父さんはこの辺りで新しく広まっていたヤク、サドイーターを追う中で『Salvation Of Sin』とその幹部であるエヴァン・ムーアの存在に行き着いた。
『Salvation Of Sin』はあらゆる国で活動している多国籍マフィアだ。構成員は破門されたヤクザ、殺し屋や傭兵など。
『罪で罪を、万物を救う』という信念の元にあらゆる国で犯罪を重ねて、新型のヤクをばら撒いたり破壊活動を行ったりしている。
テロリストに加担したり、中には国家規模で絡むこともある大きな組織だ。
彼らは日本にも何度か訪れており、九年前に父さん達が彼らを捜査していた。
しかしあの少しで追い詰められそうなところで、上層部の人間から圧がかかり捜査が中断された。
それでも父さんと他の数名の刑事達は独自に捜査を続けた。警察内に彼らの協力者がいることも含めてだ。
そしてあの事件が起こった。父さん達はヤク漬けにされてほとんどが死亡し犯罪者とされた。
僕と鯨波さんがサドイーターにこだわる理由もそこにあった。
父さんが秘密裏に残してくれた調査書を元にずっと探し続けていたのだ。
そして今、『Salvation Of Sin』がこうして僕達の前に現れた。
「そんな………りん兄のお父さんを殺した、犯罪組織………」
「いや、父さんを殺したのは僕だ。彼らじゃない」
東風の言葉に僕は静かに反論した。それだけは彼らがどんな存在であっても変わらない、変えちゃいけない。
「………でも、何でそんな人達が今になってこんな大きなことを?」
「さぁ、何ででしょうね。『万物を救うための罪だ!』って屁理屈で何でもする輩なので。ある意味宗教にも近い。僕には分かりかねますね」
『Salvation Of Sin』の構成員には日本人も多い。
昔調べたことがあったが、そのほとんどがヤクで身を崩してロクに仕事もできなくなった人間だった。
それで組織を追い出されたり仕事が貰えなくなり、自暴自棄になった人間達だ。
「おそらく自分達の存在を世界に示し始めたんじゃないですかね。その手始めにこのデパートを襲撃した、ってね」
「そんな………酷い」
東風は顔を真っ青にしている。僕は彼女の背中を優しく撫でた。
さっきの犯行声明に血だらけとなった警備員がいた。それをさらに滅多刺しにするところも。それを見てしまったからか、さっきから気分が悪そうだ。
「僕のところに彼らに対する復讐依頼が来たんですよ。それで調べていくうちにあなたのお父さんにたどり着きましてね。それならぜひ手伝ってもらおう、と思ったんですよ」
そういうことだったのか。ようやく納得した。
「それで、これからどうするんですか?」
「仕事をこなす。それだけですよ」
「けど、立て篭ってるんですよね?そんな人達相手に………」
「まぁまぁあることです。このレベルならまだありがたいくらいですよ」
すると運転していた罔象が難しい顔をしていた。復讐屋もそれに気づいたようだ。
「えっと、雛罌粟 罔象さん、ですよね?何か気になる点がありましたか?」
「え?あ、いや………」
「あぁ、何か意見があるならぜひ言ってください。こういうのは
たしかに。
「えっと、意見というより質問なんだけどね。そもそも、何で君達がそれをやるの?そりゃ私だって
あぁ、そういうことね。
たしかに警察が対応していることに、裏社会の人間である僕達が首を突っ込む必要は無い。僕達は決して正義のヒーローってわけじゃないし。
でも、僕はその理由も何となく分かっている。
「そういえば言ってませんでしたね。一つは依頼があったこと。もう一つはこれは警察で対処するのはマズいからですよ」
そう言うと復讐屋は持っていたタブレットを操作した。映された画面には襲撃されたデパートが映っている。
復讐屋はバックミラー越しに罔象にも見えるようにした。
「これ、事件の起きたデパート周辺に飛ばしたドローンの映像なんですけどね。ここ見てください」
復讐屋が示したところにはデパート周辺に集まった警察や機動隊、たくさんの野次馬が映っている。
「………やっぱり、そうですか」
「え?りん兄何か分かったんですか?」
東風は眉を顰めて首を捻っている。
「エヴァンが言ってたろ?『突入作戦だの逃げた後の追跡だのはオススメしねぇぞ。オレ達だって被害は最小限にしたいんだ』って。あれは脅しでも何でも無い。本当のことだ」
「ここと、ここと、ここ。見てください」
復讐屋がさらに数人の人間ピックアップした。警察や野次馬など色んな人が映される。
