだったのだ。
「………てなわけで、一人でデパートに来たものの、何をしていいものか分からなくて」
『そうですか………けどたしかに、明日受験が迫ってるってなると、落ち着きませんよねぇ』
竜胆に断られたアタシは、フラフラと近くのデパートに来ていた。
しかしそこで特にする事もなく。強いて言えば本屋に行ったけど、つい参考書とかのコーナーに足が向いてしまう。
普段はリラックス出来るんだけどなぁ。高校受験の時もそうだったけど、自分の人生を決める日の前日ってのは落ち着かないよねぇ。
そんなわけで適当にフラフラ歩いて、近くの壁にもたれながら東風に電話をかけていた。
『というか、一応りん兄彼女いるのに、割とその辺り気にしないで誘ったんですね』
「別にアイツそういうの気にしないでしょ。たまには二人でって思ったんだけどなぁ」
夏休みの終わりに二人で花火大会行こうとしたのに、お姉ちゃんは来るわ東風は来るわで二人きりなれなかったし。
どこか二人きりになれる時って無いかなぁ。アタシだけ竜胆から離れてるからホイホイ会えないし。
『容赦無いですねぇ………けど受験かぁ。私もそう遠く無いんですよね』
「う〜ん………やっぱり家に帰ろっかな。明日のために出来ないところ再確認して………」
その時だった。
近くから缶が落ちるようないくつも甲高い音がした。音につられて見てみると、少し離れた方に何か円柱のようなものが放り投げられた。
それは落ちると同時に物凄い量の煙を巻き上げ、辺りを包み込んだ。
周りのみんながそれに気がついた途端、私の周りはパニックに陥った。それでも煙は容赦なく人に襲いかかる。
「きゃあぁぁぁッ⁉︎何これ⁉︎」
「ゲホッ!ゲホッ!くっ!………前が………!」
「逃げろ逃げろ‼︎」
いきなりすぎる事態に頭がついていかない。身の危険だけが全身に伝わった。
「な、何これ………!」
『分ちゃん?急に騒がしくなったけどどうしたの?』
「へ、変なものが、投げられて………け、煙が………」
『煙⁉︎まさか、煙幕弾?………すぐにそこから逃げて‼︎』
東風の大きな声がようやく私の身体を動かした。フラつく足を何とか動かして逃げ出す。
ど、どこか、安全な所に………
そう思った途端、目の前に新しく煙が噴き上がった。その下には周りに転がってるものと同じものが落ちている。
さらに次はそれだけではなかった。ババババッと大きな音がフロアに響き渡ると、それを追うようにいくつもの足音が聞こえた。
その音には聞き覚えがあった。いや、本当は覚えたくもなかった。
あの時の音だ………お父さんと銀行に行って、強盗が入って、その強盗の持っていた銃から鳴る銃声。
その銃声があの時の恐怖を思い出させた。放心したと言ってもいい私を煙が包み込む。
その瞬間凄まじい眠気がアタシを襲った。体の力が抜けてその場に崩れ落ちる。
『分ちゃん?分ちゃん⁉︎どうしたの!大丈夫⁉︎ねぇ‼︎』
スマホは近くに落ちたのに、東風の声がどんどん遠ざかっていく。
最後にアタシの目に映ったのは、エスカレーターを勢いよく駆け上がってくる人達だった。
全員が防弾チョッキのような厚い上着を着て、顔はヘルメットとマスクのようなもので覆っている。さらに手には銃まで持っていた。
あの時の、最悪の悪夢が頭によぎると同時に、アタシは意識を手放した。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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