「警察の方が分かりやすいですが、彼らは無線機等で通信をとって連携行動をする。つまりこの場で彼らには『会話するタイミング』があるわけで」
画面には一人の警察官が話すと、遠くにいる機動隊員が話す。通話で連携をとっている。
「逆に言えばその通信以外に口を開くタイミングは無い。でも………」
復讐屋が映した機動隊員の一人は警察からの通信を応えている。しかしその後にも通信で話すような素振りを見せた。それは警察内の誰にも届いてないように見える。
「ね?変でしょう?」
「えっと、よく分かりませんけど………普通に署内の人と話してるとか?」
「普通ならそう思います。でも………」
次に復讐屋が映したのは野次馬の一人だ。スマホをデパートに向けている。それを不審な機動隊員と並べる。
すると機動隊員が口を開いたすぐ後に、野次馬の一人が口を開いた。その野次馬の近くに知り合いはいなさそうだし、独り言にも見える。
「まさか、この人達会話してるって言うんですか?けどたまたまじゃ………」
「それなら、これでどうです?」
すると画面がサーモグラフィーに切り替わった。
「ほらここ。機動隊員にも野次馬にも、何か腹に妙な影が見えませんか?他の人達には無いものが」
「本当だ………これは?」
「形から見て、爆弾だな」
「「えぇッ⁉︎」」
僕の言葉に東風と罔象が目を見開き叫んだ。まぁ間違いないな。これなら罔象と東風連れて来たのは間違いか。
「でしょうね。唇の動きを見る感じ、お互いのいる場所の状況を話してますね。そんな感じでこの影がある人間をピックアップすると………ほら」
復讐屋がタブレットを操作して、何人かをピックアップした。
誰かがこっそりと口を開くと、別の誰かが口を開く。明らかに通信している。一般人と警察が、だ。
「おそらくエヴァンの忠告を無視して警察が動こうものなら、彼らは爆弾を爆発させるつもりでしょうね。かなりの威力の爆弾ですし、そうなれば被害は尋常じゃないですよ」
「け、けど、それだとその人達も死んじゃいますよ………」
「向こうからしたら『だから何だ?』って話でしょうね。『救済のための生贄』的な感じじゃないですか?実際彼ら自爆テロザラに起こすんで」
「そんな………警察の中にまで」
「警察に入ってから組織に入ったのか、組織の人間が警察のスパイとして紛れたのか………」
「後者の場合は警察の人事に苦情殺到間違いなしですね。そんなわけで、僕達でやるしか無いんです。誰の目にも届いていない僕達が、やる以外に方法はありません」
すると僕のスマホが震えた。鯨波さんだ。
「もしもし」
『竜胆⁉︎上枝から電話あったんだけど、分ちゃんが人質って本当⁉︎しかもアンタここに来るって何考えてるの⁉︎』
「ちょ、落ち着いてください。いいから、聞いてください」
僕はさっきまでに話していたことを鯨波さんに話した。特に警察内部や野次馬に『Salvation Of Sin』の仲間がいることを。
『………そ、それじゃあ』
「鯨波さん達が動けば、忠告無視と見なされて彼らは自爆します。しかも数が尋常じゃないんですよ。今確認できるだけでも三十人以上はいます」
『だからアンタが何とかするの?』
「はい。鯨波さん、とにかく今は周りにいる人間は基本的に敵と思ってください。それと僕達がこっそり入るための入り口の確保を」
『いいけど………アンタは、大丈夫?だってアイツらは………』
「………彼らを消す仕事はありましたから。僕個人のことはどうでもいいんです」
これは仕事だ。それ以上でも以下でも無い。
『………分かった。細かいこと決まったら教えて』
「はい」
僕は電話を切ると、復讐屋に報告した。
「鯨波さん、知り合いの刑事が入り口の確保をしてくれてます。この人は信用出来ます」
「おっ!ありがたいですね。問題は………この周りにいる人達ですね」
やっぱりそうだよな。
こうなった以上、デパート内にいるヤツらを倒す時正面衝突は避けられない。
奇襲出来ればいいが、『Salvation Of Sin』には傭兵や殺し屋のプロも多い。奇襲が通用するヤツらなんてほんの数人だ。
一人でも仕留め損ったら、その瞬間ここ一帯は火の海に変わるだろう。
となれば衝突する前に爆弾を持ってる人達を対処しないとマズい。
しかしそっちが倒されれば、通信が途絶えてしまう。そうなればこれも忠告無視として、デパートの人質達の安否は保障出来ない。
同時進行でやる必要があるな。僕がデパートに突入して、外のヤツらは復讐屋に任せるか?
すると僕達と同様に悩んでいた東風がハッと目を見開いた。
「そうだ!復讐屋さん!この人達これまで日本でも色々やってたんですよね⁉︎その記録とかってありますか?出来ればこの辺りの!」
「は?………そりゃ、ありますけど」
復讐屋がタブレットを操作し、それを東風に渡す。そこには『Salvation Of Sin』がこの辺りのどこで何をしたのかが書かれていた。
東風は頷きながらそれに目を通す。それから顔を上げる。
「りん兄、復讐屋さん。この外にいるテロリストの仲間の対処、私に任せてくれませんか?」
「「はぁッ⁉︎」」
今度は僕達が驚く番だ。コイツいきなり何言ってんだ?
「いいわけないだろ!濁酒組の時とは人数比が違うんだぞ!一人でも逃したら大変なことになるし、中にはプロだっている。お前一人で何とかなるもんじゃないんだ」
コイツが一瞬で倒せてもせいぜい十人がいいところだ。
「大丈夫です、一人でやるつもりはないので。鯨波さんとも連携して対処します。だから二人でデパートの中に」
「けど、危険すぎる。失敗は許されないんだぞ」
「分かってます。私だって怖い。でも………」
東風は僕の手を強く握った。その手は軽く震えていた。自分が何をするのか、ちゃんと分かっているからこそだろう。
「大切な家族を守りたいんです。分ちゃんの命も、りん兄の過去も、助けたい。だから………お願い、私を信じてください」
東風は真っ直ぐ僕を見つめた。
「………分かったよ、お前に任せる」
「ッ⁉︎いいんですか?」
「はい、東風なら大丈夫でしょう」
復讐屋が目を剥くが、ここまで言うなら大丈夫だ。
大切な人の命がかかってるこの状況で、東風が適当なことを言うわけがない。コイツならやってくれる。
「何か必要なものあるか?」
「このタブレット借りていいですか?色々確かめたいので」
「わ、分かりました。はい」
「ありがとうございます」
東風はタブレットを受け取り、軽く説明を受けて中身を確かめる。
「東風、人質救出に外のヤツらの対処は最低条件だ。頼んだよ」
「はい!」
「みんな、そろそろデパート着くよ」
運転席から罔象の声が聞こえてきた。前を見るとそこにはたくさんの人だかりが出来ている。
罔象は人の少ない所を探して車を止めてくれた。僕と復讐屋が車から降りた。
「それじゃあ、行ってくる」
「あ、竜胆君待って!」
デパートに向かおうとすると、罔象から呼び止められた。窓を開けた罔象が僕の手を強く掴んだ。その手にそっと唇を触れさせる。
「分のこと、お願い………助けてあげて」
「はい」
僕は手を離すと復讐屋と共にデパートへと向かった。入り口は………あそこだな。鯨波さんが警察達の気を引いて隙を作ってくれている。
すると復讐屋がクスッと笑った。
「まさか、あのDEAD SURVIVORと共に仕事をすることが出来るとは。不謹慎ですが、結構ワクワクしますね」
「まったく………でも、正直甘ったるい日常よりも、こっちの方がどちらかと言うと過ごしやすいですよね」
「それ彼女さん知ったら泣きますよ」
「普通に言ってるのでご心配なく。行きますよ」
「えぇ!」
僕と復讐屋はデパートの中へと入っていった。
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